フールのサブブログ

PFCS 用のサブブログです。黒髪ロング成分はあまり含まれておりません。

幻煙のひな祭り前日 まとめ PFCS

 縁に赤い花が生けてある窓を見つめていた。花瓶の回りに花弁が散っており、花そのものにはもう花弁が一枚しか残っていない。


 「あえて残しているんだ。女房がくれたやつだからね。痛ッ!」

 「見舞いには来ないのか?」

 「止めさせた。当人は来たがったけどな。こんな様はみせらんねぇ。はぁ……こんなことだったらもっとアイツと一緒にいてやればよかった。息子にも頭下げねぇとな。早死にしてごめんって」


 私はゆっくりと振り向き見下ろした。痩せこけた男がベッドの上で横たわっている。色黒で人目見て肝臓がイッてしまっているのがわかる。

 「昨日はありがとな。しこたま話を聞いてもらっちまって。ああ、そうだ今日も吐血したよ。肝癌ってこんなにつれぇんだな……医療費も。もう、人に迷惑はかけたくねぇ」

 「必要書類も手順も全て踏んだ。あとはお前次第だ」


 私は革製の手袋を整えると鞄から数種類の書類を取りだし、男に間違いがないか確認させる。
 男は黄色く濁った目で紙面にかかれた自分の文字を丹念に確認していく。


 「それにしても、最後に見るのが鳥頭のマスク……」

 「ペストマスクだ」


 マスクをコツコツと叩いて肩にかかった黒い長髪を払った。


 「そう、それ! 革製のペストマスクをつけて黒いコートとブーツに身を包んだ死神だとは」

 「一応、人だが?」

 「その見た目でその言葉を信じろってか? まあいいや。そういえば俺が死んだあとはどうなるんだっけ?」

 「昨日も話したが、麻酔薬で眠ったあといくつかの新薬の臨床実験を行う。あとは解剖して終わりだな。死因は高血圧から来る脳梗塞。家族にもそう伝えられる。天命を全うしたとな」


 患者は静かに微笑みをたたえると私に言った。


 「これで、誰にも迷惑をかけずに逝ける。因みに俺の死は誰かの役に立つのか?」


 「ここで得られたデータは他の医療機関や試薬メーカーに送られてゆくゆくは患者の役に立つはずだ。家族はお前が安らかに逝けて安心するだろう。家族の負担も医療費も早死にした分だけ浮く。看護師や医師もお前に割くはずだった時間を他の患者にあてられる。」


 私は一息ついて、患者の目を見て言いはなった。
 

 「もっとも、私はそんなことよりお前が痛みなく安らかに死ねるかどうかのほうがよっぽど重要だがな」

 「そうか、糞だった人生の中でようやく本格的に誰かの役に立てるな。……じゃあ始める前に最後にひとつだけ」

 「なんだ?」

 「俺を忘れないでくれ」

 「……わかった」



1



 何に使うかわからない薬品が、狭い部屋の壁一面に置かれている棚に敷き詰められていた。私が知る限りでも生化学検査薬、ホルモン治療用の薬、単なる風邪薬、幻覚作用を引き起こす麻薬など様々だ。
 床の絨毯はひどくすすけており、積もった塵によって元の色がわからなくなっていた。
 私は狭い椅子に大きな体を無理矢理押し込み、業務台を挟んで向こう側にいる人物を見つめていた。
 彼は舐めたくなるような白く美しい肌に、並の宝石よりもよっぽど美しい紫の瞳を持ち、黒い外套を羽織っていた。
 彼はドレスタニアのなかでも有数の同業者だ。


 「ドクターレウカド、商売の方はどうだ?」

 「最近妙な客が多い。特にドレスタニアの道化師衣裳の男には気を付けた方がいい。いろんな意味でな」


 部屋に充満する煙は彼の手に握る煙管から発せられていた。
 私のペストマスクのなかにも微かに煙草の香りが漂っている。一瞬、私の長髪に匂いがつかないか心配になった。


 「あんたの方は。自殺願望を持つ人を解剖するのがあんたの仕事だったか?」

 「その通りだ。さっきも一人さばいてきた」


 私は黒いコートの胸ポケットから、解剖用のメスをちらつかせる。


 「前にも聞いたかもしれないが……それでどうやって稼いでいるんだ? 自殺志願がいくら多くても一日にこなせる人数は決まってくるだろう?」


 銀色の髪の毛を揺らしながドクターレウカドは問いかけてきた。


 「この解剖を利用して、公には出来ないような医療実験も出来るんだ。データを売り飛ばせばそれなりに金になる。それに死亡理由の偽装や整形も……殆ど医療器具の費用で消えるが」


 ドクターレウカドは煙管に口をつけた。管口がほのかに赤く火照る。
 一呼吸おいて、レウカドの口から、自分の素肌と同じように白い白煙を吐き出した。白煙は自ら意思を持つかのように私の体を包み込む。


 「……医療人には厳しい世の中だ。さて、今日は何を治してほしいんだ?」

 「最近不眠に悩まされていてな。ストレスで自分何かに追い詰められる悪夢ばかり見るんだ。メユネッヅで治療したいところだが、私は永久追放を受けてるいる」


 ドクターレウカドは奇妙に口を歪めた。一瞬なんだと思ったが、単なる笑顔らしい。


 「ああ、あるぞ。まあ、『かかる』か『かからない』かはあんた次第だが……」

 「構わない。『ドクターレウカドに治療してもらった』、この事実だけで十分だ。その事実だけでも安心する」


 黒衣の医者は私の後ろに消えた。一呼吸置いたあと、レウカドの繊細な指が私の首筋を包んだ。そのまま耳元になまめかしい声が発せられる。


 「……なら、ゆっくりと鼻から煙を吸うんだ。首を少しあげて気道を広くしろ。そうだ、その調子だ」


 ドクターレウカドの心地よい言葉がペストマスクに響く。


 「なるべく自分の陽になることを考えるんだ。家族とか恋人とか、好きな食べ物のことでもいい」


 私は今は亡き恋人のことを思い出していた。あいつにも首筋を撫でてもらったことがあった気がする。


 「全身の力を抜け……。まず手が重くなっきた……次に足も重くなってきた……。その調子だ、完全に力を抜くんだ……」


 安心感からか、瞳に瞼が重くのし掛かってきた。心地よい部屋の空気と硝煙とが混じりあい、私は深い夢の中へと堕ちていった。


2


 視界がまだぼやけている。眼前に作業台があり、何者かが薬を煎じているところだった。彼の着る黒いコートが私に安らぎを与えてくれる。
 黒はあらゆる恐怖から私を守ってくれる。


 「起きたか。気分はどうだ?」

 「生き返るような気分だ。フッ……フッ……」


 視界がはっきりしてきた。作業台の綺麗な手見つつ、華奢な腕をたどっていくと、やがてドクターレウカドの得意気な顔が視界に入った。


 「ところで、明日は何の日か知っているか?」

 「ひな祭り、か?」

 「そうだ。ひな祭りだ」

 「ああ。それがどうした?」


 私は眠い目を擦ろうとしたが、ペストマスクに阻まれた。
 その様子を見て、一瞬ドクターレウカドがニヤけた気がする。


 「カルマポリスから西に125キロの地点にあるエルドランという国を知っているか? 前もって送った手紙を読んでいるなら知っていると思うが……」

 「『豊穣の国エルドラン』。表では観光に力をいれ種族平等をモットーとしている農業国。だが実際には人間至上主義で闇取引の穴場となっている腐りきった国、だったか?」


 私はコートのポケットからメモ帳を取り出した。ページを開いてからしおりの代わりに挟んだpH試験紙を引き抜いた。


 「ああ。その通りだ。今その国でちょっとした新興宗教が流行っている。ノア輪廻世界創造教。裏でアンティノメルのギャング精霊が関わっている他、人身売買・麻薬取引・武器の密輸などの隠れ蓑になっている。そこに大手製菓子店ステファニーモルガンのオーナーが誘拐された。その救出報酬が現金と……」


