ひな祭り ー当日ー 絶望激進お雛様 PFCSss10
バトーは右手に持つ剣に水筒の水をかけ、瞬時に凍結させた。あっという間に短剣が長剣になる。こんな芸当も出来るのか……。
さらにバトーは左手の手のひらに、右手で何かを描くと、水筒から残りの水を全て注いだ。私がバトーの金髪ショートと凛々しい女顔に見惚れていると、いつの間にかバトーの左手に細身の剣が握られていた。実に珍しい氷の剣の二刀流だ。
「いでよ…我が聖なる刃……『氷斬剣』!まぁ、勝てるかどうかは別として……ソラ、いくぞ!」
礼拝堂の祭壇前にいるエアリスに、二人は一気に距離をつめた。
「二人がかりか。卑怯ものめ!」
ソラは思わず叫んだ。
「あなたが言わないで下さい!」
ソラのナイフがエアリスを襲う。しかし、エアリスは右手を瞬時にナイフに変化させ防いだ。
その直後、バトーの剣を手刀で防ぐ。みるみるうちにエアリスの手刀が長剣に変形する。
「素手だと思ったらそういうことだったのか……
」
バトーはそのままエアリスに流れるように二本の剣を振るっていく。ソラも同様にフェイントと体術を交えながらエアリスの喉元を狙う。礼拝堂に金属音がこだました。
エアリスはソラの足払いを一歩引いて交わしつつ、バトーの剣を受け流す。ソラが腹部を狙ってきたのをみて、ナイフを叩きつけて軌道をそらせる。バトーが顔を狙うのを、上方向に剣を動かし弾く。
私はクライドと目配せしてから、小言をこぼした。
「世界最高峰のナイフ使いと剣使いを同時に相手してやがる」
クライドはバック転で宙を舞い、エアリスの後ろに着地した。そのまま、剣をエアリスに突き刺そうとする。しかし、エアリスは左の足を一時的に大剣に変化させて、クライドを迎え撃つ。剣と剣が思いっきりぶつかり、キィィィーーーーンという不快な音が発生した。
「……五月蝿いな。神に無礼だとは思わないのか?」
クライドは思わぬ反撃に祭壇に不時着した。
さらにエアリスは左足の大剣をバトーとソラの戦闘の補助に使い始めた。剣とナイフと大剣の訳のわからない斬撃によって徐々に二人が押される。
「このままでは……危険です!」
「俺たち二人を相手に……クッ」
助けにいきたいのは山々だが、もはや私の手出しできる次元の戦いでは……ない。
エアリスは両腕を大剣に変化させて、二人をなぎ払った。バトーはなんとか避けられたものの、ナイフという間合いの短い武器を使っていたソラは、胸部に一の字の傷を負ってしまった。無言でソラが顔をしかめる。
「今だ!ショコラ!」
礼拝堂の中央にいたショコラが剣を地面に刺すと、剣から発生した霜がまっすぐエアリスに延びていった。その霜がエアリスに到達すると、一瞬にして彼女を氷付けにした!
「《居合い 玄米断》!シャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャ……!!」
どこから奇襲したのか、突然現れた先生がすんごい速度で斬撃を繰り出した。速すぎてもはや目で追うことが出来ない。
「……シャシャシャシャシャァァァァ!細切れになれぇぇぇい!」
先生の刀によって全身バラバラになっているにも関わらず、どうにか人形を保つエアリスの体に、ソラが追い討ちをかける!
「そして、砕け散る」
ソラによる腹への一撃が決まった瞬間、エアリスの体は粉々になって、背後の祭壇やその奥のノアの絵画にまで、飛び散った。だが、不可思議なことに飛び散ったのは血の赤ではなく、銀色の液体だった。
「警戒を怠るな!何か嫌な予感がする!」
凍りつき非常に滑りやすくなっていた床で、見事に技を決めた先生とソラを後ろに下げた。
その時だった。倒れていた信者達が一斉に立ち上がり、出口の方へ逃げていった。恐怖の声を撒き散らしながら。
「まあ、教祖様があの様じゃ、逃げたくなるのも当然だよね……」
礼拝堂の中央に戻ってきたクライドが呟いた。
しばしの沈黙の時が訪れた。よく、耳を済ませると、本当に小さいが……何かが地を這うような異音がする。その正体を探そうと見回しても何もない。血まみれの床以外目にはいる物がない。
突然、隣にいた先生が教壇を指差した。
「……?何もないじゃないか」
「違う!その教壇に飛び散っているものだ」
ショコラが眼鏡をかけ直してから答える。
「ええ?でも、教壇の上ってエアリスの断片がうごめいているだけじゃないですか?」
「ちょっと待って!細切れにされた身体が動くことなんてありえてたまるか!」
私が驚愕している間にもエアリスの断片はどんどん移動している。壁についた金属の粒も、床に落ちた斑点の一つ一つも、全てが意思を持って一ヶ所に集結しようとしていた!
