夢見る機械 境界を越えて ss8
なぜわらわがこんな場所を歩いているのかわからない。どこかの町の商店街らしい。ふと、空を見上げると夕日を直接見てしまい、目が眩んだ。
左右に古めかしい店が並んでいる。街道は主婦と思われる人たちで賑わっている。手前には野菜が並べてある八百屋があり、その奥に緑の袋がたくさんおいてある茶屋があり、その次は団子屋。カルマポリスに見られる高層建築は一切いなかった。頭がおかしくなりそうだ。
落ち着けるために深呼吸をしてみる。カレー、トンカツ、お茶......食堂がそばにあるらしい。ひどく疲れた、一休みするか。そう思ったときわらわは一文も持っていないことに気づいた。ポケットを漁ってもなにも出てきやしない。つまり、今のわらわは知らない土地でたった一人迷子になっている。途方にくれるわらわを小バカにするかのようなカラスが鳴き声が聞こえた。
延々と続くかに見えた商店街を抜けた。境目は曖昧だったが、どうやら住宅地に突入したらしい。通行人が減り、道が閑散とした。家は石垣で囲ってあり、木造家屋が目立つ。一昔前の和国がこんな感じだったと社会かの授業で習った気がする。
偶然すれ違った強面の男の子がわらわを見つめていた。なんじゃろうと、自分の体を確認してみる。
ローファに白のワンピース。銀色の髪の毛のロングヘアー。先端がちょっとカールしているのは癖っ毛で、タニカワに確認しても違和感はなかったと言われた。腕を変形させ、鏡をつくり覗いてみてもやはり異常はない。
っと、ここまで来て思い出した。そうだ、タニカワに連絡すればいいんだ。あやつならこんな異常事態でも冷静な口調でわらわに指示を出してくれるに違いない。そうとわかればすぐ行動だ。
「タニカワに連絡! おい、通じているのなら返事をしろ! うたた寝は許さんぞ......出ないか......」
だろうとは思ってた。先程の少年が見てはいけないものを見てしまったかのように顔をそらした。まあ、一人で道端で叫んだら変人扱いされるのは道理というものだ。そうだ、と少年に声をかけた。
「すまん、そこの少年」
「ヒッ! はっはいなんでしょう!?」
「お、いい声してるのぉ。とりあえず、今はいつじゃ」
彼は驚いて縮こまりながら日付を呟いた。日付は間違いなく今日だった。声楽部でも入っているのだろうか。やたらと澄んだ声だった。顔面とのギャップが激しすぎる。
「ではここはどこじゃ」
「業町三丁目だけど」
藍色の短パンに水色のシャツの少年は、この女の子はなんでこんな訳のわからないことを聞いてくるのかな、といった様子だ。
「ゴウマチサンチョウメ? そうか、本格的に困ったのぉ。カルマポリスという町を探しているんじゃが」
「ごめん。残念だけどその町は知らないな。っていうことは君、迷子?」
「ああ。そうか、それで声をかけるのを渋ってたわけじゃな? 迷子って確信を持てずに。ところでお主、名前は?」
「カサキヤマ」
わらわの推測がただしかったのか、少年は顔を赤くして目をそらした。そのせいで名前がよく聞き取れなかった。
「えっとすまん、ササキヤマ? カアキヤマ?」
「カサキヤマデス」
少年の声が裏返った。裏返っても美声だった。外見ににつかわず繊細な声と......
「......ちょっと待て、お主。どこかで見たような......?!」
「どうしたのお姉ちゃん?」
「お主、たぶん音楽好きか?」
「うん。大好きだけど?」
「続けた方がいいぞ。わらわ、一人のファンとして応援するから」
ぱぁ、っとカサキヤマ少年の顔が明るくなった。
「おねえちゃん、もしかしてコンサート見て......僕のファンになったの?!」
「そうそう! 思い出した! サインくれんかのぉ」
「いいよ! 書いたげる!」
「んじゃあ、この色紙に頼む」
わらわはポケットからサイン色紙を取り出すフリをして、体の一部を板状に変形させ切り離した。それをカサキヤマ少年に渡す。
少年が言ったのは恐らくチャイルドコンサートのことだろう。実際にセレアが見たのはテレビ放送されていたコンサートで、プロたちが続々と登場するようなすさまじい、コンサートである。そして、そこに立っていたのはカサキヤマ少年ではない。繊細な歌詞と歌声で人々を魅了するアーティストだ。
「ほわぉぉぉ! サインじゃあああ! こんなところでカサキヤマのサインをもらえるとは!?」
意味もなく空中で三回転してから、カサキヤマに微笑んだ。
「おねえちゃん喜んでくれてありがとう! サインなんてしたのはじめてだから緊張した」
「ああ。たぶんこれからもっとたくさん書くことになるじゃろうな! そうなってもわらわのこと覚えていてくれると嬉しいのぉ」
「あ、もう家に帰らなきゃ! おねえちゃん、ありがとう!」
「おう! これからも応援しておるぞぉ!」
わらわはカサキヤマが見えなくなるまで手を振り続けた。
ふう、と一息ついて、わらわは複雑な思いでそのサインを見る。はじめてにしては異様なほど洗礼されているサインだ。
カサキヤマは記憶が正しければ一年前に亡くなったアーティストだったはずだ。それがなぜ、こんなところで子供の姿になって存在していたのか。異常すぎてあっさりと対応してサインまでもらってしまったが、これは相当不味いことになっている気がする。わらわの推測が正しければ、わらわは恐らく......。
いやいや、と首を振った。そんなはずはない。
っていうか、そもそもわらわはなぜこんなところにいる。わらわはここに来る直前なにをしていた? 思い出せない。数週間の記憶が飛んでいる。とりあえず、思い出したのはタニカワ教授と連絡をとっていたことだけだ。
その日は結局なにも手がかりを得ることなく終わった。アルファであるわらわは食事をせずともとりあえず寝れば(メンテナンスとも言う)永遠に活動できる。高度1000メートル位で待機すれば誰にも迷惑はかかるまい。ここまで来ると殆どチリが飛んでこないので、空気が綺麗なのだ。これ以上の高度も行くことが出来るが、酸素と言う推進力がなくなり、すんごく疲れるため止めておく。
「夜空に星はなし。わらわの行く末を示しているのか? いや何を弱気になっているきっとタニカワ教授も頑張っておるのだ。明日こそは……」