フールのサブブログ

PFCS 用のサブブログです。黒髪ロング成分はあまり含まれておりません。

巨大生物ラ・ゼロイド・マギ (PFCSのss)

 ドレスタニア行き、ベリレア西部の密輸船にて。

 わたしは子供一人が体には入れそうな位大きい図体を、粗末な座席に無理矢理押し込んでいた。潮風が吹き付けるが私のコートは頑なにそれを拒んでいる。
 目の前に穏やかな海が広がっている。
 「また、ペストマスクに黒いコートですかい?飽きませんねぇ、旦那」
 隣の席からしわがれているが、生き生きとした声が聞こえてきた。……鼻声まじりだが。
 「いつものやつだ。頼む」
 「今回はたくさん仕入れられたんで、旦那には値引きしておきます。あとおまけの高級シャンプーでさぁ」
 「ありがたい。この長髪だとすぐに使いきってしまうからな」
 自分の声が鳥の頭のようなマスクのなかで反響して聞こえてくる。淀み、重く、暗い。
 「それにしても、旦那くらいですぜ。ここまで強いヤクをキメているのは。この黒髪の艶も薬の副作用ですかい?」
 「まさか。この薬は調合に使っているだけだ。市販ではてに入らない上、一から作るとなると高い上に余る」
 「サグヌ草の解毒剤に、ですかい?」
 「まあ、ほかにも色々使い道はあるがな」

 わたしは使い古されたブランド品のスーツを着こなす老人にそれなりの金を握らせた。
 「あと、これはシャンプーの礼だ」
 わたしはコートの内側から銀色に輝くメスを取り出した。そして、無造作に老人の額にメスの腹を突き立て、一気に顎の下まで引き抜く。
 老人は悪餓鬼に一杯食わされたときの表情ではにかんだ。もちろん顔には傷ひとつない。それどころか、シミがきれいさっぱり消え去っていた。
 「いやぁ前回に引き続きありがとうござやす。旦那に鼻をいじってもらったお陰でサグヌ草による花粉症もだいぶ楽になりました」
 わたしはメスにこびりついたメラニンの塊をガーゼで拭き取り、コートの内ポケットにしまった。
 「それにしても、毎日その精密なメスで解剖しているんですよね。旦那、よく飽きませんなぁ」
 「人の体は千差万別。飽きるなどとんでもない」
 わたしは一息ついてつぶやいた。
 「……死にたいのに死ぬ理由もなく、生命の奴隷と化している人がこの世には沢山いる。あえて死にやすい仕事を探したり、人の助けになるような死にかたを模索している者もいる。わたしの仕事はそういう人の救済だ」
 「自殺志願の依頼主に、楽しい夢を見させて成仏させてから、体を解剖して、死亡理由を偽装して、丁寧に埋葬するまでが旦那の仕事ですからねぇ……。こんなやつに惚れるなんて旦那の恋人ってどんな奴ですかい?」
 老人は目の前に広がる海に目を向けた。行われている悪事と対照にどこまでも静かだ。
 「フッ……フッ……フッ……!私以上の変人だよ。でもまさか、君がサグヌ草の密輸に関わっていたとは。わたしも驚いたよ。本当に手広くやっているんだな」
 「これくらいしか取り柄がないんでね。嫁のためです。何だってやりますよ。でも、……旦那だけは特別ですぜ」
 「商売における常套句だな。どうせいつか裏切るつもりなんだろう?」
 「ありゃりゃ、バレましたかい」
 密輸船に不吉な笑い声が響き渡る、平和な昼の一時。


 だが、静寂は一瞬にして崩れ去った。


 「……!?おい!すぐにマスクをつけろ!予備のペストマスクだ!!」
 「いきなりどうしたんです……っゴホッゴホ!なっなんだこの霧。ちょっと吸っただけで喉が焼ける!」
 「粘膜を刺激している……恐らく強酸だ。」
 
