ひな祭り ー当日ー 絶望と惨劇 PFCSss7
ノア新世界創造教の礼拝堂は剣と魔法と怒号に包まれていた。
「このままでは、不味い!」
クライドが眼前の敵に峰打ちを当てた。疲労の色が濃く、さっきに比べて動きが鈍っている。それでも次々と攻撃をかわしつつ反撃している。
「ヌウゥゥウウウウウウゥゥリャ!ちっ、これではきりがない!」
先生が三人の信者をぶっ飛ばしながら叫ぶ。その声も枯れてきてきている。
「やはり俺には無理なのか……」
ソラは火球をナイフで両断すると、周囲の敵に足払いをかける。ただでさえ、幼少期トラウマを引き出され疲弊している上に、体も思うように動かなくなってきた。
無理矢理シュンとルーカスの顔を思い出すことで、心と体を維持してきたもの、もはや限界に近い。
クロノクリスの、この戦いによる騒音に負けないほどの大声が部屋を包み込んだ。
「見ろ!世界最高峰の戦士三人を、我々は圧倒している!負傷者も殆んどいない!これが我々、ノア新世界創造教の力だ!」
ダメだ。気力の限界だ。諦めた方が楽になれる、トラウマも何もかも放り投げて、今この場で眠りたい……。
「ぜぇ……ぜぇ……」
半分閉じかけた瞳で仲間を見つめる。
クライドと先生は敵の攻撃をかわすのに必死で、完全に攻める機会を失っていた。
「まだ、続けるのですか?この不毛な戦いを。降参して楽になればいいものを!あなたたちは過去から何も変われていない。運命に従いなさい!」
俺は何もあれから変わっていないのか?誘拐され、閉じ込められ感情を捨てたときから……なにも。
「俺は確かに祖国を助けられなかった!でも、それでも今の俺にはまだ、守るべきものが残っているんだ!こんなところで負けるわけにはいかない!」
クライドの声がした。
「私には帰りを待ってくれる子供たちがいる。例え罪の滅ぼせずとも、彼らのために私は戦い続ける!」
先生が自らを鼓舞する。
そうだ、俺にも……
「俺にも愛すべき人がいる。こんなところで立ち止まるわけにはいきません」
クロノクリスは信者たちに攻撃を止めさせた。
「全員一斉にPFを発動さろ!一瞬で敵を葬りされ!」
その声とほぼ同時だった。ソラの頭の奥底から繊細な男性の声が響いた。
《今すぐ目を塞ぎ壁側を向け!》
レウカド先生!ソラはほぼ反射的に壁がわを向いた。
その瞬間、部屋中のPFが解き放たれようとした瞬間、部屋は閃光と爆音に包まれた。
あまりの音に聴覚が麻痺し、何も聞こえなくなった。幸い壁がわを向いていたお陰で、部屋の中央で炸裂した閃光が、直接目にはいることはなかった、
閃光と爆音の両方に曝された哀れな敵達は、突然聴覚と視覚を奪われ、何が起きているのか全く理解ができず、頭を抱えて呆然としていた。
そんな部屋の中を黒い影が高速で動いていた。黒い影に触れた信者達は鮮血をほとばしりながらバタバタと倒れていった。
偶然壁がわを向いていた敵も、影によって味方の血を浴びせられ、目を塞がれた。大半の信者が何もできずに、目の前の恐怖に顔を歪ませながら倒れていく。耳が聞こえるのであれば、部屋中に絶望の叫び声がこだましていたことだろう。
倒れた信者の、真っ白だった修道服はワンテンポ置いて、きれいな赤色のまだら模様を作っていく。
目の前の信者が左右を見渡し、その様子に驚愕し、地面に座り込む。さらには「助けてくれ!」と口を動かしながら、四肢をじたばたさせて恐怖の化身から逃げようとする。しかし、努力むなしく、首から鮮血を吹き出し動かなくなる。
倒れた信者の首筋を一瞬、確認する傷はない。体がピクリと動いたことから死んでもいない。
全てを理解した三人は体勢を立て直し、一気に攻勢に出た。無防備な敵にたいして打撃をくわえ、昏倒させていく。精神的な動揺でPFを出せなくなった信者達は、ソラたちにとって格好のサンドバッグだった。
一瞬にして戦況はひっくり返る。
視界の端でクロノクリスが何やら叫んでいたが、その声が信者に届くことはない。
先生が隣で、いつもの鬼のような形相で刀の腹をぶち当てていく。クライドは先生が倒し損ねた信者を吹っ飛ばしていく。
ソラは視界の生きている信者を体術で確実に無力化していく。
ようやく耳が通るようになる頃には、数人の信者を除いて、敵は殆んど全滅していた。
「クッ……クッ……クッ……。貴様が隙を見せてくれることをずっと待っていたんだぞ?クロノクリス」
クロノクリスの目の前に現れた影は、自らのペストマスクをコツコツ、と叩いた。元々黒かったコートが血液によって惨劇の様相を呈している。
「バカな!なぜ貴様がこんなところに!」
それが、この作戦を立案した解剖医の姿だった。