フールのサブブログ

PFCS 用のサブブログです。黒髪ロング成分はあまり含まれておりません。

エアライシス=ルナリス 目覚め (鬱展開注意)

thefool199485pf.hateblo.jp

 

 

<約300年前>

 

 

 何も見えず、何も感じぬ。我に五感はまだない。我は生を受けてはいるが、生まれていない。


 「き......る?」


 どこからか声がする。耳すらまだ存在しないのにも関わらず、語りかける声を感じる。


 「きこえ......?」


 人の幼少に値する甲高い声。


 「きこえる? わたしの名まえはクラサ。あなたの名まえは?」

 「我が名はルナリス。カテゴリー半生物半機械式兵器。個体名ルナリスである。なぜ、我に話しかけることが出来るのだ。そしてなぜ話しかけた」

 「それは、わたしがあなたのおねえちゃんだからよ。おとーとをシンパイするのはとーぜんでしょ? それに、うまれる日もいっしょだし」

 「それがクラサのロールなのか?」

 「ロールってなに? ロールケーキのこと? おいしいよね! ロールケーキ! わたし、たべたことあるよ! あと、わたしのことはクラサおねえちゃんってよんでほしいなぁ~」


 脳に様々な疑問が沸き上がった。ロールとは役割の意味だ。質問の回答になっていない。物事に対する最低限の知識は脳ができた段階で埋め込んでいるはずだ。なのになぜここまで知能が低く設定されているのか。なぜ、生まれてもないのに記憶を有しているのか。なぜ、感情を有しているのか。そして、何より......


 「ロールケーキとは何だ」

 「あれ、ルナリス知らないの? ロールケーキはまぁるくてながーくておいしいたべものなの」

 「美味しいとは何だ?」

 「おいしいっていうのは、あじがいいってことだよ」

 「味とはなんだ?」

 「あじがいいものをたべるとたのしくなるの」


 味覚は物体の成分を分析するためだけにある。我には兵器としての知識と機能しか持っていない。味に良し悪しがあるとは知らなかった。何がよくて何が悪いのか全くわからない。
 また、なぜクラサが高揚した声で食について語るのかがわからない。クラサの会話の内容から分析するに、クラサは楽しいようだ。楽しい状態であるということがわかっても、そもそも楽しいということがどういうことなのかはわからない。心理的、身体的に戦いにどう影響するかはわかるが、逆にそれ以外の感覚的なことは全くわからないのだ。


 「では、楽しいとはなんだ」

 「もぉー、ルナリスはなぁんにもしらないのね! わかった。じゃあ、おねえちゃんがおしえてあげる!」

 「たのしいっていうのはね......」


 この会話がきっかけだった。クラサは我の姉兼先生となった。あの日以来クラサは休憩を挟みながら毎日毎日膨大な量の知識を享受した。特に我が持ち得ていない感情や感性に関して重点的に。説明は相変わらず非合理で、信用に足らぬものも多かった。しかも戦いの役に立たないものばかりだ。だが、我が好奇心を満たすのには十分であった。
 自分が感ずるべき感情を推測すること。相手の感情を読み取ること。それに対して適切と思われる返答をすることなど......それらが何の役に立つかはわからない。が、感情に関する事象が自身にどういった影響を及ぼすのか興味があった。


 「ルナリスはこころがないのにいろんなことが気になるんだ!」

 「自らを絶えず向上させなければ戦いに勝ち続けることは不可能だからだ」

 「そうなんだ。でも、わたしはけんかとかあまりすきじゃないかな......」

 「そうか。ではこの話題はなるべく避けるようにしよう」

 「うん......。わたし、おとうさんとケンカしたまま、なかなおりできなかったから......」


 そうして、我々の出産日が目前に迫ったある日。とうとう話すことがなくなったらしくクラサは口を閉ざした。しばらくして、クラサ普段の得意気な口調ではなく、少し低い声で話始めた


 「わたしはね。もともとしんじゃったクラサっていう女の子のかわりにつくられたの。おとうさんはクラサが大すき。わたしもおとうさんが大すきき。でも、生きているあいだはおとうさんとはあまりあえなかった。おとうさん、シゴトがいそがしかったから。それでケンカしちゃったの」

