ずっと昔の話 PFCSss
この世界には妖怪という種族がいる。特徴的な外見と引き換えに、呪詛と呼ばれるいわば超能力のような力を行使できる存在だ。
そして、その妖怪たちが造り上げた国がカルマ帝国である。
遥か昔、カルマ帝国は大陸を支配するほどの大国であった。
それは古の魔法使いリムドメイジから享受されたによるものだった。妖怪の死者の魂を別の魂に移すことで、本来妖怪が持つ呪詛に加えて、移植された魂が持つ呪詛まで行使できる技術、ネクロファクター。膨大な力を得られる秘術によって、カルマ帝国は瞬く間に大陸を統一した。
ネクロファクターによってもたらされる圧倒的な力によって繁栄したカルマ帝国。しかし、世界では数々の国が戦争を起こし、取り込まれ消え去っていた。その中でも、カルマ国王はハサマ王とプロレキスオルタといった強大な存在に恐怖していた。彼らは単独で村を瞬時に破壊し、国を滅ぼす。ハサマ王は迎撃に専念しているがいつ攻勢に出てくるかはわからない。
後の世でプロレキスもハサマ王も、侵略行為はまず行わないと判明しているが、このときのカルマ国王はそれを知るよしもなかったのだ。
カルマ国王はやられる前にやらなければならない、と考えを固めた。国を、友を、家族を守るためには、侵略行為もやむなしと考えるようになったのだ。カルマの民もそれに賛同した。
しかしリムドメイジはそれに大いに反対した。ネクロファクターは人々を繁栄させる技術であって人殺しの道具ではない、このままでは大いなる災いがエルドラン国を襲う、と。
だが、卑怯にもカルマ帝国王はリムドメイジの娘を人質に無理矢理協力させた。
カルマ帝国王は、今滅びるよりも後の世に災いが訪れた方がまだいい、と答え武力強化進めた。何度リムドメイジに警告されようが、武力改革を止めなかった。
その過程で、呪詛を込めて打ち出し敵を撃滅する呪詛砲や、拠点防衛には無類の強さを誇る量産型エアリスといった、恐るべき兵器が産み出されていった。
中でも、ネクロファクターを改良し開発された、生きている妖怪の魂を直接武器や他の妖怪に移す技術、PF(パラレルファクター)はカルマ帝国に圧倒的な武力をもたらした。
それを危険視した近隣の国は偵察のために小隊を派遣。しかし、それをカルマポリス王は侵略行為と疑った。完膚なきまでに偵察部隊を叩きのめし、無きものにした。
この出来事がきっかけとなりカルマ国王は一国を一瞬で滅ぼせるような強大な力を欲した。世界侵略計画〈リムドメイン〉を発令。
カルマ国王はリムドメイジをPF部隊とエアリスで奇襲し、追いつめ、拘束した。そして、考えうる限り最高の兵器を欲した。
近付く生物を皆殺しにし、どんな魔法も無力と化し、どんな呪詛も跳ね返し、全てを無に帰す究極の兵器。
それを数百人の捕虜を犠牲に、ついに完成させたのであった。
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カルマポリスを覆う緑色の霧を引き裂くかのように、光の柱が何本か天から降り注いだ。分厚い雲に亀裂が入り、裂け目が出来る。
四階建ての城の屋上でその様子を拝見していた。優秀な部下たちがカルマ帝国王を取り囲む。その横で黒いローブに身を包んだ質素な服装の魔法使いは、召喚の魔法を唱え始めた。
「お前たち、何があっても絶対にしゃべるな。召喚に失敗したら大損害だ」
「はっ!」
摩天楼に強大な魔方陣が描かれる。白色に光かがやくそれは、数キロ先小さく見えているタワーをあっさりとその輪の中に抱え込んだ。
「さあ、呼び出したぞ?お前は何を望むのだ?」
「『カルマポリスに仇なす敵を全滅し、この町に平和をもたらす』。リムドメイジ、それが私の願いだ。」
「本当にそれでいいのだな?カルマ帝国王。あやつは『はじめの一度』しか命令を受け入れぬ」
「ああ」
本来夜であるはずの天の裂け目から、金色の世界が見え隠れする。その狭間から、容易に建物を踏み潰せるような、は虫類型の足が現れた。さらに長大な長さをもつ尾。そして、鱗に覆われた胴体が、威厳を感じさせる蛇型の頭部が姿を表した。薄黒い鱗に金色の光が反射し、きらびやかに輝いている。
ここから数百メートル離れた位置に召喚されたのにも関わらず、はっきりとその姿を識別できる。
「……ドラゴン。建物と比較するとビルの三階分……。体長にして十メートルほどか。」
