フールのサブブログ

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セレアvsエアライシス 完結編

 「ところで、なぜタニカワが専門家として推薦されたのじゃ? 呪詛兵器の専門に絞ればもっと優秀な学者もいたはずじゃが……」

 蛍光灯がチカチカする無機質な通路を進みながらセレアが聞いた。
 ガーナ元国王はワイバーンを引く手綱を調整しつつ、静かにうなずいた。

 「最初に我が国ドレスタニアの兵士が倉庫に眠る兵器エアライシス=ルナリスを発見した。たが、残念ながらカルマポリスの独自技術には我が国は疎い。そこで私はカルマポリスの呪詛兵器の専門家を呼ぶことにしたのだ」

 「そこで国王の命令でカルマポリスの役人が優秀な専門家を当たったんだけど断られてしまってね」

 「人望ないのぉー役人……」

 「たらい回しにされた挙げ句泣く泣く私にお願いした、というのがカルマポリス側の事情なんだ」

 私に対してガーナは気にするな、と笑顔を向けた。


 「いいや、私としてはむしろ好都合だった。一番話のわかる学者が来たわけだからな。恐らくタニカワ教授以外の研究者が断ったというのはエアライシス=ルナリスの解体に密かに反対しており、全員拒否することで計画を頓挫させようとした、というのが実のところだろう」

 「……おっしゃる通りです。エアライシス=ルナリスは文化的価値だけでなく、使われている技術も大変興味深い。技術革新に繋がる可能性のある大変貴重な遺産だから壊すなどとんでもない、と学会では否定的でした。もっとも、ガーナ元国王から資料を見せられたとき考えが変わりましたがね」

 「ん? それタニカワにとって結構ヤバイ気がするんじゃが」


 約300年前にエアライシスを元に妖怪が作り上げた兵器、エアライシス=ルナリス。セレアがかつて戦った本家エアライシスは文字通り国を消し去るほどの破壊力を有していた。これを野放しにする位なら、失職した方がまだましだ。


 「気にしないで、セレア。危険な兵器を外に出すよりはずっと穏やかだ」

 「主はいつも......まあよい」


 扉を潜り抜けると巨大な空間が広がっていた。薄暗い空間に黒いビルのような建物がいくつも立ち並んでおり、その窓一つ一つの内側に緑色の液が満たされており、異形の生物が浮いている。
 因みにここはノア教本堂内の礼拝堂の地下だ。クロノクリスが増設した宗教に染め上げられた地上に対して、ひたすら無機質な部屋の数々。異世界にでも来たかのような錯覚に陥る空間を、私たちは進んでいた。時おり床にヒビが入っていたり、建物に焼き焦げた跡や、弾痕が生々しく残っていたりした。
 非常時の移動用につれてきたワイバーンが怯えてキュルルルという声をあげる。私の気持ちを代弁しているかのようだった。


 「ここを真っ直ぐ行けば地下図書館に続いておる。じゃが、今回の行き先は倉庫じゃったよな?」


 セレアは以前、クロノクリスに操られて、ガーナ元国王の弟やその仲間を殺しかけたらしい。自らの体を勝手に動かされ支配される身の毛もよだつほどの不快感。嫌なことを無理矢理やらされる嫌悪感。そして、人を手にかけることになんの抵抗もない自分への憎悪。今の彼女の苦悶の表情がその壮絶な過去を暗示している。
 私はセレアの手を握ると、あえて明るい声で話しかけた。視界の端でガーナ元国王が目をそらした。


 「先を急ごう、セレア。たしかここを右に曲がれば倉庫だよね?」

 「ああ。西側の扉が倉庫に続いておる」


 町並みが唐突に途切れて、黒い壁が立ちはだかった。壁際を伝って五分ほど歩いたとき、壁に備え付けられた大きめの扉を発見した。


 「ここじゃな?」

 「ああ」


 施設の機能が停止しているために、扉のロック機能も作動しておらず、ドアノブを押すだけであっさりと中に入ることが出来た。中はかなり広そうに見えるが照明が暗くて奥まで見えない。


 「あの正面にあるのがエアライシス=ルナリス?」

 「その通り」


 エアライシス=ルナリスはお座りしているオオカミのような姿勢で待機していた。頭の上から三本の角が生えていたり、飛ぶのには小さすぎる翼を持っていたりと突っ込みどころ満載であったが。


 「立ち上がると恐らく五メートル位、資料と少し食い違いがあるものの誤差の範囲だろう。まぁいい。今日は視察だけだ。今から数日後に行うエアライシス=ルナリスの解体作戦の説明を……」


