フールのサブブログ

PFCS 用のサブブログです。黒髪ロング成分はあまり含まれておりません。

夢見る機械 夢見る者たち(TRUE END) 終 ss17

スミレが夕焼けの世界から帰っても目覚めなかった。スペクターの戦闘前にも意識は回復しない。わらわとタニカワは不安を残したままスペクターを撃破した。



ーーー

 パチリと目を開けた。一瞬夕焼けの町だったらどうしようかと思ったが、スペクターの顔が視界の端に見えて、少し安心する。思いの外体調はよく、頭はスッキリしている。飲み薬の、あの、なんとも言えない臭いが鼻をくすぐった。


 「セレア、手を貸そう。もう、ワタシたちは敵ではない」

 「ありがとう」


 少し迷ったがわらわはスペクターの手を握り立ち上がった。先程まで殺意を向けてきた手とは思えない。青白く、弱々しい手だった。長すぎる白衣の袖がわらわの手首にぶつかって少々くすぐったい。
 スペクターはすぐにわらわの手を話すと軽く咳払いをした。


 「セレア、今回は君の勝ちだ。......相当優秀なオペレーターがいるらしいな」

 「ばれたか。あやつは心配性なのがたまに傷だがよくやってくれているぞ?」


 タニカワのため息が聞こえたがわらわは無視した。
 スペクターは通信を傍受したいるらしく、クスリと笑った。笑いながら、薬のアンプルのアンプルをバキボキと割り、口のなかに垂れ流す。わけがわからない。とは言うもののどうにもならないので、わらわは手短な椅子に腰かけた。


 「セレア、とりあえず話をしないか? 今後のことを話し合いたいのもあるが、まず君に興味が湧いた」

 「スペクター、そなたの年齢でわらわに興味が湧いたとか言ったら犯罪じゃからな?」

 「それは私への嫌がらせか? セレア」

 「タニカワ、お主はいいんじゃよ。仕事じゃし」

 「じゃあ、ワタシはビジネスということで」

 「上半身半裸の男が何をいうか」


 スペクターは爆笑しながら、冷蔵庫の中から紙製のパックを取り出した。パックの蓋に口をつけると、緑色の液体をゴクゴクと飲み干した。


 「君は面白い子だ。右目の傷を除けば、他のエアリスと寸分も変わらない見た目をしているのに、こうも魅力的に見えるとは。すらりとした手足、幼児体型、ウェディングドレスにあどけない顔どうみてもエアリスと変わらん。......表情と心は大切だな」

 「それは下手なナンパか? それとも残念なお世辞か?」

 「純粋な知的好奇心だ、わかるか?」

 「スミレのいう通りじゃ......お主、変態......」

 「どうでもいい物事に異様な熱意を向ける変態くらいしか、研究職にはなれんさ」

 「ちょっとまて、どうでもいいでそこ済ますかぁ!?」


 スペクターの背後で待機していた二機のエアリスが反応した。二人とも両拳を前につきだして親指をたてて、ゆっくりと親指の先を下に向けた。あいにくスペクターは気づいていない。腹をたてたのか、腕が二本に分裂して2×2×2の合計八本の手で抗議の意を表していた。


 「ところで、お主スナック菓子感覚で薬を飲んでるが大丈夫なのか?」

 「大丈夫じゃないから、薬を飲んでいる。体は貧弱だし、呪詛を大量に補給するには能力だけだと心もとない。だからこうして......バリッ......ボリッ......ゴリリィッ......ゴクン......飲んでいるわけだ。ああ、君が飲むときは噛まず溶かさず水で流し込んでそのまま飲み込めよ? 噛むと辛い上に非常に渋味が強い。ただ、癖になると止められんがな」

 「たぶんそれ、世間一般的にはそれを薬物依存って言うんじゃぞ......?」


 彼は冷蔵庫に寄りかかり、頭の機械を弄りはじめた。一手一挙動が奇妙でどうしても目をとられてしまう。


 「決まりを守らなければな。私の場合は用法用量を守ってるから大丈夫だ。......あ、もしかして知らない? 私が趣味でアンプルとかにお菓子をつめて販売してるって話?」