 突然、視界が回転した。わたしは派手に椅子から転び、受け身をとりつつ地面に這いつくばった。老人はペストマスクをしっかりと着用した上で、膝をついて、辺りを見回している。
 木片やらネジやらが防風と一緒に飛んできた。反射的に老人をかばう。
 後ろを振り向くと、輸送用の高さ数メートルはあったはずの巨大なコンテナが、紙製の箱のように潰れていた。その上に羽を持つ、コンテナの数倍はあるような何かが、着地していた。
 「おいおいおいおい!旦那、『アレ』が何だかしってますか?」
 「知っていたらこの船には乗っていない」
 『アレ』はコンテナを甲板ごと次々に踏み潰していった。その度に船が遊園地のアトラクションのように派手に揺れた。
 「どうやら、この船を潰すらしいですぜ」
 「その上、どうやら人を喰らうようだな。海に逃げるが勝ちか」
 海に飛び込もうとした瞬間、目の前に『アレ』の口が現れた。空を飛んで先回りされたらしい。
 反射的に老人とわたしは左右に避けたお陰でなんとかなったが、『目の前の海に飛び込む』という希望を握りつぶされた。
 いま海に飛び降りたところで左右の腕で捕まれ、自らの人生にピリオドを打つことになるだろう。かといって後ろのぶっ壊れたコンテナの避けて、反対側から船を飛び降りる間、この化け物が待ってくれるとは思えなかった。
 「おい、老人!今すぐ走って船の反対側から海へ飛び降りろ!」
 「そんな、余裕はねぇ!」
 「簡単だ。わたしがつくる」
 わたしは一本のメスを化け物に向けた。
 「わたしには閃光弾と煙幕がある。これで奴の動きを鈍らせる。そしてメスを体に突き刺せば、倒せずとも麻痺させる程度は出来るはずだ……私のパラレルファクター、アンダーグラウンドで」
 「旦那馬鹿言うな!死ぬ気か!お互い名前も知らねぇ奴のために!」
 「わたしは恋人に伝えたいことは全部伝えている。未練も悔いもない。だが、お前には自分の手を真っ黒にしてでも守りたい、家族がいるんだろう?さっさと逃げろよこの殺人腐れ外道が!」
 わたしは隣で怒鳴り散らす老人の声を無視して、船尾へと駆けた。すぐ横に化け物の手が見える。
 わたしが腕に捕まれるのと、閃光弾が『ソレ』の目の前で炸裂するのはほぼ同時だった。
 全身の骨がメキメキと音をたてるのを聞きながら、最後の力で化け物にメスを突き立てた。


 「食らえっ!アンダーグ……ラウ……」

 

━━━━

 

 「くそっ!出会って一年とはいえ仕事だけの付き合いだろ?おれはあいつの好きな食べ物すら知らねぇのに、何でこんなにつれぇんだ!いつも人を殺したり利用したりしてるのによぉ!」
 心許せる商売相手なんてお前くらいしかいなかった。
 海上から今しがた逃げてきた船を見上げた。化け物は何となく両腕に力が入らないようだったが、なんの問題もなく船を荒らし回っていやがる。……真っ赤に染まった手と口で。
 空にまだ黒煙の跡が残っている。……ああ、風で吹き消えやがった。何でこのタイミングで吹くんだ。
 もっと長く、旦那が生きた名残を見ていたかったのに!

 

 


ペストマスクの旦那
種族:?
性別:?

 解剖を生業とする黒いコートにペストマスクをつけた人。全国各地を回り、消極的な自殺志願者を幸せに殺し、解剖するのが仕事。どんな悪党だろうが死者には敬意を払う。
 見た目のわりに直接の殴りあいは苦手で、強いというにはあと一歩腕力が足りない。
 それを防弾コートや閃光弾や煙爆弾で補っている。
 殺された恋人を甦らせるために世界を奔走し、とうとうそれを成就させた。


パラレルファクターアンダーグラウンド:
外科的処置を併用した肉体への干渉及び魂の修復。

 要するにメス一本で手術のうち切開、固定、治療、縫合まで可能な能力。射程範囲が極端に短く、自分の指先又は自分の手に持ったメスで文字通り直接治療したい部位に触れなければ効果がない。(内蔵を治療したい時は直接メスで臓器に触れる必要がある)。
 逆に相手を拘束するなどして、脳ミソに直接メスを突き刺すと神経細胞をいじり、洗脳などができる。
 また、この能力の発展として死後の魂の修復も可能(ただし、素材として莫大な量の別の魂を消費する)。


……が、今回は相手が悪すぎた。

 

 

老人

種族:精霊
年齢:四捨五入すれば100才

 戦争で職を失ない、妻と子に逃げられた。妻の再婚先が典型的な富裕層であったため、金があれば妻に逃げられなかったのか?と、金に執着するようになる。以後交渉人から密輸、はては殺人まで金になるのであれば手広く仕事をこなすようになった。……が、再婚して新たに家庭を持つようになってからは考え方が変わった。


 彼の加護の力は、ペストマスクの旦那曰く『金属の棒を出すことのようだ。ワイヤーのように長くしなるものから、銛のように硬く短いものまで、多種多様。長いもの、太いものをこちらに打ってこないことを見るに、体積が増えるほど連続発射が困難になるらしい。生成した棒でターザンができることから恐らく両手から出せるであろうことも察しがつく。しかも発射後はレーダーのようにどこに何本あるかを把握できる』。