フールのサブブログ

PFCS 用のサブブログです。黒髪ロング成分はあまり含まれておりません。

夢見る機械 変わらない町(IF END) ss16

 わらわはガトリングガンを連続発射しつつ、距離をつめて回し蹴りを放つ。弾丸は弾かれてしまったものの、足がスペクターの脇腹に吸い込まれた。そのまま、脇を踏み台にジャンプ、スペクターの後ろに着地し再びガトリングガンを乱射する。少しよろけ、スペクターの白衣の切れ端が舞った。はじめてのダメージらしいダメージだった。
 スペクターは全く気にしていないといった風に無駄口を叩く。その奥で恨みがましく先程倒したドラゴンの首が睨み付けていた。


 「カルマポリスでは転生を司る天使はウェディングドレスを着た姿で現れるそうだ。だから、ワースシンボルに配置されているアンドロイドのモチーフにはウェディングドレスが着せられていることが多い。何せワースシンボルは転生管理システムなのだからな」


 タニカワから通信が入った。わらわは彼の作戦にうなずくと実行に移す。
 わらわはドラゴンの遺骸に潜り込んだ。体を液状に変形させ、ドラゴンの損傷部位を液体金属で補う。必要な回路だけ辛うじて修復できた。ドラゴンはゆっくりと起き上がった。もちろんすでにハッキング済だ。視界をドラゴンにリンクさせる。地面にたっているはずなのに、四階建ての建物から見下ろしているような光景が広がった。
 わらわはドラゴンの翼を広げ、不敵に微笑むスペクターを尻尾で凪ぎ払うと、赤黒い光線がぶっぱなした。時間差でもう一本。スペクターは並外れた動体視力で攻撃を見切り、通路の縁から落ちて捕まるという荒業でかわした。赤黒い光線はワースシンボルを通りすぎ、その奥にあった塔の中ほどを貫通......というか消し去った。塔の直径より、光線の直径の方が太いのである。
 ガラスの橋が崩れていくのを見ながら、我ながらよくこんなのに勝てたなぁと思った。


 「半生物半機械式無差別破壊兵器エアライシス竜型、カルマポリスの人間はどうしてこう、長い名前をつけたがるのか。エアリスにしても液体金属式妖怪型多目的防衛兵器エアリスだし、もっとマシな名前はなかったのか。私が名付けるのであれば記号にして呼びやすくするんだが......」


 吹雪、雷、火炎の連撃をすんでのところでかわしたスペクターが迫る。ぎりぎりまで引き寄せて、わらわはドラゴンを一気に急速発進! 地上とスペクターを挟んだのを確認、背中の方に飛行ユニットのバーナーをぶっぱなした。先の戦いでわらわがドリルで突き破った穴が前に見える。ドラゴンに体内から止めを刺したあの穴だ。それがどんどん遠く小さくなっていく。ドラゴンは頭からスペクターを巻き込んで地面に墜落。衝撃で首がちぎれ床を転がった。
 わらわはそのまま空中で腕を前にかざして呪詛を集中、かまいたちを三発放った。さらにミサイルを二発、飛行ユニットから射出。最後にわらわ自身が最高速でスペクターに突撃する。
 ドラゴンの遺骸から這い出たスペクターの目に、突如として二発のミサイルが映ったのだろう。彼は最初のミサイルはなんとか手刀で切り落としたものの、二発目のミサイルに被弾した。怯んだところでかまいたちが被弾、追い付いたわらわがスペクターに剣を振るう。コマのように回転して何度も切り裂き、最後にガトリングガンの銃身で顎を打った。背後に吹っ飛ぶスペクターを追い討ちのかまいたちが襲う。彼が再びよろけたところにゼロ距離ガトリングガンを打ち込み、続けて三発目のかまいたちがヒット。腹をつかみ右手と左手を繋げて環状にして締め上げ、そのままスクリュードライバで相手の頭を叩きつけた。