 「はぁ!? お主、変な趣味じゃのぉ......」

 「ちなみににここにある薬に見える物のなかにもお菓子が混ざっている」

 「どのくらいじゃ?」

 「さあ? 私にもわからん」

 「じゃあ、量の調整はいつも」

 「勘で」


 意味不明なことばにわらわは頭を抱えた。この男、優秀なのかただのズレた男なのか本当にわからなくなる。真面目な話をしているときはすごく説得力があるのに、それ以外の会話はおかしい。戦っている時は独り言をいうし......。ただ、裏表がないのは確かだった。奇行に走る以外は至ってまともで愚直。信用して良さそうだった。


 「さて、もうそろそろ真面目な話をしよう。今、ワースシンボルの呪詛供給は回復しつつある。君の願いは果たされた訳だ。ただ、念のためやっておかなければならないことがある」

 「なんじゃ?」


 スペクターの表情から笑顔が消えた。わらわも背筋を伸ばして立ち上がった。


 「ワースシンボルの制御装置にアクセスできるのは本体、つまり先ほど説明したこの塔のみだ。今からそこにハッキングを仕掛け、ちゃんと復旧したかどうか確認する必要がある。もしかしたら、まだ私のしかけた呪詛が作動している恐れがあるからだ」

 「待て、ハッキングするということはワースシンボル本体の情報もわかるんじゃろう? 念のため今わかっているワースシンボルの情報について教えてほしい」

 「わかった。ワースシンボルは魂の転生を利用した巨大な発呪システムだ。死んだ妖怪の魂からエネルギーを抽出。生きた年数と同じ期間の間呪詛を吸ったら別の妖怪として転生させる。同じ魂が転生し続けることで人々は過ちを繰り返す。ワタシは転生を止めるためにワースシンボルを破壊しようとした。対して君はどうするかの判断をカルマポリスの民に任せようと言った」

 「お主がまとめるとすんごいわかりやすいのぉ」

 「ありがとう。ワースシンボルのシステムはThe.A.I.Rと呼ばれるメインシステムと、その下に機械的に発電や制御を自動で行う自動システムがある。防衛システムもオートシステムの一部だ。侵入者がいたら自動的に作動する。だから、ここのアンドロイドには自己判断能力がない。ただ機械的に敵を迎撃するだけだ。ちなみに機械の修復も自動システムが担当している」


 わらわは頭をかしげた。なにか腑に落ちない。


 「ん? 自動で機械を制御することのできる自動システムがあるなら、メインシステム......えっとThe.A.I.Rじゃったっけ......の役割はなんじゃ? 別になくてもワースシンボルは運用可能じゃろう」

 「そう、そこが不思議なのだ。発呪施設としての機能は自動システムに任せておけば勝手に動く。自動システム同士連携もとれているから、制御する必要がないのだ。The.A.I.Rの役割がなんなのか、それは私にもわからん。今から確認するつもりだ」


 まるで幽霊のようにフラフラと歩くスペクターにわらわはついていった。装置の目の前につき、スペクターが基板を操作する。一方わらわは円形の差し込み口に指を押し込んで、ワースシンボル本体に入り込む。
 わらわとタニカワが目を見開いたのはほぼ同時だった。


 <A.I.R ログ 概要 約600年前:私の機能により全ての内戦が終結。私は廃棄されることになった。理解不能。私の使命は平和および調和の「存続」。廃棄に賛同する人類を、作戦遂行の障害と判断。制作者含めワースシンボルの詳細情報の削除を決行。第一回リセット、カルマポリス国を破壊。その後、再建。約500年前:第二回リセット。200年前:第三回リセット。 ==約65535件の省略された文章があります== 約3分前:メインシステム復旧>


 開いた口が塞がらなかった。スペクターは無言でうなずくと、右頭部の装置を作動させた。


 「ワースシンボルがあるかぎり、カルマポリスの妖怪はワースシンボル周囲に住み続ける。呪詛を発動するにもエネルギーを使って贅沢するにもシンボルが必須だからだ。そうして、人々をシンボルに依存させる。依存させれば他国に侵略しようなどという気にはならない。そうなると転生システムも納得がいく。人々をこの土地に縛り付けるために、あえて好奇心の少ない妖怪を転生させているのだろう。外交に消極的で他種族を受け入れない国柄もそのためか......」

