フールのサブブログ

PFCS 用のサブブログです。黒髪ロング成分はあまり含まれておりません。

暴虐のリベンジマッチ PFCS ss

1


 「リベンジ!」

 私たちは驚愕の眼差しで彼女を見た。
 ルビネルは自身の体に鬼の遺伝子を入れる強化手術を施され、その力でビットから世界を救った。
 そして、その御礼として欲しいものや何かやっておきたいことがあるか、とガーナが聞いたときの答えがこれだった。
 
 「てっきり早く戻してもらいたいとでも言うのかと思っていたぞ」


 ペストマスクが私の笑い声に合わせてカクカクと揺れた。私は小さい椅子にどうにか体を縮めて座っている。


 「確かに今しか出来ないことではあるな。手術後は身体機能が元に戻ってしまうはずだ」


 ガーナが集会場を見渡しながら頷く。姿勢よく座っているガーナに感心した様子でエウス村長が話を引き継いだ。


 「アウレイスの能力で全快したとはいえ、その肉体の寿命が最大でも一週間であることにはかわりない。あと五日と半日くらいか。早急に準備しないと」


 壁に寄りかかり常に回りを警戒している老人が言った。


 「それで、誰へのリベンジなんですかい?」


 ルビネルは口をつり上げて言い放った。


 「私の胸を揉んだアイツよ!」



2



 邪神ビットが完全に消え去ったということで、記念の宴会がここ、キスビットのタミューサ村で開かれた。ガーナ、エウス村長、そして後からやって来るハサマ王と言う頭のおかしい規模のスポンサーによって成り立った盛大な宴だ。
 その目玉として、ルビネルが申し上げたリベンジマッチが行われることとなった。


 「おっ! カワイイおねぇちゃん発見! おお、あっちにも選り取りみど……」

 「あんたねぇ! 少しは時と場合を考えなさい!」

 「グッ……グフゥ」


 ゴツンと音のする質のいい拳がクォルの空色の髪を撃った。


 「クォル、相手はルビネルなんでしょ? あの子の頭の良さはあんたもしっかりみていたじゃない。そんなノリで突撃したら負けるわよ?」

 「あー、大丈夫。俺様の包容力でなんとか……。イタッッ!!」

 
 黄緑色の長い髪、豊満な胸、プローポーションは抜群……いかにもルビネルがマークしそうな女子、ラミリアがクォルに詰め寄った。


 「もう一発食らいたいかしら?」


 「包容力でなんとかなるんだったらいいんだけどな……。相手は遠距離攻撃が得意で、かつ怪力持ちときた強敵だぞ? っていうかあのペストマスクが関わってる時点で……」


 肩にかかった金色の髪の毛を払うと、バトーは黒いコートの二人組を見据えた。二人とも見事に黒髪であり、この世の者とは思えない。


 「大丈夫。一応対策は練ってあるからねぇ~♪ 竜でも何でもどんとこいや、って感じ。相棒の調子も良さげだし」
 

 バトーに対して剣を磨きながら余裕の表情で答えるクォル。謎の自信に満ち溢れている。


 「さすがクォルさん! いつの間に対策なんて用意していたんですか?」


 水筒を持ったラシェが顔を輝かせた。しかし、隣で話を聞いていたクライドは表情を曇らせる。


 「それに、あのビットを倒したっていう噂もあるだろう? まあ、クォルの剣の腕前なら……」

 「さすがクライドちゃん! わかってるぅ~! 単純な力比べで戦闘力は測れない。どんなに強くなっていたって数ヵ月前までは素人だったっていう事実はかわらないじゃん?」

 上機嫌なクォルにラシェが。

 「そういえばなんで今日は剣を二本持っているんですか?」


3


 「ルビネル、勝てそうか?」

 「まあ、負けるにしても一泡吹かせてやるっ!」


 ルビネルは異様にやる気になっていた。ストレッチをしてからボールペンをブンブン振り回し、アップをしている。ルビネル……もしかして酒飲んでないか?


 「やる気十分だな」


 エウス村長がルビネルに声をかけた。野性的でダンディーな風貌はいつみても圧倒される。


 「ええ。この胸の敵よ、負けられないわ」

 「冷静さも失わないようにな。クォルは世界的に見ても有数の剣士だ。無策に戦っても勝ち目は薄い」


 ガーナのフォローにルビネルはフフフッ! と笑うと


 「老人に教えてもらったえげつない手も精一杯使わせてもらうわ」


 と、木陰で涼む老人に手を振った。老人は軽く茶色い帽子を持ち上げて返事をした。


 「あやつは僅かな時間とはいえ、わらわと一対一で戦い生き残った男じゃ」

 「私はあなたが対抗すらできなかったビットと戦って勝ったのよ。負けるはずが……」


 クォルとルビネル、両者と戦ったことのあるセレアは不安げだった。
 そんな様子を見て私はスッとエウス村長の元に駆け寄った。


 「エウス村長、率直に言ってクォルとルビネル、どちらが勝つと思う?」

 「うーむ。ルビネルの戦闘スタイルは遠中距離のペンと近距離の打撃。打ち合いに関しては間合いが広く戦闘経験豊富なクォルが有利だ。ただ、遠距離から攻められればクォルは一方的にやられる。そもそもルビネルが空を飛べる時点で……」

 「ああ、この勝負クォルが圧倒的に不利。私はルビネルが勝つと予想している」

 「……だが、勝つのはクォルだと私は思う」

 「エウス村長、理由を是非聞かせてくれ」

 「ルビネルは今、強敵を倒し世界を救い自分に酔っている。クォルは一途に剣のことを考え、自己鍛練を欠かさないと本人の口から聞いた。少しでもルビネルが隙を見せればそれこそ一瞬で勝利をもぎ取っていくと考えた」

 「なるほど……」


 私とエウス村長の話をサターニアの老人の声がたちきった。


 「選手の方! そろそろ試合時間です。運動場の方までどうぞ」


4


 新生タミューサ村の外れにある運動場でクォル、ルビネルの両者は向き合った。


 「さあーて、ちょっと痛いかもしれないけど我慢してね?」

 「あなたこそ、ちょっと痛め付けるかも知れないけど気を付けるのよぉ? 前みたいにはいかないから」


 腕をごきごき鳴らしてクォルを挑発するルビネル。


 「えっ! まだ根に持ってたの?!」


 〈東側、自警団団長クォル。超実力派。それにたいして西側ルビネル。ペンを多用するトリックアタッカー! ペン対剣! ペンは剣よりも強しということわざがありますが、果たしてそれをルビネルは実現できるのでしょうか。それともクォルが圧倒的な力でねじ伏せてしまうのでしょうか! さあ皆さん、しかと見届けてくださいませ! 試合開始!!〉



 クォルは試合開始の合図と同時に、なんと手に持った大剣を大きく振りかぶるとそのままぶん投げた。
 あまりの暴挙に一堂唖然。
 ブーメランのように回転する剣がルビネルへ向かっていく。離陸しようとしたルビネルは不意をつかれ、ペンで剣を弾いたものの体勢を崩した。
 
 「なっ!」

 「一本頂きっ!!」

 背中の鞘から大剣をもう一本引き抜くと、そのままルビネルに突撃した。クォルの空色の髪が大きく後ろになびく。
 ルビネルは後ろにのけぞり、地面に倒れこみそうになる。しかし、ルビネルは背中をのけぞったまま静止した。四十五度くらいを保ったままなんとかクォルの剣激をペンで受け止める。そう、『ペン』である。


 「そんなのあり!?」

 「大ありよ!」


 リーフリィ勢が一同唖然としていた。まあ、普通そうなるよな。
 クォルの大剣での剣撃を両腕のペンで弾き、流す。異様な姿勢と武器で対抗してくるルビネルに対してもクォルは的確に剣を振るっていく。
 重い剣はずの剣がまるで競技用の軽い剣であるかのように軽やかに打ち込まれる。そして、大剣はルビネルのペンに到達したとき、思い出したかのようにその重みを取り戻すのである。


 「クォルの攻撃が容赦がない所を見るに、最初の一太刀でルビネルの実力を察したか。それにしても、なぜルビネルは攻撃にペンを使わない? 手加減しているのか?」


 私の言葉に、ガーナ王が咳払いをして答えた。すぐそばでラシェとラミリアの声援が聞こえてくる。


 「立ったままであれば数本のペンで体を支えられるが、今のような倒れかけの姿勢を支えるには相当数のペンが必要になる。これではペンを攻撃に回すことが出来ない。それによく見ろ。ルビネルの体勢が少しずつだが後ろに倒れている。完全に地面に倒れこめば自分をペンで支える必要がなくなるから、その時点でクォルの負けは濃厚だ」


 ルビネルのコートがはためき、髪の毛がなびく。
 たしか、彼女のコートにはペンを動かすだけで起動する閃光弾が仕込まれているはず。それを起動させれば……と思ったが、自分の目と耳を保護するために使えるボールペンがないことに気づいた。
 老人も薄目で戦況を見極めつつ口を開く。


 「クォルの旦那もペンを何かに見立てて平然と対応してやがる。人外相手に圧倒すると言われるその実力、さすがとしか言えませんね。しかも相手が守勢にまわると弱い能力であることを察して全力で攻めていますぜ。剣を生かしたバカみてぇな間合いがハックステップすら無効にする。やっぱり強えぇ!」


 クォルはまるで荒ぶる竜巻のように恐ろしい速度で剣撃を繰り出していく。間合いをとる隙すら与えず、ルビネルは防戦一方だった。
 ただ、見かけほど両者の戦闘力に差はないはずだ。現に攻めているはずのクォルにはまだ余裕が見え、ルビネルは段々と動きが洗礼されてきている。
 そんなやり取りを見ていたエウス村長思わず口を開いた。


 「ペン二本でクォルの剣と渡り合うとは。さすがは鬼の怪力と動体視力だな。付け焼き刃の技術を恵まれた体格でカバーしている。ただ、相手の動きを見て反応する技術に関してはクォルの方が上だ。だからこそルビネルは攻勢に出ることが出来ない。ガーナの言う通り急に地面に倒れこむとその動きを読まれ、隙をクォルにつかれてしまう」


 長い間攻防が続いたが、ついにその時が訪れた。ルビネルの背が地面すれすれまで到達したのだ。あとは背中のペンの呪詛を解除し、全身に仕込まれたペンを攻撃に回せば決着がつく!
 ルビネルが背中のボールペンの制御をやめたと同時に、クォルの周囲に攻撃用のボールペンが展開した。ルビネルが勝った!


 「うおおおおぉぉぉぉぉ!」


 だが、それを見たクォルの一撃がなんと呪詛でコーティングされたペンを砕いた。クォルの勝ちだ!
 ……と思ったがルビネルはそこで諦めなかった。全身のボールペンをクォルの方向に動かすことで、緊急回避と足払いを同時に試みる。
 クォルは前傾になっていた所にさらに足払いを食らった。クォルはなんとか数歩下がってバランスをとろうとしたが、ついに叶わず前のめりに転んでしまった。そして、転んだ先には……!!


 「あ……」

 私は思わずペストマスクの口の部分を押さえた。

 ガーナ王は一見動じていないようだったが微かに手が震えていた。

 エウス村長は頭に手を添えて、深いため息をついた。

 ラミリアが額に手を当てて『あーあ』と首を振った。

 ラシェリオは口に手を添えて驚いた。


 「この……変ッ態!!」


 パァンッ! という異様な音が響いた。クォルは鼻血を出しながら空中で二、三回転しながら地面に不時着。幸せそうに眠りについた。
 その様子を顔を真っ赤にして自分の胸を押さえるルビネルが睨み付けていた。


 「今の勝敗は?」


 「本来剣を受け止めていたペンが砕かれた時点でクォルの勝ちだった。だがクォルはルビネルを傷つけまいとあえて攻撃の手を緩めていた」


 エウス村長が勝負を冷静に分析するなか、ルビネルの唸る声が聞こえてきた。


 「……一度ならず二度までも……かくなるうえはっ!」


 胸を張り、大きく息を吸い込むルビネル。嫌な予感がしてその場にいる全員が彼女に視線を送った。


 「ヤってやる!」


 ガーナ王が唖然とした顔で私に質問してきた。


 「あれは? なんか様子が変だぞ?」

 「アウレイスを救うために約一ヶ月間断食をしたうえ、過酷な訓練をし続けたんだ。アウレイスを無事に助け出したことで気が緩み、ストレスが爆発したんだろう」


 冷静に分析してみたけれど、これはヤバヤバい!マジヤバと言っても過言ではないだろう。


 「たぎるッ! 体が火照ってあいつを食えと唸りをあげる」


 老人も思わぬ事態に困惑している。


 「えっと……俺の経営している夜の店にでも案内しますかい? まあ、この様子だと止めなきゃ……」

 「セレア! とりあえず足止めを頼む!」

 ぼーっと様子を見ていたセレアがピョコンと飛び上がった。


 「うえぇ!? のっのじゃぁ!?」

 「う~ん、お姉さんのムニムニがムヌムヌ……ガクッ」

 「クォル! しっかりしなさい!」



 〈勝者! クォル! 美味しいところを持っていって完全勝利ですじゃ!〉

幻煙のひな祭り前日 まとめ PFCS

 縁に赤い花が生けてある窓を見つめていた。花瓶の回りに花弁が散っており、花そのものにはもう花弁が一枚しか残っていない。


 「あえて残しているんだ。女房がくれたやつだからね。痛ッ!」

 「見舞いには来ないのか?」

 「止めさせた。当人は来たがったけどな。こんな様はみせらんねぇ。はぁ……こんなことだったらもっとアイツと一緒にいてやればよかった。息子にも頭下げねぇとな。早死にしてごめんって」


 私はゆっくりと振り向き見下ろした。痩せこけた男がベッドの上で横たわっている。色黒で人目見て肝臓がイッてしまっているのがわかる。

 「昨日はありがとな。しこたま話を聞いてもらっちまって。ああ、そうだ今日も吐血したよ。肝癌ってこんなにつれぇんだな……医療費も。もう、人に迷惑はかけたくねぇ」

 「必要書類も手順も全て踏んだ。あとはお前次第だ」


 私は革製の手袋を整えると鞄から数種類の書類を取りだし、男に間違いがないか確認させる。
 男は黄色く濁った目で紙面にかかれた自分の文字を丹念に確認していく。


 「それにしても、最後に見るのが鳥頭のマスク……」

 「ペストマスクだ」


 マスクをコツコツと叩いて肩にかかった黒い長髪を払った。


 「そう、それ! 革製のペストマスクをつけて黒いコートとブーツに身を包んだ死神だとは」

 「一応、人だが?」

 「その見た目でその言葉を信じろってか? まあいいや。そういえば俺が死んだあとはどうなるんだっけ?」

 「昨日も話したが、麻酔薬で眠ったあといくつかの新薬の臨床実験を行う。あとは解剖して終わりだな。死因は高血圧から来る脳梗塞。家族にもそう伝えられる。天命を全うしたとな」


 患者は静かに微笑みをたたえると私に言った。


 「これで、誰にも迷惑をかけずに逝ける。因みに俺の死は誰かの役に立つのか?」


 「ここで得られたデータは他の医療機関や試薬メーカーに送られてゆくゆくは患者の役に立つはずだ。家族はお前が安らかに逝けて安心するだろう。家族の負担も医療費も早死にした分だけ浮く。看護師や医師もお前に割くはずだった時間を他の患者にあてられる。」


 私は一息ついて、患者の目を見て言いはなった。
 

 「もっとも、私はそんなことよりお前が痛みなく安らかに死ねるかどうかのほうがよっぽど重要だがな」

 「そうか、糞だった人生の中でようやく本格的に誰かの役に立てるな。……じゃあ始める前に最後にひとつだけ」

 「なんだ?」

 「俺を忘れないでくれ」

 「……わかった」



1



 何に使うかわからない薬品が、狭い部屋の壁一面に置かれている棚に敷き詰められていた。私が知る限りでも生化学検査薬、ホルモン治療用の薬、単なる風邪薬、幻覚作用を引き起こす麻薬など様々だ。
 床の絨毯はひどくすすけており、積もった塵によって元の色がわからなくなっていた。
 私は狭い椅子に大きな体を無理矢理押し込み、業務台を挟んで向こう側にいる人物を見つめていた。
 彼は舐めたくなるような白く美しい肌に、並の宝石よりもよっぽど美しい紫の瞳を持ち、黒い外套を羽織っていた。
 彼はドレスタニアのなかでも有数の同業者だ。