 「まっ待った! やめ」

 「のっ......じゃぁッッ!」


 ヒモ状に腕を後方に伸ばして、先ほどちぎれたドラゴンの首をつかみ、ハンマーの要領でスペクターにプレゼント!
 ガラスの床に蜘蛛の巣のようなクレーターができた。ドラゴンの首の断面から緑色の霧が立ち上っている。スペクターが這い出てくる気配はない。


 「はぁ......はぁ......」


 この空間に静けさが戻った。わらわはガトリングガンを構える。体が小刻みに震えていた。あやつはこの程度では倒せない。この程度で死ぬのであれば、ハッキングを駆使したとしてもエアリスと戦って生き残れるはずがない。あやつは息を潜め逆転を狙っているのだ。
 無音のなかわらわの呼吸音だけが空間に響いている。緊張で喉がカラカラだ。タニカワから通信が来ないことを察するに、あやつも恐らく疑心暗鬼になっている。頼ることはでない。
 いつ出てくる? 今か? 今なのか!?


 『そこにきっと君はいないから~♪ 私のなかにしか君はいないから~♪』


 突如として聞こえてきた歌。明らかに異様だった。音が聞こえて来る場所は......竜の首の下。


 『Transfer the love 景色を変えて お願い~♪』


 嫌な予感がする。


 『Transfer~♪』


 はっ、とした。いきなり目の前が真っ暗になった。瞳のようなものがわらわを睨み付けていた。わらわは反射的に切り裂いた。ドラゴンの首が真っ二つに割れる。その奥に頬が割けそうなくらい口角をつり上げたスペクターが見えた。しまった、防御が間に合っ......


 「<妖気無影脚 ようきむえいきゃく>!!」


 一瞬にして四肢がダメになったのがわかった。初手で繰り出した攻撃と同質の攻撃。恐らく呪詛によって瞬間的に打撃の速度と威力を極限まで高めて敵を瞬殺する技。


 「よし、充呪時間五分ぴったり」


 地面に這いつくばったわらわを見ながら、スペクターは頭の装置を弄った。恐らく、〈千襲幻無〉発動のあと、機械を起動させたときに同時にタイマーもスタートしてたのだろう。


 「ワタシの拳にはワースシンボルに使ったものと同様の呪詛機械に対するウィルスが含まれている。呪詛性アンドロイドだったことが君の敗北だ」


 なんとか腕を再生させ立ち上がろうとするわらわにタニカワ教授が叫んだ!


 「セレア! もういい、生きて帰ってさえくれれば! 少しは私の注意を聞きなさい!」

 「だめじゃ、まだ、諦めるわけには! このままではわらわは政府の駒として動いたただの兵器じゃ! わらわには、この戦いを通して居場所を作るという夢があるんじゃ!」


 急に、強烈な頭痛がわらわを襲う。全身の筋肉が硬直する。体が、どんどん言うことを聞かなくなっていく。あまりの痛さに頭を押さえつけて転がり回った。


 「遠隔ハッキングプログラム起動。ハッキング完了五秒前。このワタシ、スペクターは......町を! お前を! カルマから救う!」


 スペクターは突如として空間に出現したエアリスの奇襲に対応した。床の液体金属でできた水溜まりに紛れ混ませていたのだ。ハッキングする瞬間には一番隙ができる。隙ができれば量産型の未熟なAIでも十分対抗可能とわらわは踏んでいたのだ。
 しかし、スペクターはあっさりとガトリングガンをバレエのステップでも踏むかのような軽やかさでかわしてしまう。エアリスは接近戦を試みるが、攻撃を一撃も当てられずに、頭部を飛散した。追撃の対エアリス用冷凍銃によって、崩れた頭部を凍らされる。
 ......がスペクターが止めを刺そうとした瞬間、エアリスの胸からもう一気のエアリスが飛び出してきた。これはさすがに予想外だったらしく、スペクターの体に浅い切り傷が刻まれた。


