時の旅人 PFCSss13
ルビネルの捜索願い PFCSss
http://thefool199485pf.hateblo.jp/entry/2017/05/28/091650
ルビネルの手術願い PFCSss2
http://thefool199485pf.hateblo.jp/entry/2017/05/31/172102
ルビネルの協力願い PFCSss3
http://thefool199485pf.hateblo.jp/entry/2017/06/01/083325
ルビネルへの成功願い PFCSss4
http://thefool199485pf.hateblo.jp/entry/2017/06/02/153244
ルビネルの豪遊願い PFCSss5
http://thefool199485pf.hateblo.jp/entry/2017/06/03/075127
ルビネルの修行願い PFCSss6
http://thefool199485pf.hateblo.jp/entry/2017/06/04/224102
ルビネルの施行願い PFCSss7
http://thefool199485pf.hateblo.jp/entry/2017/06/07/175035
ルビネルの決闘願い PFCSss8
http://thefool199485pf.hateblo.jp/entry/2017/06/14/220451
ルビネルとセレアの死闘願い PFCSss9
http://thefool199485pf.hateblo.jp/entry/2017/06/15/210343
ルビネルの願い PFCSss10
http://thefool199485pf.hateblo.jp/entry/2017/06/20/122547
あの素晴らしい愛をもう一度
http://thefool199485pf.hateblo.jp/entry/2017/07/11/234700
翼を下さい
http://thefool199485pf.hateblo.jp/entry/2017/07/13/073933
⬆こちらのssの続きになります。
制作協力
長田克樹 (id:nagatakatsuki)
借りたキャラ:ガーナ王
坂津 佳奈 (id:sakatsu_kana)
借りたキャラ:アウレイス、邪神ビット
読者さんからの応援のお陰でなんとか書ききることができました。長い間ご愛読ありがとうございました!
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Self sacrifice after birthday 13
二人の拳がぶつかった。衝撃でビルに亀裂が入り、窓ガラスが吹き飛ぶ。アスファルトに砂塵が舞い、雨が押し退けられてルビネルとビットの周囲から一時的に水が消え去った。降り注ぐ岩ですらあまりの衝撃に砕け散る。
お互いに宙を舞い、私は膝をつき華麗に着地、ビットはビルに追突しクレーターを作った。ビットは今できたクレーターを砕きビル内に侵入した。私は追いかけてすぐに追撃を試みるが、ビルのどこにビットがいるのか把握できない。
「『未来は定まり運命は決す』ルビネル、お前は見事に私を追ってきてくれたな。お陰で数十秒後のお前は今目の前で私と打ち合っている。これが、何を意味するかわかるな?」
「しっしまっ……!」
私がビットを数秒後に見つけた時にはもう遅かった。脳内に幻影が描き出される。
ビットはビルの中にいた『未来のルビネル』の脇腹に強烈な掌底を打ち付けた。その瞬間、未来のビジョンは消え去った。