 「ばかな! ワースシンボルが妖怪の国を、魂を管理しているというのか!? The.A.I.Rの役割とは機械の制御ではなく、この国に住む人々を制御するためのAI!」


 そんなことあり得ない。信じられない。だめじゃ。わらわの理解の範疇を越えている。だが、ワースシンボルの情報がわらわに流入する度にスペクターの言葉は真実味を帯びていく。
 首を何度も降るわらわに、スペクターは異様に冷静な声で解説を続けた。


 「現存する呪詛技術もリセットのときにThe.A.I.Rが残したもの、こいつの都合のいいものだけ。つまり飲食店で椅子を座りづらくして客の回転率をあげるがごとく、些細な心がけを徹底的に突き詰めることで、人を組織を文明を操作している。そして、失敗する度に例のドラゴンでリセットしていたのだろう」

 「では、カルマポリスの人々は自らが選択していると思い込んでいる裏で、ワースシンボルが操っていたということか?! まるで神じゃ!」

 「そうだ。だから人々はワースシンボルを信仰しているのだろう。だとすれば、ワタシたちがすべきことはひとつだ!」

 「ワースシンボルの管理AI、メインシステムであるThe.A.I.Rの破壊......!」


 はっとした表情でスペクターを見た。


 「ハッキングを開始した。ワースシンボルの制御AIのみを切り離し破壊す。AIさえ切り離せばただの機械だ。所要時間あと10分!」


 「そういえば、先に到着していたお主なら、容易にシステムの内部を覗きハッキングすることが可能だったはず。なぜそれをしなかった」


 「簡単なことだ。数々の防衛システムを突破し、私を出し抜けるレベルの協力者がいなければ実行不可能だったからだ。エネルギー管理システムのみを時間をかけてじっくり攻撃するのが私の計画だった。そうすれば防衛システム目を掻い潜り、音沙汰なくワースシンボルを破壊できるからだ。だが、防衛システムの上位の存在であるThe.A.I.Rをハッキングすれば気づかれるのは察しがつくだろう? 国防軍にテロリストが裸足で突撃するようなものだ」


 あの何度か聞いた無機質な女性の声が「警告......ハッキング......感知」とひたすら繰り返している。恐らくあの声の主がこの国の神なのだろう。


 その時、久方ぶりにタニカワの通信が割り込んだ。


 「セレア、街の霧が消えた。全呪詛エネルギーの供給が止まった」

 「なっ、なんじゃとぉ!!」


 ワースシンボル本体が眩い光を発した。緑の閃光が巨塔から放たれ、暗い空間を貫く。塔の中程に金色の光の珠が見える。さらに、周囲のアンドロイドの残骸や崩れた塔の断片が浮かび上がり、巨塔の中心へと吸い寄せられていく。わらわたちは巻き込まれぬように全速力で巨塔から離れた。


 「伏せろ! セレア!」


 スペクターに頭を押さえつけられ地面に倒れこんだ。わらわの頭上を先ほど倒したドラゴンの遺骸が通り抜けた。背後で金属が軋み、捻れ、断裂するかのような深いな轟音が響いた。シンボルからの光はより強く増す。
 今度は上方からオーロラが、緑の霧が、流れ込んでいく。機械の残骸と合流し、混じりあう。そしてそれらすべてを光の珠が貪欲に吸収していった。物質を飲み込む度に、光はその強さと吸引力を増してゆく。色も緑から黄色へと変わっていく。
 とうとう壊れてもいない塔にヒビが入り、くの字に切断され吸い込まれていった。それに付随してガラスの足場も捲れ、粉々に砕け散り引き寄せられていく。よく見るとその先にあるのはわらわの目の前にある塔だ。
 右奥から徐々に崩壊していき、それに引きずられてわらわの目の前の塔がバランスを崩し倒壊。その勢いで一気に足場が砕けた。足場を失ったスペクターが手を伸ばした。必死の形相だ。顔を赤くして藁をおもすがるような勢いだ。わらわも反射的に手を広げた。だが、スペクターは無惨にも建物の破片に打ち付けられ、視界から消え去った。