 前のめりになり、ドクターレウカドの瞳を直視して私は言った。


 「……ひな祭りに必要な菓子一式に加え、一月二回の製菓子無料件だ」

 「数十万する菓子が一月二回無料になる、か」


 ドクターレウカドのよく潤った唇から白煙が吐き出された。全く興味なさげだった。

 「ひな祭りに必要な菓子に関しては安否が確認できしだい至急で送ってくれるそうだ。一部の富裕層が嗜むような高級菓子でひな祭りを堪能できる。だから……」

 「そのメーカーの社長を救出しに行くと」

 「ただ、事前に手紙で送ったように、貴方自身は救出にいかなくていい。ただ、人質救出のための人員を集めるのに協力が必要不可欠なんだ。別に失敗してもいい。今回の救出作戦にドクターレウカドが関わったということも全てもみ消す。その上で、働いてくれた暁にはその菓子無料券とひな祭りセットを渡そう」


 黒衣の医者は苦虫でも噛んだかのように顔を歪める。これはこれでありかもしれない、と私は思った。


 「俺は甘いものが苦手なんだが」

 「ビターもある」

 「いや、そういう問題では……。」


 渋るレウカドに対して私は交渉の切り札を出した。


 「バレンタインの時の妹の顔をよく思い出すことだ。そうすれば自ずと答えは見えてくる」

 「何で妹がいることをあんたが知ってる?」

 「直接会った」

 「なに!」

 「『ステファニーモルガンの菓子は食べたことがない』、と言っていたな。あとそれと、『出来れば一度は食べてみたい』とも」

 「なっ!」

 「チラシの切りぬきを見せたら物欲しそぉぉぉにしていぞ」

 「あんた、俺を妹で釣る気か?」

 「騙してなどいない。事実を語ったまでだ。よく考えるんだ。今回たった一日協力しただけで、一生涯高級菓子が手にはいるんだぞ? これ以上とないチャンスじゃないか」


 ……レウトコリカにとって、とボソリと付け加えた。



3



 私はドレスタニアから『とある乗り物』に乗って高速でアンティノメルへと飛んだ。

 国北西に位置する廃校舎。闇取引にはうってつけの場所でありヒーロー(犯罪を取り締まる組織)も目をつけている。
 その二階の教室に私は踏み込んだ。もちろん黒いコートにトレードマークであるペストマスクを着けている。
 教室の椅子や机は取り払われており、殺風景きわまりない。床のフローリングがほとんど剥がれており、そこら中に散乱している。
 壊れた教室の窓から漏れるわずかな朝日がマスクにあたり、少し暖かい。


 「来たか」

 
 ペストマスクの中から淀んだ声が響く。
 その声に導かれるように三人の人影が姿を現した。もちろんこの学校の同窓生などではない。


 「あなたが『解剖鬼』ですか?」


 三人のうち一人、赤のベストを着た人間が口を開いた。ロボットのように冷たい口調だ。情報によれば17才とのことだが、信じられないほど大人びている。
 そして驚くべきことに、私の巨体に対して全く恐怖を感じている様子がない。


 「そうだ。私がお前たちをここへ呼んだ。手紙の方は読んでくれたかな?」

 「ああ。エルドランのノアうんたら教にさらわれた人質を助けるんだって?」


 藍色のタンクトップを着た青年が答えた。種族は妖怪の中でもサターニアといったところか。赤い青年に比べて年相応といった感じだ。
 私が手をピクリと動かすと、一瞬動揺したのが見てとれた。


 「それは本気で言っているのかい?」


 落ち着いたベージュのコートに身を包む鬼の男が問いかけてきた。明らかにこの中では年上だ。昨日立ち読みした本によるとアンティノメルのヒーローの創始者にして最高責任者らしい。
 まさかそんなお高い身分の方が来るとは思っていなかった。


 「そうだ。私は本気だ。それ相応の人材も用意している」
 「殺人鬼の言うことなんて信じられるか!」


 サターニアの青年が叫んだ。何かひどい勘違いをされている気がする。


 「解剖と称して殺人を楽しんでいるんだろ!」

 「誤解だ。人を憶測だけで判断するのはやめることをおすすめする」


 私はギロリと妖怪の青年をにらんだ。一瞬相手の顔が歪んだ。


 「でも、殺しているのは事実だよね?」

 「ああ、そうだ。だが、それとこれとは……」

 「オレたちがドレスタニアを始めとした各国に指名手配されているような奴を易々と逃がすと思うか?」


 お国のトップと生きのいい青年の二人が臨戦態勢に入る。それに対してさっきから沈黙している赤いベストの少年はじっとこちらを見据えてピクリとも動かない。ここまで来ると不気味だ。


 「シュン、命令を」
 
 「ああ。あいつを殺れ。ソラ!!」


 妖怪の子が言い終わる前に、真っ先に、恐ろしく正確に私の首もとにナイフが突き立てられた。すんでのところで手首を掴み、持ちこたえたものの、突然の奇襲には正直驚いた。
 私はソラと呼ばれた青年の手をなんとか払いのけ、距離をとろうとした。しかし、前足を後ろにずらそうとした瞬間、謎の力によって足をすくわれてしまい、体勢を崩した。
 私がそれを妖怪の呪詛のせいかと気づいた瞬間、腹のあたりに鈍い衝撃が走り、教室を転がった。蹴りを入れられて教室の端までぶっ飛んだらしい。
 立ち上がろうとしたが、どっしりと響く腹の痛みがそれを邪魔した。立ち上がることも出来ず、膝をついてしゃがんだ状態で腹を抱えるくらいしかやることがない。
 ソラの足とナイフの握られた手が視界に入った。そのナイフがゆっくりと上に引き上げられていく。私は首筋にナイフを突き立てられることを覚悟した。
 運命の時を待っていると、後から麗しい声聞こえてきた。


 「ソラ、止めろ。俺の『命令』だ。あんたらが思っているほど、こいつは悪い奴じゃない」


 フゥーッと煙草を吹かす音が教室を包み込んだ。



4



 「れっレウカド!?」


 シュンが大袈裟に驚いた(今になってようやく妖怪の子の顔と名前が一致した)。

 ドクターレウカドはゆっくりとソラの側に寄ると、ナイフが握られた腕を掴み、私から離した。

 っと、一瞬シュンが凄い形相でドクターレウカドを睨み付けたような気がしたが、私の気のせいだろうか。


 「あんたはあんたで……えげつないな。首筋に緩衝材を仕込んだ上に閃光発音菅と煙幕を仕掛けるとは。手に持っているのは煙玉だろう?」


 ベージュ服の鬼の顔がひきつるのが見えた。


 「もし、ソラくんがこれに触れていたら……」


 私はゆらりと立ち上がると、壁にもたれかかった。よく見るとソラはいい体格をしている。細い体と十分な筋肉を両立していて隙がない。

 それにしても無表情だ。まったく感情が感じられない。


 「さて、これでも私が信用できないかな? 特にソラ、君はドクターレウカドに一度診てもらっているんだろう?」

 「えっ、ソラ本当なのか!」

 「はい。俺は診察してもらいました。この人は……信用出来る人です」


 やはりドクターレウカドを連れてきたのは正解だったな。

 ところで、ソラがシュンを見る時だけ、表情が柔らかくなっている気がするのは気のせいだろうか。

 さりげなくシュンがソラに歩み寄る。偶然お互いの手が触れて、二人してビクリとした。

 私はそれをみなかったことにして、蛇が地を這うようにゆっくりと、言葉を投げ掛けた。


 「そういうわけだ。協力してもらえないか? 私たちは人質を救出する。君たちは人質がいなくなったことで無防備になったノア輪廻世界創造教の本堂を、混乱に乗じて制圧すればいい。どのみち近いうちに攻め混むつもりだったんだろう? 私を利用するだけ利用して、みきりをつけて裏切ればいい」


 私は話終えると二人の反応を見た。無意識のうちに二人は手を握っている。さっきからチラチラとお互いに目を合わせては離し……、こいつらちゃんと私の話を聞いているのか?