 「子供だましだな」


 そうスペクターが吐き捨てた時だった。部屋全体の呪詛の濃度が急激に上昇する。スペクターは迫り来る二機のエアリスと復活しそうなわらわを無視し、自らの生活スペースへと戻った。スペクターを待ち受けていたのは彼がもっとも恐れていたことだった。


 「アンドロイドの残骸をハッキング......札を持たせてワースシンボルに向かわせ、解呪......。セレア、そして二機のエアリスは囮......」


 スペクターの失意の言葉に呼応するように、ワースシンボルの中心である魂の塔から、地響きのような起動音が聞こえてきた。


 「......お主の作戦通りじゃ。タニ......カワ......」





 パチリと目を開けた。一瞬夕焼けの町だったらどうしようかと思ったが、スペクターの顔が視界の端に見えて、少し安心する。思いの外体調はよく、頭はスッキリしている。飲み薬の、あの、なんとも言えない臭いが鼻をくすぐった。


 「セレア、手を貸そう。もう、ワタシたちは敵ではない」

 「ありがとう」


 少し迷ったがわらわはスペクターの手を握り立ち上がった。先程まで殺意を向けてきた手とは思えない。青白く、弱々しい手だった。長すぎる白衣の袖がわらわの手首にぶつかって少々くすぐったい。
 スペクターはすぐにわらわの手を話すと軽く咳払いをした。


 「セレア、今回は君の勝ちだ。......相当優秀なオペレーターがいるらしいな」

 「ばれたか。あやつは心配性なのがたまに傷だがよくやってくれているぞ?」


 タニカワのため息が聞こえたがわらわは無視した。
 スペクターは通信を傍受したいるらしく、クスリと笑った。笑いながら、薬のアンプルのアンプルをバキボキと割り、口のなかに垂れ流す。わけがわからない。とは言うもののどうにもならないので、わらわは手短な椅子に腰かけた。


 「セレア、とりあえず話をしないか? 今後のことを話し合いたいのもあるが、まず君に興味が湧いた」

 「スペクター、そなたの年齢でわらわに興味が湧いたとか言ったら犯罪じゃからな?」

 「それは私への嫌がらせか? セレア」

 「タニカワ、お主はいいんじゃよ。仕事じゃし」

 「じゃあ、ワタシはビジネスということで」

 「上半身半裸の男が何をいうか」


 スペクターは爆笑しながら、冷蔵庫の中から紙製のパックを取り出した。パックの蓋に口をつけると、緑色の液体をゴクゴクと飲み干した。


 「君は面白い子だ。右目の傷を除けば、他のエアリスと寸分も変わらない見た目をしているのに、こうも魅力的に見えるとは。すらりとした手足、幼児体型、ウェディングドレスにあどけない顔どうみてもエアリスと変わらん。......表情と心は大切だな」

 「それは下手なナンパか? それとも残念なお世辞か?」

 「純粋な知的好奇心だ、わかるか?」

 「スミレのいう通りじゃ......お主、変態......」

 「どうでもいい物事に異様な熱意を向ける変態くらいしか、研究職にはなれんさ」

 「ちょっとまて、どうでもいいでそこ済ますかぁ!?」


 スペクターの背後で待機していた二機のエアリスが反応した。二人とも両拳を前につきだして親指をたてて、ゆっくりと親指の先を下に向けた。あいにくスペクターは気づいていない。腹をたてたのか、腕が二本に分裂して2×2×2の合計八本の手で抗議の意を表していた。


 「ところで、お主スナック菓子感覚で薬を飲んでるが大丈夫なのか?」

 「大丈夫じゃないから、薬を飲んでいる。体は貧弱だし、呪詛を大量に補給するには能力だけだと心もとない。だからこうして......バリッ......ボリッ......ゴリリィッ......ゴクン......飲んでいるわけだ。ああ、君が飲むときは噛まず溶かさず水で流し込んでそのまま飲み込めよ? 噛むと辛い上に非常に渋味が強い。ただ、癖になると止められんがな」

