ひな祭り ー当日ー 《雛祭り》 PFCSss15
ショコラの剣の付け根に、ソラと一緒にエアリスと戦ったときに付着した、エアリスの一部を氷付けにしたままくっつけている。ショコラは剣と触れた者の思考を読み取ることができる。エアリスの体の一部と剣が常に接した状態を維持することで、ショコラはすべてのエアリスの思考を読み続け、攻撃をかわすことができたのだ。
そんなことを知るよしもないショコラは、通路の最後の扉をあっさりとこじ開けた。
「こっ……これは?!」
ショコラは目を見張った。通路を抜けた先は黄昏時の草原だった。
「この、地面の黒いのって何?」
エスヒナが足元にある、半ば地面に埋まった黒い物体を指差した。私はペストマスクの位置を直すと、呟いた。
「棺桶だ。等間隔に無数に配置されている」
ショコラが顔をひきつらせていた。氷の刃を介して何が入っているのかわかってしまうのだ。
しばらく広大な墓地を歩いていくと、目の前に銀色の液体で満たされた湖があった。そして、その対岸にノア輪廻世界創造教の教祖がいた。
赤いローブに身を包み、この世が終わりそうな時でも平然としていそうな、冷徹過ぎる表情。紛れもなく、クロノクリスだ。
クロノクリスが指をパチンと鳴らした。
一呼吸置いた後に、湖の水面に美しい銀色の髪の毛が、愛らしい少女の顔が、麗しいウェディングドレスが、ちっちゃな可愛い足が、浮上する。
さらに数千もの棺桶から一斉に黄金色の光が少女に向かって放たれた。
空中を浮遊する少女はゆっくりと眼を開くと、貪欲に光を吸収し、その顔に似合わぬ邪悪な笑みを浮かべる。
エアリスが誕生したのだ。
「あんなに簡単に作れるものなのか!?」
エスヒナが驚愕の声をあげた。
「常温で気体である液体金属。それを幾千もの魂で物質状態を制御し、肉体とする。それがエアリスの正体だ。銀の湖を介して電話感覚で私はエアリスに指示を出せる。もっとも魂の量の関係から、同時に遠隔操作出来るのは、三機までが限界だ」
「じゃあ、クォルが戦っている一機、サヴァ様たちの戦っている二機で打ち止めなんだ?」
エスヒナがいぶかしげに尋ねる。それに対しクロノクリスは嘲笑を交えながら答えた。
「だが、この空間内であれば直接操作できるのだ。つまり、ここなら操ろうと思えば十機でも二十機でも同時に操ることができる」
「ばかな!そんなこと出来るはずかない!」
私は思わず叫んだ。それが事実なら本当に勝ち目がなくなる!
「我は神だッ!!」
クロノクリスは近くにあった棺桶を踏みつけながら、演説を続けた。
「しかも、我はこの棺の中の魂一つ一つと融合している。貴様が今の私を封印したところで、棺からもう一人の私が甦るだけだ。見ての通り魂のストックはいくらでもある。倒されるわけがない」
教王は一息ついて、どす黒い笑みを浮かべる。
「どこまでセレアを利用すれば気が済むんだ!平和を望んでいるはずのセレアを戦争に利用し、ピンチになれば、自分の身代わりにして……あんたに……人の心はないのかッ!」
エスヒナが瞳に涙を浮かべながら叫んだ。彼女は直接セレアの話を聞いているのだ。憤怒に身を包むのも無理はない。たが……
「それがどうした!我がこの世に君臨すれば、絶対神ノアの元、世界はひとつとなる。その頂点に我が立つ。我がこの世を理想郷に先導するのだ!その為なら、そこら辺に落ちているゴミにも劣るような下劣な魂を使い捨てるくらい、なんのためらいもない!」
「この屑野郎!!」
怒りが頂点に達したエスヒナを私が取り押さえた。今は怒りに身を任せて動くべきではない。だが、エスヒナの、クロノクリスを完膚なきまでに叩きのめしたいという気持ちも痛いほどよくわかる。だが、我慢だ。
ショコラは平生を装っているが、手に持つ剣が震えている。
「なんとでもいえ!怒りに任せ殴りかかってこい!その瞳で私を射抜いてみろ!肉体を持たずとも存在できる時点で、我の前にはどんな物理的な武器も、あらゆる兵器も無力だがな」
クロノクリスは大きく手をひろげ、高笑いを響かせた。
間を置かず、何機ものエアリスが次々と誕生していく。悪夢のような光景だった。
「ハッハッハッハッハッハッ!!見ろこの美しき光景を!芸術品だよ彼女らは!世界を支配する美しきお雛様だ。さぁ、始めよう、雛祭りを!!」
暁に照らされて不敵な笑みを浮かべるウェディングドレスの少女。低コスト、低労力、ハイスペック、全てを兼ね備えた究極の量産兵器がそこにいた。恐るべき兵器が空を、地を、埋め尽くしていく。
かっ、……勝てない。ここまで来ると仲間を何人つれてこようが無駄だ。ハサマ王か、プロレキスオルタでもつれてこない限り無理だ。全員にカマイタチを放たれて、三人分のひき肉と、二匹分の豚肉の完成だ。ずいぶんとグロテスクな三秒料理だッ!ライスランドの料理コンテストにでも出ていろ!クスがッ!
