フールのサブブログ

PFCS 用のサブブログです。黒髪ロング成分はあまり含まれておりません。

剣士再来

 俺は『水属性』の魔法だけでもまだ不完全だ。俺の故郷では成人にあたる十歳までに『精霊』を使役するんだが、俺は十歳になっても精霊が顕現しなかった。でも、俺らの一族で精霊を使えるのは当たり前だ。それができなかった俺は、追い出されるように故郷を出た。
 俺に居場所などなかった。
 当てのない孤独な旅路。頼れる人間も、心休まる家もない。魔物の群れと戦う日々。自分の力だけが頼りだった。人と関わろうとは思わなかった。一番信頼していた存在に突き放された心の傷は、とてつもなく広く、そして深い。
 精霊を見つけるための終わりなき旅......その途中でたどり着いたのがコードティラル騎士団......後に自警団となる組織だった。『あいつらならこんな俺でも受け入れてくれるかもしれない』って、そんな運命めいたものを感じた。実際、あいつらは偏見や先入観なく物事の本質を見抜く『目』と、受け入れるだけの『器量』がある。......それでも、ふとしたときに思う。一族の力すら満足に使えない俺は、本当にみんなの役に立てているのかと......

 だからこそ、この場を死守しなければならない。それができるのは今、俺だけだ。


―――


 バトーはフェリスがいないか確認する。もう、彼女の姿は見えなかった。
 左手の掌に右手で魔法の陣の様なものを描きながら呪文を唱え始める。


 <......水よ......我が手に集いて刃と為せ......>


 左掌に水筒の水を少し垂らす。水が落ちた瞬間、陣が輝く。それを収める様に上から右手を重ね、バトーは最後の詠唱を紡いだ。


 <出でよ、我が聖なる刃『氷斬剣』!!>


 バトーは上から重ねた右手を、左手の平から 何かを引っ張り出すように動かす。すると、その手の平から剣の形をした水が右手に引かれて出現し、そのまま1本の剣になってバトーの右手に収まった。二刀を構えてバトーは叫ぶ。


 「仲間が殺されて悔しいか?」


 地響き。


 「血を浴びている俺が憎いか?」


 盛り上がる地面。


 「なら、かかってこい!」


 夕暮れの中姿を現した百足。先程よりも巨大な影が草原に延びる。相対する影はあまりにも小さい。だが、小さな影は臆することなく強大な敵と対峙する......はずだった。


 「ハッ、もういいんだよ虫コロがッ!!」


 百足の首が飛んだ。胴体がしばらくのたうち回ったあと、自分が死んだことに気づいたのか動かなくなった。


 「誘き寄せんのに苦労したわりにあっさりと死にやがって。まぁ、それはそうとして」

 「まさか、お前の仕業だったとはな......」

 「仲間を守りながら戦うとか、相変わらずお人好しだなぁ、女顔! 本当は一人でいた方が気楽な癖によぉ! シャーハッハッハェ!」


 バトーは「誰が女だッ!」と叫びたいのを口をへの字にして我慢して声の主である青年を見る。ボサボサの黒髪につり上がった眼光、頬が裂けるのではないかと思うほどの残忍な笑み。そして何より特徴的すぎる笑い声。見間違えるはずがなかった。
 アルベルト=グズラット。かつてバトーを敗北寸前まで追い詰めた外道大剣士。暁に照らされた鎧に血痕が見えるのは決して見間違いではないだろうとバトーは思った。


 「俺は強くなるために何人もの裏社会の奴等を葬ってきた。だが自警団! お前らほど俺をたぎらせた奴はいねぇ!」

 「何でそこまで力を求めるんだ」

 「一度俺に勝ったことに免じて教えてやる。俺は生まれ育った村からナマクラを持たされて追い出された。強すぎる呪詛が災厄を喚ぶ忌み子だってよぉ! その時誓ったんだ。最強の剣士になって己の剣一本で村を滅ぼしてやるとなぁッ!」