「カルマ国王よ。お前の望み通りの生物兵器だ。左手に持つ宝玉から放たれる呪詛はありとあらゆる生体を溶かす。鱗は妖怪の呪詛を反射し、鬼の拳をでも砕けぬ。皮膚は精霊の魔法とアルファ能力を無力と化し、筋肉は妖怪の呪詛を吸収する」
ドラゴンは飛んでいる敵国の竜騎兵(ここからでは黒い点にしか見えない)を睨んだ。すると、どこからか現れた無数の紅の玉が竜騎兵に収束、大爆発を起こした。敵の竜は鱗を剥がれ墜落し、騎乗者は消し炭となった。
それに反応して、突如として鳥獣の群れが町の上空に召喚された。この国に潜り込んでいた召喚師が慌てて召喚したらしい。恐らく、ドラゴンの実力がどの程度か把握しようとしているのだろうが、そんな小細工は効かない。
町のエネルギーのほとんどをあのドラゴンの召喚に費やしているのである。あのドラゴンと戦うということは、眼前に広がるこの都市、丸々一つを敵に回した、といっても過言ではないのだ。
赤き放流がドラゴンの口内に溢れる。首をうねらせたかと思うと、ゆっくりと口を開きエネルギーの塊を放出した。
彗星がごとく直進する光に、敵によって召喚された数十羽にも及ぶ鳥獣の群れが巻き込まれる。鳥獣の輪郭が一瞬にしてミイラのように細くなり、そのまま消え去った。少なくとも数キロは放れた敵を正確に打ち落としたのだった。
やがて光の線が筋を残して消え去った。
「おお!敵を一瞬で!」
だが、敵を全て消し去ったのにもかかわらず、ドラゴンは攻撃を止めない。
カルマ帝国の高層ビル群を見下ろすと、口のそばに光が瞬いた。開口した後、首をしたに曲げ、それをぐぅんと上に持ち上げる。
ドラゴンから直線上に位置する地面から紫色のマグマとでも言うべき何がが噴出する。頑丈に舗装してあるはずの道路を割き、導線に存在する建築物が、内から外側むけて、まるで爆弾でも爆発したかのように吹き飛んだ。その中から紫色の柱がちらりと姿を見せ、地面に消えていく。
「おい!これはどういうことだ?誤射か?!」
さらにドラゴンの背中から光の束が放たれた。数十の光は一本一本意思があるかのように建物に誘導され、町の至るところで同時に爆発が起きる。
人々の悲鳴と慟哭が一斉に沸き上がり、警報が町中に響き渡った。
「まて、これは明らかに意図的だ。なぜ奴は町を攻撃する」
金色の空に建築物が燃え上がる赤色が生え、美しいコントラストを描き出している。
その一方でけたたましい騒音が町中から沸き上がっていた。交通機関はすでに軒並み麻痺してしまっているようで、車の列が延々と道路を埋め尽くしている。
崩れ落ちる建築物が、頑丈に作られているはずの車を瞬時にスクラップにしていく。
「簡単なことだ。平和を脅かす者、つまり侵略行為に賛同する者の欲望をへし折るためだ。恐怖、欺瞞、欲望に身を委ね私の忠告も聞かずカルマを重ねた結果がこれだ」
「は?」
対空呪詛砲も、迎撃を試みるが、鱗を貫くことかなわず、まるで豆鉄砲のようだった。いつもなら劇的な戦果をもたらす、三機編成の無人型エアリスも出撃しているはずだが……。
「まだわからないのか?侵略に対する報復措置で手痛い反撃を受けるよりは、侵略をせずに専守防衛を貫く方が圧倒的に損壊は少ない。そこで、この町の人々の戦意を奪うため破壊活動に移った。国そのものが消えるよりは町数個消し飛ばす方がマシだと考えたのだろう」
「ばかな、戦闘に参加していない一般市民まで……」
ドラゴンの口から、この場所からでもわかるような太い光の線が放たれた。光は建物の中央に当たれば風穴があき、横になぎ払えば、高層ビルが崩れ去るまもなく両断された。建物の位置から判断すると、射程距離は最長で十キロほどだった。ありえない。
崩れ去ろうとする自我を保つ私の隣で、魔法使いは淡々と説明を続ける。
私はとある一つのことが猛烈に気になり始めた。
「私の妻子は?無事なのか?」
「守るべき者がいなければ、喜びを分かち合う仲間がいなければ侵略意識など生まれはしない」
私の不安をよそに、光線が町を一線した。一秒にも満たない時間差のあと、五十階建ての新築ビルほどの高さの火柱が、光線の通った道なりに吹き上がった。
「やつの最初の一撃は明確な目的があった。お前に戦意喪失してもらう。国王であるお前が考えを変えてくれれば、スムーズにことか運びやすいからな。余計に人を殺さなくて済む」
「だから……」
「言っているだろう?奴の町に対する最初の攻撃は、お前の妻子を狙って攻撃したのだ」
私の麻痺してしまった心に、底知れぬ怒りが去来した。壮絶な光景にあらゆる感情を捨て去った私の心は、まるで白紙の紙に単色の絵の具をぶちまけるかのように、芯まで怒りに染まった。