 アンティノメルのトップは大きなため息をついてから答えた。


 「ああ。わかったよ。……ソラくん」

 「はい。なんでしょう?」

 「しばらくの間、そこのペストマスクの男を監視してくれ」

 「ソラ一人だけ別行動!? ダメだ。危険すぎる! 何でソラなんだ?」

 「危険だからこそだ。他のヒーローでは務まらない」

 「なら、オレも一緒に……」

 「シュン、だめです。それこそ危険すぎます」


 私は会話よりもシュンの反応に目が行っていた。何かとても違和感を感じる。引き留める様子が尋常ではない。どうしてもシュンとソラは一緒にいたいらしい。
 確かに友達が一人、先行して戦地に乗り込むのは気の進まないことだろうが、目に涙を浮かべてまで止めることか?
 大人びた鬼の男もなんだか凄く申し訳ない顔をしている。
 ソラはひたすら無表情だったが、それでも三人のなかで唯一大人の鬼を睨み付けているようだった。
 私は三人の口論を聞きつつ、声を極限まで小さくしてドクターレウカドに話しかけた。


 〔おい、ドクターレウカド?〕

 〔なんだ?〕

 〔あの二人……〕

 〔……だろうな。そっとしておけ〕


 全く別のことを考えている私たちとは対照的に、向こうでは熱い会話がなされていた。

 「クソッ! わかったよ。ソラ、絶対に死ぬんじゃないぞ! 本当にっ! お前がいなくなったらオレはもう……」

 「大丈夫。これも平和を守るためです。それに、シュンにそういってもらえるだけで俺は……本望です」

 私は冷静に状況を分析しているフリをしながらソラたちにいい放った。

 「話し合いは済んだか?」

 ドクターレウカドも艶やかな白髪を揺らしつつ……お、髪の毛先がよく見たら紫色だ。

 「大丈夫だ。何度も言うがこいつは信用できる。俺が保証しよう。もっとも俺もどちらかと言えば闇の住民に近い。信じてもらえないかも知れないが、これは事実だ」

 「わかりました。レウカド先生。あなたを信じます」

 真っ直ぐソラはドクターレウカドを見つめた。二人の間にどんな診療があったのかはわからないが、少し憧れてしまう。

 私の場合、ありがとうと言ってくれた患者を殺し、ばらし……。患者とって救いだとわかっていても、辛いものがある。

 

 「ドクターレウカド」

 「ん? なんだ?」

 「お前はいい医者だ。そして、いい患者に恵まれたな」

 ドクターレウカドは煙管に煙草を足すと、微笑を浮かべながら、上に向けて煙を吹いた。

 「あと、これは大変申し上げにくいのだが……」

 私はシュンに向けて言った。

 「まだ何かあるのか? ここまで来て契約変更とかないだろうな!」

 妖怪の青年の鬼のような形相に、たじろいているの隠しつつ、私は言った。

 「あの……、そこのベージュのコート着ている人の……アンティノメルのトップの……ヒーロー創始者の人の……名前って、なんだ?」


 その場の空気が一気に凍りついたのを感じた。



5



 「で、あんた次はどこに行くんだ? この流れだと普通『ライスランド』か『リーフリィ』、『チュリグ』たが」

 
 ドクターレウカドは地図を指差し、アンティノメルから東に指を動かした。


 「今回は『リーフリィ』に行こう。三人の猛者がいる。『ライスランド』はその次だ。チュリグは行ってもいいが……私は何も出来ない。住民から逃げるので精一杯だ」


 ソラが少し戸惑って『乗り物』を見ていた。


 「ところで……本当にこれに乗っていくんですか?」

 「ん、どうかしたか?」

 「……いえ、なんでもないです。行きましょう」


 何を疑問に思ったのだろう。


━━


 訓練場にて私は水色髪の青年と向き合っていた。周囲にはこの国の兵士たちと思われる人がいたが、みんな青年の動きに釘付けになっていた。

 「はぁ……はぁ……」

 ペストマスクのなかで私の吐息が反響する。
 相手の獲物は刃渡りは長く、刃の幅共に広い、いわゆる大剣。それに対して私は両手のアーミーナイフで健気に受け流していた。
 私のナイフの数倍の大きさの剣をふるっているというのに、私のナイフをさばくスピードと大差ない。その結果、大剣の威力に私が一方的に押されていた。
 相手、クォルという青年は余裕の笑みを見せている。私は一歩、また一歩と壁際に追い詰められていく。
 そしてついに、私のナイフが衝撃に耐えられず、私の右手から叩き落とされた。
 次のクォルの一振りで左手に握られたアーミーナイフもまもなくグニャリと変形してしまい、防御する手段がなくなった。
 クォルは余裕といった表情でペストマスクの先端に剣を突き立てた。

 「おっさん、かなり努力したみたいだな。体の動きが鈍い変わりに的確に剣を受けるから結構強かったぜ?」

 訓練場の回りにいた兵士たちが叫んだ。

 
 「うぉぉ! さすがクォル様!」

 「カッケー!」

 「ペストマスクのジジイ気にすんな」
 

 クォルは回りのむさ苦しい兵士に対して激しく手を振り


 「ヒューヒュー! 誉めて誉めて!」

 
 と大声を出していた。状況だけ見たら滑稽だが、相手が実際に誉められるのに必要な才能を持ち、努力を重ねているのがわかっていたため、全く笑えなかった。
 凡人がいくら努力したところで、努力した天才には敵わない。それが私の悲しい経験談だ。

 
 「おいおい、大丈夫か? 肩で息をしているぞ? っていうかおっさん、ずいぶんと重いコートを羽織ってるんだな」

 「生き残るためだ。仕方なく纏っている。本当は邪魔で仕方ない」

 「なら脱いじまえばいいのに。俺様も戦地へ出向くときは動きやすいように結構軽装だぜ?」

 「突発的に動くのが苦手でな。どうしても戦闘中に隙ができてしまう。それをフォローするための装備だ」


 私はゆっくりと立ち上がり、コートに付着した埃を払った。一瞬、気道に穴を明け、直接空気を送り込んで息切れを回復させようと思ったが、場所が場所なので止めた。


 「ところで、あの件についてなんだが、どうだろうか。ノア輪廻世界創造教の本堂に捕らわれた人質の解放」

 「ああ、お役に立てるんだったら喜んで参加するぜ。アンティノメルも作戦に参加するんだろ?それに、かなり強いやつらとも会えるって聞いたし」


 そういうとクォルはブンブンと愛剣を振った。彼にとって剣は体の一部に等しいらしい。
 それにしても剣術バカとはよく言ったものだ。まあ、気持ちはわからないでもないが。
 私は常に胸ポケットにしまわれているメスのことを思いだし、苦笑いした。

 さて、他の二人の説得は上手く行っているだろうか。訓練場とクォル、魔法具店でバトーとクライドがいるという情報を聞いた。私がクォル、ソラとドクターレウカドがバトーとクライドの説得をすることになり、別れたのだが、やはり三人で動いた方が得策だったか?ルーカスやシュンも連れてきた方が……いいや、それだと私が殺されるか。



