フールのサブブログ

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夢見る機械 お節介 ss13

 ハァー、とため息をついて地べたに座り込んだ。ひんやりと固い感覚がわらわに伝わる。
 百メートル走をしたあとのような強烈な脱力感がわらわを襲ったのだ。ここまで疲れたのは正直はじめてだった。機械の肉体を持つのに「疲れた」というのも変な話だが感じてしまうのだからしょうがない。


 「記憶の方はどうだ? 夕焼けの町で一度忘れかけたんだろう?」

 「ああ。大丈夫じゃ」

 「じゃあ抜き打ちテストするぞ?」

 「のじゃじゃぁ!?」

 戦い疲れたぼんやりとした頭で思い浮かべる。ことの始まりは多分、スミレだった。頭の右側が機械なうえ、やたらと長い袖の白衣。そんな変態的ファッションセンスを誇るライン・N・スペクター。が、わらわはそいつのワースシンボルの内部に関する情報やハッキング技術に助けられてここにいる。複雑な気分だ。


 「ハハハッ。では第一問。私の臨時授業の内容は?」

 「本当に始まりおった!? えっと、カルマポリス国が妖怪国家で、あれ、ワースシンボルに依存してて、って話があったんじゃっけ?」

 「大体あってるよ。妖怪は呪詛を使えるが、この国の妖怪はシンボルのエネルギーがないと使えない。生活用品の大半もワースシンボルに依存してるんだ。それで、そのワースシンボルが何者かの呪詛によって機能低下を起こしている。困った国は君にお札による解呪を依頼した。そこで第二問、なぜ国は君に依頼したんだい?」


 わらわは自分の胸に手を突っ込んだ。ヒラヒラしたものに手が当たったので、それをつまみ取り出す。もちろん摘まみ出されたのは白いお札だ。からだが液体金属でできているわらわならではの仕舞い場所だった。手に持っていたりしたら恐らくあのときのエアリスの自爆で消え去っていただろう。
 お札のはしっこをつまんでペラペラ揺らしてしてみる。揺れるお札を見ているうちに記憶が少しずつよみがえる。


 「えっと、まずワースシンボルの中は呪詛の濃度が高すぎて生き物は入れない。それで、アルファであるわらわが選定されたんじゃよな。......わらわの生活を人質にとって。それで、わらわは国に利用されるのを覚悟で引き受けた。同盟国ドレスタニアのガーナ元国王に後押しされてな」

 「それにしても、よくあのガーナ元国王を説得できたね」

 「ああ。ガーナ元国王にわらわが仕事を引き受ける本当の理由を話したんじゃ」


 あのとき泣いたのはよく覚えてる。わらわは居場所がほしいとあやつに伝えた。化け物扱いはもうたくさんだ、と。そのためには国の指示に従わねばならぬことも伝えた。だがガーナ元国王は、このまま人の言うことに流されてたら、一生機械兵器のままだと断言した。
 わらわはそれに対して、自分の居場所を作るために戦うと答えた。
 わらわは国に反逆し、自分が兵器であったことを学校で打ち明けて、真の居場所を作る。そのためにはこの国を救うことがまず第一にあった。まずはみんなに、わらわが兵器ではなくカルマポリスの平和を望む一国民であることを知らしめなければならないからだ。


 「......詳しくは聞かないことにしておくよ」

 「ああ。その方が助かる」

 「それにしてもあのとき、ガーナ元国王がスペクターのハッキングディスクを持ってたのは幸運だった。あれがなかったら今ごろどうなっていたか」


 そして、今回引き受けたのにはもうひとつ理由がある。わらわはタニカワという居場所を失いたくない。そのためには一度政府の要求を呑む必要があった。
 わらわは自分のからだの一部で銀色のボールを作りお手玉を始めた。こうするとなんだか心が落ち着く気がする。


 「第三問、そのあと私たちは政府の役人からワースシンボルに関する資料をもらった。だが私はその他にライン・N・スペクターの資料も調べておいた。この二つの資料の決定的な違いは?」

 「政府のはワースシンボルの結晶に関してしか載ってなかった。じゃが、スペクターの資料には機械の夢......あの夕焼けの町について載っていたのじゃ」


 通信が面越しにタニカワがうなずいた。この調子なら次の社会科のテストは満点いけそうだな、とわらわは思った。


 「そうだな。そしていざワースシンボルのなかに侵入すると防衛システムが暴走していて、侵入者と勘違いしてセレアに襲いかかった。アンドロイドは見当がついていたが、まさかエアリスとはなぁ......」

 「一体でも町ひとつ制圧できる位強いのにそれが三機ってひどすぎじゃろう」

 「それに平然と対応するセレアもセレアだけどね」

 「主がハッキングしてくれたお陰じゃよ」


 わらわがエアリスだった時のことはよく覚えている。なにも考えず、大人に言われるがままに破壊の力を振り撒いていた。液体金属の体は怪我をしても痛みはなく数秒ですぐに元通り。だから人を傷つけることへの抵抗感が全くなかった。空を飛び、上空から一方的にガトリングガンで相手を蹂躙する。......吐き気がしてきた。思い出すのはとりあえずやめよう。


 「ワースシンボルの結晶の前でエアリスの自爆に巻き込まれたわらわは夕焼けの町の夢を見た。それはスペクターの資料にあったものと一致した。その夢の中で死んだはずのアーティストやスミレにあったんじゃ。あれは驚いたのぉ」