「この外道がっ!」
魔法使いの首を絞めて持ち上げる。蒼白な頬が炎に照らされ、不気味に輝いた。魔法使いは相変わらず無表情で、話続ける。
「お前は、そしてこの国の民は、他国に対してこのようなことを実際に行おうとしていたんだぞ?」
目の前の高層建築が、ドラゴンの業炎の吐息に巻き込まれた。窓ガラスが全て割れ、熱によって建物全体にヒビが入る。その後、火炎に直接あぶられていた壁面が、赤く溶解していき、ドロリとただれた。
数百メートル離れているはずなのに、それでも熱波と暴風で吹き飛ばされそうになる。
「だからといって、それが私たちの国を破壊していいという通りにはならない」
「何を勘違いしているのだ?私はお前の言葉一言一句違わずに、ドラゴンに命じただけだ。平和を守れとな。たとはその言葉の通りドラゴンが実践しているだけだ。もし、この国が侵略国家などではなければ、ぼやを引き起こす程度で終わっていただろう。たが、どうしようもなく歪み腐りきった人民にたいしては制裁処置をとらざるを得ないと判断したようだ」
「そんな、バカな」
悲鳴と怒号が聞こえてくる。町には炎が舞い躍る。文明は文化は炎のなかに崩れ去っていく。エルドラン国が何代にもわたって築き上げた美しき町が、ただの廃墟の山と変わっていった。
地平線が見えるまで町が破壊されるころ、ドラゴンは活動を停止した。どうやらこの国にはもう、戦意を奮い立たせるような勇敢なものは残されていないようだ。
保守的で穏和な市民だけが生き残り、他は全て消え去った。
「被害は首都とその近辺だけだった。運がよかったな。もっとも国家の重鎮が軒並み消し飛んだはずだ。この国はもう終わりだ」
だが、誰も戦意を見せないなか、私は再び戦う心を吹き返した。
「皆のもの!今すぐ私から離れろ!」
慌てて飛び退いた私の家臣たち。これが恐らく彼らに対する最後の命令だ。
ドラゴンが私の強い戦意を感じ、こちらを向き、口を開いた。私は攻撃を避けようと動いた魔法使いを、タックルからの羽交い締めで押さえつけた。
その直後、全身の激痛と共に目の前が白と黄色に染まった。あまりの痛みに、全身の筋肉が硬直し、魔法使いをさらに強靭に捕らえる。
「ぬぉぉぉ!ばかな、自分に攻撃させて私を道連れにするなど!」
「お前はドラゴンを呼び出したことで相当疲弊している。今のお前ならこれには耐えられまい!これは国民を守る、どんなに汚い手を使おうが決して諦めない。地を這いつくばり、泥をすすろうともこの国だけは守りぬいてやる!!」
皮膚がめくれ全身の穴という穴から炎が体内に流れ込む。気道を肺を、食道を胃を腸を炎があぶる。全身のタンパク質が変成し、脂肪が溶けだし、黒ずみ、カルマポリス王の意識は消え去っていた。
「国王樣あぁつ!」
家臣の悲鳴が火炎に混じる。沈黙を命じられた家臣もこの壮絶な光景には叫ばずにいられなかった。
リムドメイジはドラゴンの攻撃からなんとか抜け出そうとするも、カルマ帝国王の家臣に呪詛を浴びせられ足止めされた。
「天啓を仇で返すか!終らない憎しみの連鎖をまだ続けるつもりか!よかろう、今回は引き下がってやる。だが、覚えていろ!過ちを認めぬ限り決してこの国の呪い、カルマを解くことは叶わぬ」
炎が閃光に変化していく。あまりの高温に炎がプラズマの線と化し、魔法使いの呪詛による防御を突き破った。
ドラゴンの主である魔法使いの肉体は消え去り、彼の呪詛から生まれた竜は全身から緑色の霧を放ちながら収縮、結晶化していく。
やがて高さ数メートルの水晶となると、町の地中深くまで沈んでいった。水晶はその間も、そのあとも、その数百年後も、延々と緑の霧を放出し続ける。
ドラゴンの制裁によりカルマ帝国中央地区は完全に焦土と化した。かつての高層ビル群は跡形もなく消え去り、かわりに巨大なクレーターが出来上がっていた。
カルマ帝国はこの日より崩れ去り、繰り返し領土の縮小が起き、大陸西部にある小国の一つとなってしまった。
一方でカルマ帝国の首都跡地から、高さ三メートルほどの巨大な水晶が発見された。
膨大な呪詛を滞りなく放出し続けるその水晶を、神と讃え、信仰する妖怪が現れた。妖怪たちはより身近に信仰するために水晶の回りに町を造りあげた。
水晶はカルマ帝国首都の跡地にできた町、カルマポリスの象徴となり、ワースシンボルと呼ばれるようになった。
そして、ワースシンボルは、カルマポリスの平和と繁栄、そして技術の糧となるのだが、それはまた別の話である。