フールのサブブログ

PFCS 用のサブブログです。黒髪ロング成分はあまり含まれておりません。

クォルと聖天使トキエル

 ぼくは誰だ? 誰かがぼくの名前を呼ぶ声がする。この威厳に満ちたこえは......


 「トキエル、トキエル。思い出すのだ。そなたの使命を」


 そうだ。ぼくの名前はトキエル。聖天使トキエル。ぼくの使命は神による理想の世界の創造を助けること。
 ぼくは目を瞑ったまま答えた。

 「神帝カイロス様。聖天使トキエル、今目覚めました」

 「トキエル。そなたに命ずる。この者を粛清するのだ。こやつはこの世界の運命に深く関わり、あらぬ方向へ世界を変えてしまった。こやつを消し去らなければ我らが望む世界は得られん。心してかかれ」

 「はっ。この聖天使トキエル、かならずやことを成し遂げてみせます」

 「期待しているぞ、トキエル」


 ぼくのすんでいた場所は魔物がはびこる危険な国だった。だが、ある日天使が舞い降りて全ての魔物を打ち倒し平和をもたらした。天使の加護によってぼくの妻をはじめとする大切な人の命が護られたのだ。ぼくはその恩に報いるため、天使に志願し神の命で様々な国を回っている......そういう設定のはずだ。
 「設定」? なぜそんな言葉が頭に浮かぶんだ? わからない。
 ぼくは目を開けた。どこかの森に降臨したらしい。恐らくコードティラルの領土内。見覚えがある。なぜ見覚えがあるのか? わからない。
 この国はグランローグと戦争しているはずだ。欲望にとらわれ、フィラル国を滅ぼしたグランローグ国。それを止めるためコードティラル国は立ち上がった。グランローグは魔物の軍勢を呼び出し、戦争は泥沼と化している。いつ、どこから、なにが奇襲してくるかわからない。念のため装備を確認する。神から授かった純白の鎧、そして金色に光る霊剣。四肢や翼に異常はない。今すぐにでも奴と戦える。
 奴は過去の戦争でグランローグ国が解き放った魔物からコードティラルの町を守るため警備しているはず。......なのになぜコードティラルを侵略したはずのグランローグ国の一族であるクライドと手を組んでいるのかは知らない。知ったところでぼくのすることは変わらない。そしてもちろん、この知識をなぜぼくが有しているのかも知らない。


 「空色の髪、よく手入れをされた大剣を背負う青年......お前がクォルか」


 ......? いつぼくは奴の名前を知ったんだ?


 「いかにも俺様はクォルだけど、白色の髪にドラゴンの鱗でできた鎧、大きな白い翼......お前さん誰だ? その顔、女の子だったら歓迎するんだけどなぁ......」

 「ほう、貴様は自分の犯した罪を自覚すらしていないと見える。国を滅ぼした大罪人も神にあだなす貴様も、このぼく、聖天使トキエルが、我が神の命にて罪深き命を断罪する」


 そういいながら、ぼくはすさまじい違和感を覚えた。思考の整理ができていない。記憶も曖昧だ。降臨したての時はいつもそうだったような気がする。
 それにしても、彼はなにか悪いことでもしたのだろうか。いや、神に命じられたのだ。それにあのクライドと行動を共にするやつなのだ。フィラルを滅ぼした欲深き国の民に手を貸している。悪人でないはずがない。
 目の前の青年は頭をかきながら答えた。


 「俺様はそんなに罰当たりな人生を送ったつもりはないんだけどなぁ。ちょっとふざけちゃうときもあるけど、やるときはやってるぜ?」

 「貴様の意思など、どうでもよい。リーフリィでの事変、竜の試練、ノア教の陥落、キスビット国の創生。歴史が大きく変わるとき、貴様は必ず当事者だった。そして、貴様は神が望まぬ歴史を紡ぎだしてしまった。歴史に関わりすぎたんだよ、貴様は。世界を決めるは我が神の意思。それは生命がこの地に産まれ死に行くように絶対なのだ。これ以上この世界の歴史を人ごときに改悪させるわけにはいかない」

