夢見る機械 セレアとスミレ ss1
この街は妙だ。昼とか夜とか関係なしに、緑がかった霧が漂っている。その霧が都市全体をドームで覆っている。
彼女は教室の端で窓の外を見ながらボーッと考え事をしていた。
銀色の長髪を弄りながらあくびする。ふと、クラスメイトの話し声が耳に入った。
「昨日も俺の住む地域、計画エネルギー停止だったんだ。だいたい二時間くらい? 呪詛製品使えないとかマジ勘弁」
「最近多いよな。停電ならまだしも停呪はなぁ……」
この街は巨大な水晶、ワースシンボルから産み出されるエネルギーに依存している。例えるなら線を繋げなくてもいい電気。夢のようなエネルギーだ。お陰でこの国、カルマポリス普段は緑色の霧として目に見える。その証拠に本来雪のように白い彼女の肌も薄緑に染まっている。
ただ、このエネルギーは霧が行き届く狭い地域でしか効果を発揮できない。だからワースシンボルの働く狭い敷地に出来る限り建物を作ろうとした結果、高層建築が立ち並ぶ無機質な街並みになった。
それがこの町カルマポリスだ。
「……セレア」
「スミレか。なんじゃ?」
注意しないと聞き取れなさそうなか細い声が聞こえてきた。セレアは窓から視線をはずし振り向いた。
セレアの席の横に立っていたのはこの学校特有の黒い制服に身を包んだ少女だ。目が大きく整った顔立ちに反して露骨な無表情。そして目を引く猫耳のような第三、第四の耳。
「……珍しい」
「わらわが一人でいることが、か?」
こくりとスミレは頷いた。
セレアはスミレに微笑むと、ピクピク動いている猫耳をゆっくりと撫であげた。スミレは目をつむりされるがままにする。
「……これ」
スミレは唐突に手に持った本をセレアに突きつけた。
ページの右半分に、ジーパンに袖が長すぎる白衣を羽織った奇抜すぎるスタイルの男の写真が描かれていた。
「『ライン・N・スペクター』? なんじゃこいつ? 頭の右半分ってこれ機械か? ……お主、まさかこれが好みとか」
「……違う」
ほんの数ミリ、スミレの口元が歪んだ。
「冗談じゃよ。んで、こいつがなんじゃ?」
「……会ったことがある」
撫でられて満更でもない様子でスミレは首を横にふった。濃い紫色のショートカットがさらさらと揺れる。
「……ただの変態半裸ロン毛だった」
「おっ……お主、ズバッと言うのぉ。妖怪から抽出した呪詛を加工してつくるスイーツやドリンクを開発って……、購買で売ってるあれの原型か! へぇこんな奴が創始者とはのぉ」
「……信じられない」
「そんなにヤバい奴じゃったのか。わらわはこっちも気になるんじゃが」
セレアは左のページに描かれたギターを握りマイクに語りかけている青年を指差した。公園で見かけたら間違いなく逃げ出したくなるような顔である。
「……極道?」
「カサキヤマっていうアーティストじゃよ。強面なのに繊細な歌詞と歌声でわらわも好きだったんじゃ。早死にしてしまいおったがのぉ」
読み進めていた所で、教室のざわめきが急に椅子を動かす音に変わった。チャイムが鳴っている。
名残惜しいのか、自席に戻りたがらないスミレを無理やり席につかせて、セレアは教科書を開いた。