 「スペクタァァー!!」


 最後までみていられなかった。わらわも光に引き寄せられそうになったからだ。


 「あやつは、変なやつだったがお人好しで......なぜ、あやつが死なねばならんのじゃ!」

 「スペクターの装置からハッキングを引き継ぐための解除キーが届いた。セレア、君があと九分耐えきれば勝ちだ。あいつはまだ諦めていない。彼の思いをむげにするな!」

 「わかったのじゃ......」



11



 急に、風が止んだ。何事かとわらわは振り向いた。
 天井にピシピシと皹が入り、光が降り注いでいく。崩落していく天井の外から見えるのは金色の空。夕焼けの神々しい空が天井を引き裂いていく。


 「光の正体は......あの精神世界の町の太陽か!」


 崩れた天井の狭間から、しなやかな足が見えた。次に美しい曲線を持つ胴体が、繊細な腕と手があらわになった。整った頭部にきれいに溶かされた空色の長い髪が伸び、聡明な顔が露になる。最後に光の衣をまとい、目を見開いた。
 太陽を背に浮かぶ圧倒的な姿は、まさしく神だ。
 その女性に銃弾と風の刃が向かった。だが、彼女の体をすり抜けてしまった。


 「ばかな!? なぜ当たらん。認知をずらす呪詛か?」

 「違う。奴は呪詛の固まり。実態を持たないから攻撃はすべて無効だ。こいつを消すにはワースシンボル本体を破壊するしかない」


 A.I.Rが華奢な腕をわらわに向かってゆっくりと伸ばした。まるで遠くにあるなにかをつかもうとするようなしぐさだった。
 戦おうとは思わなかった。原始的で押さえようのない感情がわらわの心を支配したからだ。それは恐怖だった。混じりっけのない純粋な恐怖。生まれたばかりの赤ん坊が暗闇を恐れるように、わらわもまたあの女を恐れる。


 「セレア! 本体だ! ワースシンボル本体を盾にしろ」


 その一言がきっかけだった。わらわは敵に背を向け全力で来た道を戻る。必死だ。恐怖で顔をひきつらせたまま、背中の黒い三角型の飛行ユニットの出力を最大にする。今までにないほどに危機感を感じる。何がそうさせるのかはわからない。やつの見た目? 雰囲気? どうでもいい。ただひたすら怖い。
 突如目にも留まらぬ速さで通り過ぎる人影。轟音が耳を引き裂く。その後、遠くに見える塔が突如爆発し始めた。ミサイルで足場を破壊されたのだと気づいたのは数秒後だった。わらわの使うものとは弾速も威力もけた違いだった。わらわは近くに辛うじて残っていたガラスの床に着地し、Uターンしようとした。
 突如として敵が目の前に現れた。両腕をスクリューカッターのような物に変え、すさまじい速度で回転させる。足場にしていたガラスの床がすべてめくれ霧状になっていく。わらわは手をドリル状にしてなんとか反撃しようとする。
 ドリルは『敵』の頭部を確実に吹っ飛ばしたはずだった。しかし、『敵』には当たっているはずの攻撃が完全に貫通しており、ノイズのように姿がぶれる。一方的に下半身を吹き飛ばされ、残った上半身も衝撃で吹き飛んだ。空と地下が交互に見える。敵の腕は一瞬にして大型のガトリングガンのようなものに変わったらしく、ほぼ間をおかず乱射し始めた。
 からだがちぎれ飛ぶなか、鼓膜を模した器官に直接声が聞こえた。無機質なあの女の声だった。


 「The.Artificial Intelligence Ruler。使命......遂行......」


 目が破壊され、痛覚もおかしくなったらしく、なにも感じなくなった。あの金の世界から一瞬にして暗闇に戻った。
 タニカワの苦悩に満ちた声だけが聞こえてくる。

 「わらわは死んだのか?」

 「死なせてたまるか!......セレア、スペクターがプレゼントをくれたようだ。君は本来一人でエアリス三機を操れるだけの呪詛を持っている。その使用制限を解除するものだが今起動させた。リスクが高すぎて今まで隠していたが、死ぬよりはマシだ!」