 「ドクターレウカド、商売の方はどうだ?」

 「最近妙な客が多い。特にドレスタニアの道化師衣裳の男には気を付けた方がいい。いろんな意味でな」


 部屋に充満する煙は彼の手に握る煙管から発せられていた。
 私のペストマスクのなかにも微かに煙草の香りが漂っている。一瞬、私の長髪に匂いがつかないか心配になった。


 「あんたの方は。自殺願望を持つ人を解剖するのがあんたの仕事だったか?」

 「その通りだ。さっきも一人さばいてきた」


 私は黒いコートの胸ポケットから、解剖用のメスをちらつかせる。


 「前にも聞いたかもしれないが……それでどうやって稼いでいるんだ? 自殺志願がいくら多くても一日にこなせる人数は決まってくるだろう?」


 銀色の髪の毛を揺らしながドクターレウカドは問いかけてきた。


 「この解剖を利用して、公には出来ないような医療実験も出来るんだ。データを売り飛ばせばそれなりに金になる。それに死亡理由の偽装や整形も……殆ど医療器具の費用で消えるが」


 ドクターレウカドは煙管に口をつけた。管口がほのかに赤く火照る。
 一呼吸おいて、レウカドの口から、自分の素肌と同じように白い白煙を吐き出した。白煙は自ら意思を持つかのように私の体を包み込む。


 「……医療人には厳しい世の中だ。さて、今日は何を治してほしいんだ?」

 「最近不眠に悩まされていてな。ストレスで自分何かに追い詰められる悪夢ばかり見るんだ。メユネッヅで治療したいところだが、私は永久追放を受けてるいる」


 ドクターレウカドは奇妙に口を歪めた。一瞬なんだと思ったが、単なる笑顔らしい。


 「ああ、あるぞ。まあ、『かかる』か『かからない』かはあんた次第だが……」

 「構わない。『ドクターレウカドに治療してもらった』、この事実だけで十分だ。その事実だけでも安心する」


 黒衣の医者は私の後ろに消えた。一呼吸置いたあと、レウカドの繊細な指が私の首筋を包んだ。そのまま耳元になまめかしい声が発せられる。


 「……なら、ゆっくりと鼻から煙を吸うんだ。首を少しあげて気道を広くしろ。そうだ、その調子だ」


 ドクターレウカドの心地よい言葉がペストマスクに響く。


 「なるべく自分の陽になることを考えるんだ。家族とか恋人とか、好きな食べ物のことでもいい」


 私は今は亡き恋人のことを思い出していた。あいつにも首筋を撫でてもらったことがあった気がする。


 「全身の力を抜け……。まず手が重くなっきた……次に足も重くなってきた……。その調子だ、完全に力を抜くんだ……」


 安心感からか、瞳に瞼が重くのし掛かってきた。心地よい部屋の空気と硝煙とが混じりあい、私は深い夢の中へと堕ちていった。


2


 視界がまだぼやけている。眼前に作業台があり、何者かが薬を煎じているところだった。彼の着る黒いコートが私に安らぎを与えてくれる。
 黒はあらゆる恐怖から私を守ってくれる。


 「起きたか。気分はどうだ?」

 「生き返るような気分だ。フッ……フッ……」


 視界がはっきりしてきた。作業台の綺麗な手見つつ、華奢な腕をたどっていくと、やがてドクターレウカドの得意気な顔が視界に入った。


 「ところで、明日は何の日か知っているか?」

 「ひな祭り、か?」

 「そうだ。ひな祭りだ」

 「ああ。それがどうした?」


 私は眠い目を擦ろうとしたが、ペストマスクに阻まれた。
 その様子を見て、一瞬ドクターレウカドがニヤけた気がする。


 「カルマポリスから西に125キロの地点にあるエルドランという国を知っているか? 前もって送った手紙を読んでいるなら知っていると思うが……」

 「『豊穣の国エルドラン』。表では観光に力をいれ種族平等をモットーとしている農業国。だが実際には人間至上主義で闇取引の穴場となっている腐りきった国、だったか?」


 私はコートのポケットからメモ帳を取り出した。ページを開いてからしおりの代わりに挟んだpH試験紙を引き抜いた。


 「ああ。その通りだ。今その国でちょっとした新興宗教が流行っている。ノア輪廻世界創造教。裏でアンティノメルのギャング精霊が関わっている他、人身売買・麻薬取引・武器の密輸などの隠れ蓑になっている。そこに大手製菓子店ステファニーモルガンのオーナーが誘拐された。その救出報酬が現金と……」


 前のめりになり、ドクターレウカドの瞳を直視して私は言った。


 「……ひな祭りに必要な菓子一式に加え、一月二回の製菓子無料件だ」

 「数十万する菓子が一月二回無料になる、か」


 ドクターレウカドのよく潤った唇から白煙が吐き出された。全く興味なさげだった。

 「ひな祭りに必要な菓子に関しては安否が確認できしだい至急で送ってくれるそうだ。一部の富裕層が嗜むような高級菓子でひな祭りを堪能できる。だから……」

 「そのメーカーの社長を救出しに行くと」

 「ただ、事前に手紙で送ったように、貴方自身は救出にいかなくていい。ただ、人質救出のための人員を集めるのに協力が必要不可欠なんだ。別に失敗してもいい。今回の救出作戦にドクターレウカドが関わったということも全てもみ消す。その上で、働いてくれた暁にはその菓子無料券とひな祭りセットを渡そう」


 黒衣の医者は苦虫でも噛んだかのように顔を歪める。これはこれでありかもしれない、と私は思った。


 「俺は甘いものが苦手なんだが」

 「ビターもある」

 「いや、そういう問題では……。」


 渋るレウカドに対して私は交渉の切り札を出した。


 「バレンタインの時の妹の顔をよく思い出すことだ。そうすれば自ずと答えは見えてくる」

 「何で妹がいることをあんたが知ってる?」

 「直接会った」

 「なに!」

 「『ステファニーモルガンの菓子は食べたことがない』、と言っていたな。あとそれと、『出来れば一度は食べてみたい』とも」

 「なっ!」

 「チラシの切りぬきを見せたら物欲しそぉぉぉにしていぞ」

 「あんた、俺を妹で釣る気か?」

 「騙してなどいない。事実を語ったまでだ。よく考えるんだ。今回たった一日協力しただけで、一生涯高級菓子が手にはいるんだぞ? これ以上とないチャンスじゃないか」


 ……レウトコリカにとって、とボソリと付け加えた。



3



 私はドレスタニアから『とある乗り物』に乗って高速でアンティノメルへと飛んだ。

 国北西に位置する廃校舎。闇取引にはうってつけの場所でありヒーロー(犯罪を取り締まる組織)も目をつけている。
 その二階の教室に私は踏み込んだ。もちろん黒いコートにトレードマークであるペストマスクを着けている。
 教室の椅子や机は取り払われており、殺風景きわまりない。床のフローリングがほとんど剥がれており、そこら中に散乱している。
 壊れた教室の窓から漏れるわずかな朝日がマスクにあたり、少し暖かい。


 「来たか」

 
 ペストマスクの中から淀んだ声が響く。
 その声に導かれるように三人の人影が姿を現した。もちろんこの学校の同窓生などではない。


 「あなたが『解剖鬼』ですか?」


 三人のうち一人、赤のベストを着た人間が口を開いた。ロボットのように冷たい口調だ。情報によれば17才とのことだが、信じられないほど大人びている。
 そして驚くべきことに、私の巨体に対して全く恐怖を感じている様子がない。


 「そうだ。私がお前たちをここへ呼んだ。手紙の方は読んでくれたかな?」

 「ああ。エルドランのノアうんたら教にさらわれた人質を助けるんだって?」


 藍色のタンクトップを着た青年が答えた。種族は妖怪の中でもサターニアといったところか。赤い青年に比べて年相応といった感じだ。
 私が手をピクリと動かすと、一瞬動揺したのが見てとれた。


 「それは本気で言っているのかい?」


 落ち着いたベージュのコートに身を包む鬼の男が問いかけてきた。明らかにこの中では年上だ。昨日立ち読みした本によるとアンティノメルのヒーローの創始者にして最高責任者らしい。
 まさかそんなお高い身分の方が来るとは思っていなかった。


 「そうだ。私は本気だ。それ相応の人材も用意している」
 「殺人鬼の言うことなんて信じられるか!」


 サターニアの青年が叫んだ。何かひどい勘違いをされている気がする。


 「解剖と称して殺人を楽しんでいるんだろ!」

 「誤解だ。人を憶測だけで判断するのはやめることをおすすめする」


 私はギロリと妖怪の青年をにらんだ。一瞬相手の顔が歪んだ。


 「でも、殺しているのは事実だよね?」

 「ああ、そうだ。だが、それとこれとは……」

 「オレたちがドレスタニアを始めとした各国に指名手配されているような奴を易々と逃がすと思うか?」


 お国のトップと生きのいい青年の二人が臨戦態勢に入る。それに対してさっきから沈黙している赤いベストの少年はじっとこちらを見据えてピクリとも動かない。ここまで来ると不気味だ。


 「シュン、命令を」
 
 「ああ。あいつを殺れ。ソラ!!」


 妖怪の子が言い終わる前に、真っ先に、恐ろしく正確に私の首もとにナイフが突き立てられた。すんでのところで手首を掴み、持ちこたえたものの、突然の奇襲には正直驚いた。
 私はソラと呼ばれた青年の手をなんとか払いのけ、距離をとろうとした。しかし、前足を後ろにずらそうとした瞬間、謎の力によって足をすくわれてしまい、体勢を崩した。
 私がそれを妖怪の呪詛のせいかと気づいた瞬間、腹のあたりに鈍い衝撃が走り、教室を転がった。蹴りを入れられて教室の端までぶっ飛んだらしい。
 立ち上がろうとしたが、どっしりと響く腹の痛みがそれを邪魔した。立ち上がることも出来ず、膝をついてしゃがんだ状態で腹を抱えるくらいしかやることがない。
 ソラの足とナイフの握られた手が視界に入った。そのナイフがゆっくりと上に引き上げられていく。私は首筋にナイフを突き立てられることを覚悟した。
 運命の時を待っていると、後から麗しい声聞こえてきた。


 「ソラ、止めろ。俺の『命令』だ。あんたらが思っているほど、こいつは悪い奴じゃない」


 フゥーッと煙草を吹かす音が教室を包み込んだ。



4



 「れっレウカド!?」


 シュンが大袈裟に驚いた(今になってようやく妖怪の子の顔と名前が一致した)。

 ドクターレウカドはゆっくりとソラの側に寄ると、ナイフが握られた腕を掴み、私から離した。

 っと、一瞬シュンが凄い形相でドクターレウカドを睨み付けたような気がしたが、私の気のせいだろうか。


 「あんたはあんたで……えげつないな。首筋に緩衝材を仕込んだ上に閃光発音菅と煙幕を仕掛けるとは。手に持っているのは煙玉だろう?」


 ベージュ服の鬼の顔がひきつるのが見えた。


 「もし、ソラくんがこれに触れていたら……」


 私はゆらりと立ち上がると、壁にもたれかかった。よく見るとソラはいい体格をしている。細い体と十分な筋肉を両立していて隙がない。

 それにしても無表情だ。まったく感情が感じられない。


 「さて、これでも私が信用できないかな? 特にソラ、君はドクターレウカドに一度診てもらっているんだろう?」

 「えっ、ソラ本当なのか!」

 「はい。俺は診察してもらいました。この人は……信用出来る人です」


 やはりドクターレウカドを連れてきたのは正解だったな。

 ところで、ソラがシュンを見る時だけ、表情が柔らかくなっている気がするのは気のせいだろうか。

 さりげなくシュンがソラに歩み寄る。偶然お互いの手が触れて、二人してビクリとした。

 私はそれをみなかったことにして、蛇が地を這うようにゆっくりと、言葉を投げ掛けた。


 「そういうわけだ。協力してもらえないか? 私たちは人質を救出する。君たちは人質がいなくなったことで無防備になったノア輪廻世界創造教の本堂を、混乱に乗じて制圧すればいい。どのみち近いうちに攻め混むつもりだったんだろう? 私を利用するだけ利用して、みきりをつけて裏切ればいい」


 私は話終えると二人の反応を見た。無意識のうちに二人は手を握っている。さっきからチラチラとお互いに目を合わせては離し……、こいつらちゃんと私の話を聞いているのか?

 アンティノメルのトップは大きなため息をついてから答えた。


 「ああ。わかったよ。……ソラくん」

 「はい。なんでしょう?」

 「しばらくの間、そこのペストマスクの男を監視してくれ」

 「ソラ一人だけ別行動!? ダメだ。危険すぎる! 何でソラなんだ?」

 「危険だからこそだ。他のヒーローでは務まらない」

 「なら、オレも一緒に……」

 「シュン、だめです。それこそ危険すぎます」


 私は会話よりもシュンの反応に目が行っていた。何かとても違和感を感じる。引き留める様子が尋常ではない。どうしてもシュンとソラは一緒にいたいらしい。
 確かに友達が一人、先行して戦地に乗り込むのは気の進まないことだろうが、目に涙を浮かべてまで止めることか?
 大人びた鬼の男もなんだか凄く申し訳ない顔をしている。
 ソラはひたすら無表情だったが、それでも三人のなかで唯一大人の鬼を睨み付けているようだった。
 私は三人の口論を聞きつつ、声を極限まで小さくしてドクターレウカドに話しかけた。


 〔おい、ドクターレウカド?〕

 〔なんだ?〕

 〔あの二人……〕

 〔……だろうな。そっとしておけ〕


 全く別のことを考えている私たちとは対照的に、向こうでは熱い会話がなされていた。

 「クソッ! わかったよ。ソラ、絶対に死ぬんじゃないぞ! 本当にっ! お前がいなくなったらオレはもう……」

 「大丈夫。これも平和を守るためです。それに、シュンにそういってもらえるだけで俺は……本望です」

 私は冷静に状況を分析しているフリをしながらソラたちにいい放った。

 「話し合いは済んだか?」

 ドクターレウカドも艶やかな白髪を揺らしつつ……お、髪の毛先がよく見たら紫色だ。

 「大丈夫だ。何度も言うがこいつは信用できる。俺が保証しよう。もっとも俺もどちらかと言えば闇の住民に近い。信じてもらえないかも知れないが、これは事実だ」

 「わかりました。レウカド先生。あなたを信じます」

 真っ直ぐソラはドクターレウカドを見つめた。二人の間にどんな診療があったのかはわからないが、少し憧れてしまう。

 私の場合、ありがとうと言ってくれた患者を殺し、ばらし……。患者とって救いだとわかっていても、辛いものがある。

 

 「ドクターレウカド」

 「ん? なんだ?」

 「お前はいい医者だ。そして、いい患者に恵まれたな」

 ドクターレウカドは煙管に煙草を足すと、微笑を浮かべながら、上に向けて煙を吹いた。

 「あと、これは大変申し上げにくいのだが……」

 私はシュンに向けて言った。

 「まだ何かあるのか? ここまで来て契約変更とかないだろうな!」

 妖怪の青年の鬼のような形相に、たじろいているの隠しつつ、私は言った。

 「あの……、そこのベージュのコート着ている人の……アンティノメルのトップの……ヒーロー創始者の人の……名前って、なんだ?」


 その場の空気が一気に凍りついたのを感じた。



5



 「で、あんた次はどこに行くんだ? この流れだと普通『ライスランド』か『リーフリィ』、『チュリグ』たが」

 
 ドクターレウカドは地図を指差し、アンティノメルから東に指を動かした。


 「今回は『リーフリィ』に行こう。三人の猛者がいる。『ライスランド』はその次だ。チュリグは行ってもいいが……私は何も出来ない。住民から逃げるので精一杯だ」


 ソラが少し戸惑って『乗り物』を見ていた。


 「ところで……本当にこれに乗っていくんですか?」

 「ん、どうかしたか?」

 「……いえ、なんでもないです。行きましょう」


 何を疑問に思ったのだろう。


━━


 訓練場にて私は水色髪の青年と向き合っていた。周囲にはこの国の兵士たちと思われる人がいたが、みんな青年の動きに釘付けになっていた。

 「はぁ……はぁ……」

 ペストマスクのなかで私の吐息が反響する。
 相手の獲物は刃渡りは長く、刃の幅共に広い、いわゆる大剣。それに対して私は両手のアーミーナイフで健気に受け流していた。
 私のナイフの数倍の大きさの剣をふるっているというのに、私のナイフをさばくスピードと大差ない。その結果、大剣の威力に私が一方的に押されていた。
 相手、クォルという青年は余裕の笑みを見せている。私は一歩、また一歩と壁際に追い詰められていく。
 そしてついに、私のナイフが衝撃に耐えられず、私の右手から叩き落とされた。
 次のクォルの一振りで左手に握られたアーミーナイフもまもなくグニャリと変形してしまい、防御する手段がなくなった。
 クォルは余裕といった表情でペストマスクの先端に剣を突き立てた。

 「おっさん、かなり努力したみたいだな。体の動きが鈍い変わりに的確に剣を受けるから結構強かったぜ?」

 訓練場の回りにいた兵士たちが叫んだ。

 
 「うぉぉ! さすがクォル様!」

 「カッケー!」

 「ペストマスクのジジイ気にすんな」
 

 クォルは回りのむさ苦しい兵士に対して激しく手を振り


 「ヒューヒュー! 誉めて誉めて!」

 
 と大声を出していた。状況だけ見たら滑稽だが、相手が実際に誉められるのに必要な才能を持ち、努力を重ねているのがわかっていたため、全く笑えなかった。
 凡人がいくら努力したところで、努力した天才には敵わない。それが私の悲しい経験談だ。