「自分で戦いを誘導すれば、未来はある程度決められる。それに、私はまだこの能力の真価を見せていない」
ルビネルはすかさずビットと組み合った。私の白い手とビットの漆のような手が噛み合う。その状態で頭突きや足技を駆使する。
「フフフッ! どう? 宙に浮いている相手から一方的に足蹴にされるのは」
「私は土壌の神。踏まれるのには慣れている。無駄だ」
その瞬間、脇腹に強い痛みを感じ、気づいたらビルの外まで吹っ飛んでいた。あばらがイッてしまったらしく、骨折の時に感じる鈍く強い痛みが私のなかを這いずり回る。
道路に着地して体を立て直そうとした私が見たのはビットの黒い二の腕。それがラリアットだったと気づいたのは技が決まった後だった。
軽い脳震盪を起こしてしまい、天と地がぐらぐらと揺れる。平衡感覚を失ってしまった以上、全身に仕込まれたボールペンでも体勢を持ち直すことは叶わず、無様に受け身をとる以外、私に打つ手はなかった。
乳白色の雨、天から召喚された岩なだれ、灰色の建築物がぐにゃぐにゃに歪んで混ざりあっている。
『未来は決した』
再び幻影が頭の中をよぎる。歪む視界のなかどうにか見つけた『未来のルビネル』は、ビットの数十メートル先で体をクの字に曲げながら吹っ飛んでいた。ビットは五階建てのビルの破片を『未来のルビネル』に向かって放つと、降り注ぐ岩を投げつけながら、先回りして拳を連打する。
一旦幻影が消え去ったと思うと、さらにだめ押しと言わんばかりに神の力を発動する。
『定められた未来よ、我が手に』
今度はビットの真横を吹っ飛ぶ『未来のルビネル』に、腕がめり込み体が変形するほどのアッパーを食らわせた。そして、そのアッパーを受けた『ルビネル』の先には『未来のビット』が跳んでいる。
私が立ち上がった頃にはもう既に、ビットの攻撃準備は終わっていた。私は苦し紛れに拳のラッシュを仕掛けた。もちろん、天空からの岩なだれをボールペンで掴んだり受け止めたりして処理するのも忘れない。
「あなたに未来を支配される筋合いはない!」
ビットの能力の特性がようやくわかってきた。
一つ目はビットの腕に物体をストックする力。
隙さえあればゴーレムやビルまるごとなど意味不明な飛び道具を使えるのだ。放り投げることができる範囲は現在だけではなく未来にもおよぶ。
もうひとつが未来透視であり、約数十秒後の未来を三次元写真か如く正確に把握することができる。
二つとも数秒の発動準備が必要であり、その隙を与えたら最後、こちらが圧倒的に不利になる。
「理解できたようだな。私に猶予を与えることは死を意味すると。だからお前は無謀な突撃をせざるを得ない」
「無謀かどうかは最後までわからないんじゃないの?」
「私たちはその『最後』を透視していたのだ」
ビットの腰の辺りまで体を浮かせ、腹と顔面に蹴りの嵐を放つ。が、何もない空間から突如として現れた石ころの散弾が私に襲いかかった。反射的に目をかばい、攻撃を緩めてしまう。
ビットは私の足をつかむと、思いっきり地面に叩きつけた。背中に強い衝撃をうけて、肺の中の空気を全て吐き出してしまった。いっ痛苦しいッ!
「お前がラッシュを仕掛ける十五秒前に、あらかじめ石を砕いたものを投げ込んでおいた。別に未来を透視せずとも攻撃は出来るのだ。残念だったな」
そして、悪夢が実現する。
防弾コートのプロテクターを容赦なく砕き、胸骨にひびを入れ、さらに背面まで衝撃が伝わる恐るべき拳が私の胸を打った。
空中を大回転しながらぶっとびつつ空中に逃げた。少なくとも十数メートルは跳躍したビットが、追撃の裏拳を放つ。メリメリという音をたてて私は体をくの字に曲げてさらに加速した。
さらには、何もない空中でバキバキと骨がおれるほどの強烈な衝撃が全身を襲った。無数の打撃を瞬時にして食らったらこうなりそうだ、と私は思った。