 ガーナ元国王が言いかけたときだった。
 エアライシス=ルナリスからカチリという嫌な予感のする音が聞こえた。
 人でいうこめかみの辺りに上向きに取り付けられた二本のパイプから呪詛を多量に含んだ蒸気が漏れて、プシューッ! という音がした。さらに翼の付け根にある無数の歯車が、一斉に回転を始める。ゴォォォとボイラーの燃えたぎるような音が聞こえたかと思うと全身から呪詛が溢れだしエアライシス=ルナリスの輪郭が揺らぐ。セレアが慌ててガーナ元国王に聞いた。


 「なぁ、これなんか動いてるように見えるんじゃが」

 「兵士たちはすでに退避させている」


 私は額に手をあてて首を左右に振った。


 「ワイバーンつれてきて正解だった」


 双方に二つずつある眼が開いた。微妙に左右に頭を動かして周囲の状況を確認している。そして、わらわたちに目を向けると静かに語りかけてきた。


 「遥か昔、我は兵器として生を受けてから間もなくこの地に安置された。我は戦うことも死ぬこともできず、自らの存在意義すら見いだせぬ地獄の日々を過ごしてきた。だが、それも今宵で終る。我が名はエアライシス=ルナリス。カルマ帝国最高の兵器なり」

 突然目覚めたと思ったら、いきなり自己紹介された。初対面の相手に自己紹介は基本であるが、この異質な状況の中、生物兵器にされるとは思わなかった。とりあえず名乗っておいた方がいいのだろうか?


 「わらわはセレアじゃ。よろしくな」

 「ドレスタニア元国王のガーナだ」

 「教授のタニカワです」


 自己紹介をするとエアライシス=ルナリスの細く鋭い眼がさらに細くなった。どうやら見た目から実力を推測しているようだ。


 「我の望みは兵器としての生を全うし、戦いのなかに果てることにあり。我を滅したければ力を示してみよ」

 「なるほどな。つまりお主をぶっ倒せばいいということじゃな」


 セレアが私とガーナ元国王に目を合わせて頷いた。私たちは速やかにワイバーンに飛び乗った。......こうなることはわかっていた。私はわかっていてセレアを止めることができない。目の前にいるのは無差別破壊兵器で、これを止められるのは彼女しかいないからだ。
 私にできるのはPCを通じて少しでも彼女の戦闘が楽になるようサポートすることだけ。つくづく自分が嫌になる。
 ゆっくりとエアライシス=ルナリスは立ち上がった。すんごい威圧感である。


 「我が力、極限まで高めて戦おう......」


 次の瞬間私の見た光景は現実味に欠くものだった。倉庫の天井が引き裂け、星空がのぞかせたのだ。ここは施設の地下深くでしかも今は朝だった。その夜空から無数の流れ星がセレアに向けて降ってきた。熱せられ赤々と輝く流星の群がこの倉庫に降り注ぐ。隕石は呪詛の炎をまとっており、床に接触すると、車一台余裕で入りそうな大きさの半球状の爆発を引き起こし床にクレーターを残す。回避が少しでも遅れていたら私たちはこの世から消え去っていただろう。
 そんな流星の雨をセレアは踊るように交わしていく。セミロングの銀髪をはためかせ、白いワンピースを揺らすセレア。彼女だけを見ていると、演出の激しい劇でも見ているかのような錯覚に陥った。
 エアライシス=ルナリスの呪詛は流星をはじめとして、天変地異と見間違えるほど強大で圧倒的だ。しかし、地をえぐる稲妻も、鉄を溶かす地獄の火炎も、全てを止める冷気も、セレアをとらえることができない。


 「奴が動く度に聞こえる金属が軋む音と破裂音......まさか」


 ガーナ元国王が呟きに私は答えた。


 「ええ。きっと産み出された時からもう......」


 エアライシス=ルナリスの背から数えきれないほどのレーザーが発射された。ミサイルの如くセレアを追う追尾レーザー。だが、それすらも地面すれすれを飛んだり、壁すれすれの急旋回をするセレアについていくことはできない。
 絶え間なく左右の翼、そして口に魔方陣を展開し呪詛を乱射するエアライシス=ルナリスだが、セレアは彼が呪詛を発動する前に、既に回避を終えている。もはや私には彼の呪詛の方が勝手にセレアを避けているようにしか見えない。
 数多の機械兵器との戦闘経験を詰み、それをワースシンボルのデータベースにて得られた情報と組み合せて補完しているセレア。それに対し実践経験0の兵器。戦いの結果は火を見るよりも明らかだった。
 そして何より......