 なんで、こんなことをぼくが知っているのだろうか。きっと神がもたらしてくれた知恵だろう。神は全智であり全能なのだ。ぼくの知らないこともすべて知っている。神に身を委ねれば世界は救われる。それはわかりきったことだ。
 わかりきったこと......その根拠は謎だ。だが、これだけは言える。クライドとその一味は全員ぼくの敵だ! グランローグのせいでぼくはこんなことになったのだ! やつらに荷担するやつは全員悪人だ! そうだ、それ以上の理由は必要ない! 消えてしまえ。


 「人の世は人が決めていくべきなんじゃないのか。俺様は俺様の好きに生きる。これまでも、そしてこれからも!」


 空色髪の青年は、背中の剣を抜いて構えた。クォルなる者の姿勢は、まるで頭の中心を一本の糸で吊り下げられているかのように、一切ブレがなく完成されていた。一瞬にして敵が手強いことを悟る。


 「貴様に選択しなどはじめからないと知れ! 猿からほんの少し進化しただけの分際で何を言うか。ああ......ぼくは哀しいぞ。人はここまで落ちぶれてしまったのか。神に従順で清らかな心を持っていたあの頃の人の子はどこにいってしまったのだ。まあよい。喜べ、人間。貴様は神の知と力による統制が行き渡った清廉なる世界の礎となるのだから! 貴様のその心! その命! 中級天使トキエルが浄化してくれる!」

 「ん? 聖天使じゃなかったのか」

 「!?......黙れ、猿が! そんなことどうでもよい!」


 ぼくも数々の敵を打ち倒してきた。どんなに強大な化け物にも立ち向かってきたはずだ。まざまざと思い出すことができる。七つの世界をわたり、戦ってきた化け物たち。奴等と比べればちっぽけな人間なんてウジ虫にも等しい存在! 負けるはずがない!
 聖剣でクォルに切りかかった。激しい火花が散る。クォルは身の丈ほどもある剣を軽々と振るっている。剣により発生した風により周囲の木に傷が刻まれていく。力が強いだけじゃない。戦いのリズムを理解し、支配し、ぼくを奴のペースに引き込んでくる。うっ受けきれないッ!
 クォルの強烈な凪ぎ払いによって、ぼくは大きくふっとび木に激突。その衝撃で木が根本からへし折れ倒れた。


 「これが人の力だというのか!?」

 「お前も人だろ!? さっきから言ってることがおかしいぞ。正直、俺様は頭のいい方じゃないけどそれでもわかるぜ。トキエル、お前はその......なんかおかしいぞ!?」

 「うるさい黙れッ! 黙れッ! 黙れッ! クライドの一味が!」

 「?! なんでアイツの名前が出てくるんだ?」

 「そんなこと、どうでもよかろう!」

 「聞く耳もたず、ってところか。まあ、それなら力づくで引き出してやるまでだ」


 クォルの言葉がいちいち心に刺さる。偽名? なんのことだ? ぼくの設定に不備はない。いや、不備ってなんなんだ!? ええい! どうでもいい! フィラルの敵は全員滅びればいい!
 白き閃光がクォルに向かう。が、クォルは剣で光を切り裂いてしまった。切れぬものを無理矢理切るなど、正気じゃない。


 「この魔法も、白く色を変えて光に見せかけた炎によるものだろ? その剣も大層な飾り付けをされてるけど普通の剣だろ? 俺にはお見通しだぜ」


 背中の翼をはためかせ、再びクォルに立ち向かう。ここでぼくが倒れてしまったら、神に、妻に顔向けできない。ぼくには守るべきものがある、そのために戦っているんだ! 神よ! 友よ! 愛するものよ! ぼくに力を与えたまえ!
 体が淡い光に包まれ力が増す。精神を集中させ最高の剣技をクォルにぶつける。クォルが一歩、また一歩と退く。ぼくが人たち振るうごとにクォルの四肢に切り傷が浮かぶ。血の斑点が周囲の草木に彩られていく。
 クォルが自分の血液に足をとられ、一瞬隙を見せた。体の軸がぶれたためにクォルの剣が重さを思い出したのだ。
 ぼくは翼をはためかせ空高く舞い上がり、天空から奇襲を仕掛ける。魔法の連打とぼくの剣がクォルの腹部を襲った。