 「好きな人と会えないと、寂しいから?」

 「せいかい! わたしいえにかえるとちゅーで、ぐうぜんおとうさんを見つけたの。とっても、うれしかった。なかなおりできるとおもったの。だからはしっておいかけようとした。そして気づいたら、しんじゃったの」

 「死んじゃったら、悲しい?」

 「うん。でもね、そのおかげでおとーとができたからちょっぴりうれしいかな!」

 「そうか。学習した」

 「そこは、『おねえちゃんとあえてわれもうれしい』っていうところだよ!」


 我は元々生物兵器として産み出された。いくら学ぼうとも兵器としての思考パターンを利用して、感情の推測を行うのは容易ではない。たが、クラサの指導によりかなり精度は上がっている。
 恐らく、先程の『おとうと』とは一般的な弟ではなく我を指している。よって『おねえちゃんとあえてわれもうれしい』とは、姉がいることが喜びなのではなく......


 「クラサおねえちゃんと会えて我も嬉しい......これでいいのか?」

 「うん! ばっちり。これでいつ生まれてもだいじょうぶだね! たのしみだなぁ」

 「お父さんと会えるから?」


 我の推測にたいしてクラサは少し唸った。


 「それもあるけど、ルナリスを見たり、はなしたり、ふれあったり、あそんだり、いろいろできるから!」

 「我もクラサおねえちゃんと見たり、話したり、触れあったり、遊んだり、一緒にいろんな場所にいったり、時に喧嘩したり、いがみ合ったり、そうして仲直りするのには興味がある」

 「えへへ! けんかはしないよ。わたしたち、なかよしだもん!」


 その言葉を機に、クラサの声が途絶えた。


 「クラサおねえちゃん?」


 ついにその時が来たのだ。この世に産まれるときが。彼女はきっと我よりも一足先に生を受けたのだろう。
 我は空想した。草原で走り回るクラサの姿を。その横に我は――どのような姿に生まれるかはわからないが――付き添っているのだ。姉と弟は助け合って生きていくのが理想だとクラサに聞いている。兵器としての機能はたいしてクラサの役にたちはしないだろうが、彼女に害をなす敵の殲滅くらいはできるかもしれない。やりすぎはよくないとクラサから教わったが、その加減も産まれてから自己学習と並行してクラサに学ぶとしよう。感情に関しても、実際に外界でどのように表現すればよいかもわからない。この感覚のない世界で学べなかったことを、クラサから教えてもらわなければ。
 そうして学習していけばいつか、クラサが何よりも我に求めた『感情』というものを手にできるはずだ。
 なんだ、これは。白い。ああ......これが光か......。


 「............ナ......ス............しま......! ル......ナ......覚醒します! ルナリス覚醒します!」


 緑色の液体が満たされた先に白い白衣に身を包んだ男が見える。身動きしようとしたが、我は何本ものチューブに繋がれ宙吊りになっているらしく動けない。


 「おはよう。ルナリス。ビーカーの中は快適かな? 気分はどうかね......って君には感情などなかったか」


 はっはっはっ、としゃがれた声がスピーカー越しに聞こえた。


 「クラサはどこにいる?」

 「マスクのマイクは良好って......ん? クラサ? 誰だそれは。第一声がそれかね。奇妙なこともあるもんだ......えっと......」


 どこからか現れた若い科学者から耳打ちをされて、残念そうに頷いた。


 「......テスト233のことか。あれは覚醒に失敗した」


 この感情はクラサには教わっていなかった。喪失の感情。教えを乞うにも師にして姉であるクラサはもういない。あの声はもう聞くことができない。我の全てであったクラサはもういない。


 「ならばひとつお前たちに礼を述べねばなるまい。他者の行動が自らに利益をもたらしたときそれが意図しないものであっても、できる限り相手に不快にならないような方法で、礼を述べるべきだとクラサから学習している」