6


 様々な雑貨が売られている店にソラとレウカドは入っていた。回りを見渡すだけで、杖やマント、指輪などなど、実に様々な物が売られている。

 そんな中、レウカドはバトーという男と軽い自己紹介をした後に物色していた。


 「なるほど、このマントだと雨が防げるのか。便利だな」

 「こっちはデザインがいい。ブランド品で女性にも人気だ」


 レウカドはどちらかと言えば婦人が着そうな高級感溢れるブラウンのマントを受け取った。


 「これのは魔法はかかっていないのか?」

 「ああ。どちらかと言えば生地の方に力をいれているメーカーだからな。軽くて使いやすい上に長持ちする。値段は張るが……」

 「そうか。因みにこれは?」


 レウカドは細く繊細な指でショーケースの中にあるルビーの装飾の施されたネックレスを指し示した。


 「これは『魔法具』のネックレスだ。『要』はこの宝石だろう」

 「『魔法具』か。実際に見るのは初めてだ。俺みたいな魔法が使えないやつでも使えるのか?」

 「いや、魔法使いが身に付けると魔力が高まるってものだからな。魔法が使えないひとにはそんなに恩恵はないんだ。因みにシンボルを介しての魔法と微妙に扱いが違うから気をつけたほうがいいぞ」

 「そうか、となるとデザイン重視でいった方が良さそうだな。どれがあいつに似合うか……」



 ソラはショーケースの中のものには目もくれず、クライドに話しかけていた。二対の指環をもうすでに買ってあるからだった。


 「……なるほど。で、俺たちに声をかけたと」


 「はい。ノア輪廻世界創造教はエルドラン国を支配するほどの強大な組織です。それを強襲するとなるとあなた方『自警団』の力が必要です」


 クライドは赤い瞳をキラリと光らせた。


 「アンティノメルと自警団の連合部隊か。手紙で読んでいたとはいえ、実際に聞くと驚きだね」

 「ええ。さらにドレスタニア、ライスランドにも救援要請を出しています」
 

 さすがにこれには驚きを隠せないようだった。


 「なっ……、本当にそこまでの兵力が必要なのかい?本来であればアンティノメルだけでも制圧自体は簡単にできるはずだよ」


 ソラは静かに首を上下に動かした。


 「敵はパラレルファクターという能力者らしいのです。そのなかで人質を安全に救出するためには、敵に私たちが侵入したことがばれる前に、人質を見つけ出し、脱出しなければなりません。それには少数精鋭の部隊が必要です」

 「単騎でも優秀な自警団を味方につけたいと」


 クライドはしばらく顎に人差し指を当てて思案した。


 「俺たち二人であれば喜んで協力するよ。クォルもまあ、来てくれると思う。ただ、自警団そのものから大量の兵を出すのは難しいかもしれない。協力したいのはやまやま何だけど、国内の治安維持とかで手一杯なんだ」

 「ご協力、感謝します。協力してもらう上で、至らぬ点もあるかとは思いますがご了承を」

 
 うやうやしくソラは頭を下げた。それにたいしてクライドは最初から持っていた疑問をぶつけた。


 「ところで、君は何歳のかな?」

 「17才です」

 「君ほど良くできた子はそうそういない。……クォルなんて26才であれだからな」
 

 無表情の顔に一瞬陰りが見えたのをクライドは見逃さなかった。

 突然店に何者かの大声が響いた。

 
 「クライドちゃん、バトーちゃんいるかい? 戻ったぜ?」

 「ソラ、ドクターレウカド、出掛ける準備だ!」




7


 私たちは次にリーフリィの西へ飛んだ。


 目的地はライスランド国、レカー城塞内部の剣撃道場だ。



━━



 「腰をもっとまげろ。そうだ、その姿勢を保つんだ。おいそこボクちゃん!わきが開いているぜ!」


 クォルが鬼の子供の背中を軽く押し、胸をそらせ姿勢をよくさせつつ、妖怪の子供を同時にアドバイスしていた。さすがに兵士を束ねる男、口は達者でも教え方は一流だ。

 私たちはライスランドきっての剣士として名高い『先生』と呼ばれる人物をスカウトしに来ていた。
 年齢32才の男と判明している以外、経歴や本名の類いが全てがなぞに包まれている男で、何となく親近感がわいた。

 「こんにちは。私がこの剣術道場を開いている『先生』です。よろしく。あ……、あとこの道場は禁煙になっているので、煙草はどうか道場から出て吸ってください」

 「ドクターレウカド、ここは私に任せてくれ」
 

 煙菅を取り出したドクターレウカドは、すんごく申し訳無さそうな顔をしながら、道場の門から出ていった。あの顔……写真に撮りたいな。


 「ところで、今回のお誘いなんですが、私はお断りしたい」

 「なぜ?」

 「私は第一線を退いた身。迷惑を被るのがオチかと」


 先生は渋すぎる顔を左右に振った。シュッとした輪郭に太い眉毛、セミロングの黒髪、どうみても昔本で読んだブシとかサムライにしか見えない。
 私はそんな男を説得出来るのかと、不安に思いながら、口を開いた。


 「待て、欲しくないのか? 月二回お菓子無料券!子供たちもきっと喜ぶぞ? ステファニーモルガンのお菓子なんてそうそう手にはいる物じゃない」

 「ですが……」

 「そうか、なら……」

 「ん?」

 「『自警団』の団長のクォル様に臨時でこの道場の子供たちに稽古してもらう、というのはどうだろう? 絶対に貴重で有意義な体験になるぞ! ほら、今の生徒達の顔を見ろ。スゴく生き生きとしている」


 ……ソラを除いて、だが。
 さりげなく生徒たちに混じっているソラは、殺意に満ちているというか、動きが他の子と比べ物にならない。


 「そんなことが出来るんですか?」


 目を見開いて先生が食いついてきた。よぉし!


 「もちろん。見積もりの七割と諸々の諸経費を私が負担しよう。なぁクォル!」

 「よしよし上手いぞ! 次の構えだ!……ん?え?ああ、うん。そうだなっ! ペストマスクの旦那!」

 
 あいつ今、聞いてなかったよな……。まあいいか。


 「それなら私も……」
 

 とうとう先生の方から交渉に乗ってきた。私は心のなかでガッツポーズをとると、だめ押しに言い放った。


 「今ならアンティノメルの方に格闘術の指導もつけてもらえる。たった一回! 邪教徒から人質を助けるだけでだ!」

 「行きましょう。今すぐぶった切りましょう! すいません!クォルさん」


 え、ノリ軽くない?半分今の冗談だぞ?


 「少し撃ち合いませんか?」

 「ん? いいぜ! 自警団一の俺様の実力とくと見やがれぃ!」


 水色の髪をゆらし、爽やかな笑顔でクォルが答えた。

 先生が静かに立ち上がり、クォルの間合いに入るギリギリの位置で腰の刀に手を置いた。眉間に深い皺をよせ、ただでさえ鋭い眼光をさらにギラギラとみなぎらせた。
 あんまりの変容にクォルも少し驚いているように見える。
 先生の周囲の塵が沸き上がり、何らかのエネルギーの流れを醸し出す。
 

 「さぁ! 我が刀の錆となるがいい!!」
 

 まばたきした瞬間、既にクォルの間合いに先生が飛び込んでいた。目を開く時には刀を鞘に仕舞っている。すさまじい速度の居合いだ。
 クォルが防御したと見るや否や、すぐに構えを切り換え、斬撃の嵐を浴びせる。


 「どうした! うぬの力はその程度かっ!」

 「さすがにやるなぁ、オッサン!」


 剣と刀がぶつかり合い、激しい金属音が道場に響き渡る。っていうか撃ち合いに真剣を使うか?普通?