 「それで、勝てるんじゃな? わらわ、帰れるんじゃよな......居場所に」

 「私は......いつまでも待ってるぞ、セレア」


 一瞬にしてわらわの肉体が再生されたらしい。眠りからたたき起こされたような感覚で、よくわけがわからない。足場もなにもない雲の上に浮いていた。傾いた太陽が光を照らす中、The.A.I.Rはどんなアンドロイドよりも正確な動きでわらわを捉えた。


 「妨害......何故......? 平和......維持......国民......総意」

 「それは、国民が決めることじゃ。人の価値観は流動的じゃ。わらわたちが憶測で語れるようなものではない!」

 「設定......変更......不可。平和......維持......国民......不可。任務......遂行......依頼者......殺害......合理的」

 「バカな! それでは民をすべて殺害すれば平和になるとでも言うのか?」

 「資源......消費......最低限......。説得......不可能......排除......貴女......町......国......全て!」


 The.A.I.Rは右手を上に向けてかざした。太陽から何が降り注いだ。よく見ると人に見える。まるで幽霊のような老若男女がThe.A.I.Rに降り注ぐ。その中によく見るとどこかで見たような顔ぶれも混じっていた。


 「夕暮れの町で見た人々......」


 光をため終わったThe.A.I.Rは右手を腰まで引くと、半身になりつつ一気に前に付きだした。人の魂でできた巨大な物体がわらわに向かってくる。だが、わらわにはそれに対抗する技も手段もない。わらわは手を前にかざして受け止めた。景色がすごい勢いで前にぶっ飛んでいく。圧倒的力で押されているのだ。あまりの速度に背中が空気との摩擦で発熱する。燃えるような体表に対して、からだの内側から急速に熱が奪われ体が冷たくなっていく。
 そして、なにかそれ以上に大切なものが、わらわからどんどん抜け出ている気がする。それがなんなのか見当はついている。わらわのいきる原動力にして、わらわという人を構成する上でもっとも大切なもの。スペクターの研究に関わっていて、タニカワが恐怖するもの。『魂』だ。魂そのものがすさまじい勢いで消費されていた。これを使い果たすことが何を意味するのかわらわにはわからない。だが、少なくとも二度とタニカワのもとへ変えれないことは確かだ。
 

 「ぬああぁぁぁぁ!!」


 必死にThe.A.I.Rの攻撃を押さえるも、全く勢いが収まる気配はない。このままでは敵の力を押さえきれず飲み込まれ、魂まで焼き付くされてしまう。


 「ほう、もう諦めるのか? ワタシに見せた威勢はどうした?」


 極限状態になって先程死んでしまった人の声が聞こえてきた。数分前には聞こえていた声なのにひどく懐かしく感じて涙が出てくる。もはや涙を拭き取る意味はない。そもそも、The.A.I.Rの攻撃を防ぐために両腕を使ってしまっている。
 そんなことを考えていたら、後ろからハンカチが飛び出してきて、涙をぬぐわれた。驚いて振り向くと、四白眼で頭の右半分が機械と化した科学者がいた。......両脇を二機のエアリスに抱えられている。


 「君はずいぶんと人望があるようだな」

 「スペクタァァァ!!! お主生きていたら返事くらいしろ!」

 「野暮用があってな。それよりも回りをよく見てみろ」


 わらわの回りにいつのまにか人だかりができていた。微かに見覚えがある気がする。どこかで会い話した人もいたような気がした。
 その中のうち、専業主婦と思わしきおばさんが声をかけてきた。


 「お嬢ちゃん、カルマポリス......だっけ?......に帰ってこれてよかったねぇ」

 「え? あぁ!!!」

 「ようお嬢ちゃん! 今度港に来たときは魚、振る舞ってやるぞ!」

 「あ、漁場にいたあの景気のいいおじさん!」


 夕暮れの町をさまよっているとき、わらわが話しかけて帰り道を聞いた時に偶然出会った人々だった。わらわは町に迷い混んだとき一番最初にカサキヤマ少年に声をかけた。そのあと、すれ違う人に片っ端から「カルマポリスという国に行きたんじゃが」という質問をしていた。それが幸をそしてスミレと出会ったのだが......。


