とある密輸商の独白
俺は老人。名前はない。90代前半の精霊。国際指名手配者。仕事は密輸、闇取引、交渉、斡旋、暗殺……まあ、色々だ。金が手にはいるんだったら何でもしやす。まあ、それなりに信念はありやすがね。
好きなものは金と義理。嫌いなものは『有利になると調子に乗る悪党』。
まあ、自己紹介はこれくらいにしておきやしょう。
今回は俺の仕事の中でも一風変わったものを話したいと思います。まあ、暇潰しにでも聞いてくだせぇ。
先日、奇妙な植物を検挙した。サグヌ草━━名前だけつけられているものの詳細は一切不明だった。俺は密輸に関わるような草は大体把握している。何者かが新しい麻薬を開発しようが俺に入ってくるはずだ。
不自然に思った俺は、図書館でこの草について調べるよう部下に指示したが、結果は散々だった。
くしゃみが止まらない。どうやらこのサグヌ草はくしゃみを誘発するようだ。気が散りやがる。今度ペストマスクの旦那にお願いして鼻を治してもらうか……。
俺は植物を専門とする精霊に話を聞くことにした。ルウリィドの商人を経由して精霊サラトナグに手紙と共に包装したサグヌ草を贈る。『この草に関して、知っていることを教えて下さい。相応の報酬を払う』と。
事態はより悪化した。精霊サラトナグでさえ、詳細についてしらなかった。ただ、こいつの毒によって引き起こされるくしゃみの対策法に関してはわかった。一応ガーナに伝えておく。
さらに、サグヌ草には意図的に毒が仕込まれているということもわかった。どこまでもヤバそうだ。
犯罪シンジケートを使ってギャング精霊、ノア教等の有数な犯罪組織にも聞いてみたが、この草に関しては何も知らないらしい。どこの組織でも取り扱っていない、大精霊ですら知らない、突如として現れた新種の草。
推測されるのは一番ヤバイルートだ。ガーナの旦那ならなにか知っているかも知れない
サラトナグからの情報を元に、サグヌ草に対する防護マスクの開発をアンティノメルに依頼する。アンティノメルはギャング精霊と共同してマスクを開発した。さらにこれをカガクに詳しいグレムに改良をお願いする。
こうして俺は、苦難の末に手にいれた至高のマスクを手に、ドレスタニア王宮に訪れた。
ドレスタニア王宮にてガーナ王と謁見する。
「王の旦那。先日お知らせしたサグヌ草、それと対策用のマスクです」
車イスに乗っているのにも関わらず尊厳に満ち溢れている。旦那はマスクをつけると、サグヌ草を静かに手にとった
「これが噂のくしゃみ草か」
聡明な瞳でまじまじと草を観察する。
「こいつを裏で引いてんのは恐らく、同業他者か異世界関連のヤバイやつらです」
「うーむ。私にもこの草に関しては聞いたことがない。全くの新種の植物。作られたにせよ偶然の産物だろう。ただし、経験上、異世界から召喚されたものではなさそうだ」
「となると……」
俺はアンティノメルに来ていた。とある人物と出会うためだ。その中でも奴がアジトに使っているとされる住居のうち一つに侵入した。
「会いたかったですぜ?クレインの旦那」
「なっ!お前みたいな大物中の大物が何でこんな所に!つーかどうやって俺の居場所を嗅ぎ付けやがったッ!」
同業他者。それが俺の導き出した答えだ。その中でも俺の目を掻い潜るようなトップレベルの実力者、となると自ずと絞られてくる。同業他者は最初から疑ってはいたものの、尻尾をなかなか出さなかった。
考えたあげく、俺は闇医師を片っ端からあたっていった。サグヌ草の最初の被害者はサグヌ草を発見した奴のはずだからだ。
「クレインの旦那、サグヌ草を撒いたのはあんただろう?わざわざギャング精霊とも違う別ルート使って、念入りに偽装した上でな。レウカド先生のカルテにまんま名前が残っていやしたぜ?」
「ちッ!ああ、そうさ!俺が売りさばいた。欲しがる奴がいたからな」
クレインは幻術を使って逃げようとする。
「おおっと、旦那ぁ。ドアから出ようたってそうは行きやせんぜ?」
クレインか扉から出ようとしたとき、無数のワイヤーがクレインの体を切り裂く。原始的なワイヤートラップだった。
「うわぁぁぁ!」
「敵は人だけじゃないんですぜ?幻術で人を騙せても罠はだませない。あんさんは能力を過信しすぎだ」
ライフル銃を構えつつ、懐から金属製の棒を取り出すとクレインに向かって投げた。クレインの懐にぶっ刺さる。
「ぐぁっ!」
「あんたが考えているよりもサグヌ草はずっと危険な代物だ。くしゃみは一度引き起こされると長期間治らない上に重度になると肺炎を引き起こす。すぐにこいつの貿易を止めろ」
「ちっ、わかった……わかったよぉ!俺達でもこいつの扱いには困っていた。こいつの花粉は防ぎようがない。無差別にくしゃみを伝染させていく」
「じゃあ、自分がサグヌ草にかかるリスクを知っていて、その危険性もわかった上で旦那は貿易をしていたわけだな?その交易相手は誰だ!」
ライフル銃をクレインの首に突きつける。さっき投げたあの棒が発信器がわりになっているお陰で、俺は幻術だろうがなんだろうが、クレインの位置を正確に把握している。俺の使える数少ない魔法のうちの一つだ。
「話せば見逃してくれるのか?」
「さあな、内容次第だ」
クレインはゆっくりと口を開いた。
「召喚師…仮面をつけた召喚師だ」
厄介なことになった。サグヌ草を召喚師が大量に仕入れていたのは、恐らくカモフラージュのためだ。
サグヌ草は新種の植物ゆえに、確立された利用法がくしゃみ誘発以外にない。
強大な存在を召喚するために、民衆の目をサグヌ草に向ける。そして国々が混乱している間に召喚の儀式を済ます。簡単な話だ。
どこにいるかもわからない召喚師をしらみつぶしに探すのは、さすがの俺にも無理だ。ガーナの旦那に伝えて、各国に協力を要請するしかねぇ!
俺はクレインの家を囲んでいる部下に指示すると、ドレスタニアに帰国した。
密輸の障害になるサグヌ草を消すだけの簡単な仕事のはずだったんだがねぇ…。
こうしてラゼロイドマギが出現するより前に、先手を打つ形で、仮面召喚師の掃討作戦が開始された。
とある老人の告白 ~完~