 大袈裟に手を広げて笑うアルベルト。
 バトーは一瞬硬直した。自身の境遇とアルベルトの境遇が意外なほど似かよっていたからだ。だから苛立つ。腹が立つ。まるで自分の醜い影を見ているかのような錯覚を覚えたからだ。


 「もしお前が負ければ俺はシルディを拐う。シルディを餌にしてクォルやクライドをおびき寄せ、この剣の染みにしてやる! お前の居場所という居場所を全部どぶに捨ててやる! どうだ? 少しは本気を出す気になったか?」

 「お前、正気か!?」

 「俺はお山の大将を一方的になぶるのが好きだが......本気になった強い奴とお互いに全力で殺りあうのはもっと好きだからなぁ! そのためだったらなんだってするさ! シャーハッハッハェ! さあ、お前の氷の剣を抜け。二本目を錬成するまで待ってやる」


 クソッ、なめやがって。何でやつはあんなに煽りが上手いんだ。相手の戦術だとわかっているのにそれでも怒りが沸き上がってくる。


 『出よ、我が聖なる刃!〈氷斬剣〉!!』


 氷剣を両手に持って構える。冷静さを欠いてはだめだ。奴は手を抜いて倒せるほど甘い敵ではない。バトーは自分に言い聞かせる。
 アルベルトの先制で死闘が始まった。小さい図体だが、それに似合わない馬鹿げた力。間合いを広げようにもその前に次打がくる。


 「あいつといいッ......大剣使いはッ......このぁっ......みんな化け物かよ!」

 「てめぇのような、仲間とつるむ軟弱ものがのうのうと生きているのがこの上なく気に入らなくてね。この気持ちわかるだろ、バトーちゃん?」

 「『ちゃん付け』すんな......ッ!」


 舞踏するように剣を振るうバトー。猛獣のような荒々しさで剣を振るうアルベルト。打ち合いの中バトーは徐々に後退していく。鋭い刃が手に、足に傷をつけていく。


 「友情やら仲間やら、そんな偽りの力に頼るお前に俺は倒せねぇよ! シャーハッハッハェ!」


 知恵を働かせろ。勇気を振り絞れ。俺はもう一人じゃない。応援してくれる仲間がいる。それを否定する奴なんかに負けてたまるか!
 バトーは踏み留まった。クォルとの打ち合いを思いだし重い剣に対応する。怒りや苛立ちに惑わされず、冷静になれば難しいことではない。相手の動きを予測し、刃を受け流す。相手の流れに逆らわず、寄り添うように剣を動かす。バトーの集中力が極限まで研ぎ澄まされ、動きがより優雅に洗礼されていく。


 「俺も馴れ合いをしてた時期があったが、みんな途中でくたばっちまった。所詮この世で信じられるのは己の技量のみ! それ以外は無駄だ!」

 「......チッ!」


 だが、アルベルトも引かない。流された剣を力で無理矢理軌道に戻し、バトーに叩きつけていく。切りから突き、突きからフェイント。変幻自在の剣さばきに再び劣勢になるバトーだったが......アルベルトの刃が飛んだ。中程で折れたのだ。バトーの剣と同じく魔物の体液で劣化していたのだ。


 「この......! てめぇまさか、最初からこれを狙って!」


 好機と見たバトーは攻勢に移る。アルベルトの胸が横一文字に切れた。浅い。バトーは止めを刺そうとした。受け止められた。半分だけ残った刃で。一瞬驚くバトー。その瞬間、アルベルトがバトーの懐に潜り込む。が、バトーの蹴りによってアルベルトは吹っ飛んだ。


 「短い刃を無理矢理届かせようと接近したのが間違いだったな」


 刃渡りが半分ほどになった剣ではバトーの猛攻を防ぎきることなどできはしない。アルベルトが追い詰められていく。地面に血の斑点が大きくなり、やがて血溜まりになっていく。
 アルベルトは距離を取ろうとした。が、足が動かない。バトーがアルベルトの足を血溜まりごと凍らせたのだ。