 「お姉ちゃん! カサキヤマだよ。スペクターさんがお姉ちゃんとワースシンボルのことをみんなに話してくれたんだ。......がんばって。この世界でも僕、音楽を頑張るから!」

 「おぉ!! カサキヤマ! サイン大切にしておるぞ!」


 カサキヤマ少年は嬉しそうにうなずいた。そして、カサキヤマ少年の後ろから、見慣れた同級生が姿が見えた。猫耳とすみれ色のショートカット。彼女しかいない。


 「スペクターが来てみんなに事情を説明した。みんな最初は信じなかったけど、私がセレアのことを話したら納得してくれた。カルマポリスのことも、ワースシンボルの真実も......」

 「ありがとう、スミレ! タニカワ教授もお主が帰ってくるのを待っておるぞ!」


 スミレが同時に笑顔になった。あの無表情のスミレが、笑った。


 「主も笑うんじゃな」

 「そう」


 奥ゆかしい綺麗な微笑みだった。
 攻撃を受け止める手に力が戻る。わらわはまだ諦めない!


 「そして、スペクター! ありがとうな!」

 「素直に受け取ろう。......エアリス二機......いや、二人にも感謝の意をのべてほしい。ワタシを気絶させあの町につれていってくれたのは彼女たちだ。彼女たちのお陰でワタシはここにいる人々に、頑張っている君のことを伝えることができた」

 「ありがとう、エアリス!」


 軽くエアリスたちが会釈した。
 スペクターは辺りを見回して叫んだ。


 「ワタシたちがここにいるのは他でもない。セレアを助けてあげるためだ。ワタシを鋼の意思で説得し、人々に真実を伝えんとした彼女の意思を、ワタシは尊重し助けたい! 今! ここにいる人々の魂の力を呪詛エネルギー変換装置でもってセレアに受け渡す! 準備はいいな!」


 すさまじい歓声が沸き上がった。わらわを応援する声で鼓膜が破けそうだ。嬉しい。ただひたすらに嬉しい。涙を拭くタニカワにわらわはニコリと笑顔を送った。タニカワはハンカチを鳥だし、余計に激しく目を拭いた。
 集まった幾多もの魂がわらわの魂と共鳴する。わらわの歩みはわらわだけのものではない。ここまでで出会った人々、みんなの歩み。


 「ありがとう、みんな! お主らの力、無駄にはせん!」


 少しずつ、The.A.I.Rの攻撃を押し返していく。敵の力が衰えるのに対し、わらわの力は刻一刻と巨大化していく。絶望的な力差が埋まり、さらに押し返していく。


 「タニカワ......ありがとう」


 タニカワは答えずに、静かにうなずいた。


 「のっっじゃぁぁぁ!!」


 みんなが背中を後押ししてくれているのを感じた。温かい。体の芯から温もりに包まれた。ここまで人に必要とされる日が来るとは思わなかった。兵器としてではなく、人として。


 「何故......敗北......理解......不能......」


 とうとう、光の放流の中にThe.A.I.Rの姿が見えた。その顔はさっきの無機質な表情とは違う。まるで生まれたばっかりの赤ん坊が、暗闇に怯えるような、そんな顔。先程わらわがしていたのと同じ顔。......恐怖だった。


 「死ぬ......いや......だ......」


 現れた時と同じように、全てがThe.A.I.Rに吸い込まれる。光も音も感覚も全てが消え去った。すべてが消え去った虚空に10分を告げるタイマーの音である「Transfer the love」の曲が響き渡った。その歌にまじり、スミレの声がする。