 「アーティストは故人、スミレは仮死状態。二人とも限りなく死に近い存在だった。そしてセレア、君も仮死状態だった。恐らく、あの町が死に関係のあることは間違いないだろう」

 「じゃな。結晶が納められていた聖堂もそう考えると納得できそうじゃ。......最初に夕焼けの町のことを話したときのタニカワの顔、面白かったぞ。嘘じゃないのはわかってるけど、それでも信じられないっていう微妙な顔をしておった」

 「フフ。あんな話をされたら誰だってそうなるよ。存在しない町で死んだアーティストのサインをもらったなんて、できの悪いおとぎ話のように聞こえる。......おとぎ話ならよかったんだけどな」


 そういえば、あのワースシンボルとされていた結晶は結局なんだったのだろうか。
 巨大な塔が立ち並ぶ広大な地下空間を見渡す。これを見る限り、あの結晶に大きな意味があるとは思えない。恐らく本体を隠すための飾りだ。でも、誰がなんのためにこの空間を隠しているのかはまるで見当がつかない。


 「それで夢から覚めた後、ハッキングした二機エアリスのお陰で最下層へと続くエレベーターを発見したんじゃ」


 わらわはいつのまにか隣に座って待機しているエアリスを見ながらそう言った。相変わらず無表情だった。......そういえば彼女たちは指示もしていないのに、呪詛さえ供給すれば勝手についてくるようになっていた。まあ害はないから別にいいのだが。
 よくよく視線をたどると、わらわのお手玉をじっと観察しているようだった。ためしにボールをひとつ作り、彼女らに投げてみた。するとキャッチするやいなや超高速でお手玉を始めた。あまりの速さにボールの残像が見える。


 「それでこの意味不明な空間にたどり着き、訳のわからぬドラゴンを倒して、今に至ると。......タニカワ、あのときのアドバイス本当に助かった。あれがなければ死ぬところじゃった」

 「役に立てて本当に嬉しい。君が最大限に実力を発揮できるようにサポートするのが私の役目だからね。セレアもよく頑張った。辛くても弱音を吐かず前を見て、それで......」

 「それはそなたが一緒に支えてくれたからじゃ。タニカワがいたからこそどんなに辛いことでも耐えることができた。諦めそうになってもそなたが鼓舞してくれたから立ち上がることができた。どんな化け物にも恐れずに立ち向かえた。全部タニカワのお陰じゃよ」

 「勉強にもその意欲をいかして欲しいな」

 「それだけは勘弁じゃ」


 ハハハと二人で笑いあった。この間まで学校に通っていて毎日笑っていたはずなのに、ずいぶん久しぶりに笑った気がした。
 しばらく二人でしょうもないことを話した。行きつけのシュークリーム屋に新しくシューアイスが発売されたとか、生徒のナンパが困るとか、色々だ。こうしてタニカワと会話していると、気持ちが安らぐ。
 回りを見渡しても、ガラスの床と塔しかない。しかも光源がないのに視界ははっきりとしている。わけがわからない。この異様な空間がわらわを不安にする。ここまできたら後戻りすることもできない。かといって先に進めば今以上に激しい攻撃がわらわを襲うだろう。すぐそこにある塔からウェディングドレスを着た敵が現れて、わらわの命を狙ってくるかもしれない。天からまたあのドラゴンが奇襲を仕掛けてくるかもしれない。それに作戦が例え成功したとしても無事に帰れるかどうかはまた別問題だ。
 ......そんな絶望的な状況でも、大好きなタニカワの笑い声を聞くだけで立ち上がれる。画面越しでもいい。彼の微笑みをちらりと見るだけで、いや、もはや思い出すだけでもわらわの内側から力がみなぎりまくるのだ。


 「はぁ。話すこともなくなってしもうたのぉ」

 「......私に伝えることがあるんじゃないか?」

 「んん?」

 「ガーナ元国王から、言われてるんだ。セレアから重大な知らせがあるから、真摯に受け止めてほしいとね」


 あんの王様め! 余計なお節介おぉぉぉぉぉ!!!


 「なんだい? セレア、言ってごらん。君が何を言おうと受け止めてあげるから。ここを逃したら、二度とチャンスは訪れないと思う」

 「わかった」


 わらわは意を決した。どのみちいつか打ち明けなければ後悔する。


 「タニカワ、お主のことが......その、な。あれじゃ......」

 「ああ」

 「あの......あれなんじゃ」

 「ああ!」


 タニカワは真剣な眼差しでわらわを凝視している。


 「今まで出会った中で最高の教師だと思っておる」

 「ありがとうな、セレア。教員としてこれ以上ない誉め言葉をありがとうな! 今度なにかおごるよ。忘れないようちゃんと覚えておくんだぞ」

 「えっ、本当か! わらわ大食いだが大丈夫か?」

 「機械なのに大食い!?」


 やってしもうたぁぁぁ!! チャンスが水の泡! あ、いや、二人で食事できるだけましか。いやでもちがあぁぁう!!


 「まっ、まあよい。進むぞ、タニカワ」

 「ああ。......奥にでかい建物が見えるだろう」

 「あれか」

 「あの巨塔が恐らくワースシンボルの本体だ。空間における呪詛の密度が一番高い。この旅の終着点......」