 
 「おいおい、大丈夫か? 肩で息をしているぞ? っていうかおっさん、ずいぶんと重いコートを羽織ってるんだな」

 「生き残るためだ。仕方なく纏っている。本当は邪魔で仕方ない」

 「なら脱いじまえばいいのに。俺様も戦地へ出向くときは動きやすいように結構軽装だぜ?」

 「突発的に動くのが苦手でな。どうしても戦闘中に隙ができてしまう。それをフォローするための装備だ」


 私はゆっくりと立ち上がり、コートに付着した埃を払った。一瞬、気道に穴を明け、直接空気を送り込んで息切れを回復させようと思ったが、場所が場所なので止めた。


 「ところで、あの件についてなんだが、どうだろうか。ノア輪廻世界創造教の本堂に捕らわれた人質の解放」

 「ああ、お役に立てるんだったら喜んで参加するぜ。アンティノメルも作戦に参加するんだろ?それに、かなり強いやつらとも会えるって聞いたし」


 そういうとクォルはブンブンと愛剣を振った。彼にとって剣は体の一部に等しいらしい。
 それにしても剣術バカとはよく言ったものだ。まあ、気持ちはわからないでもないが。
 私は常に胸ポケットにしまわれているメスのことを思いだし、苦笑いした。

 さて、他の二人の説得は上手く行っているだろうか。訓練場とクォル、魔法具店でバトーとクライドがいるという情報を聞いた。私がクォル、ソラとドクターレウカドがバトーとクライドの説得をすることになり、別れたのだが、やはり三人で動いた方が得策だったか?ルーカスやシュンも連れてきた方が……いいや、それだと私が殺されるか。



6


 様々な雑貨が売られている店にソラとレウカドは入っていた。回りを見渡すだけで、杖やマント、指輪などなど、実に様々な物が売られている。

 そんな中、レウカドはバトーという男と軽い自己紹介をした後に物色していた。


 「なるほど、このマントだと雨が防げるのか。便利だな」

 「こっちはデザインがいい。ブランド品で女性にも人気だ」


 レウカドはどちらかと言えば婦人が着そうな高級感溢れるブラウンのマントを受け取った。


 「これのは魔法はかかっていないのか?」

 「ああ。どちらかと言えば生地の方に力をいれているメーカーだからな。軽くて使いやすい上に長持ちする。値段は張るが……」

 「そうか。因みにこれは?」


 レウカドは細く繊細な指でショーケースの中にあるルビーの装飾の施されたネックレスを指し示した。


 「これは『魔法具』のネックレスだ。『要』はこの宝石だろう」

 「『魔法具』か。実際に見るのは初めてだ。俺みたいな魔法が使えないやつでも使えるのか?」

 「いや、魔法使いが身に付けると魔力が高まるってものだからな。魔法が使えないひとにはそんなに恩恵はないんだ。因みにシンボルを介しての魔法と微妙に扱いが違うから気をつけたほうがいいぞ」

 「そうか、となるとデザイン重視でいった方が良さそうだな。どれがあいつに似合うか……」



 ソラはショーケースの中のものには目もくれず、クライドに話しかけていた。二対の指環をもうすでに買ってあるからだった。


 「……なるほど。で、俺たちに声をかけたと」


 「はい。ノア輪廻世界創造教はエルドラン国を支配するほどの強大な組織です。それを強襲するとなるとあなた方『自警団』の力が必要です」


 クライドは赤い瞳をキラリと光らせた。


 「アンティノメルと自警団の連合部隊か。手紙で読んでいたとはいえ、実際に聞くと驚きだね」

 「ええ。さらにドレスタニア、ライスランドにも救援要請を出しています」
 

 さすがにこれには驚きを隠せないようだった。


 「なっ……、本当にそこまでの兵力が必要なのかい?本来であればアンティノメルだけでも制圧自体は簡単にできるはずだよ」


 ソラは静かに首を上下に動かした。


 「敵はパラレルファクターという能力者らしいのです。そのなかで人質を安全に救出するためには、敵に私たちが侵入したことがばれる前に、人質を見つけ出し、脱出しなければなりません。それには少数精鋭の部隊が必要です」

 「単騎でも優秀な自警団を味方につけたいと」


 クライドはしばらく顎に人差し指を当てて思案した。


 「俺たち二人であれば喜んで協力するよ。クォルもまあ、来てくれると思う。ただ、自警団そのものから大量の兵を出すのは難しいかもしれない。協力したいのはやまやま何だけど、国内の治安維持とかで手一杯なんだ」

 「ご協力、感謝します。協力してもらう上で、至らぬ点もあるかとは思いますがご了承を」

 
 うやうやしくソラは頭を下げた。それにたいしてクライドは最初から持っていた疑問をぶつけた。


 「ところで、君は何歳のかな?」

 「17才です」

 「君ほど良くできた子はそうそういない。……クォルなんて26才であれだからな」
 

 無表情の顔に一瞬陰りが見えたのをクライドは見逃さなかった。

 突然店に何者かの大声が響いた。

 
 「クライドちゃん、バトーちゃんいるかい? 戻ったぜ?」

 「ソラ、ドクターレウカド、出掛ける準備だ!」




7


 私たちは次にリーフリィの西へ飛んだ。


 目的地はライスランド国、レカー城塞内部の剣撃道場だ。



━━



 「腰をもっとまげろ。そうだ、その姿勢を保つんだ。おいそこボクちゃん!わきが開いているぜ!」


 クォルが鬼の子供の背中を軽く押し、胸をそらせ姿勢をよくさせつつ、妖怪の子供を同時にアドバイスしていた。さすがに兵士を束ねる男、口は達者でも教え方は一流だ。

 私たちはライスランドきっての剣士として名高い『先生』と呼ばれる人物をスカウトしに来ていた。
 年齢32才の男と判明している以外、経歴や本名の類いが全てがなぞに包まれている男で、何となく親近感がわいた。

 「こんにちは。私がこの剣術道場を開いている『先生』です。よろしく。あ……、あとこの道場は禁煙になっているので、煙草はどうか道場から出て吸ってください」

 「ドクターレウカド、ここは私に任せてくれ」
 

 煙菅を取り出したドクターレウカドは、すんごく申し訳無さそうな顔をしながら、道場の門から出ていった。あの顔……写真に撮りたいな。


 「ところで、今回のお誘いなんですが、私はお断りしたい」

 「なぜ?」

 「私は第一線を退いた身。迷惑を被るのがオチかと」


 先生は渋すぎる顔を左右に振った。シュッとした輪郭に太い眉毛、セミロングの黒髪、どうみても昔本で読んだブシとかサムライにしか見えない。
 私はそんな男を説得出来るのかと、不安に思いながら、口を開いた。


 「待て、欲しくないのか? 月二回お菓子無料券!子供たちもきっと喜ぶぞ? ステファニーモルガンのお菓子なんてそうそう手にはいる物じゃない」

 「ですが……」

 「そうか、なら……」

 「ん?」

 「『自警団』の団長のクォル様に臨時でこの道場の子供たちに稽古してもらう、というのはどうだろう? 絶対に貴重で有意義な体験になるぞ! ほら、今の生徒達の顔を見ろ。スゴく生き生きとしている」


 ……ソラを除いて、だが。
 さりげなく生徒たちに混じっているソラは、殺意に満ちているというか、動きが他の子と比べ物にならない。


 「そんなことが出来るんですか?」


 目を見開いて先生が食いついてきた。よぉし!


 「もちろん。見積もりの七割と諸々の諸経費を私が負担しよう。なぁクォル!」

 「よしよし上手いぞ! 次の構えだ!……ん?え?ああ、うん。そうだなっ! ペストマスクの旦那!」

 
 あいつ今、聞いてなかったよな……。まあいいか。


 「それなら私も……」
 

 とうとう先生の方から交渉に乗ってきた。私は心のなかでガッツポーズをとると、だめ押しに言い放った。


 「今ならアンティノメルの方に格闘術の指導もつけてもらえる。たった一回! 邪教徒から人質を助けるだけでだ!」

 「行きましょう。今すぐぶった切りましょう! すいません!クォルさん」


 え、ノリ軽くない?半分今の冗談だぞ?


 「少し撃ち合いませんか?」

 「ん? いいぜ! 自警団一の俺様の実力とくと見やがれぃ!」


 水色の髪をゆらし、爽やかな笑顔でクォルが答えた。

 先生が静かに立ち上がり、クォルの間合いに入るギリギリの位置で腰の刀に手を置いた。眉間に深い皺をよせ、ただでさえ鋭い眼光をさらにギラギラとみなぎらせた。
 あんまりの変容にクォルも少し驚いているように見える。
 先生の周囲の塵が沸き上がり、何らかのエネルギーの流れを醸し出す。
 

 「さぁ! 我が刀の錆となるがいい!!」
 

 まばたきした瞬間、既にクォルの間合いに先生が飛び込んでいた。目を開く時には刀を鞘に仕舞っている。すさまじい速度の居合いだ。
 クォルが防御したと見るや否や、すぐに構えを切り換え、斬撃の嵐を浴びせる。


 「どうした! うぬの力はその程度かっ!」

 「さすがにやるなぁ、オッサン!」


 剣と刀がぶつかり合い、激しい金属音が道場に響き渡る。っていうか撃ち合いに真剣を使うか?普通?


 「すいません、となりいいですか?」

 「ソラ、どうした?」

 「あの先生、明らかに殺気を放っていると思いませんか」

 「あの優しい先生だぞ。気のせいだ」

 「刀が赤く光ってません?」

 「光の屈折でそう見えているだけだろう」


 二人とも頑張れー、先生負けるなー、と子供達の無邪気な応援が聞こえる。そのなかで


 「ふんぬッ! ぬりゃぁ! 塵と消え去れい!! 我が刀は豪雷のごとし。触れたものは四散する!」


 と、殺伐とした言葉を先生が叫んでいる。クォルはクォルで、先生の太刀筋に平然とついてこれる辺り、色々とおかしい気もする。
 ソラは全く感情のこもっていない口調で続ける。


 「……口調も変わってません?」

 「気合いをいれたから地方の訛りが出たんじゃないか?」

 「撃ち合いにしては激しすぎません?」

 「バトーが言っていたが、クォルの撃ち合いは殺し合いにしか見えないらしいぞ?」

 「ですが……」


 私は何か言いたげなソラを制止した。
 

 「ライスランドでは『考えるな、感じろ』だ。目の前で起きている事象を素直に受け止めるんだ」

 「そうしないと、どうなるんですか?」

 「向こうで煙草を吸うのも忘れて、目の前の状況を理解しようとしているドクターレウカドと、あそこで口を半開きにして悶々と悩んでいるクライドみたいになる」
 

 それでもソラは納得がいかなそうだった。


 「よし、いいものを見せてあげよう。ここにアルコール綿がある。一応ソラもさわってみろ」

 「……確かにただのアルコール綿です」
 

 私はこれを丸めて、近くにあった瓦割り用の瓦に向かって投げた。すると、アルコール綿は瓦を貫通した後、何事もなかったかのように地面に転がった。


 「わかりました。考えるのをやめます」

 「そうだ。それでいい」



7'



 「ドレスタニア……、人間の独裁体制であるとはいえ、差別はあまりない。ふむぅ、少し観光でもしてみるか」


 白いワンピースの女の子はドレスタニア王宮のそばで散歩している。


 「遅刻遅刻~!!」


 角からパンをくわえて飛び出してくる人影

 ドンッ!


 「ひゃあ!?」


 途端に女の子の頭が銀色の滴となって飛び散った。彼女は鼻から上がない状態で倒れた青年に駆け寄った。


 「お主!大丈夫か!?」

 「いてて…はっ!?!?すいません!!」


 皇族服の頼り無さすぎる青年は『変わった顔の方だなぁ』と思いつつ、ずり落ちた眼鏡をかけ直した。


 「お怪我はありませんか? 本当にごめんなさい…」


 数秒で少女の顔は元通りに。


 「大丈夫。生まれつき結構打たれ強くての。いやぁ、再生中の顔に驚かないとはお主、結構やるのぉ!ホラーとかそういうのに強いタイプなのじゃ?」


 にこりと笑いながら手を差し出す。


 「あ、この腕はつかんでも大丈夫じゃぞ?」


 青年はがっしりと腕をつかんでちぎれんばかりの速度でヴォンヴォン振る。

 一方少女は青年の手の降りに合わせて体ごと宙に浮いたり降りたりを繰り返した。


 「おおおー!!! 七変化ですか!? 顔の他にもできるんですか!?」

 「もちろんじゃ! ほれほれ」


 上下に振られた状態のまま、自分の体の一部をピンポン玉大の大きさのボールにして、器用にヘディングする。


 「す、す、すごおおおぉい!!!!! 何者なのですかっ!? 僕にもできますか!?」


 ショコラは興奮した子供のように跳ね回る。目がキラキラしている。


 「おっ! 主もやるか!」


 テニスボールほどの大きさの玉を作り出して、ショコラの繋いでいる方とは反対側の手に投げた。金属光沢を放つ見た目とは裏腹にとても軽い。


 「因みにわらわは旅人じゃ。全国各地を回ったことがあるぞ!」


 少女は向日葵のような笑顔をショコラに向ける。


 「わぁいありがとうございます!!」


 それにたいして青年は天才的な動きでボールを何度も跳ねながら訪ねる。


 「あり得ない動きをしてもわらわが制御するから大丈夫じゃぞ!といっても、お主には必要ないかもな。アハハッ!」


 そう言いながら、さらにボールの数を増やしてジャグリングを始める。


 「旅人さんですか!! ドレスタニアは良い国ですよ!! 案内しましょうか!?」


 青年はにっこにっこしている。


 「案内か。是非頼むぞ! この町のいいところを見せてくれんかのっ!」

 「おーまかせください!! 一番いいお店を紹介しますよ!!」


 いくつか渡されたボールをジャグリングしながらショコラが案内したところは、王宮の広い大食堂であった。


 「おお! ずいぶん広いお店じゃのぅ!」


 目を輝かせながら歩みを進める。働いている人から、「何がおこっているんだ」という目で見られたが、全く意に介してない。
 大食堂全体の外観から、壁にかけてある絵、食器の形まで興味津々のようだ。


 「おぉ! いい匂いがしますね!!」


 道を間違えていることへの疑問が厨房の匂いで消滅する。


 「コックさん! 今日の日替わりメニューはな
んですか!?」

 「ガーナ・チャンプルーとイナゴ豚の青椒炒めさ! チャンプルーはショコラ王にはまだ早いね! ハハ!!」


 彼女ははもとより青年を疑っていないが、匂いを嗅いだことで、完全にここを食堂だと勘違いした。


 「わらわはチャンプルーもいけるぞ!苦くても大丈夫なのじゃ!」


 『子供じゃないよ』アピールをする哀れな少女(十二才)はさりげなく青年の手を握った。


 「お嬢ちゃん、こいつぁ結構くるぜ?ガーナ様のオススメってんで作ってみてはいるが、文句言わないのはその角で食ってるご老人位だ」(ガーナ王とのチェス後)

 「に、苦いんですかっ!!」


 青年の手は既にプルプルしている。チャンプルーだけに。


 「お主大丈夫か?食ってみるとわりと行けるんじゃぞ?ププッ」


 少女はいたずらに笑いつつ、角でチャンプルを食べている老人を横目で見る。黙々と、だが情熱的にチャンプルを口に運んでは噛み締めている……。

 (……うまそうじゃのぉ)


 「おっしわかった!そんな目で料理を見られては、出さない訳にはいかねぇな!」


 ドン!!