何もない空間から飛び出してきた岩の砲弾に打ち付けられ、衝撃で軌道がそれる。ボールペンを駆使してなんとか構え直そうと思ったところを、パッと背後に現れた五階建てのビルが襲った。何度も背中に苦痛を受けつつ、まるでエレベーターになった気分で床をぶち抜き、最後に土だらけのビルの床下を眺めつつ、
「……反撃をっ!」
と、言った瞬間だった。
みるみるうちに私の腹部のコートが破れ、むき出しになったプロテクターがバラバラに砕け散り、防弾スーツが破れて中の綿が消し飛び、見えた腹が拳の形に腹がへこみ、赤色に染まった。
「ん゙ぐッ!!」
私は空を舞った。ボロボロになったコートの断片が舞うのを横目に、もはやどうにもならず空を見上げると、ビットが笑っていた。肩まで思いっきり引いた黒い両腕が見えた。
視界が震動し、すさまじい速度で落ちて行くのがわかる。両手で突かれたまま押し落とされているのだ。
地面に激突した瞬間、回りに道路の破片や雨が舞い上がったのが見えた。衝撃でビットの頭の奥に見える建物にヒビが入る。
もはや肉体強化手術をもってしても、どうにもならない激痛が私を支配した。私はとうとう耐えきれず悲鳴を上げた。
「ぎぁぁぁぁあああっ! 痛い痛い痛いぃぃぃ!!」
「お前たちは以前奇跡を起こした。一寸の希望でもあればお前たちは活路を見いだし全力で反撃する。だが、私は一尺の希望も与えん!」
ビットが腕を振り上げた瞬間、私はボールペンで目を覆い、腰の辺りにあるボールペンを起動させ、ボールペンは付随されている物体のピンを引き抜く。
瞬間、閃光と耳が裂けるほどの破裂音が鳴り響いた。
「?! なんだっ、光と音?」
私は動かない体を服に仕込んだボールペンで無理矢理動かし立ち上がった。
右足を膝が出るように曲げる。正中線をずらさずに膝頭を横に倒しつつ相手の左こめかみを狙い、回し蹴りを放つ。さらに足を再び引き、おろさずにそのまま内側に回すように伸ばして、足の背面でビットの右頬を打つ。内回し蹴りを決めた私は足を引き、さらに回し蹴りを決める。
その後も上段横蹴り、中段蹴込み、下段回し蹴り……というように私の知る限りありとあらゆる蹴り技を撃ち込み、最後にボールペンによる滑空を利用した飛び後ろ蹴りで占めた。
ビットは私の渾身の蹴りをもろにくらい、その体を道路のコンクリートに何回も叩きつけながら吹っ飛んでいった。
着地すると同時に、私は体の奥から湧き出るものを吐き出した。目の前に赤く大きな円が描かれ、雨に溶けていく。
「はぁ……ぜぃ……まさか、ここでスタングレネードが役にたつとはね……。これは演技……ゲホッ……ドクターに感謝しなきゃ……」
視界がぐらぐらする。目がチカチカして、私のからだの悲鳴を分かりやすく私に伝えてくれた。
足から生暖かいものを感じ、出血が深刻であることを悟る。あらかじめ練習した手技で、ボールペンを用いて胴体を破れたコートで縛る。
「うぐっ……鬼の体なんだけどなぁ……」
折れたあばらが傷に響く。一瞬飛びそうになった意識を、なんとか自分の意思で呼び戻す。限界が近い。
でも、こんなところで立ち止まっているわけにはいかない。
「ふんっ!」
気合いをいれつつ空からの落石をボールペンで両断する。
私が今倒れたら私が過ごした世界が、皆の愛する世界が、ビットの支配する歪な空間へと変貌してしまう。そして何より、大好きな人をこれ以上苦しめたくない!
私はビットとの戦いのログをとっていたノートをボールペンに乗せて、帰りのゲートへ向かわせた。私が伝えたいことは全てあのノートに書ききった。
もう、私に未練はない。五体が砕けようとも私はあなたを止める!
