フールのサブブログ

PFCS 用のサブブログです。黒髪ロング成分はあまり含まれておりません。

バトーとフェリス

 コードティラルの首都ティラルを中心に活動する組織『自警団』。
 かつて、隣国が戦争の戦略として沢山の魔物を作り出し無作為に大陸に解き放った為、今でもその時に繁殖してしまった沢山の魔物達が町の外を徘徊していて、時々街中に浸入してきたりもする。この魔物の浸入を防ぐ為、コードティラルには城と城下をもすっぽりと覆うほどの巨大な結界が常に張られているのだが、人力で張り続けている為、稀に『綻び』が生じて、隙間から魔物が浸入してくる事がある。その『綻び』の有無のチェックと城下の住民達の様子の見回り、それが『ティラル自警団』の主な仕事だ。
 この組織に所属するバトーは新人研修のまっただ中であった。


 「自警団の結成当時、俺たちは魔法剣士×2に大剣士、武術家とあまりにも前のめり過ぎる編成だったんだ。少し遅れて回復魔法を使えるラシェが入ってきたんだが、彼女の負担が大きくてな。一人しか回復役がいないために替えが聞かないだろ。しかも、本人は無理してでも仕事をこなそうとするんだ。彼女のことを心配する声が度々上がっていたんだよ」


 言ってたのは主にラシェの旦那だけどな!
 心のなかで叫びながらバトーは斜陽に照らされた少女の顔を見た。杖を片手に立つ姿は絵になる。緑髪と草原が合間って幻想的だった。


 「そんなとき、入団希望を出してきてくれたのがフェリスなんだ」


 それにしても、あどけない顔に似合わぬ重装の鎧である。暑くはないのかと少し心配になるほどだ。
 今日の外回りはすでに終わっており結界に綻びがないことは確認済み。その上で新人であるフェリスに外回りのルートを把握してもらうため、ざっくり案内している。結界に綻びがなければ魔物は進入してこないはずなので、鎧まで着てくる必要はあまりない。
 まあ、本人の拘りなのだろうとバトーは納得することにした。実際、彼女の鎧は自警団の選考会でもその強固さを十二分に発揮していた。


 「そしたら、私はラシェリオさんのためにも早く一人前にならなくてはなりませんね。でも、少し不安ですわ」

 「心配するな。俺ですらそうだ」

 「えっ......。でもバトレイアさんは剣も扱えて造形魔法も超一流と聞きましたが......」


 フェリスは目を真ん丸にしてバトーを見つめた。彼女はシルディから自警団の話を聞いて入団を希望したと聞いた。シルディはかつて仕事の一環でバトーらコードティラル騎士団......つまりの自警団が命を救ったことがある女精霊だ。シルディはそのために自警団の面々......特にバトーをよく誉める。恐らくその話に憧れたんじゃないか、とバトーは踏んでいた。
 だからこそ、フェリスのプレッシャーも相当なものだろう。クォルやクライドといった自警団の功績は人間離れしている。それにいきなり追い付こうとしようとしても挫折するのは目に見えていた。バトーですら心が折れそうになることがあるのだから。

 「本当にみんなの役にたてているのかって、未だに悩むことがある。俺ですらそうなんだ。フェリスはやれることをやればいい」

 「ありがとうございます。少し、肩の荷が降りた気がしますわ。バトレイアさんも陰で苦労されているのですね......」


 話しているうちに、案内は半分程度終わった。草原の風が柔らかくバトーを撫でる。だが、そこで奇妙な違和感を感じた。嫌な予感がする。そしてバトーの嫌な予感はほとんど外れない。


 「フェリス、感じるか?」

 「なにかあったんですか?」


 左右を見回すフェリス。そして、足元を見たときにあっ、と声をあげた。


 「地面が不自然にひび割れてる......」

 「所属して間もないフェリスをこんな目に合わせてしまったのには俺に責任がある。あとで言いたいことがあれば言っていい。でも、今は......敵に集中しろ」


 結界の綻びが一見してわからなかったのは、綻んでいた部分が地中だったためだ。綻びのほとんどは地上で起こるが、地中で起こる可能性も十分あった。それに加え一度見回りを終えているという安心感、新人研修中というイレギュラーな事態、多少のことなら対処できるだろうという慢心、それらが重なった結果が招いた。クソッ......心のなかでバトーは舌打ちをした。
 フェリスが警戒して杖を構えると、不気味な気配が周囲に立ち込める。地面から伝わってくる振動が、退路はすでに塞がれていることを示していた。


 「怖くないか?」


 バトーはフェリスの顔色を伺う。魔物の気配に怯えているかと思ったが心配は無用だった。大男を前にしても動じないその胆力は健在だった。落ち着きすぎてのほほんとしてさえ見える。......危機感逆に無さすぎじゃないのか、と思うほどだった。