 「食ってみなお二人さん!!」

 「おおおお、お、美味しそうですネ!(ガタガタガタ)」


 青年は料理を残したことは一度もない。故に辛い。
 一方少女は指先からフォークを生成し、

 「頂いちゃうのじゃ!!」

 ガツガツと食べ始める。


 「ほらお主にもやるぞ。早く食わんと冷めるぞ?」


 さりげなく青年の鼻に金属片を飛ばし、塞いであげる。


 「うぅ!!?? お兄様の好きな味です!! つらいです!! 苦いです!!」


 味は防げたが、むしろ苦味だけの食べ物と化し、半ベソをかいている。


 「貴女も好きな味ですか!!??」


 少女は様子を察してやっちゃった☆という悪魔のような笑顔を青年に向ける。


 「ああ、好きじゃぞ?こっちのスプーンを使ってみるんじゃ」


 因みにこスプーン、口につけると一部が舌に張りついて味覚を変える。


 「あれ? さっきまで苦かったのに、凄く美味しくなりましたよ!!」


 コックが驚愕の表情を浮かべた。


 「なにい? 王さまもついにこの味がわかるようになったか!ははは!! ガーナ様に報告しないとな!! 嬢ちゃんはどうだいうまいかい? イナゴ豚青椒ももって帰りな!」


  タッパに包んで渡す

 ビニール袋の形をした金属製の何かをポケットからとりだし、タッパーを入れる。


 「やった!コックのおじさんありがとうなのじゃ~」


 喜びで思わず青年の舌の上に張り付いた金属を自分に戻してしまう。ちょうど青年が口にチャンプルを含んだ時のことだった。


 「うっ!!??!!??コックさんやっぱりダメです!!僕はまだお兄様になれませんー!!」


 かわいそうな顔をしてぴーぴーなく。突然、裏から地鳴りのような規模の音が聞こえてきた。


 「ショコラさまあああああぁぁぁあぁ」


 「えっ、待つんじゃ!のわぁっ?!」


 バッシャーン。突如として現れたメイドの体当たりによって、少女の左半身が吹っ飛んだ。唖然とするコックに礼を言ってそそくさと去っていった。


 「ショコラ!またのっ!」


 少女が去っていったあと、吹っ飛ばされた左腕が蒸発していたが、誰も気づかなかった。


 「あ!!名前を聞くのを忘れてしまいました…。七変化さんまた会えますかね?」


 青年は完全に忘れていた。ペストマスクとの待ち合わせのことを。




8



 「メリッサー! どこですかー! メリッサー!」


 クライドはあきれて物も言えないようだった。
 余談だが彼は身分を隠しているが王族であり、その天賦の才能を余すことなく引き伸ばしてくれたのが、皇族ならではの剣や魔法の稽古であった。……という冗談のような噂を耳にしたことがある。


 「メリッサー! あ、旅のお方! メリッサを見かけませんでした? 私と同じくらいの身長で、メイド服を着てて。大切な方々と待ち合わせをしておりまして、その場所をメリッサに話していたのですが……」

 「多分、その『大切な方々』って俺たちのような気がするんだけど」


 ドレスタニアで今目の前にいる、皇族服の頼り無さすぎる青年(眼鏡がズレ落ちそうになっている上、見るからにワタワタしている)と待ち合わせしていた。王宮の大広間で、だ。
 そして彼は時間ピッタリに『偶然』現れた。王宮内で恐らく迷子になっているのだろう。
 ……全力疾走していたのに汗ひとつかいてない。


 「アレッ? 私が待ち合わせしていたのは鳥頭の方なのですが、もしや! あなたが正体なんですか?」

 「いや、俺はクライド。全くの別人だよ。多分君の言っている人は俺のとなりにいるよ……」


 ようやくこちらに気づいた。


 「おお! 外国の方お久しぶりです! ショコラ・プラリネ・ドレスタニアですよ! 覚えていますか」


 ショコラは私の手をいきなり握ってきて、ピョンピョン跳び跳ねた。
 まるで数年ぶりに親友とあったかのなような大袈裟な喜び方だ。因みに会うのはこれで二度目である。


 「皆さん有名人ばかりですねっ!」


 ショコラはこの場にいる一人ずつ、ショコラの両手で掴むと過剰なまでに腕を上下に振り回し、握手していく。

 ━━ドクターレウカドは作り笑顔をしようと顔をひきつらせながら、
 ━━ソラはいつもの無表情で、
 ━━クォルは負けず劣らずショコラの手を振り回し、
 ━━クライドは割と快く
 ━━バトーは無視されなかったことにほっとした様子で
 ━━ライスランドの先生は華麗に力を受け流しながら
 
 握手に応じた。


 「あれ? 噂によるとライスランドのオムビスさんもゆで玉子を持参すると聞いたのですが?」


 なぜ、ゆで玉子を強調するのか全くわからなかったが


 「オムビスは作戦当日に合流する」


 と最小限に答えた。ショコラは少しにガッカリした様子だった。「温泉卵……」とぼそりと呟いた気もするがきっと気のせいだろう。


 「今回初めていらっしゃった方も多いようですね!
我が国へようこそ! 私が国の案内を……」


 私は慌ててショコラの言葉を遮る。


 「まっ…また今度にする。今日は予定がッ」


 ショコラは全くそれを気にせず、満面の笑みで言い切った。


 「案内をしますねッ!!」


 ショコラは並みのダンサーよりも軽快なステップで、見事に王宮の出口とは反対側に案内してきた。


 「すいません。出口はこちら側ですよ」


 ソラ、ナイスフォロー!


 「あれ、そうですか? おかしいですね。この城で地殻変動でもおきたのてしょうか?」


 バトーが不安な顔つきで私に聞いてきた。


 「ショコラさんに案内を頼むとそんなに大変なのか? まあ、今でも十分その片鱗は感じ取れるが……」

 「とりあえず、ショコラに国を案内させると、いつのまにどこかに消えて終わりだ。運が良ければ日付が変わる前に発見できる」

 「何でそんなことを知ってるんだ?」

 「一度それをやられて……その後王宮の資料を調べまくった」

 「あれ? ショコラさん、どこに消えたのでしょうか」
 青い胴着を身にまとった先生が首をかしげていた。
 私は静かに舌打ちをした。


 「遅かったか……」


 どこか遠くからショコラさんの絶望的な歌声が聴こえてきた。


 「♪明るい国だよドレスタニア~♪僕は王さまのショコラプラリネ~♪でも一番はガーナお兄様~♪強くてかっこいいガーナお兄様~♪」


 はっ吐き気がっ!
 私が少し揺らめいたのをドクターレウカドは見逃さなかった。


 「おいおい、大丈夫か? あんたは今日一日休みなしで、各国で戦いつつ、俺と一緒に検診までやっていたんだ。いつ疲れが出てもおかしくない。俺でよければ肩をかすぞ?」

 「ちっちがうんだドクターレウカド。あの歌声が単に苦手なだけだ」

 「苦手?」
 

 私はなんとか同業者の肩を借りて、体勢を保った。


 「みんな、手分けしてショコラさんを探すぞ。ここに王宮の見取り図がある。一人につき一枚ずつだ。一人一人探索するエリアを決めて、しらみ潰しで捜索する。メイドがいたらそいつにも手伝わせろ」

 
 私は自分の喉を片方の手で隠す。もう片方の手にもったメスを喉奥に突き刺し、グリグリした。その様子にこの場にいる全員の顔がひきつる。

 
 『これで私は通常の数倍の声量で話せるようになった! 私はここで指示を出す!』

 「便利ですね、その能力」
 

 ソラがポツリと言った。


 『私の能力はメスで傷をつけずに体を開いて、手術して、閉じることが出来る。ただし、直接メスで触れなければいけないから、こういうグロテスクなことになる。とりあえず、全員捜索に移ろう!』


 今回は声帯に直接リーフリィ産の魔法薬を塗った。以前にショコラに使った小技だが……思い出したらまた吐き気がッ!

 このあと30分ほどかけて捜索が行われ、町中にて、手土産を沢山持ったショコラさんが発見された。その時の解剖鬼の指示は異様に的確な上、声に必死さがあらわれていたため、他のメンバーは以前に何があったかを察し、恐怖した。


9


 「はぁ。疲れた、まさか一日でここまで働かせるとはな。あんたも人使いが荒い」
 

 ようやく、自分の経営する病院に戻ったドクターレウカドは紫煙を吹きながら大きなため息をついた。実は今回の作戦に参加するメインメンバー全員の診察をさせたのだ。
 能力者の中には高度な幻覚を使う者や、自分や他人そっくりの分身を作り出す者もいるらしい。彼はそういった類いの術に詳しかったのと、元々医師として優秀だったために、活躍して頂いた。


 「だが、充分な報酬だろう」


 アンティノメルの特産品、リーフリィの魔法具、ライスランドのゆで玉子(おみやげ用お得パック)、ドレスタニアの出店で買った雑貨等々。
 全て私のおごりだ。付き添い代、診察料、アンティノメルの説得成功報酬金……。ドレスタニアに支援金をもらっていたとはいえ、決して安いものではなかった。


 「ああ。あんたのお陰で安心して明日を迎えられる」


 ドクターレウカドは煙菅に口をつけ、大きく吸った。そして、まだ見ぬ明日に思いを馳せているかのように、天井に向けて息を吐いた。よほど明日が楽しみらしい。


 「だが、契約期限は今日の夜までだ。まだ時間がある」

 「おいおい、あんたもかなり疲れてるだろう? 明日に備えて寝た方が身のためだ」


 私はグフフフフフッと、自分でも気味の悪い笑い声を立てた。ドクターレウカドは何か嫌な予感でもしたのか、目に見えて身震いした。


 「少し、別室を借りてもいいか? 着替えたいんだ。着替えは用意してあるが」
 

 ドクターレウカドはなぜこのタイミングで着替えるのかわからない、といった顔だった。
 彼に案内され、

━━

ズーーーーーー!
ジッパーの外れる音。

バキッ
バキバキバキバキッ!
折れてはいけないものが折れる音。

ヌチヌチヌチヌチヌチヌチヌチヌチ、ズルン!
何かが出てくる音。

ブチィ!
ひも状の太い何かが切れる音。

━━


 「明らかに着替えの時の効果音じゃないが、大丈夫か?」

 「ああ、もう済んだ」

 「ん? なんだ、その声。あんただれだ?」

 「私だよ」


 私は部屋のドアノブをひねり、開けた。
 ドクターレウカドはこちらを見ると、最初に瞳孔が縮まり、繊細な人指し指をうっすら開いた口に当て身じろぎをした。ただでさえ白い肌からさらに血の気が引き、生きとし生きるものとは思えない。
 さらには一歩足を引いた状態で固まってしまった。

 
 「……は?」

 「私だ」

 「……なっ!? えっ! はぁ!」


 私は部屋から一歩踏み出した。ドクターレウカドは二、三歩後ろに下がると、薬品棚にぶつかった。ガシャガシャとガラスのぶつかり合う音がした後、数個ほど、小瓶が棚から落ちて割れた。
 

 「どうした? 初対面で私のペストマスクを見たときよりもずっと驚いているじゃないか。フフッ……フフフッ!」


 私はゆっくりとドクターレウカドの頬に手を伸ばした。ドクターレウカドはあまりのショックに動けなくなっているらしい。ガタガタと震えるだけで抵抗して来なかった。
 

 「あんたの能力! そういう使い方もあるのか!」

 私の指先からドクターレウカドの頬の温もりを感じた。数年ぶりに『直接』人膚に触れた。絹のようなさわり心地がなんとも心地よい。このまま撫で回したくなったが、ドクターレウカドの恐怖とも驚きとも言えない、奇妙に歪んだ顔を見て、私は満足してしまった。
 このドクターレウカドの顔は私だけのものだ。
 私はドクターレウカドに背を向けるとコートのポケットから各国の滋養強壮剤を調合した液体の入った小瓶を取り出した。


 「どうせ明日にはお前はとられる。今日一晩、付き合ってもらうぞ! ハハッ! アハハハハハッ!」


 私は腹を抱え勝利の笑い声を解き放った。


 「まさか、お前がひな祭りにノア新世界創造教に乗り込む真の理由は!」

 「私の古郷でひな祭りを過ごしたいということ、恋人をそこで殺されたということ。……今回の計画の何ものにも変えがたい理由だ。だが、それ以外にもいくつかきっかけがあってな。その一つがコレだ!」

 「アアアア!!?」


 その後、ひな祭り当日までドクターレウカドを見たものはいなかった。



10


 ドレスタニア王宮の中庭にて。
 

 「やっぱり、これで移動するんですね……」


 ソラは無表情ながら目の前の乗り物を拒絶しているような気がする。


 「ホントこれ、なんというか……はぁ……」


 バトーのため息は思ったよりも深かった。

 「でも、乗り心地はいいですよね。まあ、いちいち尻を蹴らないと速度が出ないのはいただけないですが」
 
 先生は目の前の生き物を凝視した。イナゴのような胴体に豚の頭を持つ異形の生物だ。翼がバルバルと音をたてながら震えている。大きさは豚ほどで、なぜか尻を叩かれるのが好きで、尻を叩くと加速する。
 長距離飛行が可能で、それなりに最高速度も高い。馬乗りや立乗りをしての空中戦も出来る。いざというときは非常食として食うことも出来る、優秀な移動手段だ。
 ドレスタニア性の鞍を背中につけることで、鞍に宿る加護の力で潮風などもろもろの自然現象を防ぎ、落下の心配もほとんどなくなる。
 

 「あっちょっと! うわぁ、落ちる落ちる!」


 ほとんど……はな。ショコラはその生き物に股がっているが、のりこなせずロデオ状態になっていた。
 

 「くっ! おい、本当になんなんだ? この生き物。自分から尻を俺の蹴りやすい位置に持ってきて、すり寄ってきたぞ?」

 「クライド、尻を蹴ってやれ。好かれるとより速く飛んでくれるぞ」

 「あんまり好かれたくないんだけどなあ……」



11




 数百人は入れる礼拝堂。その祭壇に座り、もくもくと読書を進める人物がいた。その背後には、高さ十数メートルにもなる巨大な壁画が描かれている。
 壁画に描かれた人物の胸像は、酷く異様なものだった。その人物はげっそりとした顔つきで眼球がなく、眼窩から血が滴っている。髪の毛に見えるものはよくみると血液であり、見るものを不快にする。
 これこそがノア新世界創造教で数千人が信仰する、創造神である。
 祭壇とは反対側の扉から息を切らした赤い法衣の男が入ってきた。木製の机の間を通り、祭壇にだどりつくや否や早口でこう言った。


 「教王様! 只今カルマポリス付近をハサマ王が飛行中との情報が入ったぜ。 真っ直ぐ我々の研究施設を目指してるんだそうだ」


 祭壇で本を読んでいた人物がゆっくりと顔を上げる。……あくびを響かせながら。


 「ノア新世界創造教とあの研究施設の関係がばれれば、確実にハサマ王は俺たちを消しに来るぞ?」

 「……エアリスを出せ」


 教王クロノクリスは余裕の表情で言いはなった。


 「エアリスか?! 俺たちの最終兵器じゃねぇか!」

 「あの研究施設がばれればどのみちエアリスの存在は明らかとなる。いち早く研究施設を破壊し、我々が関与しているという証拠を隠滅しなさい」

 
 その言葉を聞いて男はすぐに後ろを向いて走り去っていった。


 「ふう。これで読書を再開できる」


━━



 「確かここらへんだったはずなんだけと」


 ハサマ王は作り上げた竜巻で自らの体を浮かせ、天空から地上を探索していた。
 アンティノメルからカルマポリス国西に謎の地下研究施設があるという連絡があったのだ。━━捜索に行ったカルマポリス軍の小隊が行方不明という情報も含めて。
 しかし、実際にハサマ王が出向いた先に待ち受けていたのは、ひたすら続く森林地帯だった。
 諦めて地上を探索することにしようか迷った時、彼女は『飛来』してきた。


 「おお!ハサマ殿、こんなに早く出会えるとは思わなかったぞ!」


 見た目はウェディングドレスを着た少女だった。セミロングの銀髪に、アルビノ以上に白い肌を持っている。
 そして何より、ウェディングドレスの背中に彼女の身長より頭ひとつ大きい、黒い三角形の構造物がくっついていた。下からボンベのようなものが左右一つずつついており、そこから勢いよく炎が吐き出されている。
 ハサマ王はそんな異質の存在に全く動ずることなく返事をした。


 「割と会えるよ! 君だれ?」

 「えっ……と、エアリスじゃ!」

 
 少女は、無邪気に答えた。しかし、瞳孔のない白い目は全く笑っていない。


 「君、そこを退いてくれないかな?ハサマ、急いでるから」

 「ここにはわらわにとって大切なものを隠しておるのでな」


 突然、彼女の背中の物体からミサイルが二発発射された。ミサイルは森のど真ん中を向かっていった。ハサマ王はその場から全く動かず雷を落とした。
 ミサイルは目的地に着弾する前に空中で飛散した。


 「へぇ、そっちにあるんだ。君の大切な場所。どんな場所なの?」

 「いうなればわらわの実家じゃ。実家にある恥ずかしい本を発見される前に始末する、というのはお主の国でもあるであろう?」


 さも当然、というような顔で少女は言った。ハサマ王は不思議そうな顔で答える。


 「でも、普通は家ごと爆破しないよね?」

 「まあ、具体的には研究データじゃな。わらわは平等が好きで差別が嫌いでの。短絡的じゃが、とりあえず民族差別の蔓延る国を一通り潰そうと思って、戦力増強していたのじゃ。発見されると他の国に対策されてしまうのじゃ」

