セレアと後輩兵器
ナプキンで口を吹くガーナを眺めつつ、わらわは食器を流しへ運んだ。
「ふむ。……美味だった」
「お粗末様でした」
わらわはガーナの横にちょこんと座ると、話を切り出した。
「んで、わらわになんの用じゃ? 朝食をすませにきたわけでもなかろう?」
「うむ。この施設の下層で妙な兵器が発見された」
「兵器ぃ?」
「ああ、倉庫のような場所に無造作に放置されている。君の肉体であるエアリスよりも数世代後の新型兵器、エアライシスが見つかった」
エアリス、久しぶりにきいた気がする。わらわのボディーの商品名であり正式名が『液体金属式ヒューマノイド型専守防衛兵器エアリス』というながったらしい代物だ。
「あー、そこは教王クロノクリスの物置じゃろうな。用途不明のものとか全部そこにしまいおった。呪詛式全自動卵割り発生機とかあったじゃろう」
「ああ。一番衝撃的だったのは試作型エアリスの首の山だな。暗がりにあれは心臓に悪い」
「……まさかとは思うが持ち出していかがわしいことに……」
「……使うわけないだろう」
今いるわらわの家は、とある事情から実は巨大な宗教施設の一室にある。地上から見てもバカでかい本堂と左右の塔からなる胡散臭い施設。犯罪行為が摘発されて各国の連合群と戦争まがいの激闘を繰り広げた上で、つぶれたのだが。
因みにこの宗教施設の地下はもともとノア教の教祖クロノクリスが作ったものではなく、一昔前の軍事施設を改造したものだ。宗教色溢れる地上と無機質な地下、雰囲気が全くのはそういった背景がある。
「問題はその兵器が推定されるだけでも町ひとつ壊滅させられるほどの強大な力を持っているということだ。他者に利用されれば大変なことになるだろう」
「じゃが、それだけスゴい奴ならクロノクリスが起動するであろう? なぜあやつは使わなかったのじゃ?」
「それはだな……」
コンコンと、扉が再びノックされた。わらわは勢いよく椅子から降りるとパタパタと扉へ走った。
「おっ、今度こそ勧誘……」
「いや、恐らく私の連れだ」
わらわはとりあえず自分の胸辺りの高さにあるドアノブをひねった。
「こんにちは。ルビネルの教師であるタニカワです」
「えっ?! タニカワ教がなぜここに?」
扉の前に立っていたのは若い頃イケメンだったであろう名残を残すオジサンだった。無難なシャツに黒いズボンといかにも教壇たちそうな風貌をしている。
「彼は呪詛歴史研究の第一人者でもある」
「ご紹介ありがとうこざいます。ガーナさん」
うやうやしく頭を垂れるタニカワ教授に対して、ガーナはいいから、と微笑を浮かべた。
「タニカワ教授、丁度エアライシスがなぜクロノクリスに使用されなかったのかを説明しようとしていた所だ」
タニカワ教授は見えない教壇にたったかのようにわらわに説明しはじめた。
「兵器は長期の保管後に使用されることが殆どの上、過酷な状況で使われる。そして何よりも機能不全が直接人命や戦争の勝敗に左右するから信頼性がとても重要なんだ。だから新兵器が例え登場しても、コストやリスクを避けて既存の技術をつかう場合があるんだ」
なるほど、と素直にわらわは頷いた。
「だからクロノクリスはエアライシスよりも出撃数が多い上に、内戦にて一定の戦果をあげているエアリスを優先したわけじゃな?」
「その通り。エアリスは内戦でのみ密かに運用されたために、他国にも性能や弱点が知られていなかった。そういったことも考慮してクロノクリスはエアリスを利用したのだと思う」
さすがはあのルビネルの教師なだけある。説明がわかりやすい。あれほどルビネルが聡明になったのもこの教授の影響か、とわらわは思った。
「エアライシスは他にもいくつもの障害が見つかっているらしい」
ばっ、と机の上に資料を広げた。今は使われていない文字の羅列に頭がくらくらしてきた。タニカワ教授が引いたであろう赤い線が引いてある。恐らくカルマ帝国の時代に使われた文字なのであろう。
「これを読む限り実際に運用するのは不可能に近いんだ」
「だが、ただひたすらに強い」
もくもくと説明するタニカワ教授にガーナ王が合い乗った。
「十を越える呪詛を使いこなし、一度市街地で起動させれば半径一キロが吹き飛ぶ。放置するにはあまりにも危険すぎる」
「起動せずに破壊するのが今回の目的だ。それには君の協力が不可欠なんだ……ところでセレア?」
「ああ。なんじゃ?」
「いつから空気イスしてるんだ?」
「よくぞ聞いてくれた! ガーナがここに来てからずっとじゃ」
わらわは空気イスに立ったり座ったりする動作をした。液体金属の肉体を持つわらわの特技である。
「ちょっ、ガーナ! 痛いコを見るような目でわらわを見るな! これはわらわなりに必死に考えたギャグでなぁ……」
「セレア、元国王を呼び捨てにしないで!!」
「……タニカワ教授はどう思う」
「わりとこう言う生徒はいます。……小学生ですが」
「待った! タニカワ教授まで、そんな哀しみに満ちた目でわらわを見るでない!」
ガーナがなにかをひらめいた。
「まさか、この口調といい仕草といい、クロノクリスの性へ……」
「誤解を産むからやめるのじゃ!」
「ではクロノクリスはロリコ……」
「悪のりするでないタニカワッ!」