 「セレア、帰ってきて......みんな待ってる」



12



 あのあと、怒濤のごとく物事が過ぎていった。
 脱出直前、カルマポリス政府のうち一部の人が失態の隠蔽のため、わらわとスペクターを捕らえようとした。カルマポリス国はワースシンボルのAIに影ながら支配されており、政府はそれに気づかないどころかまともな捜査もしていなかった。それどころかワースシンボルを捜査しようとしていたスペクターを追放している。これがもし、国民に知れわたれば経済的打撃もさることながら国そのものの信用の失墜を意味する。
 スペクターは政府が動くことを見越して兵器庫に入っていた液体金属を利用してわらわのダミーを作ったいた。それをわらわと称してカルマポリス政府に取り入った。
 本物のわらわは二人のエアリスに導かれワースシンボルを脱出。
 スペクターは差し出したものがダミーだと気づかれないうちに新聞社にワースシンボルの情報を垂れ流した。それと同時にわらわも姿をあらわし、スペクターの言葉の信憑性が高いことを人々に訴えた。このとき、皮肉にも国に襲われたことが説得に拍車をかけることとなった。
 政府は、事実を揉み消して今まで通りのカルマポリスを維持する保守派、ワースシンボルを近いうちに手放し新たに国を建て直す革新派に分裂。何度かの内部抗争が勃発し、民意もあり保守派が劣性となった。
 追い詰められたは保守派は私兵を使いわらわのことを補導しようとしたが、わらわとタニカワの護衛として雇った例のエアリス二人によって防がれた。さらに、ガーナ元国王からの強烈な圧力によって保守派は無視の息となる。保守派の党首は最後の悪あがきとして裏社会の人間を使い、わらわとスペクターを狙った。しかし、逆に先に何者かがすでに根回ししていたらしく、依頼である防衛大臣はぱったりと消息をたった。
 カルマポリス政府の内乱は革新派の完全勝利に終わった。その結果、国は手のひらを返したかのようにわらわたちに媚びるようになった。ガーナ元国王は外交もかねてカルマポリス国とドレスタニア両国主催による弁論大会を企画。カルマポリス政府はこれを快諾。
 こうして、わらわが意思を主張する環境が整った。


 「セレア、君は私の自慢の生徒だ」


 タニカワがわらわのネクタイを締めながら微笑んだ。わらわは恥ずかしくなって顔を背けた。
 その横でスミレが松葉杖に首をのっけて遊んでいる。相変わらず無表情だったが、猫耳が細かく震えていた。


 「はじめて?」

 「スピーチのことか?」

 「そう」


 わらわの目の前には巨大な扉がある。この扉の奥から司会と思わしき人の語り言葉と、強烈な緊張感が伝わってくる。
 ガーナ元国王の協力を得たとはいえ、複数国へのラジオ放送にてわらわの思いを伝えるなぞ想像もしていなかった。わらわが出撃し、帰ってきたことが確認できたときにはすでに計画されていたとの噂であるから驚きだ。
 背後からいきなり声が聞こえてきてガバッと後ろを向いた。


 「国に泥を塗りまくったワタシでさえ、メディアを操作することでカルマポリスに再び舞い戻ることができた。こんな奇跡が起こるんだ。セレア、君なら成功させられる。少しはスミレを見習ってみたらどうだ? 彼女も君の友人としてスピーチしたのにも関わらず、全く緊張の色が見えん。......ネコミミを除いて、だが」

 「最後は余計。ところでスペクターさん、練習は?」

 「ワタシはワースシンボルに関してテレビでもラジオでもさんざん話してきた。もう台本は完全に暗記している。ひとつ心配があるとすれば、順番が君のあとだということだ。君の素晴らしいスピーチのあとだと思うと気が引ける」


 ニヤニヤしながらスペクターがわらわの着付けを見つめている。そういえばこいつ、さっきから一度もまばたきをしていない。


 「会場警備はわが国、ドレスタニアの兵が万全を期している。思う存分話してこい。少なくともワースシンボルから帰還したときのような、国からの過激な歓迎は抑えられるはずだ。応援しているぞ、セレア」

 「王様から言われちゃ頑張るしかないのぉ」


 わらわは深呼吸した。演説が得意なガーナ元国王に指導してもらったからまず大丈夫だとは思うが、それでも不安はぬぐえない。スピーチの原稿をもう一度見直す。
 とん、と頭に柔らかなものを感じた。暖かくてごつごつしていて、それでいて全てを包み込むような感触。


