フールのサブブログ

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夢見る機械 殺戮兵器セレア・エアリス ss15

 両手の剣で鮮やかな剣撃をお見舞いする。武器の打ち合いで床に無数の切り傷が浮かび上がる。火花が空中で散る。はたから見たら二人の腕は早すぎて見えないだろう。
 スペクターが一歩前に出る。わらわはバッと後ろに下がるとガトリングガンを連射。しかし、それすらもスペクターの武器で防がれてしまう。懲りずに飛行ユニットからミサイルを二発発射。無論、それすらもスペクターによって両断される。が、ミサイルの爆発の中から奇襲をしかけた。手をヒモ状に伸ばしてつかみかかる。


 「呪詛ドリンク。あれはワタシが開発したんだ。知ってるか? 妖怪が飲むと元気になる。こういう激しい運動の最中、ちょっとずつ飲むのがコツだ。一気飲みよりも効果が高い。ただ、飲みすぎには注意が必要だ。一日四本以上飲むと基準をオーバーするから気を付けることだ」


 ブチブチとわらわの細長い腕を引きちぎりながらスペクターは笑った。
 わらわも笑った。不可解なものをみたとき自然に出るわらいだ。

 わらわはスペクターを避けて通れないことを悟り、一気にエンジンをふかした。両腕を採掘用ドリルに変形させスペクターに突撃。だが、スペクターはまるで風のように軽やかな動きでかわす。視界からスペクターが消えると同時に、わらわの体制が崩れ、前のめりに転ぶ。ガラスの床がドリルによって少し削れた。どうやら、軽く肩を叩かれたらしい。
 舌打ちをしてから、腕を剣に変形、突撃する。スペクターは異様な速度でムーンウォークしながらわらわの剣と渡り合う。あまりの早さに風景が間延びしたように視界に写る。通った塔の内側が風圧でめくれた。
 スペクターはわらわを飛び越えるようにしてUターン、塔をかけ上っていく。もちろんわらわも追う。塔に刻まれたスペクターの足跡が凄まじい速度で後ろに過ぎていく。追い付いたわらわにスペクターは強烈な正拳繰り出した。反射的に膝蹴りをはなったが、吹き飛んだのはわらわの足だった。体から切り離された足は、遥か後方に吹き飛んでいく。
 吹き飛んだ足はガラスの床に突き刺さった。


 「『説明しよう! 腹に開いた穴で周囲の呪詛の3%を吸収し自らの呪詛として強制的に発動するのがスペクターのシックスセンス! そして、それを利用して作った呪詛エネルギー変換装置がスペクターに飛躍的なパワーを与えるッ! そう、スペクターは呪詛を吸収すれば吸収するほど並外れた身体能力を発揮できるのだッ!』......こういうアニメの解説、ワタシはわりと好きなんだ」


 この話を聞いている間にわらわとスペクターは十の橋をわたり、十二の塔を登り降りした。
 絶え間ない激戦が続く。カカカカカカカンと金属同士がぶつかり合う音があちこちで響くのが聞こえる。もはや動作に爆発と音がついてきていない。百の拳に見える打撃を瞬時に判断する。最初の攻撃を肘で、次を反対の腕で、その次は下がってかわし、隙ができるので前に出て切り込む。避ける、捌く、受ける、攻撃する。数秒の間に二転三転する攻防。
 そんな攻防を制したのは、スペクターだった。


 「わらわがこんなに簡単にぃ......」

 「所詮は兵器である君に勝ち目はない」

 「兵器じゃと! わらわのことを何も知らない癖に何を言う!」


 わらわは反射的に言い返した。わらわにとってもっとも気にさわる言葉だからだ。感情が波打ち、強い苛立ちが心を支配する。タニカワは「冷静になれ」とかいってくるが、こんなことを言われて冷静になれという方が難しい。
 だが、相対するスペクターは至極落ち込んでいる様子だった。失望してるのか? わけがわからない。


 「その反応......なるほど。少々キツくなるが......真面目にお説教をするぞ」


 荒ぶるわらわをスペクターが澄んだ目で見つめてきた。自分の心を見透かされたような気がして、思わず顔をそむけた。


 「痛みと共に大切なものまで捨て去ったら君はワタシに勝てない。決して! 怪我をしても痛みもリスクもなくゲーム感覚で何度でもよみがえることができる。そんな生ぬるい環境で戦ってきた君に、命をかけて決死の想いで戦う者の気持ちなどわかるはずがない。ましてや、人を殺すことに対する抵抗感など無縁だろう」


 えっ、と思った。
 今までの戦いが脳裏によみがえる。見かけでは人としか思えない兵器に対してガトリングガンを連射したときの記憶。剣でもってアンドロイドの首を切断したときの記憶。
 痛みや命を失うことへの恐怖、そういったものはわらわには一切なかった。わらわは物理的要因では死なないからだ。だから他人を傷つけることへの抵抗感もほとんどなかった。人と寸分変わらぬ姿かたちをした兵器を眼前で破壊することができたのはそのためだ。今思えば、他の人がどんな想いで戦っているのか殆ど想像したことがなかった。