 「たぶんそれ、世間一般的にはそれを薬物依存って言うんじゃぞ......?」


 彼は冷蔵庫に寄りかかり、頭の機械を弄りはじめた。一手一挙動が奇妙でどうしても目をとられてしまう。


 「決まりを守らなければな。私の場合は用法用量を守ってるから大丈夫だ。......あ、もしかして知らない? 私が趣味でアンプルとかにお菓子をつめて販売してるって話?」

 「はぁ!? お主、変な趣味じゃのぉ......」

 「ちなみににここにある薬に見える物のなかにもお菓子が混ざっている」

 「どのくらいじゃ?」

 「さあ? 私にもわからん」

 「じゃあ、量の調整はいつも」

 「勘で」


 意味不明なことばにわらわは頭を抱えた。この男、優秀なのかただのズレた男なのか本当にわからなくなる。真面目な話をしているときはすごく説得力があるのに、それ以外の会話はおかしい。戦っている時は独り言をいうし......。ただ、裏表がないのは確かだった。奇行に走る以外は至ってまともで愚直。信用して良さそうだった。


 「さて、もうワースシンボルの呪詛供給は回復しつつある。こんなところにいる必要はない。さっそと脱出しよう」

 「ウィルスが残っていないか確認しなくてもいいのか?」

 「それもかなり悩んだのだ。が、やはりハッキングを発見されるリスクの方が高い。止めておこう」


 出口へと向かう。ガラスの床を伝い、この部屋とワースシンボル上層を繋ぐエレベーターまで戻る。エアリスの自爆によって壊滅した聖堂を眺めながら歩く。


 「結局、ワースシンボルは誰がどんな目的で作ったんじゃろうな」

 「わからん。だが、知らなくてもいいことは世の中にたしかに存在する。これも、その一つなのだろう」

 「そうじゃな......」


 この後わらわたちは無事にワースシンボルを脱出。わらわはカルマポリス政府から報酬金と住民票を手にいれ無事、国民としての居場所を確立した。一方、スペクターはわらわと共にカルマポリスに取り入ろうとしたが断られ、エルドランに即追放された。
 スペクターはワースシンボルについての事実をメディアに伝えようとしたものの「説得力がない」と断られてしまった。わらわが協力したところで無駄だった。
 スペクターはまたワースシンボルを破壊するために暗躍しているらしい。今回の研究成果である程度の協力者を得たスペクターは近いうち再びワースシンボルに侵入するだろう。そのときはまたわらわは駆り出されるに違いない。が、次依頼が来たら国外追放になってもわらわは断る。今回の一件で学んだからだ。自分の意思で考え、行動するということを。


 「どうしたんじゃ? タニカワ、物理研究室になぞ呼び出しおって」

 「とりあえず......、最近学校の様子はどうだ?」

 「機械であることを明かして大分楽になった。ガーナ元国王のお陰じゃ。」

 「そうか......」


 深呼吸してタニカワは言い切った。


 「セレア、次国から出動命令が来て、もし断るのであればそのときは私もついていく」

 「本当か!?」


 思わずわらわは席から身を乗り出した。タニカワは真剣な顔で頷く。


 「君の居場所を作る手伝いを私にさせてほしい」

 「本気でいっているのか!? わらわは真に受けるぞ! いいんじゃな」

 「約束する」


 タニカワはそう言って小指を差し出した。わらわも同じように小指を差し出し、絡めた。きつく、きつく、ゲンマンした後、わらわたちは授業に戻った。
 その後、わらわに出動要請は来なかった。そのかわり、スペクターが失踪したというニュースが世間を賑わせた。
 町は今日も緑の霧に包まれている。それがいいことなのか悪いことなのかわらわにはもう、わからなかった。