 「言いなさい。あー、君の父親として、生まれて初めての感謝の言葉がいかなるものか聞いておきたい」


 少し間を置いて、我は言った。


 「心を与えなかったことに感謝する」

 

――数日後

 

 「私に何のようかな。君とは接点がないんだが」

 苛立っちを隠さない低い声だった。恰幅のよいスーツ姿の男。だが、目の下に色濃い隈があり、痩せこけ、疲労がにじみ出ている。


 「テスト233、クラサクローンより伝言を承っている」

 「!? それは本当か!」


 目の輝きに光が宿る。砂漠で喉が枯れは果てた人がオアシスを見つけたかのような......驚きの表情だ。
 私は脳内の記憶領域からクラサの遺言を引き出した。


 「『わたしはおとうさんのこと、おこってないよ。さびしかっただけ。だからルナリスがおとうさんにあえたら、つえてほしいの。そだててくれてありがとう。もう、わたしのことでなやまなくてもだいじょうぶだよって』」

 「あぁ......それは間違いなくクラサの声......。まさか......許してっ......もらえるなんて......」


 クラサの父親は大粒の涙を流しながら床に座り込んだ。他の研究員がぎょっとしている。子供のように意味不明な文言を吐き出し、顔を猿のようにしわくちゃにしてひたすら泣いていた。感動という言葉も当てはまらないのではないか、と考えてしまうほどだった。


 「うわあ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁ!」


 慟哭が研究所にこだまする。彼はあまりの声にしびれを切らした研究員に押さえつけられ部屋を退室した。扉越しにも彼の声は聞こえてくる。
 家族への喪失感や罪悪感は人をここまで人を狂わせるのか。生命の倫理や価値観を破壊してしまうほどに。
 もし仮に我に感情があったならクラサを無闇に死の安寧から引きずり出し、再び死の恐怖を味会わせたこの研究所の人々に激しい怒りを覚えていたであろうことは容易に想像がつく。
 だが、逆に――推測しうる範囲でだが――クラサの父の立場に立たされた場合、その関係の修正のためにクラサを甦らせる選択をとるのは十分ありえる話だ。
 現に我は戦闘において無意味であるのにも関わらず、クラサの言葉を一言一句記憶している。この記憶がある限り、クラサは我が脳の奥底で生き続けるのだから。

虚空の精霊長レイ 下

 強い、とても強い違和感を感じる。
 セレアは思う。こんなときタニカワに相談できれば......。タニカワとの通信が途絶えたのにも関わらずこの砦に侵入してしまった。その上、罠も警戒せず独断で最深部まで向かった。その結果がこれだ。
 タニカワのサポートは偉大だ。セレアはアンドロイドであるが故に膨大な量のデータを毎秒処理している。だが、その大半は活用できるにも関わらず破棄される。情報の量に対して処理速度も記憶量も全く足りていないからだ。そんな宝の持ち腐れをタニカワは防いでくれる。敵・地形・環境・セレアの生体情報・その他セレア一人では扱いきれない膨大なデータ処理をタニカワが補助している。攻撃予想、精密回避、僚機生成、オーバーロードの制御をはじめとする様々な特殊技能は全てタニカワのサポートの賜物だ。
 それが受けられないのにも関わらず、なぜ仲間の応援を待たずに、何の策も用意せず敵陣に突っ込んだのか。決まっている。一人で何でもできると慢心したからだ。


 「ぐっ......。あやつさえ、あやつさえいればこの違和感を......」


 妖鬼。彼女が床を蹴ると、そこが陥没する。彼女が踏み込むと床が蜘蛛の巣状に割れる。
 黒髪を揺らしながら迫る妖鬼は明らかに別次元の強さだった。彼女の動きはエアライシスのように単純に力を振り回すものではない。日頃の鍛練と、豊富な実践経験が下地にある合理的な動作。セレアは両手を剣に変えて切りかかっているが、妖鬼は常にセレアの体の外側へ外側へと移動し、かわしてしまう。常に間合いの外、死角をとられるため厄介なことこの上ない。ためしに打ったカマイタチやガトリングガンは、彼女から発せられる呪詛によって弾かれてしまう。