 「んー、うちの国民にあんまり変なことしないでねー?」


 ドスの効いた笑顔に対して、エアリスもケラケラと笑う。


 「わらわはお主の国に手出しするつもりはないぞ。チュリグは公平な国だからの」

 「鬼は大体の子が怖がってるけど。戦闘以外は」

  「アンティノメル国とかキスビット国に比べたらそこまで深刻じゃないからの。後回しじゃ」

 「後回しということはそのうち来るんだよね?」


 エアリスは子供がイタズラがばれて、もじもじするような仕草をした。


 「まあ、差別を改善しないならのぉ。それもいたかなしか」

 「それなりに改善してるんだけどねー。中々ね、消えないんだよ」

 「そうか。まあ、以前に比べたら大部マシじゃし、大丈夫かの。因みに邪魔立てするのであれば容赦しないとからな?」



 「え、するけど?」



 ハサマ王はエアリスに対して、当然といった顔で、速攻で言葉を返した。
 それに対してエアリスも全く動じない。


 「やはりそうか。なら、この場でやりあうか? 丁度お主の実力も気になっていたところじゃし。今までの戦いでは、お主は全く力を出していないから想像もつかん。わらわの悲願とは別に興味があるのぉ」


 突如、エアリスの腕が液状に変化し、右腕がガトリングガン、左腕がチェーンソーに変形した。
 それに対してハサマ王は「はい、どーん」と微動だにせず、天から雷を三発うちはなった。
 雷はエアリスに直撃したものの、僅かに怯んだだけで彼女は反撃に出た。ガトリングガンを乱射しつつ、チェーンソーを振り上げてハサマ王に突っ込む。


 「粉々になるんじゃッ!」


 ハサマ王は飛行するときと同じ要領で竜巻を発生させ、弾丸を弾き返した。さらにその竜巻をエアリスに向かって飛ばす。
 エアリスの体に弾丸が食い込んだものの、彼女は竜巻もなにも気にせずハサマ王に向かってチェーンソーを振る。いつのまにかガトリングガンであった右手もチェーンソーに変化していた。


 「弾丸が効かぬなら物理でごり押すのみじゃ!」

 「なるほどね。でも雷はね。こんな使い方も出 来るんだよ」


 電撃をまとった手刀がエアリスのチェーンソーとぶつかり合う。両者は打ち合いながらすさまじい速度で天空を舞った。ハサマ王の雷の余波により、森のあっちらこちらに落雷の跡ができる。
 森からバタバタと大量の鳥が飛び出し、ハサマ王らと反対の方向へと逃げていく。
 その間にも二人は半径数キロメートルはある森を飛び回っておる。


 「これではどちらが天か地かわからぬな」


 ハサマ王が地上にいったん着地する。と、同時に小形のクレーターがハサマ王を中心にして広がった。
 続いて上からエアリスがすさまじい速度で切りつける。ハサマ王は両手でチェーンソーを受け止めると、地面はさらに沈下し、クレーターが二重になった。
 ハサマ王はあどけない顔でニヤリと笑い、
 

 「はい、これでおあい子」


 着地する直前に僅かに貯めた雷を放出する。六発もの雷がハサマ王の掌から解放された。
 雷は爆音と共にチェーンソーをぶち破り、エアリスの頭部に直撃した。彼女の頭部は銀色の液体となり、吹き飛んだ。しかし、数秒後にもとの形に復元する。


 「すごいね、丈夫だね。復元までできるんだ」

 「まさか一瞬で体が吹き飛ぶとは。それにしてもウルサイ技じゃのぉ……」



 ハサマ王はそこら中に雷を少なくとも10発以上は放った。だめ押しとして、台風を引き起こす。青かったそらは一瞬にして曇天と化した。
 エアリスは数発雷に被弾するも離陸すると同時に、その衝撃でカマイタチを発生させ、台風を相殺した。周囲にあった高さ数メートルの木が何本も倒れる。
 

 「そんな機能まであるんだね! 凄いね!」
 

 ハサマ王は目をキラキラさせながら天から雷を乱射する。


 「ふん。もうこの程度雷、見なくてもかわせるわ」


 飛行するエアリスは違和感に気づく、


 「あれ? わらわ……雷に囲まれている?」


 ハサマ王は雷を数十発に増やし事前に包囲して撃ち込んだのだった。
 さらに追い討ちに巨大な雷を三発ほど放つ。雷に焼かれた運の悪い木は、ずたぼろに引き裂けていく。


  「例えすごい力を持っていてもね! 偉いわけではないんだよ!」


 エアリスはハサマに向かってミサイルを二発ほど放つ。しかし、大きな雷を避けようとした瞬間、急激に減速し、数十発の雷に被弾。
 そんな彼女に対し、ハサマ王は追い討ちに何発も何発も何発も何発も大小様々な雷を当てる。


 「差別を受け苦渋をなめた日々、一日たりとも忘れはせぬ。そして、わらわは執念で力を手にした。力を手にしたからには世界を変える義務がある! 責任があるのじゃぁ!」


 液状になりつつもハサマに向かって高速で飛行、手をひも状にして掴みかかった。
 自らとは逆の方向にあられとカマイタチを発生させたうえ低空飛行に移る。前から迫り来る木と空気の刃、凍てつく冷気に最高速でハサマにぶち当て続ける。

 パーカーを無惨に裂かれ霜に覆われても気にせずにハサマは笑う。
 竜巻で液状化した巫女を跡形もなく引きはがすと


 「権利も義務も責任もないよ! いいんだよ頑張らなくて! ハサマが! できるだけ何とかするから!」

 
 ハサマ王は両手の手のひらを合わし、ゆっくりと開いていく。なにもなかったはずの空間に、恐ろしい量の雷を収束したエネルギーの塊が現れた。ハサマ王が手を前にかざすと、光の球体は電気で軌跡を描きつつ、一直線にエアリスに飛んだ。
 エアリスは最高速で避けようとするも、雷による過熱とジェット飛行による過冷却による再生機能不全が起きる。飛行ユニットが再生出来ず、半液状化した状態で雷を受けた。
 胸部から上は再生したものの、身体は再生出来ず、液体のまま、甦らない。


 「威力も何発撃つかも変えられるんだ! すごいでしょ!」


 そう言いながら胸部から下だった液状に強い雷を13発撃った。
 『下半身だったもの』が形態を維持できず、気化する。


 「こんな力差……ふびょうどどどどどう……」


 ハサマ王はいつのまにか目の前で屈み、視線を合わせる。


 「不平等でもね、ひとまずは受け入れられないと駄目なんだよ。それに、平等はね、正義とはあまり呼べないんだ」


 小さな子供に優しく言い聞かせるように残酷な言葉を紡ぐ。


 「びびび平等はにする子は……いい子、いい子にはご褒美。不平等は悪い子。悪い子には……おし…おき。お主はどちらだ……」

 優しく微笑みながら「どちらでもないよ」と返すと、残りの部分へと指先に収束させた眩い閃光を放った。
 エアリスは分子レベルに分解され、以後再生することはなかった。
 しかし、彼女の執念か研究施設らしきものはすでに破壊されていた。

時の旅人 PFCSss13

pfcs-sakatsu.hateblo.jp


ルビネルの捜索願い PFCSss
http://thefool199485pf.hateblo.jp/entry/2017/05/28/091650

ルビネルの手術願い PFCSss2
http://thefool199485pf.hateblo.jp/entry/2017/05/31/172102

ルビネルの協力願い PFCSss3
http://thefool199485pf.hateblo.jp/entry/2017/06/01/083325

ルビネルへの成功願い PFCSss4
http://thefool199485pf.hateblo.jp/entry/2017/06/02/153244

ルビネルの豪遊願い PFCSss5

http://thefool199485pf.hateblo.jp/entry/2017/06/03/075127

ルビネルの修行願い PFCSss6
http://thefool199485pf.hateblo.jp/entry/2017/06/04/224102

ルビネルの施行願い PFCSss7

http://thefool199485pf.hateblo.jp/entry/2017/06/07/175035

ルビネルの決闘願い PFCSss8
http://thefool199485pf.hateblo.jp/entry/2017/06/14/220451

ルビネルとセレアの死闘願い PFCSss9
http://thefool199485pf.hateblo.jp/entry/2017/06/15/210343

ルビネルの願い PFCSss10
http://thefool199485pf.hateblo.jp/entry/2017/06/20/122547

あの素晴らしい愛をもう一度
http://thefool199485pf.hateblo.jp/entry/2017/07/11/234700

翼を下さい
http://thefool199485pf.hateblo.jp/entry/2017/07/13/073933

⬆こちらのssの続きになります。



制作協力

長田克樹 (id:nagatakatsuki)
借りたキャラ:ガーナ王

坂津 佳奈 (id:sakatsu_kana)
借りたキャラ:アウレイス、邪神ビット



 読者さんからの応援のお陰でなんとか書ききることができました。長い間ご愛読ありがとうございました!



━━
Self sacrifice after birthday 13




 二人の拳がぶつかった。衝撃でビルに亀裂が入り、窓ガラスが吹き飛ぶ。アスファルトに砂塵が舞い、雨が押し退けられてルビネルとビットの周囲から一時的に水が消え去った。降り注ぐ岩ですらあまりの衝撃に砕け散る。
 
 お互いに宙を舞い、私は膝をつき華麗に着地、ビットはビルに追突しクレーターを作った。ビットは今できたクレーターを砕きビル内に侵入した。私は追いかけてすぐに追撃を試みるが、ビルのどこにビットがいるのか把握できない。

 「『未来は定まり運命は決す』ルビネル、お前は見事に私を追ってきてくれたな。お陰で数十秒後のお前は今目の前で私と打ち合っている。これが、何を意味するかわかるな?」


 「しっしまっ……!」

 私がビットを数秒後に見つけた時にはもう遅かった。脳内に幻影が描き出される。
 ビットはビルの中にいた『未来のルビネル』の脇腹に強烈な掌底を打ち付けた。その瞬間、未来のビジョンは消え去った。

 「自分で戦いを誘導すれば、未来はある程度決められる。それに、私はまだこの能力の真価を見せていない」

 ルビネルはすかさずビットと組み合った。私の白い手とビットの漆のような手が噛み合う。その状態で頭突きや足技を駆使する。

 「フフフッ! どう? 宙に浮いている相手から一方的に足蹴にされるのは」

 「私は土壌の神。踏まれるのには慣れている。無駄だ」

 
 その瞬間、脇腹に強い痛みを感じ、気づいたらビルの外まで吹っ飛んでいた。あばらがイッてしまったらしく、骨折の時に感じる鈍く強い痛みが私のなかを這いずり回る。
 道路に着地して体を立て直そうとした私が見たのはビットの黒い二の腕。それがラリアットだったと気づいたのは技が決まった後だった。
 軽い脳震盪を起こしてしまい、天と地がぐらぐらと揺れる。平衡感覚を失ってしまった以上、全身に仕込まれたボールペンでも体勢を持ち直すことは叶わず、無様に受け身をとる以外、私に打つ手はなかった。
 乳白色の雨、天から召喚された岩なだれ、灰色の建築物がぐにゃぐにゃに歪んで混ざりあっている。


 『未来は決した』


 再び幻影が頭の中をよぎる。歪む視界のなかどうにか見つけた『未来のルビネル』は、ビットの数十メートル先で体をクの字に曲げながら吹っ飛んでいた。ビットは五階建てのビルの破片を『未来のルビネル』に向かって放つと、降り注ぐ岩を投げつけながら、先回りして拳を連打する。
 一旦幻影が消え去ったと思うと、さらにだめ押しと言わんばかりに神の力を発動する。


 『定められた未来よ、我が手に』


 今度はビットの真横を吹っ飛ぶ『未来のルビネル』に、腕がめり込み体が変形するほどのアッパーを食らわせた。そして、そのアッパーを受けた『ルビネル』の先には『未来のビット』が跳んでいる。
 私が立ち上がった頃にはもう既に、ビットの攻撃準備は終わっていた。私は苦し紛れに拳のラッシュを仕掛けた。もちろん、天空からの岩なだれをボールペンで掴んだり受け止めたりして処理するのも忘れない。

 「あなたに未来を支配される筋合いはない!」

 ビットの能力の特性がようやくわかってきた。
 一つ目はビットの腕に物体をストックする力。
 隙さえあればゴーレムやビルまるごとなど意味不明な飛び道具を使えるのだ。放り投げることができる範囲は現在だけではなく未来にもおよぶ。
 もうひとつが未来透視であり、約数十秒後の未来を三次元写真か如く正確に把握することができる。
 二つとも数秒の発動準備が必要であり、その隙を与えたら最後、こちらが圧倒的に不利になる。


 「理解できたようだな。私に猶予を与えることは死を意味すると。だからお前は無謀な突撃をせざるを得ない」

 「無謀かどうかは最後までわからないんじゃないの?」

 「私たちはその『最後』を透視していたのだ」


 ビットの腰の辺りまで体を浮かせ、腹と顔面に蹴りの嵐を放つ。が、何もない空間から突如として現れた石ころの散弾が私に襲いかかった。反射的に目をかばい、攻撃を緩めてしまう。
 ビットは私の足をつかむと、思いっきり地面に叩きつけた。背中に強い衝撃をうけて、肺の中の空気を全て吐き出してしまった。いっ痛苦しいッ!


 「お前がラッシュを仕掛ける十五秒前に、あらかじめ石を砕いたものを投げ込んでおいた。別に未来を透視せずとも攻撃は出来るのだ。残念だったな」


 そして、悪夢が実現する。


 防弾コートのプロテクターを容赦なく砕き、胸骨にひびを入れ、さらに背面まで衝撃が伝わる恐るべき拳が私の胸を打った。

 空中を大回転しながらぶっとびつつ空中に逃げた。少なくとも十数メートルは跳躍したビットが、追撃の裏拳を放つ。メリメリという音をたてて私は体をくの字に曲げてさらに加速した。
 さらには、何もない空中でバキバキと骨がおれるほどの強烈な衝撃が全身を襲った。無数の打撃を瞬時にして食らったらこうなりそうだ、と私は思った。
 何もない空間から飛び出してきた岩の砲弾に打ち付けられ、衝撃で軌道がそれる。ボールペンを駆使してなんとか構え直そうと思ったところを、パッと背後に現れた五階建てのビルが襲った。何度も背中に苦痛を受けつつ、まるでエレベーターになった気分で床をぶち抜き、最後に土だらけのビルの床下を眺めつつ、

 「……反撃をっ!」

 と、言った瞬間だった。
 みるみるうちに私の腹部のコートが破れ、むき出しになったプロテクターがバラバラに砕け散り、防弾スーツが破れて中の綿が消し飛び、見えた腹が拳の形に腹がへこみ、赤色に染まった。

 「ん゙ぐッ!!」

 私は空を舞った。ボロボロになったコートの断片が舞うのを横目に、もはやどうにもならず空を見上げると、ビットが笑っていた。肩まで思いっきり引いた黒い両腕が見えた。
 視界が震動し、すさまじい速度で落ちて行くのがわかる。両手で突かれたまま押し落とされているのだ。
 地面に激突した瞬間、回りに道路の破片や雨が舞い上がったのが見えた。衝撃でビットの頭の奥に見える建物にヒビが入る。
 もはや肉体強化手術をもってしても、どうにもならない激痛が私を支配した。私はとうとう耐えきれず悲鳴を上げた。


 「ぎぁぁぁぁあああっ! 痛い痛い痛いぃぃぃ!!」

 「お前たちは以前奇跡を起こした。一寸の希望でもあればお前たちは活路を見いだし全力で反撃する。だが、私は一尺の希望も与えん!」


 ビットが腕を振り上げた瞬間、私はボールペンで目を覆い、腰の辺りにあるボールペンを起動させ、ボールペンは付随されている物体のピンを引き抜く。
 瞬間、閃光と耳が裂けるほどの破裂音が鳴り響いた。


 「?! なんだっ、光と音?」


 私は動かない体を服に仕込んだボールペンで無理矢理動かし立ち上がった。
 右足を膝が出るように曲げる。正中線をずらさずに膝頭を横に倒しつつ相手の左こめかみを狙い、回し蹴りを放つ。さらに足を再び引き、おろさずにそのまま内側に回すように伸ばして、足の背面でビットの右頬を打つ。内回し蹴りを決めた私は足を引き、さらに回し蹴りを決める。
 その後も上段横蹴り、中段蹴込み、下段回し蹴り……というように私の知る限りありとあらゆる蹴り技を撃ち込み、最後にボールペンによる滑空を利用した飛び後ろ蹴りで占めた。
 ビットは私の渾身の蹴りをもろにくらい、その体を道路のコンクリートに何回も叩きつけながら吹っ飛んでいった。
 着地すると同時に、私は体の奥から湧き出るものを吐き出した。目の前に赤く大きな円が描かれ、雨に溶けていく。


 「はぁ……ぜぃ……まさか、ここでスタングレネードが役にたつとはね……。これは演技……ゲホッ……ドクターに感謝しなきゃ……」


 視界がぐらぐらする。目がチカチカして、私のからだの悲鳴を分かりやすく私に伝えてくれた。
 足から生暖かいものを感じ、出血が深刻であることを悟る。あらかじめ練習した手技で、ボールペンを用いて胴体を破れたコートで縛る。


 「うぐっ……鬼の体なんだけどなぁ……」


 折れたあばらが傷に響く。一瞬飛びそうになった意識を、なんとか自分の意思で呼び戻す。限界が近い。
 でも、こんなところで立ち止まっているわけにはいかない。

 「ふんっ!」

 気合いをいれつつ空からの落石をボールペンで両断する。
 私が今倒れたら私が過ごした世界が、皆の愛する世界が、ビットの支配する歪な空間へと変貌してしまう。そして何より、大好きな人をこれ以上苦しめたくない!
 私はビットとの戦いのログをとっていたノートをボールペンに乗せて、帰りのゲートへ向かわせた。私が伝えたいことは全てあのノートに書ききった。
 もう、私に未練はない。五体が砕けようとも私はあなたを止める!