 「ぬぁぁぁっ! ......なんちゃって」


 魔法は防がれたものの、剣の手応えは確かにあった。けれども、ぼくの聖剣はクォルを避けて地面に突き刺さっている。
 破れた服の内側から銀色に光る鎖の束が垂れていた。


 「剣の柄を使って攻撃を受け流して、鎖かたびらで防御......小癪な」

 「戦士は常に準備を怠らないもんだぜ?」


 防具に加えて神がかりてきなクォルの回避が、ぼくの必殺の一撃を防いだのだ。
 次の瞬間、腹部に強い鈍痛を感じて空を舞った。視界の端にちらりとクォルの足が見える。ぼくは白い翼を散らしながら木陰に着地した。
 死と隣り合わせの緊迫した斬り合いが続く。適切な間合い、適切なタイミング、適切な技、適切な動き......決して浅くない傷がクォルの体に刻まれていく。それに対してこちらはほぼ無傷。なのになぜ......奴は倒れない!
 ぼくが負けるはずはない! ぼくには妻が、守るべきものがいたはずだ......? 「いたはず」? 「いたはず」ってなんだ? 「いる」だろう!? 頭がおかしくなりそうだ。
 息があがり、気発した汗で鎧のなかが蒸せる。肺から十分な空気が送られず、全身の筋肉が悲鳴をあげる。


 「トキエル、お前の戦い方は理論のもとに構築されたとても綺麗な動きだ。よく訓練されてはいるけど、所詮技術の域を出ていない。全部型通りだから全部予想できる。想定内なんだよ。実戦は定石を踏みつづければどうにかなるほど単純なもんじゃない。これから俺様がそれを教えてやるぜ」


 クォルは間合いをとった。ぼくは左手をかざして魔法を発動しようとした。だけど、それはできなかった。全身から力が抜け、地べたに座り込んだ。胸に肩口に深々と剣が刺さっていたからだ。


 「そんな......このサイズの剣を投げるなんて......むちゃくちゃじゃないか」

 「実際の戦闘なんて無茶ばっかりだぜ」


 青年は爽やかな笑顔を見せた。


 「今回は俺の勝ちだな。その傷、治療すればちゃんとなおるから安心しろよ?」

 「ちっ、ちくしょう......ちくしょう......。ぼくはトキエル。聖天使トキエルだ。あのトキエルがこんなところで負けるはずがない。......ああ、神の加護が抜けていく。結局ぼく一人ではなにも守ることはできないのか......」

 「いいや。それだけの力があれば神様なんかに頼らずとも、立派に信念を貫けるはずさ」

 「そんなこと、どうでもいい......。全部思い出した。ぼくは守るべきものを守れなかった......。クォル、お前は......守りきれ......よ......」

 「トキエル、お前の気持ち受け取ったぜ」

 ぼくは顔を落とす。肩からの激痛と、あまりの心労に頭が回らない。
 クォルはぼくの鎧の中からなにかを取り出した。


 「ん? なんだこの分厚い本」


 おかしい、ぼくは鎧の中になにかを仕込んでなんかいない。あるはずがない......あるはずがない......あるはずがない......


 「著者の部分が血で汚れて読めねぇ......。あれ? この本の表紙......」


 そこで、ぼくの意識は途切れた。


ーー


 『白銀の天使ートキエル』それが本の名前だった。目の前で消え去った有翼人の姿に似た天使が表紙に刻まれている。クォルはまさか、と思い本の中身を読んだ。そこには聖天使トキエルと名乗る天使が神の命令のもと七つの世界を回る物語がかかれていた。しかし、そこにクォルの名前は乗っていない。
 最後のページになにか写真のようなものが二枚挟まっていた。一枚目には先程の聖天使トキエルを名乗った鳥人族の人物とその家族が載っていた。そして、もう一枚には墓が写っていた。墓に刻まれていたのは女性の名前。
 そして、裏表紙を見てみるとこの本の持ち主の名前がかかれていた。墓に刻まれていた名前と同じ名前だった。


 「嫁さんが好きだった本の主人公になりきった幽霊か、それとも本にとりついたツクモガミか......。どちらにせよ、この本の発刊された国と日付。だからクライドに恨みがあって出てきた訳だ。これは、あいつらには言わない方がいいかもな......」


 クォルはいつも通り、町の警備に戻った。トキエルのような者を産み出さないために。


 「かつてグランローグ国によって滅ぼされたフィラル国が、改心したグランローグ国とコードティラル国とが協力して復興してるって言ったら、あいつ......どう思ったんだろうな......」


 トキエルの本が刊行された場所、それはグランローグ国によって滅ぼされたフィラル国だった。