フールのサブブログ

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夢見る機械 真実 ss14

 一番奥に一番太く長い塔がそびえ立っていた。塔に色々と装飾がなされているようだが、ここからだとよく見えない。
 それよりも、わらわとタニカワ教授は塔の前に寝ている人影に集中していた。袖があまりにも長過ぎる白衣に上半身裸という危ない格好をしている。そいつが、まるで自分の部屋にでもいるかのように肘で枕を作ってねっころがっていた。そして、まるでお菓子をつまみ食いするかのように、片手で皿の上に盛られた大量の薬用アンプルのうちひとつを吸っている。もう片方はテレビのリモコンを握っていた。
 彼の周囲にはテレビの他に冷蔵庫やラジオ、コンピュータ、持ち運び可能なガスコンロ、雑誌、目覚まし時計、タンス、買いだめしておいた水のタンク......、とにかく生活に必要なありとあらゆるものが手の届く範囲に置かれていた。
 呆然とするわらわ。


 「おっ、ようやく来たようだな。いらっしゃい。仮住まいだがゆっくりしていってくれ」


 テレビを止めて、むくりと起き上がり、あくびをしながらスペクターがこちらに向かってくる。わらわははっとして身構えた。しかし、スペクターがカップに入ったコーヒーを差し出したのを見て構えを解いた。


 「ミルクと砂糖使うか? ああ、それ呪詛を抽出し粉末にして、コーヒーにまぶしたものをお湯で溶かしたやつだ。インスタントコーヒーと言う。呪詛がいい保存料になってね。便利だろう? 粉を溶かすだけでコーヒーが飲めるんだ。ああ、折り畳み式の椅子を出そう。地べたに座るのはワタシだけでいい」


 自慢げに笑ったのは、スミレの雑誌にのっていたあの科学者。ハッキングシステムを造り上げ、ワースシンボルの真実に最も近づいた人物。そんな大天才が布団に座り込んだ。


 「ワタシの名前はライン・N・スペクター。よろしくな。おっと緊張しなくていい。楽にしてくれ」

 「よっと。わらわはセレアじゃ。ご丁寧にありがとう」


 あまりにも滑稽な状況だった。地べたに座ってあぐらをかくスペクターと、がっちりとした業務用の椅子に腰掛け、足をぶらぶらするわらわ。タニカワはどうやら成り行きを見守ることに決めたらしい。
 スペクターの黒い長髪が床につきそうだが、気にする様子はない。彼はふわぁ、とあくびをしてから自分の機械化されて金色に輝く右頭部をガリガリと掻き、世間話でもするようなノリで話し始めた。


 「高濃度の呪詛に対応するのは正直骨が折れた。わざわざ自分の体を人間から妖怪に改造してようやく対応できたのだ。まあ、どのみち近々やろうと思っていたことだし、貴重な研究データも得られて後悔はしていないがな」

 「妖怪から人間に改造!?」

 「もともと呪詛を吸収する特異体質でね。実験のために大量に呪詛を浴びてたら、いつの間にか遺伝子レベルで妖怪の体になっていた」


 驚くわらわを気にも止めずにドラッグカプセルをボリボリと頬張るスペクター。声は意外なほど渋く、よく通る声だった。


 「防衛システムはどうやって突破したのじゃ?」

 「君が持っているハッキングシステムよりも上等なものをワタシは持っている。侵入するのは簡単だったよ。誰とも戦わずここまできた。もっとも、そこまで優秀なシステムを作るのに年単位で時間がかかったが」


 スペクターは棚から雑誌を一冊引き抜いた。パラパラとめくり、ページとページの隙間に挟まっていた、きらきら光るドーナッツ状の円盤を取り出した。


 「君にあげよう。役に立つはずだ」

 「おっ、ありがとうな。ところで、ワースシンボルがイタズラされてるみたいなんじゃが......」

 「ああ。それはワタシがやった」

 「はぁ!?」


 驚いた。スペクターは私利私欲で動くような人間ではない。これまで彼の足跡を調べていけば容易にたどり着く真実だった。少なくともカルマポリスの破滅を願うような人物ではないはずだ。


 「ちょっとまて、お主の目的は?」

 「まあ、簡単に言えばワースシンボルから国民を解放することだ。ワースシンボルは一般にはただ結晶からエネルギーが生成されていると信じられているが本当はそうではない。実際には妖怪の魂のエネルギーを抽出して放出している。みろ、これがシンボルの正体だ」