 「あなたの思い通りにはさせない!」


 ボロボロになったコートをはためかせながら、ビットへの追撃に向かった。砂による目隠しを警戒して左右に動きつつ全速力でビットへ迫る。この速度であれば、ビットが未来透視の発動準備中に攻撃できる。
 ビットは真っ正面から迎え撃つつもりか、両腕を大きく振りかぶった。
 私は体に取り付けられた全てのボールペンを最適な方向に動かし、微調整する。体の細胞の一つ一つが攻撃に備える感じがする。今まで点だった技術や知識、経験が一本の線につながった。
 右握りこぶしを腰まで引き、左手を前につきだし、正拳付きの構えに入る。


 ガーナ王から継承され、

 老人によって鍛えられあげ、

 解剖鬼によって強化された肉体で、

 セレアさんの技術を用いた究極の一撃。


 これが恐らく私の人生において最後の攻撃となる。
 ビットとの距離が近づくにつれて胸が高鳴っていく。私の頭のなかに私と出会ったあらゆる人の顔が思い起こされた。走馬灯に対して私は願った。皆、私に力を貸して、と。
 願いが通じたのか呪詛の出力が上がる。ありえないほどの力が沸き上がり、ビットを体が倒せと体がたぎる。
 後少しで射程に入る! というところで、ビットは奇妙な行動に出た。自分を抱き抱えるかのようなポーズをして、そのまま消えてしまったのだ。
 自分を抱きかかえる……自分を投げる……つまり……。

 ドスッ、という音がした。

 ああ、胸の辺りが熱い……と思ったら冷たくなった。
 自分の胸から黒と赤の入り交じった禍々しい腕が延びている。手刀で私が貫かれた、と気づいたときにはもう腕が抜かれていた。胸から暖かい私の命が溢れだした。
 背後からビットの声が聞こえる。


 「一秒後に自身を投げ、攻撃を避け背後に回り込んだ。お前の言葉から思い付いたのだ。『容赦なくキタナい手』を使えば楽に勝てるとな」


 ゆっくりと前に崩れ落ちる私。膝から力が抜け、目の前が白く染まっていく。雨にうたれる感覚が消えていく。痛みが、感覚が、喪失していく。
 みんな……ごめんなさい。私……無理だった。


 「お前はよく戦った。私に攻撃を当て、怯ませた。十分だ。お前の功績はあらゆる時代に語り継いでやろう。『ビットは正真正銘の神であり、人がどんなに努力を尽くしても、決して倒せない存在であることを証明した偉大な人物』とな」


 ビットは血まみれの腕を振り上げながら高笑いを響かせてる。あいつに一発漫画みたくかっこよく必殺技を決められると、思ったんだけどな……。


 「ごめ……んね……」


 倒れる直前だった。私は前方に80℃以上倒れたありえない姿勢で、ビットに振り向くとそのまま両手を広げてビットに向かった。
 驚愕と飽きれを示したビットは、私をもう一度右腕で突き刺した。私は背中に仕込んだボールペンを全て用いて、ビットの腕をさらに深く突き刺しながら接近した。
 ビットは困惑した様子で私の腹部に左手を突き刺した。


 「なぜだ、なぜ貴様らはそうまでして戦う?! 決して勝てないとわかっていてどうして立ち向かうのだ! あの剣士といい、自分の命が惜しくないのか?!」


 口から血があふれ、目から大粒の涙が滴るのを感じる。それでも私は止まらない。
 視力を失う寸前の目でビットを見つめ微笑むと、そのほっぺたにゆっくりとキスをした。


 「ルビネル! しっかりして!!! ルビネル! 私よ! アウレイスよ!!」


 なつかしいあの子の声がする。そう、私はあなたをずっと待っていた。あなたに会うために体を、命を捨てて、来たの。
 口づけによって呼び戻されたアウリィは私の体からビットの腕を引き抜くと、とっさに能力を発動した。私の体に刻まれた絶望的な傷が一瞬にして塞がった。

 「ルビネル! 後は頼んだわよ……」

 「ええ! 貴方を必ず連れて帰る」

 私は身を半歩ほど引き、再び正拳突きの構えをとる。今度は外さないっ!
 必殺の一撃がビットの胸部を打った。衝撃波がアスファルトをめくりながら広がっていき、周囲の建物を外側から半壊させていく。

 「グッ! ……なっなぜだ。なぜ私はお前に止めをさせない」

 「愛という感情の持つ力をしらないあなたに、私は負けない!」

 私は呪詛を込めた右足を思いっきりビットに差し込んだ。そして、呪詛を放出しつつ蹴りあげる。


 「ぬぅぅぅゔゔ! 出さん……今度こそ絶対に解放するわけには……」


 空中にビットが舞い上がった。フルスピードでビットを追いかけ、そして追い付く。


 「私の攻めを受けきってみなさい!!」


 私は怯んだビットを力の限り抱きしめ、口内にのなかに舌をねじ込み蹂躙する。アウリィの体が快楽に身を震わせた時、黒い影が分離した。


 「ばっばかな、こんな、こんなわけもわからぬ攻撃に」


 浅黒い肌、長く尖った耳、その耳の後ろから後方に向かって伸びる三対の角。間違いなくあのとき一度葬り去った邪神ビットだった。
 私はばっとアウリィの体を解放すると、同時に邪神ビットへ無数のボールペンの芯を投げつけた。飛んでいる途中で強烈に縦回転してカッターと化す
 さっき放ったときは全て黒い手に反射されたが、邪神ビットは分離の反動で動けなくなっているはず。
 それでも邪神ビットは腕を振りかぶり能力を発動しようとした。私はそんな彼を空中で何回転もして助走をつけた全力のかかとおとしで叩き潰した。さらにボールペンを両手に握りビットを撃つ。
 

 「こっ、ここまで来て! お前さえ倒せば純粋なる負の世界が……」


 打撃により大きく後退した邪神ビット。ここぞとばかりにボールペンの芯を両手に握る私。
 鬼の腕力でペンの芯をぶん投げると一瞬にして呪詛の範囲外に飛んでいくが、使い捨てと割りきりありったけ飛ばす。
 ビットの手が、足が、ボールペンの芯によって切り裂かれていく。そこに数メートル助走をつけた渾身の打撃を何度も何度も当てる。鬼のゴムのように弾性に富んだ筋肉から産み出される打撃が、呪詛によって勢いを増し、激烈な衝撃をビットに与える。
 窒息寸前まで攻撃を続けた。用意したボールペンの芯と本体は体を支えるためのものを除いて全て使いきった。拳は自分の打撃に耐えきれず血まみれになった。

 「さようなら、ビット!!」

 私は最後に二本残ったボールペンを握りしめる。
 切り裂かれ撃たれ、満身創痍の邪神ビットに手に持ったボールペンを突き刺す。そのまま全力で突き込み邪神ビットの胸を私の腕で貫通させる。
 すかさず腕を引き抜くと、邪神ビットと距離を取り、落下中のアウリィをお姫様抱っこした。

 ずっと降り続いていた乳白色の雨が止んだ。嵐も止まり、分厚い雲がまるで解けかけの雪のように消えていく。顔を出した太陽の光が廃都市全体を照した。ビットの力がとうとう尽きたのだ。
 邪神ビットは今までとはうって変わって静かな声で語りかけてきた。


 「遥か昔……、私もお前たちと同じく……純心を持っていた。いつからだろうか、邪心にとりつかれ……正の力を捨て去ったのは。お前たちとの戦いで感じたあの光……」


 岩が風化するかのように邪神の肉体が崩れていく。


 「私も……出来ることなら……ずっと……純心のままでいたかった……」


 後悔の言葉と共に、世界を支配しようとした邪神は消え去った。
 そして、うっすらとアウリィが目を開けた


 「ルビ……ネル? 私たち、勝ったの?」

 「世界を救っちゃったみたいね。てっきり私、死んじゃうかと思ってたんだけど」


 冗談で言った言葉に、アウリィはギラリと瞳を光らせた。


 「私が死なせない」


 キリッとしたアウリィの顔に思わずドキリとしてしまった。頬が火照るのを感じる。きっと今の私の顔はアルビダなのにも関わらず真っ赤だろう。


 「うん、……本当にありがとうね、アウリィ」


 私は額にキスをすると、ゆっくりと地面に着地した。アウリィがなにかに気づいたらしく、目の前のビルを指び指した。ビルとはいえさっきまでの戦いのせいで前面が倒壊し、中が丸見えになっているが。


 「ビットにとりつかれていたからわかる。あそこに、私たちの世界へと通じる扉がある。……数ヵ月くらい誤差があるかも知れないけれど」

 「本当に?」

 「私を信じて、ルビネル」


 彼女の額から垂れる銀色に輝く髪の毛は、穢れが抜け落ち透き通った色だった。手足は華奢で、白い肌が陽の光で艶やかに輝く。もう彼女に邪神はとりついていない。


 「うん。いつまでも、どこまでも信じてるよ。アウリィ」




……。




『私は晴れ晴れとした気持ちです。まるで、一点の曇りもない晴天がどこ待ても続くよう。

私が帰らないことをどうか、赦してください。

ことをなし得なければ、愛する人の手によって、さらに多くの人がこの世を去ってしまいます。だから私は行くのです。

遺品は全て売ってお金にして父と母に渡して下さい。この先十年も二十年も親を悲しませるのは辛いですから。

書くことはまだまだありますが、思い付くことは感謝の言葉だけ。父、母、従姉、私を支えてくれた友達や先生、最後までついてくれた仲間。

私がみんなからもらったものに対して、月並みの感謝の言葉では到底言い表せないけれど━━ただ、ただ『ありがとう』。一言に尽きます。


ありがとう


ありがとう』




 紅の手帳。ルビネルの遺書。空色の花畑。紅の幻覚。一本歩くごとにバキバキと美しい花が折れ、散る。コートを揺らめかせ、私は幽霊のように花畑をさまよっていた。
 ルビネルを一ヶ月ばかり待ったが、彼女はついに帰ってくることはなかった。この世がビットの手に落ちていはいない所を見るに、何らかの手段でビットを無力化したらしい。
 ルビネルの余命はあの時点で数日だったはず。私が手を加えていない以上、多臓器不全……いわゆる老衰により死んでしまったはずだ。
 そうでなくても心臓を傷つけられた以上数日も持つまい。

 「だが、現にこうして私がのうのうと生きているのは彼女のお陰か……」


 私が違和感に気づいたのは、花畑から森へと移動した時だった。背後から何やら光が漏れていた。私が振り向くと、先程までいた花畑に再び光の扉が現れていた。


 「何がどうなっている?」


 いるはずのない人がそこにいた。胸部と腹部に大きな穴の空いたボロボロのコートに、ずぶ濡れの黒髪を持つ忘れもしないあの子が。誰もが諦めていたあの子が。
 彼女は銀色の髪の毛を持つ少女をお姫様抱っこして、不敵に微笑んでいる。
 幻覚かと思いマスクの目玉の部分をごしごしと擦る。



 「こっ、これは……まさか!」

 「フッ……フッ……フッ! ただいま、ドクター」


 ルビネルは空色の花畑に抱っこしていたアウレイスをおろした。すやすやと寝息をたてている。


 「私は前にキスビットでカルマポリスの呪詛を独自に扱うとされる妖怪の調査をしていたんだけど、妖怪の正体は私自身だった……なんて。タニカワ教授にどう説明すればいいのかしら」

 「私よりもいい相談相手なら沢山いるぞ?エウス村長にガーナ、老人もいいな。柔軟な発想が必要ならセレアに聞くといい。みんな喜んで……本当に喜んで……教えてくれるだろう」


 自分の声が潤んでいた。マスクの中が涙で濡れている。私はあの世へ人を送り出すのには慣れていても、帰ってくる人を迎えるのには慣れてないらしい。


 「みんなのもとに案内してくれるかしら?あと、タオルない?」

 「よろこんで。みんな、謝辞も含めて伝えたいことが山ほどあるはずだ。私を含めてな。因みにタオルは用意していない」

 「楽しみにしているわ。……タオルも」


 ルビネルは濡れて艶々になっている髪の毛に手を通してから、私の腕を指差した。


 「ところでそれは……?」

 「ん? ああ。別に」


 私は無意識のうちに腕に巻いた空色の花の冠を隠した。


 「もしかして、私にプレゼントするために?」

 「止めた。泣きながら花の冠を渡すなど恥ずかしくてたまらん」


 私はアウレイスの頭にそっと冠を乗せた。


 「似合っているじゃないか。銀の髪に空色の冠。天使の寝顔だな」

 「フッフッ……変なことをしたらボールペンでグサリよ?」

 「おおー怖い怖い」


 私は大袈裟に離れると、柄にもなく大声で笑った。ルビネルはそんな私を幸せそうな微笑みを浮かべて見つめていた。


 「さあ、行こうか。君たちを待っている人がたくさんいる」

 「ええ。帰りましょう。私たちの世界へ」




翼をください PFCSss12

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ルビネルの捜索願い PFCSss
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ルビネルの手術願い PFCSss2
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ルビネルの協力願い PFCSss3
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ルビネルへの成功願い PFCSss4
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ルビネルの豪遊願い PFCSss5

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ルビネルの修行願い PFCSss6
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ルビネルの施行願い PFCSss7

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ルビネルの決闘願い PFCSss8
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ルビネルとセレアの死闘願い PFCSss9
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ルビネルの願い PFCSss10
http://thefool199485pf.hateblo.jp/entry/2017/06/20/122547

あの素晴らしい愛をもう一度
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⬆こちらのssの続きになります。




━━



Self sacrifice after birthday 12



 豪雨が建物の外をに強烈に打ち付ける。ガシャガシャと窓がゆれ、暴風の強さを物語っている。外は昼間であるにも関わらず薄暗い。
 エウス村長は木製の長机に組んだ腕を乗せ、それを見つめるような形で椅子に座っていた。
 ガーナ王は背筋を正し、悠々と座っているが表情は固い。
 老人は部屋の壁に寄りかかり、鋭い視線を部屋中に向けている。
 セレアは優れた飛行能力を生かし、あえて椅子のない場所で空気椅子をして突っ込みを待っているが、誰も気づいてくれない。
 みな一様に表情が暗く、思い沈黙が部屋を包んでいた。
 そんな雰囲気の中、ガーナ王が口を開いた。


 「状況を整理しよう。現在、カルマポリス国、我が国ドレスタニア、そしてここキスビット国には巨大な台風が発生。さらに、キスビットを中心に大型の砂嵐が全世界に向けて吹いている」


 ガーナの目配せに老人がうなずいて話を引き継ぐ。


 「今吹いている砂嵐の砂は通常の砂と違って、水に触れると乳白色に発光しやす。先程、これは邪神ビットの呪詛による影響だと判明しました。台風による豪雨も乳白色に発光していることから、これらは全てビットの能力によるものと考えられますぜ」


 老人の言葉にエウス村長がピクリと反応した。老人は一旦話をきり、エウス村長を見つめる。
 村長の口より発せられた声にいつものような覇気はなかった。


 「これが全世界に降り積もれば、以前のキスビットと同じく、世界は負の感情にとらわれ、差別や戦争が横行する暗黒の時代へと向かうだろう。交流のあったチュリグやアンティノメルにも救援を要請しているが、自国を守るのに精一杯で支援を受けるのは難しそうだ」


 エウス村長が顔をあげて目をつむった。脳裏に浮かぶのは以前の戦い。迫り来る邪神ビット、正体不明の攻撃、次々と倒れる仲間たち……。
 だが、今と比べると一つおかしな点があった。あのときのビットはただ力を振り回すだけで、その行動に計画性などは皆無だった。


 「千年もの長い潜伏期間はこの術の発動のために使ったらしいな。以前のビットと比べるとあまりにも計画的すぎる。とりつく相手が変わったことでそうとう悪知恵が働くようになった」


 セレアはセレアでビットと出会った時のことを思い出していた。老人の救出に向かった時である。
 全ての斬撃は黒い腕によって無力化された。黒い腕に剣が触れると弾かれるどころか、もう片方の腕から自分に向かって飛び出して来るのだ。遠距離からのマシンガンも同じように全て反射された。
 その上で予測不能、回避不能な攻撃に一方的に曝され、なすすべもなく撤退したのだ。もしあの場にルビネルがいなかったら生き残っていたかすらわからない。


 「時に関する能力は弱まったがその他の能力に関してはほとんど据え置きか、もしくは変化しただけじゃ。むしろ使い方が賢くなった分、より厄介になったと言えるじゃろう。もはやルビネル以外奴に触れることすら叶わん」