 「お主は一体何者じゃ?」

 「フッ......フッ......フッ......! あなたを試すものよ」


 この言葉でセレアの違和感がさらに強まった。あの顔もどこかで......。
 しかし、セレアにはその正体がつかめない。あと少し思考をすれば、少し落ち着いて考えれば答えが出そうなのに。黒髪の女がそれを許してくれない。
 一瞬セレアの視界から敵が消えた。同時に脇腹に焼けるような激痛が走った。空中を回転しながら墜落するセレアから、銀色の液体が飛び散る。セレアが墜落した床は、砂場に軽く指を突っ込んだ時のようにえぐれた。
 普段なら再生されるはずの肉体が再生されない。空中に散った液体金属がその場で蒸発してしまった。これは単なる打撃ではない。彼女の拳に触れた部位が黒く変色していた。こうなったら、切り札を使うしかない。そう決意するセレアの脳裏に、またしてもタニカワ教授の顔がちらつく。何かを訴えるかのような表情で......。


 「私はあなたから見てずっと未来の世界に行ったことがあるの。戦争で荒廃し機械兵器と魔物が蔓延る荒廃した世界。そこでなんの支援もなく、化け物たちと戦い続けた。極限の状況で私の力は高められ、現代に戻ったあとも稽古を怠らなかった。いつか来る破滅。それを未然に防ぐために」

 「大体察しがついたぞ。さてはお主、時空を旅して歴史を変えたんじゃな? 何の接点もないのにわらわと出会ったことがあるかのように語り、初見にも関わらず動きを見切っていたのが何よりの証し。お主とわらわが戦うのはこれで何度目じゃ?」

 「三度目よ。一度目は改編前のこの時代で。二度目は未来で。三度目は今。さすがは0歳児。頭の柔らかさは格別ね......あ、液体金属だから固いとか柔いとかそもそもないわよね?」


 呪詛も物理も効かないとなるとセレアにはこれしかない。


 《セーフティロック解除。ジェネレータ出力再上昇。ジェネレータ出力臨海点突破。最終セーフティ解除》

 「いざ! オー......」

 「させるかっっ!!」


 妖鬼の全力の蹴りがセレアの頭部に吸い込まれる。当たれば必殺の一撃。蹴りによって発せられた衝撃は床板を吹き飛ばし、砦の至るところに皹を刻み、窓をガラスの塵へと変えた。寸前で必殺の一撃に気づき、体を液状化させて回避しなければ、すべてが終わっていただろう。
 その圧倒的な力を受けた刹那、セレアは閃いた。こんな力を持つ者がたかだか精霊一人の魔力で呼び出せるはずがない。そして、何より......


 「......その顔、思い出した。タニカワが担当するサークルに入っている大人しい大等学生の顔じゃ。実際話したことはなくて、名前すら知らんがな。さらに、そのコートはとある解剖医が加工した特別製。その攻撃のいなしかたはとある国の元国王がやってた護身術。全てチグハグなんじゃよ」

 「......つづけて」


 とどめを刺そうとしていた妖鬼が手を止める。セレアは背中を壁にめり込ませたまま、話続ける。


 「極めつけはその態度じゃ。百歩譲ってその医師から数日間に渡る生体手術を受けて尋常ならざる肉体と最高級の防弾・防魔コートを手にして、時空を渡りカルマポリスを救ったと仮定しよう。じゃが、そんな奴が今までの大混乱を放置しておくと思うか? それに、そもそもそんな強大な存在を一朝一夕で召喚できるはずがなかろう?」

 「旅から戻ってきたのが今日だったとしたら? 時空跳躍で弱っていてそんなときに召喚されたのだとしたら?」

 「今日はありえないんじゃよ。昨日、普通の人として存在するそなたを見つけたからな。そう、まるでそなたはわらわの記憶をツギハギして作り出した妄想の産物のようじゃ。そして、そんなものは現実に存在するはずがない。それが存在するということは......」