 「氷〈ウォルド〉か。小細工使いやがってよぉ」

 「終わりだ! アルベルト」


 何をされても対応できるよう、適度に距離をとり剣を突きつける。
 下を向いたままアルベルトは沈黙した。夕刻の決闘はこれにて決着したかと思われた。たが、バトーは首を傾げた。アルベルトは顔を伏せたまま肩を揺らしているのだ。なんだ、と一歩間合いを詰めたとき、アルベルトは顔をガバッとあげた。その時バトーが見たのは、あらゆる表情筋をフル活用した満面の嘲笑だった。


 「シャーハッハッハェ! これからだぜ!」


 アルベルトが左手の手の平に人差し指で魔法の陣を描きつつ、呪文を唱え始める。
 そんな、まさか。奴が!


 「魔法具起動! 呪魔変換! 魔導陣展開!......業火よ! 我が手に宿りて破壊の力と成せ!」


 陣の上に、自らの血を垂らす。その瞬間、手の平が輝きだした。今度はその光を収める様に上から右手を重ね、アルベルトが最後の詠唱をした。


 「顕現せよ、我が魂の爆炎! 『炎斬剣』!」


 上から重ねた右手を、左手の平から何かを引っ張り出すように動かすと、その手の平から剣の形をした炎が出現し、1本の剣になってアルベルトの右手に収まった。暁よりも紅い刃。そのあまりの火力に凍ったはずの血溜まりがみるみる溶け、乾いていく。
 先程の怪我も火であぶることで瞬時に応急措置されてしまった。


 「郷に入ったら郷に従え......俺は剣を極めるためならなんだってする! 魔法剣士はてめぇだけじゃないんだぜ?」


 紅蓮の軌跡を描く刃が容赦なくバトーを潰しにかかる。バトーは両手の剣でアルベルトの火炎刃を受け止めた。すさまじい。魔力がごっそり減るのを感じた。氷斬剣が溶けないよう維持するために魔力が削られたのだ。このままでは戦闘開始時から氷斬剣を維持し続けていた、バトーが先に魔力切れを起こしてしまう。
 激しすぎる死合が続く。火花が散り、剣撃の余波で周囲が焼けていく。火と水、剛と静、力と技。相反する二つの太刀筋。押されているのはバトーだった。
 暴力的なまでの剣撃が絶え間なく氷剣を打ちのめす。一撃一撃が必殺の威力。その上剣から逆巻く灼熱がアルベルト自身を守る。彼の『圧倒的な力で相手を一方的に叩きのめす』戦術の到達点。攻防一体、闘神の如し。もはやバトーは受け流すので精一杯だった。
 そして......とうとう炎刃がバトーを引き裂いた。
 アルベルトが叫ぶ。


 「どんなに固い絆で結ばれようが!」


 バトーの肉が抉られる。


 「最後には裏切られる!」


 傷口を火焔が焦がす。


 「あとに何も残んないんだよ!」


 ぶっ飛ばされ地面を転がる。


 「わかったか!」


 満身創痍のバトー。怪我を物ともせず、気力も魔力も充実しているアルベルト。差は歴然としていた。
 アルベルトは地べたに這いつくばるバトーを見下しながらかつてない大声で嘲笑う。


 「自警団もいずれお前を捨てるぞ。お前の生まれ故郷のように! 無能な奴は要らないってなぁ! 口でなんと言おうがもうわかってんだろ! シャーハッハッハェ!」


 それでもバトーは諦めない。何度でも立ち上がり、何度でも立ち向かう。その命尽きるまで。


 「人から何度裏切られようが人を信じることを止めてはいけない。それを俺は自警団で学んだ!」


 負けられない。これは信念だ。
 魔力枯渇に出血や炎の光によって目がチカチカする中、バトーはアルベルトと打ち合う。肩で息をしながらも必死にぶつかり合う。
 アルベルトは攻めに限れば剣士の中でもトップだろう。同時に攻撃に傾くあまり、劣勢時の防御技術がクォルやクライドら一流に一歩劣る。総合力で劣る部分を『絶対攻勢』で補っている。しかし、付け入る隙がないわけではない。
 バトーは最後の賭けに出る。
 アルベルトが氷斬剣を弾こうとしたタイミングで剣を瞬時に蒸発させた。一瞬の隙が出来る。そのまま流れるように空いた右手で腰に携えた剣をアルベルトに投擲する。炎剣で弾かれる。印を結び、氷〈ウォルド〉を放つ。アルベルトは反射的に魔法を切り裂く。が、氷を斬ったことにより、凄まじい水蒸気がアルベルトを襲う!