完全に起動する前に何らかの対抗手段を用いなければ負ける!!
「あわわわわ!どどどどうしましょう!?」
ずれ落ちそうな王冠を押さえながらショコラが言った。
「エスヒナ、そういえば何か持っていなかったか?」
ようやく冷静さを取り戻したエスヒナは、陰りのある顔で首を横に動かした。
「銀色の箱。中身は……『ガーナチャンプルー』なんだけど……」
私は唖然とした。
「は?ドレスタニア名物の?あのガーナチャンプルーか?」
知り合いが好んで食べていた。一度食ったら忘れられないくらい苦い食べ物である。でも何でそんなものをセレアはエスヒナに渡した?
「あ、それ、昨日セレアと一緒に食べました。彼女は美味しそうに並べていましたが……」
見るからに嫌そうな顔だな……。まあ、苦手な奴に罪はない。癖が強すぎるだけだ。
「……?強い……苦み……セレアが知っている……」
エスヒナが何かを察して私に聞いてきた。
「何か思い付いたのか?もう、あんたしか頼れそうにない。あたしはあんたの指示に従うよ」
苦み……たしかうるさいとも言っていた。彼女に痛覚はない。だが、視角・嗅覚・味覚・聴覚・触覚といった、生体の基本機能は備わっている。
そうだ!それだ!これなら行けるかもしれない。
「ショコラ、エスヒナ!最後の作戦を言うぞ!」
二人の顔がぱぁ!と明るくなった。
たが、私の作戦を聞きくうちに驚きの表情に変わり、そして、どんどん萎えて来るのが伝わった。特にエスヒナ。
「はぁ!そんなんでエアリスが倒せんの!?あいつ、世界有数の実力者を数人同時に相手にして、なお優位に戦いを進めるような奴でしょ!それがこんな……」
ふざけているのか、と憤るエスヒナをショコラがまあまあ、と押さえた。
「私は行けると思いますよ。少なくともセレアなら、引っ掛かってくれると思います」
エスヒナはショコラの謎の自信に驚きつつ、仕方ないかといった、顔で渋々承諾した。
「はぁ、ドレスタニアの王が言うんだったら仕方ないか。まあ、普通にやっても駄目なのは目に見えてるしね。単純明快だし。それに……確かにセレアなら引っ掛かる気がする」
「二人とも協力に感謝する」
勝負は一瞬だ。失敗したら負けだし、仮に作戦通りに行っても効かなかったら無意味だ。
この一瞬に全てをかける!
地上にいる数十機のエアリスが一斉にかまいたちの呪詛を放とうとする。さらに空中でカラスのように大量にはびこるエアリスが一斉にガトリンガンを向けてきた。
「エスヒナ、今だ!」
エスヒナは腹を膨らませて大きく息を吸うと、思いっきり、全身全霊をかけて叫んだ!
「セレアァァァァーーーーーーーーーー!!!」
アンダーグラウンドによって声帯に直接魔法薬を塗り、増幅させた魂の爆音である。
ペストマスク越しでも聞こえるその声は、エアリスにも届いた。一瞬、あまりの音量に加え『セレア』と呼ばれたことによって、全機フリーズする。
エスヒナという、心を許した人に名前を呼ばれたことで、眠っていた何百何千という魂が一斉に反応した。一度に膨大な量の感情がクロノクリスに流れ込んだことで、一時的にクロノクリスの人格が子供たちの感情に押し返されたのだった。
「ばっばかな!セレアの人格は完全に封印したはずだ!なぜだ!」
その隙に、ショコラがイナゴ豚をカタパルト変わりに、勢いよく射出!手に持ったガーナチャンプルーの入った箱を思いっきりクロノクリスの口にぶちこんだ!