「あなたの思い通りにはさせない!」
ボロボロになったコートをはためかせながら、ビットへの追撃に向かった。砂による目隠しを警戒して左右に動きつつ全速力でビットへ迫る。この速度であれば、ビットが未来透視の発動準備中に攻撃できる。
ビットは真っ正面から迎え撃つつもりか、両腕を大きく振りかぶった。
私は体に取り付けられた全てのボールペンを最適な方向に動かし、微調整する。体の細胞の一つ一つが攻撃に備える感じがする。今まで点だった技術や知識、経験が一本の線につながった。
右握りこぶしを腰まで引き、左手を前につきだし、正拳付きの構えに入る。
ガーナ王から継承され、
老人によって鍛えられあげ、
解剖鬼によって強化された肉体で、
セレアさんの技術を用いた究極の一撃。
これが恐らく私の人生において最後の攻撃となる。
ビットとの距離が近づくにつれて胸が高鳴っていく。私の頭のなかに私と出会ったあらゆる人の顔が思い起こされた。走馬灯に対して私は願った。皆、私に力を貸して、と。
願いが通じたのか呪詛の出力が上がる。ありえないほどの力が沸き上がり、ビットを体が倒せと体がたぎる。
後少しで射程に入る! というところで、ビットは奇妙な行動に出た。自分を抱き抱えるかのようなポーズをして、そのまま消えてしまったのだ。
自分を抱きかかえる……自分を投げる……つまり……。
ドスッ、という音がした。
ああ、胸の辺りが熱い……と思ったら冷たくなった。
自分の胸から黒と赤の入り交じった禍々しい腕が延びている。手刀で私が貫かれた、と気づいたときにはもう腕が抜かれていた。胸から暖かい私の命が溢れだした。
背後からビットの声が聞こえる。
「一秒後に自身を投げ、攻撃を避け背後に回り込んだ。お前の言葉から思い付いたのだ。『容赦なくキタナい手』を使えば楽に勝てるとな」
ゆっくりと前に崩れ落ちる私。膝から力が抜け、目の前が白く染まっていく。雨にうたれる感覚が消えていく。痛みが、感覚が、喪失していく。
みんな……ごめんなさい。私……無理だった。
「お前はよく戦った。私に攻撃を当て、怯ませた。十分だ。お前の功績はあらゆる時代に語り継いでやろう。『ビットは正真正銘の神であり、人がどんなに努力を尽くしても、決して倒せない存在であることを証明した偉大な人物』とな」
ビットは血まみれの腕を振り上げながら高笑いを響かせてる。あいつに一発漫画みたくかっこよく必殺技を決められると、思ったんだけどな……。
「ごめ……んね……」
倒れる直前だった。私は前方に80℃以上倒れたありえない姿勢で、ビットに振り向くとそのまま両手を広げてビットに向かった。
驚愕と飽きれを示したビットは、私をもう一度右腕で突き刺した。私は背中に仕込んだボールペンを全て用いて、ビットの腕をさらに深く突き刺しながら接近した。
ビットは困惑した様子で私の腹部に左手を突き刺した。
「なぜだ、なぜ貴様らはそうまでして戦う?! 決して勝てないとわかっていてどうして立ち向かうのだ! あの剣士といい、自分の命が惜しくないのか?!」
口から血があふれ、目から大粒の涙が滴るのを感じる。それでも私は止まらない。
視力を失う寸前の目でビットを見つめ微笑むと、そのほっぺたにゆっくりとキスをした。
「ルビネル! しっかりして!!! ルビネル! 私よ! アウレイスよ!!」
なつかしいあの子の声がする。そう、私はあなたをずっと待っていた。あなたに会うために体を、命を捨てて、来たの。
口づけによって呼び戻されたアウリィは私の体からビットの腕を引き抜くと、とっさに能力を発動した。私の体に刻まれた絶望的な傷が一瞬にして塞がった。
「ルビネル! 後は頼んだわよ……」
「ええ! 貴方を必ず連れて帰る」
私は身を半歩ほど引き、再び正拳突きの構えをとる。今度は外さないっ!