 「戦場においての兵士たちは悲惨だ。社会的な圧力に従って人を撃てば一生その罪意識と向き合わなければならない。逆に殺さなければ倒された戦士たちへの罪悪感に加え、自分の務めや国家、大義に背いた恥と屈辱にまみれることになる。本来戦争や人殺しとは地獄以上の苦しみなのだ」


 急に体がガタガタと震えだした。心拍が上がり、呼吸が荒くなる。めまいがする。


 「ワタシはこうして君を傷つけることに強い不快感と罪悪感がある。人は根本的に自分と同類たる人を傷つけるのに強烈な抵抗感を覚えるからだ。その証拠に過去の戦争から物理的・精神的に近い敵を人は殺人を拒絶し、発砲直前に無意識のうちに銃口を敵から逸らしたりすることがわかっている。その強烈な抵抗感を上回るのは、自分が今まさに撃ち殺されるという目下の恐怖くらいだ。銃弾が飛び交う戦場ですら人は人を殺すことを避けてしまう。......ワタシはこの原始的で強烈な抵抗感を、絶対に国を救うという覚悟をもって乗り越えて君と戦っているのだ。それに対して戦いにおけるストレスや責任すべてを放棄した、君が......私に敵うはずがない!」


 戦闘の時に押し込めていた何かがわらわの精神を埋め尽くしていく。込み上げてくるものを押さえきれず、口から吐き出してしまった。それは体の一部だった。精神に異常を来したために、身体を制御できなくなったのだ。目と鼻からも何かがあふれでてきた。


 「セレア! しっかりしろ! セレア!!」

 「助けて......助けて......て......」


 地面に両腕をついた。頭痛がする。視界がぐらぐらする。全身から汗が吹き出る。先程までの戦いで傷ついた部分に人としての感覚がよみがえった。それはすなわち体が折れる感覚。四肢を切断される感覚。全身を木っ端微塵に吹き飛ばされる感覚。ありとあらゆる苦しみがわらわの体と心を埋め尽くす。悲鳴すら出なかった。ただただ、苦しい。


 「ゼェ......タニカワ............わらわは兵器か......?」

 「違うセレア! その苦しみを感じることができるのなら、君は立派な人だ! 兵器なんかじゃない!」


 過呼吸から抜け出そうと、必死に深呼吸を繰り返す。全身が痙攣して言うことを聞かない。
 潤む視界にスペクターの足がゆっくりとわらわに近づいてくるのが見えた。このままでは、死ぬ!


 「セレア頼む! 立ってくれ! 君にも譲れないものがあるはずだ」


 わらわは失われていく意識の中、タニカワの呼び声に必死に答えようともがいた。


 「わっ......わらわは......ハァ......ゼェ......わらわはこの戦いで死ぬつもりでいた。......わらわが生きていても......誰からも愛されず......兵器として利用される未来しか想像できなかった.....ゴホッ......。だが......お主が必死にわらわの身を案ずるのを見て......もう少し生きようと思った......」


 スペクターの足が止まった。


 「わらわにとって......タニカワが唯一の居場所だった......。今もそう。お主がわらわを......思ってくれるから生きていられる。お主を想えばどんなに苦しく、辛くても頑張れる。......わらわはお主を失いたく......ない......」

 「セレア、ありがとう。君が何であろうと、誰がなんと言おうと、私は君の味方だ! だから頼む! 生きて帰ってきてくれ。私がこれからも君の居場所になるから!」


 タニカワの言葉が心に染みた。乾いた砂漠に一滴の水が染み込むように、わらわの生気が戻っていく。呼吸が安らかになり涙が止まった。ハンカチで顔を拭き取ると、ゆっくりと立ち上がった。
 もう、迷いはない。居場所を作るため、そして守るため、わらわは戦う。


 「ようやくわかった。わらわはずっと逃げていたんじゃな。兵器として産み出された事実に。だから他人から『兵器だ』と言われると酷く動揺したんじゃな。でも、もう大丈夫じゃ。わらわはまだ戦える!」

 「頼むぞ、セレア!」

 「のじゃ!」


 スペクターと向き合った。こころなしか嬉しそうだった。


 「兵器であった過去を認め、今の自分を受け入れたか。受けとれ。餞別のタオルだ」

 「あっ......」


 わらわが唖然としている間に、すさまじい速度でスペクターがわらわの全身を拭き取ってしまった。


 「さすがに全身を汗と涙と鼻水と吐瀉物にまみれた女の子を放置するのは......」


 突然の拳をしゃがんで避けて、足払いで反撃。スペクターは前足をずらしてあっさりかわした。


 「......汚いからな」

 「不意打ちの時点で充分汚いぞ?」