夢見る機械 スペクター ss4
その日の夜、意向を国に伝えたとタニカワ教授からセレアの孤児院に連絡があった。タニカワ教授によれば、今回の作戦のオペレーターはタニカワ教授が行うとのことだった。セレアがこの国に来てから秘密裏にオペレーターの訓練をしていたらしく、腕には自信があるらしい。
数日後、タニカワ教授とセレアは今回の作戦の本部に呼ばれた。作戦本部とはいってもとあるオスィスの一室だった。背広姿の役人によって作戦についての詳細な説明があった。ただ、ワースシンボルへの侵入経路についての説明はまだしも、今回の作戦が国にとっていかに大切か、成功すればどれ程すごいか、など下らない話を延々と聞かされた。
そのあと二人は一旦学校に戻り、タニカワ教授の研究室で骨休めした。研究室、とはいっても実際は人が四人も入れば狭く感じるような部屋の真ん中に正方形の机を置いて、その四方を本棚で埋め尽くしただけであるのだが。
「疲れたのじゃぁ~」
「まあ、大切な話ばかりだったし、いいとしよう」
そう言うとタニカワ教授はガムを取り出して口に放り込んだ。
「セレアも食べるか?」
「いいのか? こんなところで菓子を食って」
「そうでもしないとやってられないだろう?」
タニカワ教授は机の引き出しの鍵を開けて、何かの文章が印刷された紙を卓上に置いた。
「さっきの資料にはカルマポリスの内部についての記述が少なかった。それは高濃度の呪詛で内部が満たされ、普通の生き物はまず入ることが出来ないからだ。しかし、それをアルファを用いて探索するという発想は過去にもあった」
紙の著者欄にライン・N・スペクターと書いてある。
「スペクターは昔、カルマポリス政府のお抱え研究者だった。スペクターは国の命令により、アルファにワースシンボルの捜索はさせていた。大体は国の資料通りだけど一部が違うんだ」
先程見た国の資料によると、ワースシンボルへは町中央にある時計塔の隠しエレベーターを使っていく。エレベーターを出てから数㎞直進するとワースシンボルに着くとなっていた。
セレアのミッションはそのワースシンボルに国が用意した解呪用の札を貼ることだ。後は帰還するだけ。作戦自体はすごくシンプルなものだ。
ただ、タニカワ教授のいうことが本当ならややこしいことになる。セレアは少し顔をしかめて話に耳を傾ける。
「彼の研究では、国の資料でいうワースシンボルがある場所、そこからさらに地下へ通じる道があるらしい。もっとも探索させたアルファの殆どはそのまま帰ってこなかった。でも、一体だけ帰還したアルファがいた」
「いたのか!?」
「ただ、帰ってきたアルファは『夢を見た』という謎の言葉を残し、この世に存在しない町の話をし始めるという奇っ怪な行動に出た。信憑性に欠ける上、スペクターは人間であったために誰にも信じてもらえなかった。この一件が原因で優秀だったのにも関わらず、スペクターは国の研究所からはずされた」
「ここでも種族差別か! 本当にどこのくにもぉぉ」
「セレア、気持ちはわかるがそれは帰ってから授業で話そう」
カルマポリスは妖怪国家だ。今でこそ種族差別はほとんどなくなったが、数十年前は非妖怪への差別は少なからずあった。そして国の重鎮は差別真っ只中で育った世代である。
「その後はこの国の西にあるエルドランに渡って研究を進めたそうだ。その過程で人の役に立つ研究もいくつも行っていて、人当たりもよかったことから国民からの人気は高い。まあ、脱法ギリギリの研究も多くて、さらには呪詛に依存する政府を批判してたから、国からはすごく嫌われてる......って話がそれたな」
「じゃが、そんな意味不明な資料を信頼してよいのか? 単なるアルファのエラーとかでは?」
「ああ。前例もなければ、それ以降調査もされていない。まあ、念のためだ。目を通しておいてくれ」
セレアは盛大にため息をついてから、資料を読み始めた。異常事態でも宿題や課題は嫌なことに変わりないのであった。