必殺の一撃がビットの胸部を打った。衝撃波がアスファルトをめくりながら広がっていき、周囲の建物を外側から半壊させていく。
「グッ! ……なっなぜだ。なぜ私はお前に止めをさせない」
「愛という感情の持つ力をしらないあなたに、私は負けない!」
私は呪詛を込めた右足を思いっきりビットに差し込んだ。そして、呪詛を放出しつつ蹴りあげる。
「ぬぅぅぅゔゔ! 出さん……今度こそ絶対に解放するわけには……」
空中にビットが舞い上がった。フルスピードでビットを追いかけ、そして追い付く。
「私の攻めを受けきってみなさい!!」
私は怯んだビットを力の限り抱きしめ、口内にのなかに舌をねじ込み蹂躙する。アウリィの体が快楽に身を震わせた時、黒い影が分離した。
「ばっばかな、こんな、こんなわけもわからぬ攻撃に」
浅黒い肌、長く尖った耳、その耳の後ろから後方に向かって伸びる三対の角。間違いなくあのとき一度葬り去った邪神ビットだった。
私はばっとアウリィの体を解放すると、同時に邪神ビットへ無数のボールペンの芯を投げつけた。飛んでいる途中で強烈に縦回転してカッターと化す
さっき放ったときは全て黒い手に反射されたが、邪神ビットは分離の反動で動けなくなっているはず。
それでも邪神ビットは腕を振りかぶり能力を発動しようとした。私はそんな彼を空中で何回転もして助走をつけた全力のかかとおとしで叩き潰した。さらにボールペンを両手に握りビットを撃つ。
「こっ、ここまで来て! お前さえ倒せば純粋なる負の世界が……」
打撃により大きく後退した邪神ビット。ここぞとばかりにボールペンの芯を両手に握る私。
鬼の腕力でペンの芯をぶん投げると一瞬にして呪詛の範囲外に飛んでいくが、使い捨てと割りきりありったけ飛ばす。
ビットの手が、足が、ボールペンの芯によって切り裂かれていく。そこに数メートル助走をつけた渾身の打撃を何度も何度も当てる。鬼のゴムのように弾性に富んだ筋肉から産み出される打撃が、呪詛によって勢いを増し、激烈な衝撃をビットに与える。
窒息寸前まで攻撃を続けた。用意したボールペンの芯と本体は体を支えるためのものを除いて全て使いきった。拳は自分の打撃に耐えきれず血まみれになった。
「さようなら、ビット!!」
私は最後に二本残ったボールペンを握りしめる。
切り裂かれ撃たれ、満身創痍の邪神ビットに手に持ったボールペンを突き刺す。そのまま全力で突き込み邪神ビットの胸を私の腕で貫通させる。
すかさず腕を引き抜くと、邪神ビットと距離を取り、落下中のアウリィをお姫様抱っこした。
ずっと降り続いていた乳白色の雨が止んだ。嵐も止まり、分厚い雲がまるで解けかけの雪のように消えていく。顔を出した太陽の光が廃都市全体を照した。ビットの力がとうとう尽きたのだ。
邪神ビットは今までとはうって変わって静かな声で語りかけてきた。
「遥か昔……、私もお前たちと同じく……純心を持っていた。いつからだろうか、邪心にとりつかれ……正の力を捨て去ったのは。お前たちとの戦いで感じたあの光……」
岩が風化するかのように邪神の肉体が崩れていく。
「私も……出来ることなら……ずっと……純心のままでいたかった……」
後悔の言葉と共に、世界を支配しようとした邪神は消え去った。
そして、うっすらとアウリィが目を開けた
「ルビ……ネル? 私たち、勝ったの?」
「世界を救っちゃったみたいね。てっきり私、死んじゃうかと思ってたんだけど」
冗談で言った言葉に、アウリィはギラリと瞳を光らせた。
「私が死なせない」
キリッとしたアウリィの顔に思わずドキリとしてしまった。頬が火照るのを感じる。きっと今の私の顔はアルビダなのにも関わらず真っ赤だろう。
「うん、……本当にありがとうね、アウリィ」
私は額にキスをすると、ゆっくりと地面に着地した。アウリィがなにかに気づいたらしく、目の前のビルを指び指した。ビルとはいえさっきまでの戦いのせいで前面が倒壊し、中が丸見えになっているが。
「ビットにとりつかれていたからわかる。あそこに、私たちの世界へと通じる扉がある。……数ヵ月くらい誤差があるかも知れないけれど」