 「すいません、となりいいですか?」

 「ソラ、どうした?」

 「あの先生、明らかに殺気を放っていると思いませんか」

 「あの優しい先生だぞ。気のせいだ」

 「刀が赤く光ってません?」

 「光の屈折でそう見えているだけだろう」


 二人とも頑張れー、先生負けるなー、と子供達の無邪気な応援が聞こえる。そのなかで


 「ふんぬッ! ぬりゃぁ! 塵と消え去れい!! 我が刀は豪雷のごとし。触れたものは四散する!」


 と、殺伐とした言葉を先生が叫んでいる。クォルはクォルで、先生の太刀筋に平然とついてこれる辺り、色々とおかしい気もする。
 ソラは全く感情のこもっていない口調で続ける。


 「……口調も変わってません?」

 「気合いをいれたから地方の訛りが出たんじゃないか?」

 「撃ち合いにしては激しすぎません?」

 「バトーが言っていたが、クォルの撃ち合いは殺し合いにしか見えないらしいぞ?」

 「ですが……」


 私は何か言いたげなソラを制止した。
 

 「ライスランドでは『考えるな、感じろ』だ。目の前で起きている事象を素直に受け止めるんだ」

 「そうしないと、どうなるんですか?」

 「向こうで煙草を吸うのも忘れて、目の前の状況を理解しようとしているドクターレウカドと、あそこで口を半開きにして悶々と悩んでいるクライドみたいになる」
 

 それでもソラは納得がいかなそうだった。


 「よし、いいものを見せてあげよう。ここにアルコール綿がある。一応ソラもさわってみろ」

 「……確かにただのアルコール綿です」
 

 私はこれを丸めて、近くにあった瓦割り用の瓦に向かって投げた。すると、アルコール綿は瓦を貫通した後、何事もなかったかのように地面に転がった。


 「わかりました。考えるのをやめます」

 「そうだ。それでいい」



7'



 「ドレスタニア……、人間の独裁体制であるとはいえ、差別はあまりない。ふむぅ、少し観光でもしてみるか」


 白いワンピースの女の子はドレスタニア王宮のそばで散歩している。


 「遅刻遅刻~!!」


 角からパンをくわえて飛び出してくる人影

 ドンッ!


 「ひゃあ!?」


 途端に女の子の頭が銀色の滴となって飛び散った。彼女は鼻から上がない状態で倒れた青年に駆け寄った。


 「お主!大丈夫か!?」

 「いてて…はっ!?!?すいません!!」


 皇族服の頼り無さすぎる青年は『変わった顔の方だなぁ』と思いつつ、ずり落ちた眼鏡をかけ直した。


 「お怪我はありませんか? 本当にごめんなさい…」


 数秒で少女の顔は元通りに。


 「大丈夫。生まれつき結構打たれ強くての。いやぁ、再生中の顔に驚かないとはお主、結構やるのぉ!ホラーとかそういうのに強いタイプなのじゃ?」


 にこりと笑いながら手を差し出す。


 「あ、この腕はつかんでも大丈夫じゃぞ?」


 青年はがっしりと腕をつかんでちぎれんばかりの速度でヴォンヴォン振る。

 一方少女は青年の手の降りに合わせて体ごと宙に浮いたり降りたりを繰り返した。


 「おおおー!!! 七変化ですか!? 顔の他にもできるんですか!?」

 「もちろんじゃ! ほれほれ」


 上下に振られた状態のまま、自分の体の一部をピンポン玉大の大きさのボールにして、器用にヘディングする。


 「す、す、すごおおおぉい!!!!! 何者なのですかっ!? 僕にもできますか!?」


 ショコラは興奮した子供のように跳ね回る。目がキラキラしている。


 「おっ! 主もやるか!」


 テニスボールほどの大きさの玉を作り出して、ショコラの繋いでいる方とは反対側の手に投げた。金属光沢を放つ見た目とは裏腹にとても軽い。


 「因みにわらわは旅人じゃ。全国各地を回ったことがあるぞ!」


 少女は向日葵のような笑顔をショコラに向ける。


 「わぁいありがとうございます!!」


 それにたいして青年は天才的な動きでボールを何度も跳ねながら訪ねる。


 「あり得ない動きをしてもわらわが制御するから大丈夫じゃぞ!といっても、お主には必要ないかもな。アハハッ!」


 そう言いながら、さらにボールの数を増やしてジャグリングを始める。


 「旅人さんですか!! ドレスタニアは良い国ですよ!! 案内しましょうか!?」


 青年はにっこにっこしている。


 「案内か。是非頼むぞ! この町のいいところを見せてくれんかのっ!」

 「おーまかせください!! 一番いいお店を紹介しますよ!!」


 いくつか渡されたボールをジャグリングしながらショコラが案内したところは、王宮の広い大食堂であった。


 「おお! ずいぶん広いお店じゃのぅ!」


 目を輝かせながら歩みを進める。働いている人から、「何がおこっているんだ」という目で見られたが、全く意に介してない。
 大食堂全体の外観から、壁にかけてある絵、食器の形まで興味津々のようだ。


 「おぉ! いい匂いがしますね!!」


 道を間違えていることへの疑問が厨房の匂いで消滅する。


 「コックさん! 今日の日替わりメニューはな
んですか!?」

 「ガーナ・チャンプルーとイナゴ豚の青椒炒めさ! チャンプルーはショコラ王にはまだ早いね! ハハ!!」


 彼女ははもとより青年を疑っていないが、匂いを嗅いだことで、完全にここを食堂だと勘違いした。


 「わらわはチャンプルーもいけるぞ!苦くても大丈夫なのじゃ!」


 『子供じゃないよ』アピールをする哀れな少女(十二才)はさりげなく青年の手を握った。


 「お嬢ちゃん、こいつぁ結構くるぜ?ガーナ様のオススメってんで作ってみてはいるが、文句言わないのはその角で食ってるご老人位だ」(ガーナ王とのチェス後)

 「に、苦いんですかっ!!」


 青年の手は既にプルプルしている。チャンプルーだけに。


 「お主大丈夫か?食ってみるとわりと行けるんじゃぞ?ププッ」


 少女はいたずらに笑いつつ、角でチャンプルを食べている老人を横目で見る。黙々と、だが情熱的にチャンプルを口に運んでは噛み締めている……。

 (……うまそうじゃのぉ)


 「おっしわかった!そんな目で料理を見られては、出さない訳にはいかねぇな!」


 ドン!!


 「食ってみなお二人さん!!」

 「おおおお、お、美味しそうですネ!(ガタガタガタ)」


 青年は料理を残したことは一度もない。故に辛い。
 一方少女は指先からフォークを生成し、

 「頂いちゃうのじゃ!!」

 ガツガツと食べ始める。


 「ほらお主にもやるぞ。早く食わんと冷めるぞ?」


 さりげなく青年の鼻に金属片を飛ばし、塞いであげる。


 「うぅ!!?? お兄様の好きな味です!! つらいです!! 苦いです!!」


 味は防げたが、むしろ苦味だけの食べ物と化し、半ベソをかいている。


 「貴女も好きな味ですか!!??」


 少女は様子を察してやっちゃった☆という悪魔のような笑顔を青年に向ける。


 「ああ、好きじゃぞ?こっちのスプーンを使ってみるんじゃ」


 因みにこスプーン、口につけると一部が舌に張りついて味覚を変える。


 「あれ? さっきまで苦かったのに、凄く美味しくなりましたよ!!」


 コックが驚愕の表情を浮かべた。


 「なにい? 王さまもついにこの味がわかるようになったか!ははは!! ガーナ様に報告しないとな!! 嬢ちゃんはどうだいうまいかい? イナゴ豚青椒ももって帰りな!」


  タッパに包んで渡す

 ビニール袋の形をした金属製の何かをポケットからとりだし、タッパーを入れる。


 「やった!コックのおじさんありがとうなのじゃ~」


 喜びで思わず青年の舌の上に張り付いた金属を自分に戻してしまう。ちょうど青年が口にチャンプルを含んだ時のことだった。


 「うっ!!??!!??コックさんやっぱりダメです!!僕はまだお兄様になれませんー!!」


 かわいそうな顔をしてぴーぴーなく。突然、裏から地鳴りのような規模の音が聞こえてきた。


 「ショコラさまあああああぁぁぁあぁ」


 「えっ、待つんじゃ!のわぁっ?!」


 バッシャーン。突如として現れたメイドの体当たりによって、少女の左半身が吹っ飛んだ。唖然とするコックに礼を言ってそそくさと去っていった。


 「ショコラ!またのっ!」


 少女が去っていったあと、吹っ飛ばされた左腕が蒸発していたが、誰も気づかなかった。


 「あ!!名前を聞くのを忘れてしまいました…。七変化さんまた会えますかね?」


 青年は完全に忘れていた。ペストマスクとの待ち合わせのことを。




8



 「メリッサー! どこですかー! メリッサー!」


 クライドはあきれて物も言えないようだった。
 余談だが彼は身分を隠しているが王族であり、その天賦の才能を余すことなく引き伸ばしてくれたのが、皇族ならではの剣や魔法の稽古であった。……という冗談のような噂を耳にしたことがある。