 「我は幾多もの生物の犠牲の上で設計され、数十もの同胞を犠牲にして産み出された。我が脳裏には今も彼らの亡霊がさ迷い続けている。我が彼らに報いるためにできることはただひとつ! 戦いに勝つことのみ! 貴様とは......覚悟が違う!」


 エアライシス=ルナリスの口と両翼に、高濃度の呪詛が集中する。本来不可視であるはずの呪詛が赤黒い光となって可視化する。
 その時だった。何かがエアライシス=ルナリスの喉に入った。直後、口から火柱が吐き出された。衝撃により制御不能となった呪詛が暴走、連鎖爆発を起こす。熱エネルギーはエアライシス=ルナリスの各部位を内部と外部両方から焼き付くした。
 一瞬の隙をつきセレアが放ったミサイルとカマイタチだった。


 「はじめて戦った相手がこれほどまでの好敵手だったとは。完敗......いや、戦いにすらならなかった。膨大な呪詛を用いても傷一つつけることができなかった。天に感謝せねばなるまい。最後の最後で......我が願いは叶った」


 エアライシス=ルナリスの巨体がゆっくりと崩れ落ちていく。焼け焦げた歯車をはじめとする、時計のパーツのような彼の構造物が床にばらまかれ、三本のつのが根本から外れて地面を転がる。翼は塵となって大気に消えた。
 装甲は薄く未完成。エネルギー補給もろくにされておらず、挙げ句の果てに劣悪な倉庫に百年以上放棄された。本来、戦えるような体ではなかったはずだ。それを彼は執念で動かしていた。万全な状態であれば呪詛の暴走などするはずがないのだ。
 力なく横たわるそれは、もはや生物兵器などではなく弱り果てた哀れな狼にしか見えない。


 「......悠久とも言える眠りの中でかつては創造主を恨みもした。なぜ我を作り出したのかと。だが、今は違う。全力を尽くして戦うということがこれほどすがすがしいものだったとは。セレア、何がお前をそこまで強くした」


 エアライシス=ルナリスの顔の前にセレアは降り立った。苦悶の表情を浮かべて。


 「よき友、よき仲間、よき師、よき経験、よきライバルじゃ」

 「なるほど。我が望んでも手に入れられぬものばかり。たが、好敵手だけは我も出会うことが出来た」

 「よき友もな」


 エアライシス=ルナリスは驚いたように目を見開いた。はじめて彼から生物らしきものを垣間見た気がした。


 「友……我を友と呼んでくれるか」


 彼は満足げにまぶたを閉じる。瞳から一粒の涙がこぼれ落ちた。


 「我は兵器。戦うことでしか快感を得ることが出来ぬ。戦闘においての相手の感情を読み取ることができるが、我自身に感情はない。だが、もし我に感情が宿ったのであれば感ずるはお前への感謝と……我が兵器に産まれてしまったことへの少しばかりの哀しみ。我も出来るのであればそなたのように愛や友情を語れるようになりたかった。なぜだ、なぜ、我は兵器なのだ」

 「死ぬな! 諦めるな! 今急いで修復すれば間に合うはずじゃ」

 「人の手により作られし、破壊をもたらす兵器がこの世に存在してよいはずがない。ただ静かに消え去るのみ......あぁ......闇が来る......また孤独に戻るのか......我は......」


 その瞬間、エアライシス=ルナリスはただの屑鉄となった。


 「タニカワ、エアライシス=ルナリスについての情報を頼む」

 「彼は侵略用に開発されたにも関わらず、機動力が低く、巨体故に運搬には多大なコストがかかる。しかも、防衛に使うにはあまりにも破壊力が大きすぎる。起動するには莫大な呪詛が必要で、そのうえ燃費が悪いためにすぐ呪詛切れになってしまう。実践導入するにはあまりにも障害が多くて、起動後すぐにお蔵入りしてしまったそうだ」


 私が読み上げると、ガーナ元国王がゆっくりと頷いた。


 「恐らく、まともに人と話したのもはじめてだったはずだ。エアライシス=ルナリスは......単に寂しかっただけなのかもしれん。奴は生物兵器。戦い以外のコミュニケーションを知らない。だからセレアに戦いを挑んだのだろう」


 セレアは無言で立ち尽くしたまま、彼の前を動こうとしなかった。