 「しまっ......」


 猛火の剣が消失した。アルベルトが腹を抱え、膝をついた。辺りに静寂が戻る。


 「......バカな......俺は負けたのか......何が......足りなかった......」


 アルベルトの言葉にバトーが声をかけようとした瞬間だった。不気味な気配が周囲に充満する。


 「しまった、俺たちの魔力に引かれたか!」


 黒い影がアルベルトとバトーの前に立ちふさがる。その数20以上。傷だらけの状態で勝てる相手ではない。なんとか逃げきれるか? 旅の中でもこういう絶望的な状況はあった。今すぐ全力で走れば......いいや。
 バトーは覚悟を決めアルベルトと魔物たちの前に立った。アルベルトから折れた剣を拝借し構える。


 「俺はお人好しだからな。心身共に傷だらけの奴を放って逃げはしない。それが誰であろうと守る。これが自警団としての俺の覚悟だ!」


 そのすぐ横で咳混じりの声が吠えた。


 「......術式再展開。......ゴホッゴホッ! 全魔力......解放。我が......魂の爆炎! 『炎斬剣』!」


 腹を貫かれたはずのアルベルトが再び炎の剣を顕現させた。火柱を見て魔物が後ずさる。


 「何をする気だ!」

 「ぜぇ......ぜぇ......何が『守る』だ。台無しにしてやる! 俺が......作ったぁ......最強最悪の必殺技でなぁ! シャーハッハッハェ! ......ゲホッゲホッ......」


 飛び出してきた魔物を凪ぎ払い、アルベルトが詠唱を始める。


 「......我が力、我が命、その全て! この一刀に捧げる! 食らえ、我が魂の一振りッ! 『魔焔爆竜剣』!」


 剣から火と熱の放流が放たれる。意思をもった業火は魔物たちに阿鼻叫喚の渦へ叩き込んだ。その威力はすさまじく、離れているバトーにまで熱気が伝わってきた。だが、それだけではい。凄まじすぎる火炎はアルベルト自身の体も焼けていく!


 「アルベルト!」

 「......グッァァァ......痛てぇ! ゼェ......だが、まだだ、灰も残らず焼き尽くすぜ......!」


 戦いの最中決して弱味を見せなかったアルベルトが絶叫する。それでも捨て身の術を解除しない。やがて魔物の動きが鈍くなり、一匹、また一匹と止まっていく。地を焼き天を焦がす炎。最強最悪の名に恥じない威力だった。


 「それ以上はッ......!」

 「......うぉぉぉぉ! 止めてたまるかぁぁぁ!」


 ほとんどの魔物が消え去った。火の勢いが一瞬弱まり、残った魔物が前進しようとしたが......、アルベルトの火焔地獄が止むことはない。


 「......グフッ......終わり......だ......」


 最後の魔物が完全に焼失した。それを機に業炎はパッと消えてしまった。
 バトーは敵が完全に沈黙しているのを確認してから、アルベルトに歩み寄った。明らかに火傷がひどすぎた。


 「何が『覚悟』だ......フンッ......でも、裏切らなかった......ゴホッゴホッ」

 「もういい。しゃべるな」

 「悔しいが......てめぇの勝ちだ......。信念でも俺を越えやがった......。この俺に勝ったんだ、自信持てよ、バト......レイア......」


 バトーも限界だった。消え行く意識の中でフェリスの声が聞こえた気がした。


 その後、フェリスが呼んだ自警団の面々と合流して調査したが、アルベルトの体は消えており、死んだかどうかは結局わからなかった。