夢見る機械 陰謀学 ss2
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⬆前回
教壇側の扉が開き、壮年の男教師が入ってきた。真ん中で別れた髪の毛にはところどころ白髪が混じる。全てを赦しそうな笑みは、いかにも薄幸そうなイメージを生徒に植え付ける。
「この時間は特別に私が担当することになった。社会妖怪学の教科書、ちゃんと持ってきているよね?」
「忘れたのじゃ!」
「セレア、堂々と言うことじゃない」
教室がドッと笑い声に包まれた。そんな中、セレアは堂々と教壇へとあるいていく。
「セレア、前に来なさい」
セレアは席から立ち上がると、バック転を試みた。セレアの座席は転校してきたために、教室の端だった。どうかんがえても普通なら無謀な距離である。だが、セレアの体は異様に長い時間滑空し、放物線を描き教壇の前に見事着地した。
教室が再び拍手に包まれる。セレアは演劇部の舞台挨拶のようにうやうやしく頭を垂れた。
「綺麗に決まった!」
「十点満点!」
「よっ、さすが空とぶ転校生!」
外野の誉め言葉を真に受けて照れているセレア。その頭にタニカワ教授がポンと手を置く。
「学校で飛ぶのは止めなさい」
クスクスと、教室の生徒の笑い声が聞こえるなか、タニカワ教授はセレアにだけ小声でささやいた。
「あと、私に教科書を借りたいからといって、教科書を忘れたフリをするのは止めてくれ」
「......気づいてたのじゃぁ!?」
顔を赤くしてセレアは貸し出し用の教科書をタニカワ教授からぶんどった。自分の席に戻る途中、スミレが首をかしげたが、セレアに答えるだけの余裕はなかった。
「......さて、授業を始めるぞ。いきなりだがテストに出る範囲なのでよく聞くように」
テストと聞いて、教室のざわめきが一瞬にして収まった。
「我が国カルマポリスには主に妖怪とアルファがすんでいる。まずアルファ説明から。アルファは人工知能を搭載したアンドロイドで人口の一割程度を占めている。まあ、あくまで感情を持たないとされるアルファを人としてカウントするかは種々の倫理的問題がある。ただ、この国では一応人として扱っているんだ」
タニカワ教授が一瞬セレアと目を合わせ、すぐに反らした。
「一方妖怪は人口の九割を占める。『魂の力』を用いて呪詛と呼ばれる能力を発揮できるんだ。呪詛は一妖怪につき一系統のものが使え、本人の素質や努力に大きく左右される」
セレアは教科書を立ててタニカワ教授の視線を逃れつつ、折り紙で小さな鶴を折った。ふぅ、と吹くとふらふらと鶴が空中に浮いた。
セレアの呪詛は空気を操れる力だった。高速で空を飛ぶことができるし、かまいたちを飛ばして遠くにある空き缶を切り裂いたりできる。
それが、授業中の手遊びに一役勝っていた。
「ただ、カルマポリスは町全体がワースシンボルと呼ばれる巨大な結晶から溢れ出るエネルギーで成り立っている。カルマポリスの殆んどの生活用品はそのエネルギーを享受して稼働している。逆に言えばシンボルの範囲外に出ると全く役に立たない」
隣の席の男子がセレアの鶴を指差した。すると、紙であるはず鶴が羽をパタパタとはためかせた。教授にばれないよう彼にグッドの仕草をする。
「そして皆さんもご存じの通り、カルマポリスで生まれた妖怪は、ワースシンボルのエネルギーがなければ呪詛を発動できない......って、そこ! 遊ばない」
セレアは一瞬ドキリとした。鶴を着地させて流れるように机の下に潜り込ませる。隣の男子もはっとした表情で固まっている。
が、タニカワ教授の視線は別の生徒の方に向かっていた。
「あと、セレア!」
「のじゃぁ!?」
「放課後、物理研究室に来なさい」
「バレてたかのぉ......」
ーー
物理研究室の机のうちひとつから少女の首だけが出ている。彼女の背が低すぎて背筋を伸ばしても首から下が机に隠れてしまうのだ。