 「メリッサー! あ、旅のお方! メリッサを見かけませんでした? 私と同じくらいの身長で、メイド服を着てて。大切な方々と待ち合わせをしておりまして、その場所をメリッサに話していたのですが……」

 「多分、その『大切な方々』って俺たちのような気がするんだけど」


 ドレスタニアで今目の前にいる、皇族服の頼り無さすぎる青年(眼鏡がズレ落ちそうになっている上、見るからにワタワタしている)と待ち合わせしていた。王宮の大広間で、だ。
 そして彼は時間ピッタリに『偶然』現れた。王宮内で恐らく迷子になっているのだろう。
 ……全力疾走していたのに汗ひとつかいてない。


 「アレッ? 私が待ち合わせしていたのは鳥頭の方なのですが、もしや! あなたが正体なんですか?」

 「いや、俺はクライド。全くの別人だよ。多分君の言っている人は俺のとなりにいるよ……」


 ようやくこちらに気づいた。


 「おお! 外国の方お久しぶりです! ショコラ・プラリネ・ドレスタニアですよ! 覚えていますか」


 ショコラは私の手をいきなり握ってきて、ピョンピョン跳び跳ねた。
 まるで数年ぶりに親友とあったかのなような大袈裟な喜び方だ。因みに会うのはこれで二度目である。


 「皆さん有名人ばかりですねっ!」


 ショコラはこの場にいる一人ずつ、ショコラの両手で掴むと過剰なまでに腕を上下に振り回し、握手していく。

 ━━ドクターレウカドは作り笑顔をしようと顔をひきつらせながら、
 ━━ソラはいつもの無表情で、
 ━━クォルは負けず劣らずショコラの手を振り回し、
 ━━クライドは割と快く
 ━━バトーは無視されなかったことにほっとした様子で
 ━━ライスランドの先生は華麗に力を受け流しながら
 
 握手に応じた。


 「あれ? 噂によるとライスランドのオムビスさんもゆで玉子を持参すると聞いたのですが?」


 なぜ、ゆで玉子を強調するのか全くわからなかったが


 「オムビスは作戦当日に合流する」


 と最小限に答えた。ショコラは少しにガッカリした様子だった。「温泉卵……」とぼそりと呟いた気もするがきっと気のせいだろう。


 「今回初めていらっしゃった方も多いようですね!
我が国へようこそ! 私が国の案内を……」


 私は慌ててショコラの言葉を遮る。


 「まっ…また今度にする。今日は予定がッ」


 ショコラは全くそれを気にせず、満面の笑みで言い切った。


 「案内をしますねッ!!」


 ショコラは並みのダンサーよりも軽快なステップで、見事に王宮の出口とは反対側に案内してきた。


 「すいません。出口はこちら側ですよ」


 ソラ、ナイスフォロー!


 「あれ、そうですか? おかしいですね。この城で地殻変動でもおきたのてしょうか?」


 バトーが不安な顔つきで私に聞いてきた。


 「ショコラさんに案内を頼むとそんなに大変なのか? まあ、今でも十分その片鱗は感じ取れるが……」

 「とりあえず、ショコラに国を案内させると、いつのまにどこかに消えて終わりだ。運が良ければ日付が変わる前に発見できる」

 「何でそんなことを知ってるんだ?」

 「一度それをやられて……その後王宮の資料を調べまくった」

 「あれ? ショコラさん、どこに消えたのでしょうか」
 青い胴着を身にまとった先生が首をかしげていた。
 私は静かに舌打ちをした。


 「遅かったか……」


 どこか遠くからショコラさんの絶望的な歌声が聴こえてきた。


 「♪明るい国だよドレスタニア~♪僕は王さまのショコラプラリネ~♪でも一番はガーナお兄様~♪強くてかっこいいガーナお兄様~♪」


 はっ吐き気がっ!
 私が少し揺らめいたのをドクターレウカドは見逃さなかった。


 「おいおい、大丈夫か? あんたは今日一日休みなしで、各国で戦いつつ、俺と一緒に検診までやっていたんだ。いつ疲れが出てもおかしくない。俺でよければ肩をかすぞ?」

 「ちっちがうんだドクターレウカド。あの歌声が単に苦手なだけだ」

 「苦手?」
 

 私はなんとか同業者の肩を借りて、体勢を保った。


 「みんな、手分けしてショコラさんを探すぞ。ここに王宮の見取り図がある。一人につき一枚ずつだ。一人一人探索するエリアを決めて、しらみ潰しで捜索する。メイドがいたらそいつにも手伝わせろ」

 
 私は自分の喉を片方の手で隠す。もう片方の手にもったメスを喉奥に突き刺し、グリグリした。その様子にこの場にいる全員の顔がひきつる。

 
 『これで私は通常の数倍の声量で話せるようになった! 私はここで指示を出す!』

 「便利ですね、その能力」
 

 ソラがポツリと言った。


 『私の能力はメスで傷をつけずに体を開いて、手術して、閉じることが出来る。ただし、直接メスで触れなければいけないから、こういうグロテスクなことになる。とりあえず、全員捜索に移ろう!』


 今回は声帯に直接リーフリィ産の魔法薬を塗った。以前にショコラに使った小技だが……思い出したらまた吐き気がッ!

 このあと30分ほどかけて捜索が行われ、町中にて、手土産を沢山持ったショコラさんが発見された。その時の解剖鬼の指示は異様に的確な上、声に必死さがあらわれていたため、他のメンバーは以前に何があったかを察し、恐怖した。


9


 「はぁ。疲れた、まさか一日でここまで働かせるとはな。あんたも人使いが荒い」
 

 ようやく、自分の経営する病院に戻ったドクターレウカドは紫煙を吹きながら大きなため息をついた。実は今回の作戦に参加するメインメンバー全員の診察をさせたのだ。
 能力者の中には高度な幻覚を使う者や、自分や他人そっくりの分身を作り出す者もいるらしい。彼はそういった類いの術に詳しかったのと、元々医師として優秀だったために、活躍して頂いた。


 「だが、充分な報酬だろう」


 アンティノメルの特産品、リーフリィの魔法具、ライスランドのゆで玉子(おみやげ用お得パック)、ドレスタニアの出店で買った雑貨等々。
 全て私のおごりだ。付き添い代、診察料、アンティノメルの説得成功報酬金……。ドレスタニアに支援金をもらっていたとはいえ、決して安いものではなかった。