 スペクターが塔の上部を指差す。そこには上端と下端にホースが繋がれたガラスの筒が、規則正しく貼り付けられていた。中は緑色の液体で満たされ、中央に光る何かが浮かべられている。それが塔をベルトのようにぐるりと一周しており、さらに同じものが何十列も見えなくなるまで続いていた。恐らくこれがワースシンボルの本体なのだろう。


 「カルマポリスで死んだ妖怪の魂はワースシンボルに取り込まれ、容器に収納される。そして現世で生きた年数と同じ年数、魂の力を吸いとったあと現世に転生させる。そして現世で生きている間に妖怪は魂の力を再び貯めるのだ。死んだらシンボルに戻る。その繰り返しだ」

 「そんな!」


 わらわは信じられないといった表情でスペクターを見つめた。スペクターはまったく動じていないようで、顔の左側頭部から後頭部にかけて装着された金属の板をカツカツと叩いた。さらに、その板から延びている赤色のコードと青色のコードを指でなぞる。耳の裏までたどりつくと、何かを締め直した。何を締めたのかまではここからでは見えない。


 「じゃあ、まさか......ワースシンボル本体を捜索した機械が言うとされる、夕焼けの町の正体は!」

 「ここで発呪している妖怪の魂、その精神はワースシンボルの作った幻影の世界で管理される。反逆できないようにな。君が迷い混んだのはその精神世界だ。どうやらワースシンボル内で意識を失うと、死んでいるいないにかかわらず幻影の世界に精神が引き寄せられてしまうらしい」


 あわててタニカワ教授の顔を見た。


 「だが、スミレは生きておるじゃろう......?」


 わらわの疑問に対してすぐさまタニカワ教授が答えた。


 「セレア、さっきも言ったように今朝スミレは交通事故に会って仮死状態だったんだ。仮死状態も死に含まれるのであればスペクターの説明と矛盾しない」

 「バカな、これを信じろというのか......」


 わらわは自分の記憶に刻まれたアーティスト、カサキヤマのサインを思い出した。明らかにあれは本物であり、模倣品とかではない。......すでに当人は死亡しているのにもかかわらず、だ。


 「当然のことながら魂の力は転生前に消費されてしまう。最初から魂の力を使い果たした状態でカルマポリス国の妖怪は生まれるのだ。だから呪詛をエネルギーに頼らなければ発動できない。呪詛を低コストで運用するには、カルマポリス国で暮らす以外に方法はない。必然的に国民は国にこもりがちになる」


 人々を支えているはずのワースシンボルが実は人々を国に縛り付けていた。その事実にわらわは動揺を隠せなかった。ワースシンボルへの評価が180度変わってしまったのだ。人々に繁栄をもたらす夢のエネルギーが、実は人の魂をもてあそび国を衰退させてしまう悪夢のエネルギーだった。自分の常識がガラガラと音をたてて崩れていく。夢であるなら覚めてほしかった。
 ちなみに常識を破壊した張本人はわらわが飲み干してしまったコーヒーのおかわりを注いでいる。


 「そして、毎回同じ人が転生を繰り返しているために、同じ歴史や過ちを繰返し進歩しない。この影響でカルマポリス国は時代の流れについていけず緩やかに衰退している。この負のループを止めるにはワースシンボルを破壊するしかないわけだ。ワタシはこの国がまがいなりにも好きだ。こんなところで終わらせるわけにはいかない」

 「他の人に相談はしなかったのか? 他に手はなかったのか?」


 静かに語るスペクターの言葉には重い決意がこもっていた。嘘をついているようには決して見えない。ただ、口調に姿勢がまったく伴っていない。国の命運について話しているのにあぐらをかきながら錠剤をスナック感覚で口に運ぶスペクターの神経を、わらわはたぶん一生理解できない。


 「ワタシは論文をいくつも発表しすべて闇に葬られた。雑誌に売り込んだり、他の研究者にも相談したりした。ありとあらゆる手をつくし理解者を求めた。しかし、誰もワタシの研究に見向きもしなかった。突拍子もない理論だったうえにワタシが人間だったからだ。そのうえ、極めつけにこれだ」