少女は肩にかかった銀色の髪の毛を払いのけ、コンパクトレンズを覗いた。色白の肌にパッチリとした瞳に小さな鼻と口。ふっくらとしたほっぺた。左眉の下から左頬にかけて傷の跡がある以外は小等学級生にしか見えない。
「ごめんセレア、おくれちゃったね」
若い頃は眼鏡の似合う美形だったらしいタニカワ教授が部屋に入ってきた。柔和な笑みに陰りが見える。
「まあ、わらわに非があるからな......」
「なんのこと?」
「あっ......何でもない何でもないのじゃ!」
タニカワ教授は首をかしげてセレアの顔をのぞきこんだ。思わずセレアは目をそらしてしまう。
「? まあいいや。ところでセレア、学校の方は順調かい? アルファであることを隠して暮らすのは大変だろう」
「まあ、思ったよりは楽じゃった。普通に暮らしている限りばれんからな。自分から話す気にもなれんし」
この事実を知るのはこの学校でも校長とタニカワ教授のみだった。セレアは特殊な生い立ちから自我を認められているこの国唯一のアルファだった。だが、この事を公にすれば社会的な混乱は避けられない。国からの圧力もあり、セレアは今妖怪として生きている。
「ところで、呼び出した理由とはなんじゃ? 大切な話を後回しにするなぞ、そなたらしくない」
「そうか。......わかった。しゃあ本題に入ろうか」
タニカワ教授の持ってきた話はセレアの予想は大きく外れていた。
「カルマポリス政府からの依頼だ」
「はぁ!?」
タニカワ教授は机の上にバンッ!と手紙を叩きつけた。
「さっきも説明した通り、ワースシンボルはこの国の命綱といっても過言じゃない。そのワースシンボルの最深部に妖怪の呪詛がかけられた。その妖怪の呪詛によりワースシンボルのエネルギー供給量が日に日に低下している。計画停呪はエネルギーを確保できなくなったための応急措置らしい。だが、来月までにはほぼ呪詛の供給量がゼロになる見込みだ」
「このための臨時授業だったのか......」
ふと、セレアは教室のクラスメイトが話していたことを思い出した。
「これを解除するには最深部に行き、直接解呪のお札を張らなければならない。が、ワースシンボルの内部は高密度の呪詛が蔓延していて普通の人は入ることさえ出来ない。でもアルファ......つまり機械である君は呪詛に強い耐性がある。だから選ばれたそうだ」
「まあ、要は行ってお札を貼って戻ってくるだけじゃろう。奨学金に孤児院の紹介......この国にはお世話になっているからのぉ」
積極的ではないが乗る気のセレアに対して、タニカワ教授は露骨に嫌な顔をしてから言った。
「行く気満々のところ悪いが私は反対だ。何が起こるかわからない。防衛システムが暴走しているという噂もある」
タニカワ教授は努めて平生を装っているものの声が固かった。
「君は国にいいように使われているだけだ。年端もいかない女の子を危険な場所へ送り込むなんて正気の沙汰じゃない。しかもこの計画、成功したら国の功績で失敗したらセレアの責任になるよう仕組まれてる。それに今回引き受けたら、次も同じような手口で利用されるぞ」
「じゃが、わらわ以外に適役はいないのじゃろう? それにこの紙にも断れば奨学金や孤児院に通う権利を剥奪するとかかれておる。わらわは行かざるを得ない」
タニカワ教授が叩きつけたことでくしゃくしゃになった手紙。その一部をセレアは指差した。
「奨学金や孤児院の紹介も全部君を監視し、あわよくば利用したいという国の思惑だよ。でなければ『アルファであることを伏せろ』なんて要求しない。私は他国に移住した方が身のためだと思う」
「国の教育機関の人間が言うなら間違いないか......。因みに返答の期限は?」
「今朝お達しが来て明後日が返答の期限だ。露骨な揺さぶりだ。できる限り慎重に決めてくれ、セレア」