 「ああ。あんたのお陰で安心して明日を迎えられる」


 ドクターレウカドは煙菅に口をつけ、大きく吸った。そして、まだ見ぬ明日に思いを馳せているかのように、天井に向けて息を吐いた。よほど明日が楽しみらしい。


 「だが、契約期限は今日の夜までだ。まだ時間がある」

 「おいおい、あんたもかなり疲れてるだろう? 明日に備えて寝た方が身のためだ」


 私はグフフフフフッと、自分でも気味の悪い笑い声を立てた。ドクターレウカドは何か嫌な予感でもしたのか、目に見えて身震いした。


 「少し、別室を借りてもいいか? 着替えたいんだ。着替えは用意してあるが」
 

 ドクターレウカドはなぜこのタイミングで着替えるのかわからない、といった顔だった。
 彼に案内され、

━━

ズーーーーーー!
ジッパーの外れる音。

バキッ
バキバキバキバキッ!
折れてはいけないものが折れる音。

ヌチヌチヌチヌチヌチヌチヌチヌチ、ズルン!
何かが出てくる音。

ブチィ!
ひも状の太い何かが切れる音。

━━


 「明らかに着替えの時の効果音じゃないが、大丈夫か?」

 「ああ、もう済んだ」

 「ん? なんだ、その声。あんただれだ?」

 「私だよ」


 私は部屋のドアノブをひねり、開けた。
 ドクターレウカドはこちらを見ると、最初に瞳孔が縮まり、繊細な人指し指をうっすら開いた口に当て身じろぎをした。ただでさえ白い肌からさらに血の気が引き、生きとし生きるものとは思えない。
 さらには一歩足を引いた状態で固まってしまった。

 
 「……は?」

 「私だ」

 「……なっ!? えっ! はぁ!」


 私は部屋から一歩踏み出した。ドクターレウカドは二、三歩後ろに下がると、薬品棚にぶつかった。ガシャガシャとガラスのぶつかり合う音がした後、数個ほど、小瓶が棚から落ちて割れた。
 

 「どうした? 初対面で私のペストマスクを見たときよりもずっと驚いているじゃないか。フフッ……フフフッ!」


 私はゆっくりとドクターレウカドの頬に手を伸ばした。ドクターレウカドはあまりのショックに動けなくなっているらしい。ガタガタと震えるだけで抵抗して来なかった。
 

 「あんたの能力! そういう使い方もあるのか!」

 私の指先からドクターレウカドの頬の温もりを感じた。数年ぶりに『直接』人膚に触れた。絹のようなさわり心地がなんとも心地よい。このまま撫で回したくなったが、ドクターレウカドの恐怖とも驚きとも言えない、奇妙に歪んだ顔を見て、私は満足してしまった。
 このドクターレウカドの顔は私だけのものだ。
 私はドクターレウカドに背を向けるとコートのポケットから各国の滋養強壮剤を調合した液体の入った小瓶を取り出した。


 「どうせ明日にはお前はとられる。今日一晩、付き合ってもらうぞ! ハハッ! アハハハハハッ!」


 私は腹を抱え勝利の笑い声を解き放った。


 「まさか、お前がひな祭りにノア新世界創造教に乗り込む真の理由は!」

 「私の古郷でひな祭りを過ごしたいということ、恋人をそこで殺されたということ。……今回の計画の何ものにも変えがたい理由だ。だが、それ以外にもいくつかきっかけがあってな。その一つがコレだ!」

 「アアアア!!?」


 その後、ひな祭り当日までドクターレウカドを見たものはいなかった。



10


 ドレスタニア王宮の中庭にて。
 

 「やっぱり、これで移動するんですね……」


 ソラは無表情ながら目の前の乗り物を拒絶しているような気がする。


 「ホントこれ、なんというか……はぁ……」


 バトーのため息は思ったよりも深かった。

 「でも、乗り心地はいいですよね。まあ、いちいち尻を蹴らないと速度が出ないのはいただけないですが」
 
 先生は目の前の生き物を凝視した。イナゴのような胴体に豚の頭を持つ異形の生物だ。翼がバルバルと音をたてながら震えている。大きさは豚ほどで、なぜか尻を叩かれるのが好きで、尻を叩くと加速する。
 長距離飛行が可能で、それなりに最高速度も高い。馬乗りや立乗りをしての空中戦も出来る。いざというときは非常食として食うことも出来る、優秀な移動手段だ。
 ドレスタニア性の鞍を背中につけることで、鞍に宿る加護の力で潮風などもろもろの自然現象を防ぎ、落下の心配もほとんどなくなる。
 

 「あっちょっと! うわぁ、落ちる落ちる!」


 ほとんど……はな。ショコラはその生き物に股がっているが、のりこなせずロデオ状態になっていた。
 

 「くっ! おい、本当になんなんだ? この生き物。自分から尻を俺の蹴りやすい位置に持ってきて、すり寄ってきたぞ?」

 「クライド、尻を蹴ってやれ。好かれるとより速く飛んでくれるぞ」

 「あんまり好かれたくないんだけどなあ……」



11




 数百人は入れる礼拝堂。その祭壇に座り、もくもくと読書を進める人物がいた。その背後には、高さ十数メートルにもなる巨大な壁画が描かれている。
 壁画に描かれた人物の胸像は、酷く異様なものだった。その人物はげっそりとした顔つきで眼球がなく、眼窩から血が滴っている。髪の毛に見えるものはよくみると血液であり、見るものを不快にする。
 これこそがノア新世界創造教で数千人が信仰する、創造神である。
 祭壇とは反対側の扉から息を切らした赤い法衣の男が入ってきた。木製の机の間を通り、祭壇にだどりつくや否や早口でこう言った。


 「教王様! 只今カルマポリス付近をハサマ王が飛行中との情報が入ったぜ。 真っ直ぐ我々の研究施設を目指してるんだそうだ」


 祭壇で本を読んでいた人物がゆっくりと顔を上げる。……あくびを響かせながら。


 「ノア新世界創造教とあの研究施設の関係がばれれば、確実にハサマ王は俺たちを消しに来るぞ?」

 「……エアリスを出せ」


 教王クロノクリスは余裕の表情で言いはなった。


 「エアリスか?! 俺たちの最終兵器じゃねぇか!」

 「あの研究施設がばれればどのみちエアリスの存在は明らかとなる。いち早く研究施設を破壊し、我々が関与しているという証拠を隠滅しなさい」

 
 その言葉を聞いて男はすぐに後ろを向いて走り去っていった。


 「ふう。これで読書を再開できる」


━━



 「確かここらへんだったはずなんだけと」


 ハサマ王は作り上げた竜巻で自らの体を浮かせ、天空から地上を探索していた。
 アンティノメルからカルマポリス国西に謎の地下研究施設があるという連絡があったのだ。━━捜索に行ったカルマポリス軍の小隊が行方不明という情報も含めて。
 しかし、実際にハサマ王が出向いた先に待ち受けていたのは、ひたすら続く森林地帯だった。
 諦めて地上を探索することにしようか迷った時、彼女は『飛来』してきた。


 「おお!ハサマ殿、こんなに早く出会えるとは思わなかったぞ!」


 見た目はウェディングドレスを着た少女だった。セミロングの銀髪に、アルビノ以上に白い肌を持っている。
 そして何より、ウェディングドレスの背中に彼女の身長より頭ひとつ大きい、黒い三角形の構造物がくっついていた。下からボンベのようなものが左右一つずつついており、そこから勢いよく炎が吐き出されている。
 ハサマ王はそんな異質の存在に全く動ずることなく返事をした。


 「割と会えるよ! 君だれ?」

 「えっ……と、エアリスじゃ!」

 
 少女は、無邪気に答えた。しかし、瞳孔のない白い目は全く笑っていない。


 「君、そこを退いてくれないかな?ハサマ、急いでるから」

 「ここにはわらわにとって大切なものを隠しておるのでな」


 突然、彼女の背中の物体からミサイルが二発発射された。ミサイルは森のど真ん中を向かっていった。ハサマ王はその場から全く動かず雷を落とした。
 ミサイルは目的地に着弾する前に空中で飛散した。