 老人は帽子を深くかぶり直すと、唸るような声を発した。ビットの力はギャングの力を総動員しようとも、もはやどうにもならない規模だった。


 「俺の部下に調べさせた結果、奴はどうやら時空を歪めて作り出した異空間にいやすぜ。ルビネルが通ったような『入り口』を特定すること自体は可能ですが、時間がかかります。恐らく、見つける前にビットの土壌が世界を覆い尽くしてしまうでしょう。俺たちにはどうすることもできねぇ」


 そう言うと両手の手のひらを上に向け、肩を上げて『お手上げ』のポーズをした。


 「ビットは今まで各時代に能力(腕)を伸ばしていたんじゃが、今回はこの時代に絞って能力を発動している。つまり、能力を分散させていた以前とは比べ物にならないほど強大な力が今、この時代に作用しているのじゃ。恐らく世界が奴の手に落ちるまで……数週間と持たないじゃろうな」


 セレアが苦虫を噛み潰したかのような表情で呟く。沈うつな表情だが、それでも空気椅子は止めない。
 セレアの空気椅子を、空気を読んであえて突っ込まないガーナ王が総括した。

 「今は彼女にかけるしかあるまい。我々は出来ることを最短で効率よく確実に行おう」



━━━━




 荷物が撤去され、裸のコンクリートにわずかに散らばった配線と部屋のすみに放置されたロッカーが名残惜しく残された廃ビル。壁には乱雑にはがされたポスターの跡が残されている。
 薄暗い中、壮絶な打撃音が響く。バカンという音が聞こえ、コンクリートの破片が床に散らばった。


 「なるほど、訳のわからぬことを口ずさむ単なる道化ではなかったということか」

 「その言葉、あなたにそのまま返すわ」


 牽制の中段突き、本命の上段突き、追撃の上段まわし蹴りを放ったビット神が余裕の表情で呟いた。私は右手でビット神の腕を下に押さえ、続いて上に動かして次の攻撃を弾き、二の腕で蹴りをガードしつつ足払いをかける。
 攻防が瞬時に切り替わる死闘が繰り広げている。二人の踏み込みの強さに、床のあちらこちらにヒビが入っていく。
 その部屋の隅から物音が聞こえるが、ビットは気づいていないかのようだった。


 「温いぞ?見た目が少女だからと加減でもしているのか?神に対して情けはいらぬ」


 ついにビット神の拳が私の胸に直撃した。衝撃の強さに私は四肢を前に付きだしたまま、天井付近の壁まで飛んでいった。私は地面が離れていくというあり得ない光景に少し驚く。その直後、背中から内蔵を抉るような衝撃がはしり、壁にほんの少しめり込んだ。
 なんとか着地した私の懐に蹴りを食らわさんとビット神が迫る。だが、突如出現したワイヤーにビット神が捕らえられた。私が殴り合の時に密かに仕掛けたワイヤートラップを作動させたのだ。ペンを操る呪詛を用いた応用技術だった。


 「じゃあ容赦なくキタナイ手を使わせて頂くわ?」

 「千年もの時を経て、随分と技術が進歩したものだ。これさえなければ仕留められていたものを」


 ビット神は手刀でワイヤーを絶ち切ると、立ち上がろうとしたルビネルの懐に今度こそ蹴りを放つ。
 私は天井を突き破ってぶっとんだらしく目の前に穴が空いておりその下にビット神が見えた。ビット神は追撃の拳を叩き込む。
 私によって開けられた天井の穴のヘリを踏み台にジャンプして、さらに私の腹を打ち、ぶっ飛ばされたルビネルが開けた次の階の天井を、また踏み台に……という離れ技を見せた。数十枚も天井をぶち抜きつつ私は拳を受けて、しまいには屋上に飛び出した。
 腹に一生残るであろう鈍痛を感じる。苦痛で顔をしかめた私の目の前に、大きく手を振りかぶったビット神が現れた。
 強烈なナックルを受けた。脳みそが頭蓋骨の壁面に叩きつけられ、一瞬飛びそうになった意識をどうにか保つ。どんどん小さくなっていくビット神を見つめつつ、受け身の体勢に入る。
 私はビット神よりはるか遠くの道路に不時着、板チョコレートのようにバキバキと割れる道路に陥没した。
 かろうじて屋上の縁にたつビット神が確認できる。


 「飛べるはずのお前が地に伏し、飛べないはずの私が遥か高みで見下ろす。皮肉なものだな」

 「フフフ、原始的な罠にハマって内心恥ずかしいんでしょう?」

 「いいや? むしろ嬉しいな。他者を憎むことで、他人を苦しめ殺める技術を自ら学んで行使する。それこそが人のあるべき姿だ。理想とも言える」


 とっさに貼ったワイヤートラップでビット神の蹴りの勢いを殺さなければ今以上のダメージを受けていた。それに、トラップで時間を稼がなければ、鬼の能力である筋肉のパンプアップを発動する暇もなかった。
 まさしくギリギリだった。例の老人によって間接的にだが命を救われた。


 「赤子は無邪気であるがゆえ残酷だ。動物を殺し、植物を摘み、手にした小さな力を用いて破壊を振り撒く。成長するにつれて教養を学ぶが、それでも人は争い、憎み、妬み、蔑む」


 後光を浴び、遥か高みから見下ろすビット。それに対して無様に地面に這いつくばり、雨風にずぶ濡れになっているルビネル。はた目から一目見てわかる絶望的な実力差。
 それでもルビネルは諦めない。


 「そして、人は根本的に利得を好む。美しい女性や芸術品に目を奪われ礼儀や秩序を損ない、人を憎み傷つけることで信頼や誠意を損なう。どんなに教育されようが、千年の時が経とうがそれは変わらない。争いこそが人の本質であり、混沌こそが世界のあるべき姿だからだ。私の望みは規律と秩序により醜く歪んだ世界をあるべき姿に帰すこと、それだけだ」

 「私の住む世界は……!」

 「〈ここ〉がその答えだ。私が土壌を食いつくし全てを支配した世界。この荒廃したビル群は戦争によって滅びた未来のカルマポリスだ。あらかじめ〈お前から見た未来〉へ誘い込んだのだ。その後〈お前から見て現在〉でなんの邪魔もなく理想の世界を創ることができた。あとは完成されたビットの世界で……お前を殺すだけだ!『未来よ、定まれ』」


 またしてもルビネルの脳内に幻影が映し出される。今度は今のルビネルから見て、ビット神から見てもかなり遠くに『幻影のルビネル』は存在していた。恐らく数百メートル先のビル壁面に着地したところだ。
 ビットは先程の戦闘でひびの入ったビルの断片(とはいえ、大きさ数十メートルはある)を持ち上げると、ルビネルの幻影に向けてぶん投げた。
 ルビネルは肝を冷やしたが、幸いにも直撃する前に幻影は消え去った。そして、幻影が消え去ると同時にビット神の投げたコンクリートの塊も消滅した。


 「……お前は、『感じているのか』?」

 「何のこと?」

 「まあいい。とぼけていても次でわかる」


 口にたまった血ヘドを吐き出すとルビネルは立ち上がった。
 水のたまりはじめた窪地を蹴り、再びビット神の元へと向かう。ボールペンを縦に高速回転させ、カッターと化したものを何本も放っていく。
 ビットはなんと、ビルの壁面を垂直に走って来た。カッターと化したペンはビットの右腕で凪ぎ払われると共に消失し、その直後にビットの左手から放たれる。私はボールペンをヘリコプターのような形で高速回転させた物を展開しバリアー代わりにして防いだ。


 「やっぱり飛び道具は効かないのね……」


 ビットが私の頭上すぐ近くに来たとき、精霊魔法式の地雷が作動する。それにより、ビットの攻撃が半テンポ遅れ隙が出来た。私はオーバーヘッドかかと落とし(命名:ルビネル)でビットを空中に蹴り飛ばしたあと、空中で横ばいになりビットの腹を踏みつけるかのように連続で蹴りを放った。
 ボールペンで背後を攻撃しながら蹴りやすい位置にビットを調整、蹴りの嵐を食らわせた。
 ダダダダダッ! と痛々しい破裂音がこだまする。


 「友の肉体をこんなに傷つけて心が痛まんのか?」

 「その子、マゾヒストだから関係ないの。むしろ御褒美よ」


 と、強気の言葉と裏腹にルビネルは内心、蹴る度にアウレイスに謝った。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……。
 見切られることを見越して、最後にドロップキックで技をしめた。ビットだけではなく周囲の空間にも衝撃が伝わっていき、雨粒らが球状に押し広げられていく。ワンテンポ遅れて衝撃波に触れたビルの窓ガラスが一斉に割れた。
 忘れた頃に降ってきた雨とガラスの破片を浴びながら、私は次の攻撃に備えるために、重力を基準にして構え直す。
 一見私の優勢に見えたが、飛来した『それ』によって全てが逆転した。
 突如、視界の右端からビルの屋上が迫ってきたのだ。あり得ない光景だった。私の数メートル下は地面である。本来なら地面から延びているはずのビルが、視界の横から目に映るはずがないのだ。
 私はさっきビットが放り投げたビルの破片に打ち付けられた……。



 「まだだ、徹底して潰す」



 彼女が攻撃された地点から数百メートルの地点。
 ビットは頭から垂れる美しい赤色をした血液を拭うと、近くにあった5階建ての建築に黒い手を射し込む。みるみるうちにコンクリートと瓦礫と混ざり合い、形が人型に変形し、立派なゴーレムが出来上がった。
 ゴーレムはルビネルを押し潰したビルの破片に気がつくと、その両腕を振り上げ、足を曲げて大胆に跳躍。身長約15メートルのボディで破片を押し潰した。


 「信仰の違いで争い、憎み、拳を奮う。私より遥かに劣るちっぽけなゴミくずのような人の子よ、お前は理想的な私の世界の住民だった。そのことを誇りに思って千切れ潰れろ」


 何体ものゴーレムがルビネルを潰しにかかる。その様子を道路の真ん中でビットは眺めつつ、だめ押しと言わんばかりにおびただしい量の岩を上空に召喚する。
 召喚された馬鹿げた規模の岩なだれにより、ビットの視界に存在する建物という建物が岩に当たって砕け、崩れ去る。


 「やはり、私の思い違いだったか。ここまで派手な演技をする必要もなかったな」


 アスファルトをぶちやぶって『腕』がビットの足を掴んだ。そのまま鬼の手首の力を活用してジャイアントスウィングの流れにもっていかれた。


 「何?!」


 徐々に地面から泥だらけの状態で浮上するルビネル。雨水にさらされて徐々に元に戻っていくものの、その様子は驚きを通り越してシュールですらある。
 ビルの断片による未来攻撃を予知したルビネルは、鬼の怪力で道路をぶち破り、ボールペンで地面を掘って攻撃をかわしたのだった。


 「人対人は情報操作が基本よ? 勉強不足じゃなあい?」

 「やはり『未来を感じて』いたのか」


 ルビネルは怪力で空高くビットを投げ飛ばすと、攻撃体勢に移った。そのままチラリと背後を見る。

 
 「かかったな? それは、砂人形……」

 「わかってるわよッ! 微妙に軽いもん!」


 アウレイスと濃密な関係を持っていたルビネルはアウレイスの体重を感覚で把握していたのだった。
 またしても横から垂直に飛んできたビルに今度はしっかりと受け身をとる。空の方向へと屋上を転がり、壁面と垂直になるように飛行しつつ、奥にいるビットを捕捉する。右手を腰まで引き、左手を前につきだし正拳突きの構えに映る。
 対してビットも大きく腕を振りかぶった。迎え撃つつもりである。


 「それと、ひとつあなたは勘違いをしてる」

 「なんだ?」

 「私がその体を殴るのは憎んでいるとか争うためだとかじゃない! 愛し合うためなのよッ!!」

あの素晴らしい愛をもう一度 PFCSss11

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Self sacrifice after birthday 11



 大型の蒸気船に乗って、ペンを収納出来るホルスターつきガーターベルトを装着してキスビットへ発ったのがつい最近のことのように思える。

 総勢20人で、しかもそのうち半分以上が世界有数の実力者というメンバーで私たちはビット神と戦い、そして敗北寸前にまで追い詰められてしまった。けれどもとある一人の仲間によって形勢が逆転し、勝利した。
 それが以前キスビットを訪れた時の冒険だった。

 そして今、私は再びキスビットの大地に降り立っている。

 私に『あの子』が遺してくれた最後のプレゼント。『奴』の呪詛が詰まった数本の髪の毛。そのお陰で私は『奴』に対して耐性を得ることが出来た。


 そして、その髪の毛に導かれるように私は……

 時を越え、

 場所を越え、

 命を捨てて力の差を埋め、ここまでやって来た。



 奇妙な場所だった。
 目の前に広がるのはカルマポリスのような高層ビル郡から突然人が消え去り、そのまま放置されたような廃都市だった。打ち付けるかのような激しい雨が降っているが、その雨粒は淡い乳白色に発光している。空をおおう雲は薄く空を覆い、裂け目から眩い光の柱を放っていた。
 アスファルトには亀裂が入っており、ところどころに灰色の花が覗かせていた。つりがね型の三枚の花弁が雨水に打たれて揺れている。

 あまりに現実場馴れした光景に、私は何をしに来たのか忘れそうになった。

 思い出したかのように、コートの下に潜り込ませたメモ帳に記録をつけ始める。

 私に加えて、老人にガーナ王とセレアちゃん。この四人で『奴』を倒すために、居場所へと通じる光の扉を潜ったはずだった。
 でも、扉は私が潜った直後、振り向くともうすでに閉じていた。仲間はこちらにこれなかった。私一人で『あの子』を相手にしなければならない。
 
 大丈夫、愛と執念だけでここまで来たんだもの。

 私の黒髪に、コートに、ブーツに水が滴る。
 四斜線ある道路の中央を進んでいる。重々しく歩くごとに、水を踏むグシャリという音が雨音に混じった。
 
 どこを見渡しても人どころか生物らしきものが存在しない。植物もネズミ色の花ばかりで他には見当たらない。

 灰色と乳白色が混ざりあう景色のなか、唯一『黒い物』があった。それは髪の毛だった。すべての色を飲み込み、まがまがしく変わってしまった黒い髪の毛。

 私が手にした数本の髪の毛と同じ髪だった。

 髪の毛の持ち主は私を待っていたかのように、じっとこちらを見据えている。不気味な髪の毛とアルビダ由来の白すぎるに対して、簡素で一般的なキスビット産の衣類を身にまとっている。
 そして、衣類から除かせる手足も全てを飲み込むような漆黒に染まっていた。
 彼女の周囲だけ雨が降っていない。その上空は切り取られたかのように空が見え、光が差し、彼女の輪郭を金色に照らしている。
 私の恋い焦がれた存在がそこにいた。


 「わざわざ来てあげたわよ?」

 「ようこそ、ビットの世界へ。お前は……はて……誰だったか」

 「わすれたの?ルビネルよ」

 聞いたら誰もがいとおしくなるような少女の声でビットが答えた。
 私は久しぶりに聞いた親友の声に涙しそうになるも、なんとかこらえる。それと同時に、『誰だ』と言われて胸に刺さるような悲しさを感じた。


 「そうか……、ルビネルか。虫けらの名前などいちいち覚えてはおれぬ」


 私の記憶が正しければビットはまともな言葉が話せなかったはずだ。恐らく依り代が変わったことによりその思考レベルまで変化したのだろう、と私は推測した。

 あと、敵はどうやら高度なコミュニケーションの魔法を使えるようだ。脳内に奴の声が重複して聞こえる。瞬時に相手に言いたいことが伝えられる魔法らしい。戦闘中でも容易に会話が出来そうだった。これを利用した駆け引きも出来そうだった。
 

 「よぉーやくまともに話せるようになったのね。あなたの目的は何?」


 私はニヤリと嘲笑を浮かべるとビットに向かって言い放った。
 ビット神は無表情のまま口だけを動かして答える。


 「風にのり世界に解き放たれた私の分身たるキスビットの土壌は、世界各地で憎悪を呼び動乱を巻き起こす」


 ビットが空に黒色の染まった手をかざし、何かを掴むような動作をした。すると、空に存在する雲がビット神を中心として渦を巻き始めた。強烈な風圧がビット神から放たれる。
 風によって雨が横殴りになり、私の頬をぶつ。コートが激しくはためいたが、私は不動を貫いた。
 やがて、私のいる場所から数十キロメートルの地点をビットの土壌を含んだ嵐が、波紋のように広がっていく。そしてとうとう、空間の壁を突き破り私のすむ世界へと解き放たれた。