「本当に?」
「私を信じて、ルビネル」
彼女の額から垂れる銀色に輝く髪の毛は、穢れが抜け落ち透き通った色だった。手足は華奢で、白い肌が陽の光で艶やかに輝く。もう彼女に邪神はとりついていない。
「うん。いつまでも、どこまでも信じてるよ。アウリィ」
……。
『私は晴れ晴れとした気持ちです。まるで、一点の曇りもない晴天がどこ待ても続くよう。
私が帰らないことをどうか、赦してください。
ことをなし得なければ、愛する人の手によって、さらに多くの人がこの世を去ってしまいます。だから私は行くのです。
遺品は全て売ってお金にして父と母に渡して下さい。この先十年も二十年も親を悲しませるのは辛いですから。
書くことはまだまだありますが、思い付くことは感謝の言葉だけ。父、母、従姉、私を支えてくれた友達や先生、最後までついてくれた仲間。
私がみんなからもらったものに対して、月並みの感謝の言葉では到底言い表せないけれど━━ただ、ただ『ありがとう』。一言に尽きます。
ありがとう
ありがとう』
紅の手帳。ルビネルの遺書。空色の花畑。紅の幻覚。一本歩くごとにバキバキと美しい花が折れ、散る。コートを揺らめかせ、私は幽霊のように花畑をさまよっていた。
ルビネルを一ヶ月ばかり待ったが、彼女はついに帰ってくることはなかった。この世がビットの手に落ちていはいない所を見るに、何らかの手段でビットを無力化したらしい。
ルビネルの余命はあの時点で数日だったはず。私が手を加えていない以上、多臓器不全……いわゆる老衰により死んでしまったはずだ。
そうでなくても心臓を傷つけられた以上数日も持つまい。
「だが、現にこうして私がのうのうと生きているのは彼女のお陰か……」
私が違和感に気づいたのは、花畑から森へと移動した時だった。背後から何やら光が漏れていた。私が振り向くと、先程までいた花畑に再び光の扉が現れていた。
「何がどうなっている?」
いるはずのない人がそこにいた。胸部と腹部に大きな穴の空いたボロボロのコートに、ずぶ濡れの黒髪を持つ忘れもしないあの子が。誰もが諦めていたあの子が。
彼女は銀色の髪の毛を持つ少女をお姫様抱っこして、不敵に微笑んでいる。
幻覚かと思いマスクの目玉の部分をごしごしと擦る。
「こっ、これは……まさか!」
「フッ……フッ……フッ! ただいま、ドクター」
ルビネルは空色の花畑に抱っこしていたアウレイスをおろした。すやすやと寝息をたてている。
「私は前にキスビットでカルマポリスの呪詛を独自に扱うとされる妖怪の調査をしていたんだけど、妖怪の正体は私自身だった……なんて。タニカワ教授にどう説明すればいいのかしら」
「私よりもいい相談相手なら沢山いるぞ?エウス村長にガーナ、老人もいいな。柔軟な発想が必要ならセレアに聞くといい。みんな喜んで……本当に喜んで……教えてくれるだろう」
自分の声が潤んでいた。マスクの中が涙で濡れている。私はあの世へ人を送り出すのには慣れていても、帰ってくる人を迎えるのには慣れてないらしい。
「みんなのもとに案内してくれるかしら?あと、タオルない?」
「よろこんで。みんな、謝辞も含めて伝えたいことが山ほどあるはずだ。私を含めてな。因みにタオルは用意していない」
「楽しみにしているわ。……タオルも」
ルビネルは濡れて艶々になっている髪の毛に手を通してから、私の腕を指差した。
「ところでそれは……?」
「ん? ああ。別に」
私は無意識のうちに腕に巻いた空色の花の冠を隠した。
「もしかして、私にプレゼントするために?」
「止めた。泣きながら花の冠を渡すなど恥ずかしくてたまらん」
私はアウレイスの頭にそっと冠を乗せた。
「似合っているじゃないか。銀の髪に空色の冠。天使の寝顔だな」
「フッフッ……変なことをしたらボールペンでグサリよ?」
「おおー怖い怖い」
私は大袈裟に離れると、柄にもなく大声で笑った。ルビネルはそんな私を幸せそうな微笑みを浮かべて見つめていた。
「さあ、行こうか。君たちを待っている人がたくさんいる」
「ええ。帰りましょう。私たちの世界へ」
終