クロノクリスの復活
目の裏に光が指した。とても長い間眠っていた気がする。左右の人差し指に指輪がはめられているのを感じる。妖怪の魂を抽出しその呪詛を宿したパラレルファクターと呼ばれる武器である。魂を抽出した妖怪は死ぬのでその遺体の処理が面倒だったのを思い出す。呪詛は人それぞれであり、要人が強力な呪詛を持っていたりすると拐ったあとのごまかしが大変だった。
私はゆっくりと眼を開いた。目の前には地面に這いつくばる男の姿がある。私は無視して正面を向いた。暗く長い部屋の両脇に、黄緑色の液体が満たされた巨大なビーカーのようなものが延々と立ち並んでいる。そして、その中にはコードに繋げられている妖怪が浮かんでいた。
「父上......これは一体どういうことですか! 胸が苦しい......体温が失われていく」
「なるほど、あなたが成し遂げましたか。状況を見るに、相当追い詰められていたようですね。歓喜なさい。あなたは私の作る世界の礎となるのです」
足元からバタリ、という音が響いた。私は転がるモノを足で払い除けた。邪魔だ。
部屋の奥から異様な出で立ちの人物が歩いてくる。ペストマスクに黒いコート、長い黒髪。忘れるはずがない。私を死に導いた闇医師だ。
「実の息子を犠牲に復活するとは......相変わらずクズ野郎のようだな、クロノクリス」
「彼はおろかにも私を利用しのしあがる計画を進めていました。息子にあるまじき重罪です。......もっとも私に手を下したあなたよりはマシですがね」
私は魂を操る呪詛を使えた。そのために以前解剖鬼に殺される直前、肉体を捨てて霊体となって戦い続けた。だが、それが災いして棺に魂を封印されてしまった。恐らくコレは私の棺をカルマポリス政府から奪還し、妖怪を数十人誘拐し、その肉体と魂から抽出したエネルギーで棺をこじ開け、自らの命を差し出して私の肉体を再生させたのだろう。私の息子なのだ。これぐらいはしてもらはなくては困る。
「ふむ、見たところ私の手下はどうやら全滅したようですね。さすがです。あなたの能力を評して私の目的をお教えしましょう」
「聞きたくもない」
「私は、自らの魂を操る力を利用し人々の思想を統一し完全なる世界を創造することです。今、世界は様々な問題に悩まされています。差別、戦争、環境問題など......人々の心はバラバラな方向を向き世界は混沌としています。さらには、歪んだ世界が邪悪な存在作り出し、蔓延させ、平穏を乱しているのです。ですがご安心を。私の魂を操る呪詛をカルマポリス国の技術を用いて全国に拡散し、皆の魂を一つにまとめるのです。そうすれば人々はみなひとつの方向を向き、それに従わぬ悪霊は滅せられ、世界は正しき方向に生まれ変わる」
私は拳を握りしめながら聴くペストマスクにこう、付け加えた。
誰よりも強力な呪詛を持って生まれた。運命の歯車に翻弄されるのではなく、歯車を動かせる人として。なぜ私が選ばれたのか私にもわからない。だが、力を得た以上相応の望みを持つのは当然のことだ。それを叶えるために邁進する私を止める権利は誰にもない。
私以外の一般人は、私と同じ土俵に立つことすら出来ないからだ。
「その無用な殺意を抱くことを止め、私の傘下に下れば、新たなる世界にて子孫にまで及ぶ悠久の繁栄を約束しましょう」
「貴様はふざけているのか?」
「今の私にはそれができるのです」
「そういう意味で言ったんじゃない!」
「それは残念です。ですが今、あなたが何もせずこの場から立ち去り二度と私の前に姿を表さないと誓うのであれば、私は深い慈悲をもってあなたの非礼を赦しましょう」
暗い部屋に場違いな拍手が鳴り響く。私は穏やかな笑顔で解剖鬼を見つめる。解剖鬼は嫌悪を隠すこともせず、言葉を発した。