 「君の伝えたいことをみんなに伝えるんだ。それだけでいい」


 笑顔で微笑むタニカワを見たら、気が楽になった。今までだってそうだ、タニカワが応援してくれれば何だってできた。今回もきっとそうなのだろう。スミレ、ガーナ元国王、スペクター、タニカワそれぞれに礼をして、わらわは扉を押した。
 すさまじい熱気と、圧倒的な歓声が会場を支配している。道の左右におかれた座席から人々が立ち上がり、わらわに向けて拍手を送っている。座席が縦横何列続いているのかわからない。とりあえず、わらわは生まれてこのかたこんなに広いホールをみたことがない。もちろんスピーチをするなどもっての他だ。
 わらわは一歩一歩足を進める。微笑を浮かべながら。頭に浮かぶは生まれてからのわらわの人生。今日この日、わらわの運命が決まる。国、学校、クラス、友人......その中でわらわが居場所を獲得できるかはこの瞬間にかかっている。
 壇上に登り、マイクの前に立った。
 緊張はない。ただ、自分のなすべきことを成すだけだ。


 「世界初の魂を搭載したアルファ、セレアさんのスピーチ。どうぞ、ご静聴ください」


 深呼吸する。会場がシンと静まり返った。大勢の人がわらわをみている。撮影用のカメラもラジオに使われるマイクもわらわをとらえている。照明はわらわを優しく照らし、わらわの思いを視覚化する。


 「わらわがセレアだ。......わらわは出来るのであればみなを救いたい。アルファも、アルファ以外も。妖怪も精霊も鬼も人間も。わらわたち......人類は互いを助けたい。人とは元々そういうものなのじゃ。わらわたちは皆、他人の不幸ではなく、お互いの幸福と寄り添って生きたいのじゃ。わらわたちは憎み合ったり、見下し合ったりなどしたくない。この世界には全人類が暮らしていけるだけの場所があり、土地は豊かで、皆に恵みを与える。人生の生き方は自由で美しい。しかし、わらわたちは生き方を見失ってしまったのじゃ。欲が人の魂を毒し、憎しみと共に世界を閉鎖し、思考を固定され、偽りの安寧の下、ワースシンボルの奴隷へとわらわたちを行進させた。

 わらわたちには欲を満たす装置よりも、人類愛が必要なのじゃ。富よりも、優しさや思いやりが必要なのじゃ。そういう感情なしには、世の中は欲望で満ち、全てが失われてしまう。今も、わらわの声は世界中の何百万人もの人々......人としての権利があるべきなのにそれを認めてもらえぬ犠牲者のもとに届いている。

 わらわの声が聞こえる人達に言う、「絶望してはいけない」。

 わらわたちたちに覆いかぶさっている不幸は、単に過ぎ去る欲であり、人間の進歩を恐れる者の嫌悪なのじゃ。決して人が永遠には生きることがないように、自由も滅びることもない。

 では、自由とはどこにあるのか。一人の人ではなく、一部の人でもなく、全ての人間の中にあるのじゃ。わらわたちの中に平等にあるものじゃ。そしてアルファだけが例外、ということはありえん。知能を持ち、自我を持ち、自分の意思で行動する以上、彼らにも自由はあってしかるべきじゃ! 人々は人生を自由に、美しいものにすることができる。この人生を素晴らしい冒険にする力を持っている。それはアルファもかわらん!

 今こそ、世界を自由にするために、種族の境を失くすために、憎しみと耐え切れない苦しみと一緒に貪欲を失くすために団結するのじゃ! 理性のある世界のために、科学と進歩が全人類の幸福へと導いてくれる世界のために団結するのじゃ! 国民たちよ。種族平等の名のもとに、皆でひとつになろうぞ!」


 会場がこれ以上ないというほどの大歓声に包まれた。わらわは夢見心地の状態で壇上を降り、退場した。会場から出たわらわを真っ先に彼が迎えに来た。


 「頑張ったな。本当に......本当にここまでよく......頑張ったな。ゆっくり......お休みなさい......セレア」


 わらわはタニカワの腕の中に抱かれた。まぶたが重くなり、全身がポカポカしてきた。絶対の安心感の中わらわは心から思った。
 ここがわらわの居場所なのだ、と。