老人と調味料!? PFCSss
「さて、お前は確かライスランドの料理コンテストに出ると言ったな?」
「ああ。言いやしたけど、それが?」
「すんごく個人的に私はお前のことを応援している。お前に料理コンテストに勝って欲しいんだ。だから、私はエルドスドのセンセーづてに栄養士を紹介してもらって、グレムと共同して味について研究してみた!」
「ちょっ!マジですかい!」
意味不明だ、とでも言いたげに老人は目を見開いた。私は気にせず話を進める。
「食べ物を美味しく感じる理屈として、まず視覚だ。色鮮やかな新鮮な食べ物を想像してみるといい。それだけで美味しそうに見えるだろう?」
老人が少し嫌そうな顔をして口を動かした。
「確かにそうですなぁ。前に旦那が出してくれた、青いカレーの破壊力は抜群でしたもんねぇ……。食欲が削がれる削がれる……」
「グレムが新開発した青色の合成着色料を、興味本意で入れてみたらああなった。」
私もあのカレーを食いきることは出来なかった。青くて辛い液状の何かである。
「そして匂いだ。匂いを封じ込めるシートに食い物の匂いを染み込ませ、目隠しをした人に嗅がせると、正確に食べ物の見た目や味を思い出すことが出来たそうだ。よだれをだらだら出しながらな」
「食べ物の匂いを嗅ぐだけで、お腹が空いてくるアレですかい?」
パァッ!と老人の顔が明るくなった。よほど青いカレーの破壊力がすさまじかったらしい。
「そうだ。最後に味だ。人間の味覚は,食物に含まれる分子やイオンが味細胞膜上にある味覚受容体(特定の物質が触れると味を電気信号として脳に信号を送る器官)に作用することによって生じる感覚だ。そこに作用するのは主に塩類や酸類、そしてアミノ酸だ。それらの量とバランスが人間の甘みや苦味、旨味を決めている。つまり、うまいと感じる比率でアミノ酸と塩類と酸類を合成し、それを食べ物にぶっかければ大抵のものは美味しく感じる」
「ということは……?」
「さて、これらを総合して、まず合成着色料と合成香料、合成甘味料を作ってみた。このトマトを見てくれ」
首を傾げる老人の前に、トマトを置いた。赤くてつやつやしていていかにも美味しそうなトマトだ。
「へぇ、……なんか不気味なくらい綺麗な赤色ですなぁ」
訝しげに老人はトマトを鑑定している。
「赤125号と黄色984号という着色料を合成したものにつけた。さらに保存剤である四酸化プロテシレ・ナトリウムをぶっかけてあるからこの状態で賞味期限は一ヶ月以上だっ!さあ、食ってみろ」
私はトマトを指差して老人の瞳をガン見する。老人の瞳孔が瞬く間に縮まり、明らかな拒否の姿勢を見せた。
「えっ……俺が食うんですかい?」
「大丈夫だ。法に引っ掛かるようなものは使ってない」
ゆっくりと老人はトマトに手を伸ばした。私はじれったくなり老人にトマトを握らせて、鼻の近くに持っていった。
「……うん、香りもいいな。微妙に強すぎる気がするけども」
痛いところをつかれたな……。
「保存材の匂いを誤魔化しているためだ。技術の進歩でどうにでもなる」
「正直、食べるのに勇気がいるんですが……」
異形の何かを見ているような表情をしている。そんなに嫌か?ウーン、やはり見た目が派手すぎたかな?赤125号ではなく赤43号を使うべきだったか。まあ、なんにせよとりあえずフォローの言葉をかけておく。
「大丈夫。食わせて倒れたやつはいない」
「倒れる倒れないっていう基準がそもそもおかし……」
「さっさと食え!さぁさぁさぁ!食えばお金やるから!ほらほらほらぁ!化学調味料てんこもりっもりの美味しいトマトだぞぉ!」
私はトマトを強引に老人の顔に突きつけた。
「わかった。クッ……頂きます」
アムッ。シャキ……シャキ……。ゴクッ。
「クゥゥゥゥ!!……旨いな。味は。なかなかいけますぜ……」
歯形のついたトマトを鋭い目付きで見つめている。素直じゃない奴だ。まあ、前々からだが……フフフ!
「そうだろう?うまいだろう?」
「なんか騙されている気がするんですが……」
「まあ、確かに。五感を化学調味料で騙している、といって差し支えないだろう」
別にそんなつもりはないんだがなぁ。単純に美味しいものを作ればいいと思ったんだが。人は所詮道徳だとか健康だとか、もろもろの概念よりも先に、うまいものを食べたいという、原始的で圧倒的な欲望を持っている。
「あぶねぇ旨さですね。食べ続けると危なそうと認識していながらも、目の前にあると病的に食べたくなる」
「いや、危なくないから。大丈夫だから。国から認可されている物質ばかりだし、依存性とかそんなものあるわけないだろう?単なる添加物だ。薬物じゃあるまいしさぁ」
「いや、人工的に化学物質を合成してる時点で……」
「気のせいだ!」
私は無理矢理話をたちきった。なんだか無性に研究成果を老人に話したい気分だ。なんていうか、口が止まらない。
「これを使えば賞味期限ギリギリの危ない食べ物でも、新鮮な見た目、匂い、味に戻すことができる。さらに賞味期限も一月は延びる。安価で旨い食べ物を安定して提供できる。これは食文化の改革だ!」
これを量産できれば、作り手や場所に関わらず同じ味が再現できるようになる。安いバイトでもそれなりの料理を提供できる。安価で品質が保証されており、なおかつ保存がきく。そしたら一ヶ所の工場で食品を大量生産し、賞味期限の長さを武器に世界の各店舗に向けて輸出、仕上げを各店舗のバイトに任せれば……!
って、何を考えているんだ?私は。
とりあえず深呼吸をして老人に向き合った。
「……あと、その研究の過程で産まれた副産物だ。ほい」
クールダウンした私は小瓶に入った粉末を老人に手渡した。
「なんですか?この粉は?」
「アミノ酸のなかでもうさぽん類の美味しさの秘訣である旨味成分のうち一つ、ウサタミン酸を塩と合成し取り出した粉末だ(現代で言うと旨味調味料である)。ウサタミン酸ナトリウムを産みだす『うさぽん』にライスランド産の白米と昆布を食わせて採血、その血液をろ過すると抽出できる。因みにこれは保存料や加工料を一切使用していない純粋な調味料だ。俗に言う『うさの味』だ」
ふーん、とちょっとだけ期待している様子で、老人は一つまみ口に入れた。
「……!?」
すると、目を見開き、口をぽっかりあけて、口を押さえた。
「これはッ!旦那これッ!これだよ俺が欲しかったのはっ!……貰えるだけもらっていいですかい?」
私は少し首をかしげてから答えた。
「ああ。製造法が製造法なだけに、かなり高価なものだがいいのか?合成調味料のほうがずっと安いが?」
私は様々な色のついた液体をコートの中から取り出す。緑・赤・橙・青・黄・紫・黒……
「ウゲッ……いっ……いや、これだけでいいですぜ!」
「……?そうか。遠慮しなくていいのに……」
数日後
「これで行きやすぜ!!カルマポリス風海鮮鍋!」
材料:
カルマポリスオオメガニ(蟹。カルマポリス原産)、
デイオクト(蛸。カルマポリス原産)。
バーミリアンセロイド(セロリみたいな植物。エレジア婆より)
ウミウシ(ベリエラ産)
うさの味(隠し味)
他多数。
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「私もできた!ギガハッピーミート丼!(保存料添加物二倍盛り)」
「……それは食べ物ですかい?」