 「魔物に怯えていたら自警団は務まりませんから」


 おっとりとした優しい声だった。


 「新人だろうが関係ない。俺のことは気にせず、自由に立ち回ってくれ。俺はそれに合わせて動く。でも、絶対に無理だけはするなよ」


 バトーは水筒を取りだし、地面に水をばらまくと印を組んだ。


 「我が手に宿りて力を成せ! 氷<ウォルド>!」


 詠唱すると同時に手を地面につける。すると瞬時に周囲の地面が氷った。
 直後、二人がいる場所の近くの氷がひび割れる。バトーは地面から手を離す。


 「後ろに回避しろ!」

 「わかりました!」


 二人が飛び退くと同時に地面が盛り上がった。そして巨大な化け物がその姿を晒した。暁に黒光りする鱗。長くいくつもの節に区切られた胴体、節目ごとに生える無数の脚。そして鎌のような顎。


 「ムカデ!?」

 「気色わるいなぁ! おい!」


 バトーに向かって魔物が牙を向いた。バトーは抜刀と同時に滑らかな動作で牙を受け流す。そして、無防備になった魔物の胴を斬りつけるが......


 「固てぇ!」


 魔物はすでにバトーから離れている。巨大な図体に似合わず俊敏すぎる。再び突進してきた。重い一撃を何とか受け流す。そして反撃。だが剣は空を切った。


 「こいつ、学習しやがった!」


 魔物はバトーを警戒したらしくヒットアンドウェイ戦法に切り替えたのだ。剣で反撃する暇も、印を組む暇もない。バトーの攻撃手段は封じられたも同然だった。
 フェリスの様子を確認する。彼女は相変わらずマイペースだった。この危機的状況ではむしろ頼もしく見えるくらいだ。バトーの動きを邪魔しないように動きつつ、粘り強く敵を睨み必殺のタイミングを見計らっている。


 「大丈夫か!」

 「これくらい何てことありません。手当ては?」

 「いらん」


 とは言ったものの、ハァー......なんでこんな厄介な化け物がよりにもよって新人と二人で見回りをしているときに出てくるんだ! ただでさえメンドイんだぞ! 面倒に面倒を重ねるとか勘弁しろよこの野郎! と叫びたくなったのをバトーは飲み込む。
 剣を優雅に踊るように振るうバトー、だが体力は無限ではない。一人ならまだしもフェリスを庇いながら攻撃をいなし続けるのは体力的にキツい。徐々に追い詰められている。剣と牙の音の他に鎧が傷つく音が混じってきた。奴にダメージを与える手段があれば......。
 途方に暮れるバトーの横でゴンッ、という鈍い音と共にピシッとなにかの割れる音がした。


 「バトレイアさん! 魔物の殻、杖で叩けば割れますわ」


 魔物にできた亀裂から柔い肉が見えた。反撃の糸口が見つかった瞬間だった。


 「よくやったフェリス!」


 魔物は呻き声をあげると再び地面に潜り込む。だが、先程と同じように地面を氷らせれば見切るのは容易い。
 奴は動きが素早く顎の力が強い代わりに、攻撃がワンパターンだ。フェリスが殴りやすいよう誘導するのはバトーにとって造作もないことだった。
 何度目かの攻防の後、フェリスの杖が最初に出来た亀裂に直撃する。すると、殻が木っ端微塵に割れて中身が露になった。これなら切れる!


 「新人研修中に邪魔をすんな!」


 バトーがそこへ一閃。魔物は沈黙した。
 一息ついて剣を腰の鞘に納める。......魔物の体液で錆びてやがる。


 「ありがとうな。俺一人じゃあの魔物を傷つけることすらままならなかった。もう、お前も立派な自警団員だ」


 これはお世辞ではなく心の底からの言葉だった。バトーは他の攻撃役に比べ火力に乏しい。今回のような高い防御力を持つ相手は手に余るのだ。
 フェリスは気品のあるお辞儀をしながら言う。


 「バトレイアさんがあの魔物の攻撃を寸分狂わず受け流してくれたお陰ですわ。私が同じ箇所を攻撃できるように調整するなんて......やはりバトレイアさんはすごいです。シルディさんの言う通りですわ」


 帰ろうとするフェリス。バトーも共に行こうとしたが、ふと立ち止まった。


 「俺は綻びの修復の準備をするからお前は先に帰ってくれ。結界の内側を行けば安全なはずだ。できる限り早急にこのことを他の団員に伝えるんだ」

 「わかりましたわ」


 嬉しそうに帰っていくフェリスに手を振った。まさか、あそこまでやれるとはな。バトーは心強い新団員に胸が踊った。これからの自警団を担う団員に胸を馳せる。いずれ彼女ともクライド達と同じように軽口を言い合える日が来るのだろう。