「人の命を弄ぶお前に似た同情の余地が全くない連続誘拐犯を倒してくれたことは嬉しいが......いや、貴様に対しては冗談でも称賛に値する言葉は使いたくない。お前は誰からも見捨てられ孤独に死ぬのがお似合いだ。今、この場で!」
部屋が閃光に包まれたのと私が呪詛を発動したのは同時だった。
「どうしました? 目の前がぱっと光ったと思ったら貴方が地べたを這いつくばっていた。これはいったいどういうことなのでしょう? わけがわかりません」
「グッ......。重力の呪詛かっ! どうやら新しい力のひとつや二つ手にしたらしいな」
「さて、服を整えなければ。こんな服装では恥ずかしい。天上に立つ以上、服装にも気を配らなければ」
私は地面まで垂れる白いシャツのような独特な服を着ていた。シルクのような肌触りで大変よろしいのだが、これは普段着だ。私は地面に這いつくばり、すさまじい殺気を放っているそいつの目の前を通りすぎ、そばにあったクローゼットから白いガウンとストール、さらにマントを次々、羽織っていく。全て魔法具である。そして、両手の指にそれぞれ指輪を4個づつ装着する。これで左右10個のPFが使える。魂を操る力を持つ私だけに与えられた特権だ。
「さて、これからあなたをどうしましょうか。どのような仕打ちになろうと私からの慈悲を貴方に拒む権利はありませんがね」
私が彼を右人指し指で指し、軽く振り上げると、解剖鬼はすさまじい速度で天井に叩きつけられた。さらに指を上下左右に何度も動かす。その度に解剖鬼は嗚咽を交えながら、壁と天井を縦横無尽に跳ね回った。ただで死ぬ男ではないので執拗なまでに痛め付ける。壁と床がクレーターで埋め尽くされるころ、解剖鬼はなにも言わなくなった。
そして最後に思いっきり壁に叩きつけると、やつは壁をぶち破り外に吹っ飛んでいった。
「グハァァァッ!?」
「ふむ、甦ったばかりな上はじめて使う力......加減が難しいですね」
装備を整える。あれだけ念を押して叩きつけておいたのだ。例え生き残っていたとしても数日間は動けないはず。それに、この施設の周囲は森。そう簡単に捜索はできない。だが奴は医師。それも犯罪者でありながらチュリグ国を生き抜いたサバイバルの天才。不足の事態は十分あり得る。早急に止めを刺さなければ。
一歩踏み出そうとしたとき、なにかが靴に触れた。
「! これは......」
キラリと輝く解剖用メス。恐らく私に吹っ飛ばされたときどさくさに紛れて投げたもの。あと数センチ私が前に出ていたら恐らく負けていた。メスが靴を貫き、足に触れ、猛毒が私を蹂躙する姿が脳裏に浮かんだ。圧倒的にこちらが有利だったとはいえ、極力接近を避けたことが幸いだった。なるほど、この戦いでなぜ以前の私が彼に敗れたのかわかった気がする。
能力や手下の数や能力に慢心して冷静さを失っては勝てる相手にも勝てない。そして、私を追い詰めた彼の演技、判断力、そして事前準備。
「学ばせてもらいましたよ、解剖鬼さん。これから神となる身としてあなたからの教訓、利用させてもらいます」
私は先程解剖鬼が開けた穴からゴミを捨てたあと、この施設の構造がどうなっているのか確かめに行った。
ーーー
「お主、大丈夫か!? ビックリしたのじゃ。まさか壁をぶち抜いて塔から飛び出してくるとは思わなかったぞ」
「ふぅ、空を飛べる仲間をつれてきていてよかったよ。死ぬかと思った」
「それで、この分だとあやつは復活したのじゃな......」
「ああ。思考回路も実力も何もかも普通じゃない。正直人と対峙している気がしなかった。もはや私のような生半可な奴では戦いにすらならない。中途半端な兵力では死体の山が積み上がるだけだ。クロノクリスのことを熟知しているドレスタニア国やカルマポリス国経由で各国の実力者を集めたほうがよさそうだ」
「わらわでも無理か?」
「ああ。単騎での突破はまず無理だ。出直そう」
「お主がそこまで言うのなら……わかった。今は退こう」