起動_エアライシス
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⬆の続きです
「ところで、なぜタニカワ教授が専門家として推薦されたのじゃ? 呪詛兵器の専門に絞ればもっと優秀な学者もいたはずじゃが……」
蛍光灯がチカチカする無機質な通路を進みながらわらわは聞いた。
ガーナ王はワイバーンを引く手綱を調整しつつ、静かにうなずいた。
「最初我が国ドレスタニアの兵士が倉庫に眠るエアライシスを発見した。たが、残念ながらカルマポリスの独自技術には我が国は疎い。そこで私はカルマポリスの呪詛兵器の専門家を呼ぶことにしたのだ」
「そこで国王の命令でカルマポリスの役人が優秀な専門家を当たったんだけど断られてしまってね」
「人望ないのぉー役人……」
「たらい回しにされた挙げ句泣く泣く私にお願いした、というのがカルマポリス側の事情なんだ」
ぐぬぬ、と顔を歪めるタニカワ教授に対してガーナは気にするな、と笑顔を向けた。
「いいや、私としてはむしろ好都合だった。一番話のわかる学者が来たわけだからな。恐らくタニカワ教授以外の研究者が断ったというのはエアライシスの解体に密かに反対しており、全員拒否することで計画を頓挫させようとした、というのが実のところだろう」
「……おっしゃる通りです。ルビネルからセレアの戦闘力を聞くまではエアライシス解体に反対でした。文化的価値だけでなく、使われている技術も大変興味深いものが多い。大きな技術革新に繋がる可能性のある大変貴重な遺産だから壊すなどとんでもない、と。もっとも、あなたから資料を見せられたとき考えが変わりましたが」
「ん? それタニカワ教授にとって結構ヤバイ気がするんじゃが」
「大丈夫。気にしないで、セレア。危険な兵器を外に出すよりはずっと穏やかだ」
扉を潜り抜けると巨大な空間が広がっていた。薄暗い空間に黒いビルのような建物がいくつも立ち並んでおり、その窓一つ一つの内側に緑色の液が満たされており、異形の生物が浮いている。正直キモチワルイ。
因みにここはわらわの住んでいる(勝手に居座っている)、ノア教本堂内の礼拝堂の地下だ。クロノクリスが増設した宗教に染め上げられた地上に対して、ひたすら無機質な部屋の数々。
異世界にでも来たかのような錯覚に陥る空間を、わらわたちは進んでいた。
時おり非常時の移動用につれてきたワイバーンが内容物に怯えてキュルルルという声をあげる。
「ここを真っ直ぐ行けば地下図書館に続いておる。じゃが、今回の行き先は倉庫じゃったよな?」
わらわは以前、クロノクリスに操られて、ガーナの弟やその仲間を殺しかけたのだ。自らの体を勝手に動かされ支配される身の毛もよだつほどの不快感。嫌なことを無理矢理やらされる嫌悪感。そして、人を手にかけることになんの抵抗もない自分への憎悪。
以前の死闘による破壊のあとがあちこちに見られた。床にヒビが入っていたり、建物に焼き焦げた跡や、弾痕が生々しく残っている。
わらわがその一つ一つを苦い思いで見つめていると、ガーナが声をかけてきた。
「先を急ごう」
「わかったのじゃ」
「セレア、たしかここを右に曲がれば倉庫だよね?」
「ああ。西側の扉が倉庫に続いておる」
二人の気遣いが温かかった。
町並みが唐突に途切れて、黒い壁が立ちはだかった。壁際を伝って五分ほど歩いたとき、壁に備え付けられた大きめの扉を発見した。
「ここじゃな?」
「ああ」
施設の機能が停止しているために、扉のロック機能も作動しておらず、ドアノブを押すだけであっさりと中に入ることが出来た。中はかなり広そうに見えるが照明が暗くて奥まで見えない。
「あの正面にあるのがエアライシス?」
「その通り」
タニカワ教授もどうやら実物を見るのははじめてだったみたいだ。
エアライシスはお座りしているオオカミのような姿勢で待機していた。頭の上から三本の角が生えていたり、飛ぶのには小さすぎる翼を持っていたりと突っ込みどころ満載であったが。
ガーナ王が手にした書類を軽く見てからエアライシスをにらんだ。
「エアライシスは侵略用に開発されたにも関わらず、機動力が低く、そのうえ巨体故に運搬には多大なコストがかかる。しかも、防衛に使うにはあまりにも破壊力が大きすぎる。起動するには莫大な呪詛が必要で、そのうえ燃費が悪いためにすぐ呪詛切れになってしまう。実践導入するにはあまりにも障害が多くて、文字通りお蔵入りしてしまった経緯がある……とここには書かれているな」
「立ち上がると恐らく五メートル位か。確かに巨大すぎて運用できる場所が限られそうだ」
「ふむぅ、結局の所産廃だったわけじゃな」
タニカワ教授を見てそういえば話す人によって口調を変えるのカルマポリス出身の人の特徴だなと、わらわは思った。因みにわらわはカルマポリスで製造されたがそんなことは全くない。どんな人に対しても常にのじゃのじゃ言ってきた。
あれ、それって単なる痛いコのような……。まあいいか。どんなに治そうとしても結局なおらなかったし。
「今日は視察だけだ。今から数日後に行うエアライシスの解体作戦の説明を……」
ガーナが言いかけたときだった。
エアライシスからカチリという嫌な予感のする音が聞こえた。
人でいうこめかみの辺りに上向きに取り付けられた二本のパイプから呪詛を多量に含んだ蒸気が漏れて、プシューッ! という音がした。さらに翼の付け根にある無数の歯車が、一斉に回転を始める。ゴォォォとボイラーの燃えたぎるような音が聞こえたかと思うと全身から呪詛が溢れだしエアライシスの輪郭が揺らぐ。
「なぁ、これなんか動いてるように見えるんじゃが」
「兵士たちはすでに退避させている」
「ワイバーンつれてきて正解だった」
双方に二つずつある眼が開いた。微妙に左右に頭を動かして周囲の状況を確認している。そして、わらわたちに目を向けると静かに語りかけてきた。
「遥か昔、我は兵器として生を受けこの地に安置された。我は兵器として戦うことも死ぬこともできず、自らの存在意義すら見いだせぬ地獄の日々を過ごしてきた。だが、それも今宵で終る。我が名はエアライシス。カルマ帝国最高の兵器なり」
突然目覚めたと思ったら、いきなり自己紹介された。何がなんだかわからないがとりあえず名乗っておいた方がいいのだろうか?
「わらわはセレアじゃ。よろしくな」
「ドレスタニア元国王のガーナだ」
「教授のタニカワです」
自己紹介をするとエアライシスの細く鋭い眼がさらに細くなった。どうやら見た目から実力を推測しているようだ
「我の望みは兵器としての生を全うし、戦いのなかに果てることにあり。我を滅したければ力を示してみよ」
「なるほどな。つまりお主をぶっ倒せばいいということじゃな」
わらわは二人と目を会わせて頷いた。二人とも察したらしくワイバーンに飛び乗った。
「無理しないようにな」
「こちらもいざというときのために準備しておく。安心して戦ってくれ」
ゆっくりとエアライシスは立ち上がった。見下ろされるとすんごい威圧感である。
「我が力、極限まで高めて戦おう。いざ……」
「勝負じゃ!」
タニカワ教授とガーナを乗せたワイバーンが倉庫を出た直後、わらわの視界は真っ白な閃光に包まれ、四肢が砕けて銀色の液体と化し盛大に飛び散った。