 「へぇ、そっちにあるんだ。君の大切な場所。どんな場所なの?」

 「いうなればわらわの実家じゃ。実家にある恥ずかしい本を発見される前に始末する、というのはお主の国でもあるであろう?」


 さも当然、というような顔で少女は言った。ハサマ王は不思議そうな顔で答える。


 「でも、普通は家ごと爆破しないよね?」

 「まあ、具体的には研究データじゃな。わらわは平等が好きで差別が嫌いでの。短絡的じゃが、とりあえず民族差別の蔓延る国を一通り潰そうと思って、戦力増強していたのじゃ。発見されると他の国に対策されてしまうのじゃ」

 「んー、うちの国民にあんまり変なことしないでねー?」


 ドスの効いた笑顔に対して、エアリスもケラケラと笑う。


 「わらわはお主の国に手出しするつもりはないぞ。チュリグは公平な国だからの」

 「鬼は大体の子が怖がってるけど。戦闘以外は」

  「アンティノメル国とかキスビット国に比べたらそこまで深刻じゃないからの。後回しじゃ」

 「後回しということはそのうち来るんだよね?」


 エアリスは子供がイタズラがばれて、もじもじするような仕草をした。


 「まあ、差別を改善しないならのぉ。それもいたかなしか」

 「それなりに改善してるんだけどねー。中々ね、消えないんだよ」

 「そうか。まあ、以前に比べたら大部マシじゃし、大丈夫かの。因みに邪魔立てするのであれば容赦しないとからな?」



 「え、するけど?」



 ハサマ王はエアリスに対して、当然といった顔で、速攻で言葉を返した。
 それに対してエアリスも全く動じない。


 「やはりそうか。なら、この場でやりあうか? 丁度お主の実力も気になっていたところじゃし。今までの戦いでは、お主は全く力を出していないから想像もつかん。わらわの悲願とは別に興味があるのぉ」


 突如、エアリスの腕が液状に変化し、右腕がガトリングガン、左腕がチェーンソーに変形した。
 それに対してハサマ王は「はい、どーん」と微動だにせず、天から雷を三発うちはなった。
 雷はエアリスに直撃したものの、僅かに怯んだだけで彼女は反撃に出た。ガトリングガンを乱射しつつ、チェーンソーを振り上げてハサマ王に突っ込む。


 「粉々になるんじゃッ!」


 ハサマ王は飛行するときと同じ要領で竜巻を発生させ、弾丸を弾き返した。さらにその竜巻をエアリスに向かって飛ばす。
 エアリスの体に弾丸が食い込んだものの、彼女は竜巻もなにも気にせずハサマ王に向かってチェーンソーを振る。いつのまにかガトリングガンであった右手もチェーンソーに変化していた。


 「弾丸が効かぬなら物理でごり押すのみじゃ!」

 「なるほどね。でも雷はね。こんな使い方も出 来るんだよ」


 電撃をまとった手刀がエアリスのチェーンソーとぶつかり合う。両者は打ち合いながらすさまじい速度で天空を舞った。ハサマ王の雷の余波により、森のあっちらこちらに落雷の跡ができる。
 森からバタバタと大量の鳥が飛び出し、ハサマ王らと反対の方向へと逃げていく。
 その間にも二人は半径数キロメートルはある森を飛び回っておる。


 「これではどちらが天か地かわからぬな」


 ハサマ王が地上にいったん着地する。と、同時に小形のクレーターがハサマ王を中心にして広がった。
 続いて上からエアリスがすさまじい速度で切りつける。ハサマ王は両手でチェーンソーを受け止めると、地面はさらに沈下し、クレーターが二重になった。
 ハサマ王はあどけない顔でニヤリと笑い、
 

 「はい、これでおあい子」


 着地する直前に僅かに貯めた雷を放出する。六発もの雷がハサマ王の掌から解放された。
 雷は爆音と共にチェーンソーをぶち破り、エアリスの頭部に直撃した。彼女の頭部は銀色の液体となり、吹き飛んだ。しかし、数秒後にもとの形に復元する。


 「すごいね、丈夫だね。復元までできるんだ」

 「まさか一瞬で体が吹き飛ぶとは。それにしてもウルサイ技じゃのぉ……」



 ハサマ王はそこら中に雷を少なくとも10発以上は放った。だめ押しとして、台風を引き起こす。青かったそらは一瞬にして曇天と化した。
 エアリスは数発雷に被弾するも離陸すると同時に、その衝撃でカマイタチを発生させ、台風を相殺した。周囲にあった高さ数メートルの木が何本も倒れる。
 

 「そんな機能まであるんだね! 凄いね!」
 

 ハサマ王は目をキラキラさせながら天から雷を乱射する。


 「ふん。もうこの程度雷、見なくてもかわせるわ」


 飛行するエアリスは違和感に気づく、


 「あれ? わらわ……雷に囲まれている?」


 ハサマ王は雷を数十発に増やし事前に包囲して撃ち込んだのだった。
 さらに追い討ちに巨大な雷を三発ほど放つ。雷に焼かれた運の悪い木は、ずたぼろに引き裂けていく。


  「例えすごい力を持っていてもね! 偉いわけではないんだよ!」


 エアリスはハサマに向かってミサイルを二発ほど放つ。しかし、大きな雷を避けようとした瞬間、急激に減速し、数十発の雷に被弾。
 そんな彼女に対し、ハサマ王は追い討ちに何発も何発も何発も何発も大小様々な雷を当てる。


 「差別を受け苦渋をなめた日々、一日たりとも忘れはせぬ。そして、わらわは執念で力を手にした。力を手にしたからには世界を変える義務がある! 責任があるのじゃぁ!」


 液状になりつつもハサマに向かって高速で飛行、手をひも状にして掴みかかった。
 自らとは逆の方向にあられとカマイタチを発生させたうえ低空飛行に移る。前から迫り来る木と空気の刃、凍てつく冷気に最高速でハサマにぶち当て続ける。

 パーカーを無惨に裂かれ霜に覆われても気にせずにハサマは笑う。
 竜巻で液状化した巫女を跡形もなく引きはがすと


 「権利も義務も責任もないよ! いいんだよ頑張らなくて! ハサマが! できるだけ何とかするから!」

 
 ハサマ王は両手の手のひらを合わし、ゆっくりと開いていく。なにもなかったはずの空間に、恐ろしい量の雷を収束したエネルギーの塊が現れた。ハサマ王が手を前にかざすと、光の球体は電気で軌跡を描きつつ、一直線にエアリスに飛んだ。
 エアリスは最高速で避けようとするも、雷による過熱とジェット飛行による過冷却による再生機能不全が起きる。飛行ユニットが再生出来ず、半液状化した状態で雷を受けた。
 胸部から上は再生したものの、身体は再生出来ず、液体のまま、甦らない。


 「威力も何発撃つかも変えられるんだ! すごいでしょ!」


 そう言いながら胸部から下だった液状に強い雷を13発撃った。
 『下半身だったもの』が形態を維持できず、気化する。


 「こんな力差……ふびょうどどどどどう……」


 ハサマ王はいつのまにか目の前で屈み、視線を合わせる。


 「不平等でもね、ひとまずは受け入れられないと駄目なんだよ。それに、平等はね、正義とはあまり呼べないんだ」


 小さな子供に優しく言い聞かせるように残酷な言葉を紡ぐ。


 「びびび平等はにする子は……いい子、いい子にはご褒美。不平等は悪い子。悪い子には……おし…おき。お主はどちらだ……」

 優しく微笑みながら「どちらでもないよ」と返すと、残りの部分へと指先に収束させた眩い閃光を放った。
 エアリスは分子レベルに分解され、以後再生することはなかった。
 しかし、彼女の執念か研究施設らしきものはすでに破壊されていた。