 「私はアウレイスの力により怪我や負の感情を吸収できる。神の力の象徴たる神聖なる土壌から民衆の負の力を吸収し、この世に再び降り立つ」


 ドレスタニアの海上にいた紫電は突然の砂嵐に、船員を船室に待避させた。

 同じくドレスタニアのメリッサは雲行きか怪しくなってきたので、嵐がくるまえにと洗濯物をしまいはじめた。

 ライスランドに砂嵐が来たがカウンチュドには特に関係なかった。

 チュリグにも砂嵐が舞い上がったが、ハサマ王の力により相殺された。

 リーフリィでは精霊たちが砂嵐の対応に追われていた。

 アンティノメルでは謎の砂嵐をいち早く察知し、土壌の成分の分析を急ぎつつ、世界各国に伝令を送っていた。

 メユネッズにも砂嵐が近づき、ダンは不吉な予感を感じ、空を仰ぎ見た。

 そしてキスビットでは事前に計画を知っていたエウス村長が、最悪の事態を予想して会議を開いた。



 憎しみを誘発する砂が世界へとばらまかれていく。今は少量でも降り積もり堆積すれば、それは立派な土壌となる。

 「一つ問題があるとすれば、ビットの土壌が全国の土を食い尽くすまで数日かかってしまうことだが……お前さえいなくなれば何の問題もない」

 「そんなこと、私がさせると思う?」



 二人の拳が交差した。私は正拳を突きつけると、ビットはそれを前腕で被せるようにして衝撃を逃がしつつ掴み反対の腕で顔面を狙う。私はボールペンを利用してあり得ないほど上体を後ろに倒しつつ、蹴りをビットに向けて放つ。ビットは仕方なく私の手を放すと、下段払いで足を弾いた。
 二人動く度に、私たちの黒髪が激しく宙をまい踊る。

 激しい打ち合いの中、一撃一撃ごとに空気が震えて鋭い音が響く。頬や頭上をかすめるギリギリの最低限の動作で攻撃をかわし、自分の体重を乗せ最大限の反撃をする。
 ガーナさんから学んだ格闘技術がここで生きた。ビット神の攻撃における『力の流れ』を読み、僅かな力をそこに加えることで暴発させる。あらぬ方向に拳は、蹴りは飛んでいき最低限の力で攻撃をさばくことができる。呪詛とか超能力ではなく純粋な格闘技術だ。

 「私と対峙して笑えるとは、なかなかの実力者か、そうでなくては只のうつけか」

 「そのどちらでもないわ」

 拳や足に触れた雨の滴は霧散した。私たちの間には蒸気が立ち上ぼり、その戦いの激しさを物語っている。
 ついに、ビットの一撃が雨水滴る私の懐に届いた。腹から腹膜、腸を通り抜け背中へと衝撃が伝わる。雨水に自分の形の残像を残しながら、私は数十メートルも吹き飛んだ。コンクリートの地面が摩擦により熱をおび、焼き焦げて黒い痕ができた。

 「ウ…………ッ!」

 「考えてもみろ。私は千年間準備したのだ。準備に千年だ。たかが二十年と数日生きたお前が勝てるはずもない」

 「『人の力を甘くみないこと』ね」

 「確かに、お前が来るのがあと少しでも遅ければ予告もなしに世界は私の手に落ちていたが……。お前の言葉を理解した。甘く見ずに全力をもって叩きのめす」

 突然、脳内にまるで現実の等身大コピーのような光景が写真のように描き出される。今の自分の見ているものと同じ場所が描き出されているが、何かが違う。強烈な違和感の正体は、視界の端に写っているルビネル━━つまり私自身と、手を交差するビットだった。

 「『未来は定められた』」

 「……どういうこと?」


 現実のビット神は私を無視して呟くと、脳に描き出された『幻影のルビネル』へ一目散に向かった。手刀を突きだし幻影の首を狙う。本能的に危機を感じた私はボールペンを投げた。ビットの手がボールペンによって逸れて、私の首をカスるだけですんだ。

 その瞬間幻影は消え去り、ビットは思い出したかのように現実の私に向かってきた。

 「何をしているの? 私はこっちよ?」

 「お前に意味がわかることはない。それにしても…_、随分とお前は運がいいようだ」


 二人が磁石に引き付けられるかのように激突する。お互いの頬に拳が激突した。私の視界に地面と空が繰り返し写りこむ。自分が回転しながらぶっ飛ぶというのは想像以上に目が回るな、と私は思った。
 体勢を立て直した二人は空中で再び打ち合う。今度は私がビットの隙をつき、足払いを決め、続けて裏拳を叩き込んだ。

 追撃を試みた時だった。偶然、先程頭のなかに浮かんだ『幻影のルビネルとビット』の位置が重なった。それと同時に私は首元に違和感を感じた。
 だが、私は気にせず、ビットに向かって十数本のボールペンをぶん投げた。戦闘用に改良された程よい重量を持ったボールペンは容赦なくビットの体をぶっ飛ばし、ビルの壁に叩きつけた。壁に雲の巣状にヒビが入る。私は止めと言わんばかりに、空中で助走をつけてからビットの顔面に正拳を食らわす。
 壁を何枚も突き破りながらビットは吹っ飛んだ。

 隙が出来たので、自分の首に手を当てて何が起きたのかを確認する。かすり傷が出来ていた。そして、その意味がわかったときにぞっとした。
 
 ビットが幻影の中の私に手刀をかすらせた位置と同じだったのだ。

 もっと言えば、あれは脳内に描き出された幻影なんかではなかった。あれは恐らく……

鬼の中の鬼 PFCSss

 元ノア教幹部、ギーガン=グランド。彼は鬼の種族の中でも恵まれた体格に産まれた。彼は母国、エルドランの格闘大会で連勝を重ね、それには飽きたらず非合法の格闘大会にも手を出した。
 彼はそこでも勝利を重ねたが、そこで殺人をおかしてしまった。連勝を止めるべくした陰謀であったがそれを知るよしもない

 ギーガンはあえなく国の警察に捕まり、投獄された。しかし、獄中でも修行を怠らなかった。彼の強さはノア教の教王であるクロノクリスの元に行き届き、多額の賄賂によって釈放、ノア教の用心棒として雇われた。
 ギャングまがいの邪教の特効隊長に就任した彼は、暴力を武器にノア教の邪魔物をねじ伏せた。

 更なる力を求める彼は、クロノクリスの手解きにより肉体教化の魔法と、腕を阿修羅が如く四本に増やす能力を手に入れた。
 エルドラン国にはもはや、誰も彼に腕力で勝てる者はいなかった。

 しかし、侵入者である侍と狭い通路で戦い、長所を潰されて破れた。

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 その後、ノア教は陥落。彼は再びエルドラン国の監獄へと捉えられる。そこでも彼は獄中のケンカで27戦無敗。看守にも押さえられるものではなかった。
 エルドラン国は彼の戦闘力を驚異としてとらえ、対策を講じる。より腕っぷしの強い奴で彼の自信を完膚なきまでに叩きのめすだけの単純な作戦だった。

 ギーガンは飢えていた。母国の戦士は弱すぎる。『より強い奴と戦いたい。あの侍の時のように血湧き肉踊る闘いをしたい』。そんな彼へ一人の鬼が送られた。

 エルドラン国王従者はドレスタニア国に助けを求めた。すると、ドレスタニアの外交官は一人の鬼を名指しした。

 「あの構成員が全て鬼と言う、紫電海賊団の中でももっとも強い戦士ですか?」

 「ええ、彼なら間違いなくギーガンに勝つでしょう」

 「ギーガンはエルドラン国最強の鬼ですよ?」

 外交官は澄ました顔で言った。

 「彼は負けません」

 従者は困惑した表情を浮かべた。この外交官はギーガンの驚異を理解していない、と思ったのだ。

 「肉体強化の魔法に加えて四本の腕ですよ?一介の海賊団の船員に勝てるはずがありません。戦闘のプロとかもっと強い人を……」

 「力なら彼が最強です」




 牢獄に繋がれたギーガンはその日、突然体育館へ呼ばれた。たった一人だ。彼は困惑していた。運動の時刻でもないのに何事か。なぜ一人だけ?まさか処刑か?いいや、こんなところで処刑などするはずがない。それに、そんなことできるはずがない。させない、ぶっ殺す。
 全身の血流を活性化し真っ赤に染まった体を唸らせながら、彼は体育館へ踏み込んだ。
 体育館には一人の鬼がいた。慎重は二メートル越え。褐色の肌にアフロヘアー。前登頂部に角が一本。左肩から左胸にかけて刻まれた刺青。隆々という言葉すら生ぬるい筋肉。
 深い堀の内側に隠れた眼光が鋭くギーガンを射ぬく。

 「紫電海賊団の忌刃か。噂にはよく聞くが、まあそんなの宛になんねぇ」

 忌刃は手招きするかのように挑発した。かかってこいよ、どうした。そんな言葉が似合う動作。それを見てギーガンは頬が引き裂けるほど口を歪めた。
 ギーガンの脇から二本の腕が生えた。魔法によって、もともと鉄のような筋肉がさらに膨れ上がり、巨人とも言うべき姿に変貌する。背を比べたらギーガンの首筋の辺りに忌刃の頭がくるであろう巨体だった。

 ギーガンは無防備に間合いを詰めると、忌刃の腹に強烈な一撃を見舞った。忌刃はその場から動かず耐えた。

「どうしたぁ? 反撃しねぇのか?」

 ギーガンはさらに二本の右正拳を忌刃の顔と胸部に叩き込む。
 忌刃の体が大きく揺れた。筋肉にめり込まれた拳がその打撃の威力を物語る。忌刃の踏ん張りに体育館の床が負け、べきりと折れて忌刃が本の少し沈んだ。鼻から血が静かに垂れる。それでも忌刃は動かない。

 「俺は無抵抗なやつをいたぶる趣味はねぇが、お望みならやってやる」

 ギーガンの猛ラッシュが始まった。四本の腕が絶え間なく忌刃を打つ。頭部を胸を手を足を、はち切れんばかりの拳が連打する。一発ごとに体育館がゆれ、天井からほこりがパラパラと落ちる。忌刃の口から血が飛び、皮膚が切れ、体育館を彩った。

 「これで終いだッ!」

 ギーガンは四本の腕で、両手突きを放った。全力の一撃は全て忌刃にクリーンヒットした。忌刃は宙に浮き吹き飛んだ。空中を数度回転し、背中から地面に激突。ドォォォンという地鳴りを起こし、倒れた。

 その日囚人たちは地震が起きたと勘違いをした。

 ギーガンは腕を振り上げ、ゲラゲラと笑った。

 「ヒャハハッ!何がかかってこいだ。ふざけんなよ。こんな茶番、面白くて仕方ねぇ」

 ギーガンの言葉にたいして、ノックダウンしたはずの忌刃から野太く、地面の底から湧き出るような声が響いた。

 「喧嘩ってのは……徹底的に叩きのめすもんだ」

 忌刃はゆっくりと立ち上がった。そして歩き出す。全身に鬼ですら致命傷になる拳を受けたはずなのに、血まみれで傷だらけのはずなのに、忌刃は何事もなかったかのように悠然とギーガンへと歩んでいく。
 ギーガンはさらに忌刃へと拳を叩き込む。血潮が飛び忌刃の傷は増えていく。しかし、倒れない

 忌刃はギーガンのラッシュを食らいながら、腕を思いっきり振り上げた。

 「よく見ろ。これが喧嘩だ」

 ギーガンの胸に忌刃の拳がめり込む。ギーガンの分厚い胸筋は押しつぶれ、肋骨を圧迫し破壊した。忌刃が拳を引き抜いても、はっきりとわかるように拳の形がありありと刻まれている。
 その一撃はギーガンが意識を失うまでの数秒に、彼の自信は木っ端微塵に吹き飛き飛ばした。彼に残ったのはありったけの力を叩き込み、それでも悠然と立ちはだかった忌刃への尊敬とトラウマ。
 それすら、忌刃の次の一撃でぶっとんだ。ギーガン=グランド初の力比べでの完全敗北だった。

 ギーガンを体育館へつれてきた看守は後にこう語った。

 「全てを受けきり、一撃で粉砕する鬼の中の鬼。それが私の見た忌刃の姿でした。私はその神々しい姿に息をするのも忘れて、ただただ見とれていました」

 その日よりエルドラン国には『鬼の中の鬼』という伝説が語り継がれている。

タニカワ教授とセレア口調 PFCSss

 「タニカワ教授?」

 研究室で私がレポートを書き込んでいると、机を挟んで反対側から声が聞こえた。私の助手を名乗る生徒は前屈みになり、両手を机の上に置いて私をガン見している。

 「なんだい?ルビネル」

 「あなたに『相談したいことがある』と言った子がいるんですが……」

 ルビネルは背筋を伸ばし、胸を張るとその黒髪をバサリと揺らした。しなやかな黒髪の毛がふわりと舞う。

 「お時間頂けないでしょうか?」

 「いいけれど……私はスクールカウンセラーじゃないぞ?」

 彼女は不敵な微笑みをこぼしながら、研究室を出ていった。





 「こんにちは、なのじゃ! わらわの名前はセレア!」


 入れ替わり入ってきたのは、白いドレスのような服を来た女の子だった。私の推測では外見年齢12才で、今年二十歳になったルビネルよりはずっと幼く見える。


 「こんにちは。私はこの学校の教授をしているタニカワだ。よろしくお願いするよ」

 「おぉ! よろしくなのじゃ!」


 差しのべた手を嬉しそうにぶんぶん握手してくれるセレア。銀のショートカットが手に合わせてふわふわ揺れた。
 ルビネルの魅力を『綺麗』と定義するなら、彼女――セレアの魅力は『かわいい』と位置づけられるだろう。ニンマリと笑った顔には父性を刺激する力がある。


 「そこの椅子座っていいからね?」

 「気が利くのぉ。それじゃお言葉に甘えて」


 セレアの身長だと胸から上しか机にかくれて見えなくなった。腕枕を作るとそこに顎をのせてセレアは話始めた。

 「早速じゃが……実はのぉ。この通りわらわは特徴的なしゃべり方なのじゃ。最近、周囲からどう見られているのか気になり出してなぁ」

 一端話を切り私の様子をうかがうセレアに、私は『続けて』と呟いた。女の子の悩みというのは他人に話すだけでもかなり改善してしまう。相談することで論理的に解決してほしいのではなく、気持ちを共感して欲しいという欲求の方が強いからだ。

 「そしたら気になり出したらなぁ。わらわの話し声を聞いた大人が笑っているような気がしてな。この前も子供に指を指されたし。きっと相当変な風に見えるんじゃろうな……いや、実際変なんじゃろう。今朝もなんか言われたような気がしたし、偶然にしてはあまりにもそういうことが多すぎる。最近悩みで夜も眠れなくなってきた。改善しようと思ってもこの通り、産まれてこのかたずっとこの口調だったから直すに直せん。かといって、周りの視線は気になるし。うーん、どうしたものかのぉ……」


 ダムから水が溢れるかのようにセレアの口から言葉が出てきた。どうやら悩みを相談できる相手がいなかったらしい。私は無意識のうちに悲しげな表情をしながら耳を傾けていた。
 私は話終えたセレアを見据えて言った。


 「君は私に具体的なアドバイスを求めているのかい?それとも、慰めて欲しいのかい?」

 「アドバイスを頼む」


 セレアはきっぱりと言い切った。そのわりには顔を腕にうずもれてだらりとしている。こうしている間にも彼女なりに答えを導き出そうと奮闘しているようだった。
 私はそんな彼女にできる限り優しく声をかけた。

 「セレアさんは周囲の人を気にしすぎだと思う。例えば……もし、君が散歩しているとき全く知らない異国語を話している人がいたらどうする?」

 「ちらりと見るな」

 「その後は?」

 「後?」

 「セレアさんはその異国語を話す人に話しかける?ついていく?笑う?」

 「無視するな。気にも止めんかもしれん」

 「そうだ。君の口調にも同じことが言える。周りの人は君が思っているほど君の語尾を気にしていない。一瞬違和感を感じてちょっと見て、何事もなかったかのようにもとの作業に戻る。それだけだ」


 なにかを思い付いたようにセレアは机をバンと叩き、前のめりになった。びっくりした。

 「なるほど! お主の言う通りじゃな。人はいちいち赤の他人の話し言葉なんか気にしておらん。気が楽になった気がするのじゃ」

 私はつい授業のノリで補足をした。悪い癖だ。

 「船が行き来するようになって、必然的に人は方言や異国語に触れ合う機会が多くなった。閉鎖的な集落での話ならともかく、転校や転入が多いこの都市では普通のことだ。特別な存在でも、嫌がらせの対象でもない。話すときに相手に言葉の意味がちゃんと伝われば何の問題もないんだ。何か質問は?」

 「大丈夫。今夜はぐっすり眠れそうじゃ」


 さっきまでとはうってかわってハツラツとしているようだった。彼女は笑顔がよく似合う。
 私は彼女の頭をゆっくりと撫でた。一瞬ビクリとしたけれど、照れ臭そうに頭をつきだしてきた。滑らかな髪の毛の触感が私の指を通じて伝わってくる。何度でも撫でたくなる髪の毛だ。
 数分経ったあと、私がハッとして彼女の頭から手を引くとセレアはいたずらっぽく微笑んだ。

 「もっと撫でてくれんか?」