「ショコラ!もう一度凍らせろ!」
「ようやく気づいたか!バカどもが!」
金属の粒が空中で糸を引きながら集合し、一瞬にして教壇の後ろにエアリスが再生した。
「凍らせて、細切れにして、完全に止めを刺したはずなのにどうして!」
ソラが絶句する。他のメンバーもあんまりの光景に冷や汗を顔に滲ませた。
「破壊されようが何をされようが、我は甦る。なぜならそれは、我が神であるからだ!」
ショコラの攻撃がエアリスに届く前に、エアリスが宙に浮き上がった。そして、彼女の背中から黒い三角形の構造物が形成された。ドレスの下からバーナーのような筒が左右対称に一本ずつ出ている。ライスランドの飛空挺に見られる飛行エンジンのような形だった。(これを人が入れる大きさにすれば、空を飛べそうだった。仮名をつけるとしたら飛行機……いや戦闘機か)
さらにエアリスは両方の腕をガトリング砲のような形に変形させ、私たちに向けた。ダダダダダとあり得ない音をたてて銃弾が発射される。
私たちは散り散りになりながら、弾丸を避ける。ガトリングガンとしか形容しようのない、無茶苦茶な兵器だ。
それを空を飛びながらそんなものをばらまいて来るのでたまったものではない。
「ぐぁッ!」
「バトー!大丈夫か!」
バトーのわき腹辺りを玉がえぐったらしい。みるみるバトーの服が赤く染まっていく。空を飛んでいる相手に攻撃出来るのは、この場では風の魔法で宙を舞えるクライドしかいない。
しかし、仮にクライドが奇跡的に攻撃できたところで、エアリスに肉体を再生されて終了だ。最悪だった。
すぐ右で先生が息を荒くしていた。
「シャ゙ァ゙ーーーーー!!どうにもならないのかっ!無敵か!奴は」
と言いつつ、余裕でガトリングガンを刀で弾き飛ばしている辺りさすが先生だった。
ショコラはショコラでまるでダンスを踊っているかのような、超人的なステップで弾丸を交わしている。
突然ずるり、と嫌な音がした。滑り防止の加工をしてあるはずのブーツが、地面の血だまりに足をとられた。何事かと思ってよく見ると、銀色のヒモが私の足に巻き付いていた。ヒモをたどっていくと、エアリスの右足から垂れていた。足払いか?
みるみる視界が変わっていき、最後に天井が見えた。私は完全に体勢を崩したらしい。
「てこずらせおって。死ね!」
マシンガンが体に注がれた。コートに無数の穴が開き、衝撃で巨体がガタガタと揺れた。先生が割って入り、途中から銃弾を弾いたが、もはや手遅れだった。
……まあ、肋骨が数本と胸骨にヒビが入り、肩に一発めり込んだだけだが。こういうとき心の底から防弾コート・ベスト・ズボンにありがたみを感じる。とはいえ動けるようになるまであと数分はかかりそうだった。
「ペストマスク!ぐッ……。これでも食らえ!」
その隙に、空中で見えない足場を踏むかのように跳んだクライドが、エアリスを後ろから奇襲した。私を倒して慢心したエアリスの両手足を、クライドの剣が何度も切り裂いていく。さらに追撃の火炎がエアリスを焼き尽くす。
しかし、エアリスはわずかに硬直しただけだった。彼女の体の表面が溶けかかっているにも関わらず、先生の方に突撃した。
切り裂かれ液状と化した手足が、空中で糸を引きながらエアリスと同化する。さらにエアリスの両手だったものがカッターのついたドリル変形し、回転した。
先生はこれはヤバイと察知したのか、ジャンプしつつ避ける。だが、空を飛べるエアリスには関係ない。先生に向かって一直線に飛行する。
「ぬあぁぁぁぁぉぁお!」
先生の痛々しい悲鳴。しかし、ドリルの先端が触れてから数センチメートル掘り進んだところで、バトーの氷の魔法がヒットする。再びエアリスが怯む。その隙にソラが先生を救出した!
胸部から漏れる血液はかなりいたそうだったが、まあ、先生のことだし……、大丈夫か。
だが、このままではいずれ負ける。どんなに敵に傷を与えようがダメージは通らない。やがてこちらの気力体力が尽き……負ける。
延々と戦いは続いていった。数で圧倒しているのにも関わらず、各国最高クラスの逸材が集まっているのにも関わらず、勝負は防戦一方だった。エアリスの剣とガトリングガン、さらには呪詛によるカマイタチにより、6人の体には決して浅くない傷が刻まれていく。
もう何時間と戦っている気分だが、実際には戦い始めてから十数分しか経過していない。
一条の光も見えぬ闇の中にいるようだった。ソラは土にに埋没するかのような暗い顔をしていた。先生は奥歯をきつく噛み締め、クライドは肩で息をしながら上目遣いでエアリスを睨む。バトーは何か打開方がないか考えているようだったが、唇は固く閉じている。
これが……絶望か……。
「なるほど!さっきの連係攻撃でエアリスの弱点、わかりましたよ!」
ショコラがぱちんと指を鳴らそうとして失敗したのに対して、この場にいる全員が驚愕の眼を向けた。