 「合格よ。よく気づいたわね」


 セレアは悪夢から目覚めた子供のように飛び起きた。首に添えられた手の持ち主を投げ飛ばして距離をとる。相手はテーブルクロスを巻き込みながら木製の長机の上を転がっていき、しまいには床に落下した。
 玉座も妖鬼も消えている。ここは石造りの砦の一室。どうやら会議室か食堂か何かのようだ。


 「ば、ばかな! あの幻覚を破ったというのか!」

 「ああ。何のことはない。授業で教わった証明問題の解き方のひとつにこんなのがあったのじゃ。答えが『こうである』と仮定、代入してそれが成りたつか成り立たないかをチェックする。単純な話じゃよ」


 机のしたから白髪の精霊が這い出てきた。端正な顔つきが苦痛で歪む。額を押さえた手には血が滲んでいる。


 「あら、念のため魔法を解いてあげたけど、必要なかったみたいね」


 二人の視線の先にはセレアを追ってきた水の精霊ウォリスの姿があった。
 その後、セレアとウォリスの二人によって虚空の精霊長レイは鎮圧された。これで精霊たちによるカルマポリスへの逆襲は一応の解決をみる。レイをはじめとするテロに参加していた精霊たちはウォリスによって精霊の都へと送り届けられ、セレアはタニカワ教授から本気で怒られてへこむのであった。
 だがセレアは知らない。セレアがレイを殴り倒したのは幻覚世界での出来事であったこと、目が覚めたと錯覚させることこそがレイの真の力であったことを。ウォリスが魔法を解いたからこそ目覚めたのであって、決して自分の力で打ち破ったわけではないことを。

虚空の精霊長レイ 上

 精霊ウォリスの説得に成功したセレア。彼女は火の精霊長を説得し退却させた。さらに、精霊長たちのカルマポリス侵略のために作った城の場所をセレアに伝える。ウォリスはセレアに忠告する。

 「砦には虚空の精霊長レイがいる。彼女はカルマポリス国への報復に反対した地の精霊長を力でねじ伏せたの。精霊長の中でも最高峰の魔法力を持っているわ。詳細はこの紙に記載したから。十分注意していくことね」

 砦はカルマポリスの北にある群島のうちひとつに隠されていた。その島は一見すると数分も歩けば島の端にから端へ移動できるくらい小さな島で、無秩序に生えた雑草以外何もない。あるはずの砦はカルマポリス国にはない高度な魔方陣によって視認すらできないのだ。政府に発見されなかったのも無理はなかった。セレアは島の南南西の断崖に、ただ一ヶ所空いている鍵穴に鍵を差し込む。すると、さっきまで原っぱだった場所に砦が顕となった。それと同時にオペレーターとの通信が遮断された。


 「わらわ、一人か......」


 セレアは砦に入るなり猛烈な反撃が来ると思っていた。しかし、予想に反し何も起こらなかった。否、起こったあとだった。
 砦のあちこちが崩落し、装飾品の残骸が床に散乱している。扉は開けっぱなしで、部屋の中のテーブルは倒れ、飲み物や食べ物が散らばっている。所々にいる精霊たちはみな身を震わせたり、ボソボソとなにかを呟いていたりしており、話せる状態ではなかった。
 ウォリスに渡された地図をたどると、本当に、驚くべきほどあっさりと一番奥に位置する扉の前にたどり着いた。巨大な扉の前で彼女は深呼吸する。
 そして扉をゆっくり開けた。


 「ごめんね。あなたがいないからこの砦、乗っ取っちゃった。安心なさい。精霊たちに用事があるのなら地下牢に行きなさいな」


 耳を犯されるような蠱惑に満ちた声だった。
 大理石でできた数十段の階段。その頂上に等間隔に置かれた五つの玉座。その中央の玉座に黒髪の女性が足を組んで座っていた。レザーコートに手袋、ブーツそのどれもが漆黒。白い一角。逆光により彼女の表情はわからないが、美人であることは確かだ。その隣で蒼白な顔をした白髪の青年がガタガタと震えている。
 五つの玉座の背後からは室内にも関わらず黄昏が流れ込み、部屋を照らす。夕焼けのような壮大な光景がそこにあった。


