ドレスタニア・アンダーグラウンド
概要:実は長田さんのかいたss
登場人物
解剖鬼:自殺志願者の安楽死を生業とする死の医者。法律的には大量殺人犯。
ガーナ
ドレスタニアの元国王。冷酷非情とまで言われ、超有能な人。その過去を知るものは少ない。
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「…これは私でも手遅れだ。そもそも、怪我や病の類いじゃないな」
長身でずっしりとしたコート姿にペストマスクをつけた医者が顔を背けるそぶりをする。牢に閉じ込められた鬼は呻き声をあげながら壁を引っ掻き続けた。通路に鳴り響くガリガリと爪の反響する音は、一人の物ではない。
「治すつもりならわざわざ貴様なぞ呼ばん。意味はわかるな」
冷徹な国王は金色の板が詰まったトランクケースを見せるように置き、数歩離れる。
「悪いが、拒否権はないと思ってくれたまえ。勝手に我が国で好き放題やってくれた前科もある。バレないとでも思ったか」
「つまり…殺せ、と。自分の手は汚さず、殺人鬼に犯罪者を裁かせる…そういう腹か?」
「理解しているなら急いでもらおうか。時間が惜しい」
マスクの医者は小さく舌打ちをする。
「鬼畜め…。生憎だが断る。他を当たることだ」
牢から伸びた手が、弱々しく医者の髪を掴む。掠れ、震えた声で言う。
「ダメだ……殺してくれ……頼む……」
医者は首を振った。
「……未練はないのか。この男に閉じ込められ、拷問の痕まで酷く残っている。こんな生殺しのような仕打ちを受け、殺されていいのか…!?」
国王は眉ひとつ動かすこと無く、その光景を無表情で見ている。
「愚かにも不老不死を目指した成れの果ての姿がその者共だ。早く楽にしてやれ。見苦しい。」
他にかけてやる言葉はないのか。医者は拳を強く握りしめ、王を睨み付けた。
牢の鬼はわずかに笑った。
「お医者さん…いいんだ…。死んでもそいつは恨み続けてやる…。あの世って奴があるなら…俺たちがそいつを八つ裂きにするさ…」
医者は鬼の目を見た。死ぬ気などない、強い意志を持った瞳をしていた。
「…」
「未練を持ったまま死ぬのが幸せな奴もいるのさ……」
「ありがとよ」
最後に彼はそう言っていた。幸せそうな顔で、殺気を放ったまま死んでいった。
そのまま全ての牢の犯罪者達を殺していった。
全員、全く同じ死に顔をしていた。
王を呪い殺してやる、そう強く念じたままに、次々と死んでいった。
「これでいいんだろう、外道」
「あぁ、助かった。」
そのまま立ち去ろうとする国王の背に、突如、意思に反した殺人衝動が沸き起こった。気づけば医者は、王の身体をメスで大きく切り裂いていた。
「…何…!?」
困惑の声を漏らした者は、医者の方だった。
「やはりサバトと化したか…。」
赤く熱を帯びた剣が医者の背後の黒い泥を焼き焦がす。医者は切り裂いた国王の腹部にある、『牢の鬼と同じ傷跡』を見ていた。
死を願う程に苦痛を感じる筈の傷は、背後の泥に共鳴して脈を打っている。
「その傷は…一体なんだ…」
メスをコートにしまう。困惑しているせいで、何度か入れる場所を間違えた。
「知る必要はない。」
傷を押さえる手が、血が出るほど強く腹部に食い込んでいる。
「…また手がつけられなくなったら協力してもらう。」
王は再び背を向けた。
帰り道は誰に出会うことも無く、港を出ても何の問題もなく船でのんびりと帰れた。
医者は表情ひとつ変えない王の顔を思い出す。
良く考えてみれば、あの顔は無表情ではなかったのだと気づいた。
憎まれることも知り、呪われることを承知で、王は見ていたのだろう。
金塊に映るマスクを見て、医者は呟く。
「彼も…既に手遅れだろう。しかし…裁くのは私ではない…」
金塊を、今日の死者の数だけ海に投げていく
「本望なのだろう。ドレスタニアの『王様』は」
沈んでいく金塊の中、私は一つ余分に投げ込んだ。
END