 スペクターは白衣の胸のボタンを開いた。腹部に黒い、穴のようなものがぽっかりと空いている。恐らくこれが、先程いっていたスペクターの特異体質なのだろう。
 アルファから妖怪になったわらわにはスペクターの気持ちが痛いほどよくわかった。妖怪として生まれてこなかった。たったこれだけのことで人格を否定される。カルマポリスとはそういう国なのだ。そんな逆境にもかかわらず自分を貫き通すスペクターをわらわはちょっぴり尊敬する。


 「ワタシは国の命によって研究者としての地位を剥奪された。それでもワタシは諦めずエルドランへの渡った。エルドランの宗教であるノア教に自分を売り込んだ。幸いノア教はこの施設と同じような古代の研究施設を所有しており、それを取り扱える研究者を欲していた。ワタシはノア教に協力するという名目で研究室に入り、十分な金と地位と知識を確立し、万を辞して今回の計画を実行したのだ」

 「そうか。じゃがここに行くのは我らではなくカルマポリスの国民。わらわはこの事実を国民に知らしめ、国民がどう望むかを選ばせるのが筋ってもんじゃないのかのぉ。今のままだとむやみやたらに価値観を押し付ける政府と一緒じゃぞ?」


 スペクターは手のひらを天井に向けてから首を横に振った。


 「しかたあるまい。このシンボルの真実を聞いただけでは信じられないだろう? ワタシの計画が成功すればワースシンボルから呪詛が発生しなくなる。つまり、防護服で身を包めばマスコミをはじめ一般人でも入ることが出来る。ワタシはワースシンボル内部を公開して真実を伝える。こうでもして危機と混乱に陥れなければ、国は重い腰を動かさん」


 冷蔵庫から得たいの知れないパックを取りだし、口をつけてイッキ飲みした。そのあと、降り立たんでから近くにあったゴミ箱に突っ込んだ。


 「それにワタシ一人が人柱になればここに縛られている数十万の人の魂が解放される。命をかけるのには十分な理由だ。セレア、君こそ国の命令とはいえここまでやる必要はないのではないか?」

 「国は関係ないんじゃがのぉ......その精神世界にいる人は最底辺の者も含めて案外幸せそうじゃったぞ? そんな人々を無理に解放したとしても、今度は精神世界に未練を残してこの世に残ってしまう恐れがある」


 スペクターは静かにうなずく。その拍子に右頭の機械の目の部分がちらりと見えた。円形の突起に丸の模様が等間隔に三つ。


 「一理あるな」

 「それに、現世でも病院や銀行など重要施設で扱われる呪詛製品は多い。非常電源やワースシンボル以外の発呪施設で補うにしても限界がある。決して少なくない人が死ぬぞ。常識的に考えて一ヶ月で急停止はあり得んだろう?」

 「承知の上だ。最低限の施設は運営できるよう呪詛の効果は調整してある。死者は最低限で済むだろう」


 スペクターは大きなため息をつく


 「実を言うとワタシだってこんなことはしたくないさ。......だが、ありとあらゆる可能性を考慮してワタシに実行できる最良の選択がこれだったのだ。......致し方ない。君ほどの実力者相手では力の加減ができないが......死んでも後悔するなよ」

 「お主こそ、死なぬようがんばってくれ。応援しておる」


 わらわは背中から戦闘機型の黒い飛行ユニットを展開した。


 「幸運を祈る。一応会話は君の通信機能を利用して一瞬で共有できるようにしておこう。戦いの間にこうしてしゃべるのは無駄......」


 ライン・N・スペクターを無視してわらわはワースシンボルの制御装置に突撃した。スペクターがすんでいる場所の奥。塔の壁に貼り付けられた基板。あそこにお札を張り付ければ......。


 「......だからな」


 突如、わらわの前にスペクターが割り込んできた。反射的に剣を振ったが、なにかに阻まれた。


 「<千襲幻夢 センシュウゲンム>!!」


 わらわの体がゆっくりと傾く。右側で、縦に回転しながら空中を舞う右腕。数秒遅れて上半身に強い衝撃が走った! ないはずの腕の痛みが今ごろ響いた。何が起こったのかまったくわからない。わらわはなんとか足と上半身でバランスをとり、バックステップで奴の間合いから逃れた。
 どういうことだ。


 「ン~、ただのエアリスならAIの行動パターンの関係でこれでゲームセットなんだが。だてに経験を積んでいるわけではないようだ。まあ、それはいいとして」


 スペクターが右頭部の機械を操作した。キュイーンという近未来的は音がしたあと、右目の丸模様が紅く光った。


 「技名叫ぶのってカッコいいよな?」