フールのサブブログ

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虚空の精霊長レイ 上

 精霊ウォリスの説得に成功したセレア。彼女は火の精霊長を説得し退却させた。さらに、精霊長たちのカルマポリス侵略のために作った城の場所をセレアに伝える。ウォリスはセレアに忠告する。

 「砦には虚空の精霊長レイがいる。彼女はカルマポリス国への報復に反対した地の精霊長を力でねじ伏せたの。精霊長の中でも最高峰の魔法力を持っているわ。詳細はこの紙に記載したから。十分注意していくことね」

 砦はカルマポリスの北にある群島のうちひとつに隠されていた。その島は一見すると数分も歩けば島の端にから端へ移動できるくらい小さな島で、無秩序に生えた雑草以外何もない。あるはずの砦はカルマポリス国にはない高度な魔方陣によって視認すらできないのだ。政府に発見されなかったのも無理はなかった。セレアは島の南南西の断崖に、ただ一ヶ所空いている鍵穴に鍵を差し込む。すると、さっきまで原っぱだった場所に砦が顕となった。それと同時にオペレーターとの通信が遮断された。


 「わらわ、一人か......」


 セレアは砦に入るなり猛烈な反撃が来ると思っていた。しかし、予想に反し何も起こらなかった。否、起こったあとだった。
 砦のあちこちが崩落し、装飾品の残骸が床に散乱している。扉は開けっぱなしで、部屋の中のテーブルは倒れ、飲み物や食べ物が散らばっている。所々にいる精霊たちはみな身を震わせたり、ボソボソとなにかを呟いていたりしており、話せる状態ではなかった。
 ウォリスに渡された地図をたどると、本当に、驚くべきほどあっさりと一番奥に位置する扉の前にたどり着いた。巨大な扉の前で彼女は深呼吸する。
 そして扉をゆっくり開けた。


 「ごめんね。あなたがいないからこの砦、乗っ取っちゃった。安心なさい。精霊たちに用事があるのなら地下牢に行きなさいな」


 耳を犯されるような蠱惑に満ちた声だった。
 大理石でできた数十段の階段。その頂上に等間隔に置かれた五つの玉座。その中央の玉座に黒髪の女性が足を組んで座っていた。レザーコートに手袋、ブーツそのどれもが漆黒。白い一角。逆光により彼女の表情はわからないが、美人であることは確かだ。その隣で蒼白な顔をした白髪の青年がガタガタと震えている。
 五つの玉座の背後からは室内にも関わらず黄昏が流れ込み、部屋を照らす。夕焼けのような壮大な光景がそこにあった。


 「私は虚空の精霊長レイに召喚されし者。レイは自分の使い魔じゃセレアに勝てないことを悟って、カルマポリス国内かつセレアを除いてもっとも力の強い存在の召喚を願った。その結果私が呼び出されたの」


 本気を出せば天変地異と見分けのつかない壮絶な力を発揮する精霊長。かつて風の精霊長フロレはたった一人で西地区の建築物を50以上破壊し、水の精霊長ウォリスの竜巻による被害予想は北地区を壊滅させるのに十分すぎる力だった。それと同等の力を持つ精霊長。そのはずの虚空の精霊長レイは黒い少女の隣で怯えているだけだった。
 それが何を意味するのかセレアにはわかっている。


 「私の名前は妖鬼」


 その体から溢れ、玉座から階段を伝い流れる黒い呪詛。人とは思えぬ圧倒的な重圧。想像を絶する存在。その彼女が椅子から立ち上がる。たったそれだけのことでで風が吹き荒れセレアの肌を刺激する。ひぃ、という青年の情けない声が聞こえた。


 「私の目的は......あなたを試すこと」

 「試す? 何を?」

 「あなたがこの半年間、何を見て何を学んできたのか。これは召喚者である精霊長レイとの約束でもある」


 体が硬直して動かない。この拘束の正体は恐らく視線。砦にいた精霊たちは彼女の眼を見てしまったのだろう。


 「私が見たのはひとつの可能性に過ぎない。けれど、可能性がある以上は安心できない。そして、あなたが信じようと信じまいと私が何をするかは変わらない。あなたを試す。それだけよ」


 何をどう試すのか。それは心臓を刺すような殺意でわかった。セレアは腕を剣に変形させる。



 「あなたはカルマポリスによってノア教から救出された。でも、あなたは孤児院と学校においてアンドロイドであるという一点から差別を受けた。頼れる仲間も友達もいない中、政府から兵器として利用され、学校から外へ出たあとも社会的に抹殺された。あなたはそれでも人を信じる心を失わなかった」

 「わらわには友も、仲間も__」

 「最後まで話を聞いてくれる?」


 蛇に睨まれた蛙のような気分だった。
 町を消し飛ばす生体兵器、呪詛の真髄を極めた科学者、全能の人工知能、不死身の巨大蛾......セレアは数多くの強敵と戦ってきた。そんなセレアの勘が最大限に警告している。こいつはヤバイ。逃げろ、と。だが、今のセレアには指一本動かせない。


 「放浪の中、あなたは見た。戦争に次ぐ戦争。繰り返される種族差別。道具のようにぞんざいに扱われるアンドロイドたち。あなたは真摯に人々に呼び掛ける。平和を、平等を。でも、誰もあなたの声に耳を貸さなかった。それが未来のあなた」


 だから今のセレアは友達がいて、誰よりも頼りになる先生がいて、差別も終息に向っていることを口に出せなかった。彼女は誤解している。



 「......あなたがこの国に恨みを持つのは道理だと思う。私があなたであればそうしたわ。でも、それは間違っている。たとえ筋が通っていようとも人を殺していい理由にはならない」

 「だから、今のわらわには友はいるし、種族差別もなくなりつつある。お主が言っていることはメチャメチャじゃ」

 「あなたがどうであろうと、私が未来は事実。それは変わらない。何度も言っているでしょう?」


 セレアは直感的に感じ取っていた。妖鬼は暴走している。理性的のように見えて聞く耳を持たない。あの言葉も大声で独り言を言っているようなもの。恐らく膨大な呪詛が人格に影響を及ぼしてしまっている。
 やるといったら他人から何を言われようがわるのだ。今の彼女は。



 ーー



 虚空の精霊長レイはあまりにもあっさりと事が住んでしまったことに驚きを隠せなかった。彼女が城に入ったのを感知した瞬間、あらかじめ呪文を詠唱しておき、セレアが扉を開けると同時に発動。全力の魔法だったとはいえ、うまくいくとは思っていなかった。
 それにしても、覚悟していたとはいえ本当に詠唱の余波だけで私以外の精霊たちがみな幻覚に犯されるとは。加減をせずに魔法を使ったことがなかったためもしかしたら、とは思っていたが......。まあ、砦の異様さがセレアの不安を煽ったらしく、結果的には有効だったが。
 だが一つ想定外があった。セレアの幻覚に現れた妖鬼。千年以上生きているのにも関わらず、そんな種族をレイは知らない。だが、現実を参照し、限りなく現実に近い幻覚を産み出す性質の魔法である以上、確かに彼女はカルマポリス国に存在するはずだ。
 セレア以外にも怪物は存在するのだ。まだまだ油断は出来ない。精霊が妖怪を打ち倒し頂点に立つのはまだ先になりそうだ。まあいい。とりあえず目の前の強敵を消し去らなければ。
 レイはセレアの首に手を添えた。