「ムグゥゥゥ?!!」
その瞬間だった。聴覚によって表面に浮上した子供たちの感情が、ガーナチャンプルーの味によりさらに後押しされた。まるでダムで無理矢理押さえていた水が決壊するかのように、激情がエアリスを飲み込む。
突然、ショコラの隣にあった墓の蓋がはずれた。中からサターニアの少年が目覚めた。
「お兄ちゃん、ぼくたちと遊んでくれた」
次にエスヒナの回りにあった、棺桶から鬼の女の子が起き上がった。
「おねぇちゃん、わたしたちの話し相手になってくれた」
そして私の目の前の棺桶から、精霊の青年が目覚めた。
「おばさんはオレたちのことを助けようとしてくれたな」
「オッオバ……!?それ、言っちゃダメなやつだからな!みんなに秘密にしてるんだから!まったくこれだから子供は……」
私が衝撃の告白を聞いたときにはすでにほとんどの棺桶から子供たちが目覚めていた。
『助けてくれてありがとう』
『遊んでくれてありがとう』
『悩みを聞いてくれてありがとう』
『おいしいものを食べさせてくれてありがとう』
何千という子供たちからの感謝の言葉が夕日の草原に染み渡っていく。私は素直に感嘆した。これが本来のセレア、か。
しばらくして、だんだんと、お礼のざわめきが小さくなっていく。
完全に沈黙したとき、銀の湖から一人のエアリスが浮上した。ウェディングドレスではない、子供用の白のワンピースを身にまとった、かわいい女の子だった。私たちが見た中でももっとも若いエアリスだ。そんな彼女が子供っぽい笑みを浮かべ、私たちに語りかけてくる。
「わらわたちはセレア。差別を受けてこの世に未練を残していった魂……」
彼女の声に合わせて、棺桶から解放された子供たちが口を動かしていた。
「よくぞ、わらわたちを再び目覚めさせてくれた。本当にありがとう。本当に、本当に、ありがとう……。そしてクロノクリス、お前はもう終わりじゃ」
子供たちが一斉にクロノクリスを指差した。統率のとれすぎた動きに、一瞬恐怖を感じた。
エアリス誕生の時にも見られた、黄金色の光がクロノクリスの体から解き放たれた。すると、まるで風船が萎むかのようにクロノクリス体がみるみるしぼんで痩せこけていく。
「ぬぉぉぉあああ!力が抜ける!私が支配したはずの子供たちの魂が離れていく!融合が……魂の繋がりが……リンクが……解ける!!」
それを確認したショコラは、クロノクリスの頭部に氷の剣を突き立てた!
「おのれぇぇ!ショォォォォォォコォォォォォォララァァァァ!!!」
驚愕の表情のまま、彼のハゲ頭が、胴体が、手足が凍っていく。ついにクロノクリスは完全に凍りついてしまった。
同時に、ドレスを着た量産型のエアリスが全てを蒸発して消え去った。
甦る甦るとクロノクリスがほざいていたのは、子供たちの魂一つ一つと融合していることが前提だ。融合をとかれた今、クロノクリスはただの人も同然。一人の魂の力では液体金属を操ることすら出来ない。肉体が凍らされた今、クロノクリスは完全に動きを封じられたはず……
……だった。
だが、それでもクロノクリスは消え去りはしなかった。
クロノクリスの肉体からぼんやりとした光が抜け出ていく!
「油断したな!私は魂だけでも生き延びられる不死の存在。肉体を抜け出して誰かに憑依すれば……」
霊体となったクロノクリスの高笑いが聞こえてくる。
「不味いぞ!あれは礼拝堂でエアリスを乗っ取った時の!」
「また、誰かが乗っ取られるんですか!」
「しつこすぎる!」
万事休すか。私の心がとうとう折れかかったときだった。
魂だけと化したクロノクリスが……。
「なっ、なんだ貴様ら!離れろ!この糞餓鬼がぁぁぁ!」
子供たちが許すはずがなかった。数百人の子供たちが殺到し、クロノクリスの魂をもみくちゃにする。
「やめろ!何をする気だ!」
「子は親に似ると言うじゃろう?お主がやったことと同じじゃよ。呪術により、お主の魂を棺桶の中に封印する!皮肉じゃな」
「うわぁ!そんな!暗い中でたった一人永遠の時を過ごせと言うのか!止めろ!頼む、止めてくれぇぇぇーーー!!!」
ガゴンッ!
……それがクロノクリスの最後だった。
「あたしら、やったんだよな?作戦成功?」
エスヒナが信じられない、といった顔で私を見つめる。
実感のわかないまま、私とエスヒナは急いでショコラの元へ駆け寄った。
そんな私たちをセレアは微笑ましく見守っていた。
私たちは勝ったのだ。