 「私は虚空の精霊長レイに召喚されし者。レイは自分の使い魔じゃセレアに勝てないことを悟って、カルマポリス国内かつセレアを除いてもっとも力の強い存在の召喚を願った。その結果私が呼び出されたの」


 本気を出せば天変地異と見分けのつかない壮絶な力を発揮する精霊長。かつて風の精霊長フロレはたった一人で西地区の建築物を50以上破壊し、水の精霊長ウォリスの竜巻による被害予想は北地区を壊滅させるのに十分すぎる力だった。それと同等の力を持つ精霊長。そのはずの虚空の精霊長レイは黒い少女の隣で怯えているだけだった。
 それが何を意味するのかセレアにはわかっている。


 「私の名前は妖鬼」


 その体から溢れ、玉座から階段を伝い流れる黒い呪詛。人とは思えぬ圧倒的な重圧。想像を絶する存在。その彼女が椅子から立ち上がる。たったそれだけのことでで風が吹き荒れセレアの肌を刺激する。ひぃ、という青年の情けない声が聞こえた。


 「私の目的は......あなたを試すこと」

 「試す? 何を?」

 「あなたがこの半年間、何を見て何を学んできたのか。これは召喚者である精霊長レイとの約束でもある」


 体が硬直して動かない。この拘束の正体は恐らく視線。砦にいた精霊たちは彼女の眼を見てしまったのだろう。


 「私が見たのはひとつの可能性に過ぎない。けれど、可能性がある以上は安心できない。そして、あなたが信じようと信じまいと私が何をするかは変わらない。あなたを試す。それだけよ」


 何をどう試すのか。それは心臓を刺すような殺意でわかった。セレアは腕を剣に変形させる。



 「あなたはカルマポリスによってノア教から救出された。でも、あなたは孤児院と学校においてアンドロイドであるという一点から差別を受けた。頼れる仲間も友達もいない中、政府から兵器として利用され、学校から外へ出たあとも社会的に抹殺された。あなたはそれでも人を信じる心を失わなかった」

 「わらわには友も、仲間も__」

 「最後まで話を聞いてくれる?」


 蛇に睨まれた蛙のような気分だった。
 町を消し飛ばす生体兵器、呪詛の真髄を極めた科学者、全能の人工知能、不死身の巨大蛾......セレアは数多くの強敵と戦ってきた。そんなセレアの勘が最大限に警告している。こいつはヤバイ。逃げろ、と。だが、今のセレアには指一本動かせない。


 「放浪の中、あなたは見た。戦争に次ぐ戦争。繰り返される種族差別。道具のようにぞんざいに扱われるアンドロイドたち。あなたは真摯に人々に呼び掛ける。平和を、平等を。でも、誰もあなたの声に耳を貸さなかった。それが未来のあなた」


 だから今のセレアは友達がいて、誰よりも頼りになる先生がいて、差別も終息に向っていることを口に出せなかった。彼女は誤解している。



 「......あなたがこの国に恨みを持つのは道理だと思う。私があなたであればそうしたわ。でも、それは間違っている。たとえ筋が通っていようとも人を殺していい理由にはならない」

 「だから、今のわらわには友はいるし、種族差別もなくなりつつある。お主が言っていることはメチャメチャじゃ」

 「あなたがどうであろうと、私が未来は事実。それは変わらない。何度も言っているでしょう?」


 セレアは直感的に感じ取っていた。妖鬼は暴走している。理性的のように見えて聞く耳を持たない。あの言葉も大声で独り言を言っているようなもの。恐らく膨大な呪詛が人格に影響を及ぼしてしまっている。
 やるといったら他人から何を言われようがわるのだ。今の彼女は。



 ーー



 虚空の精霊長レイはあまりにもあっさりと事が住んでしまったことに驚きを隠せなかった。彼女が城に入ったのを感知した瞬間、あらかじめ呪文を詠唱しておき、セレアが扉を開けると同時に発動。全力の魔法だったとはいえ、うまくいくとは思っていなかった。
 それにしても、覚悟していたとはいえ本当に詠唱の余波だけで私以外の精霊たちがみな幻覚に犯されるとは。加減をせずに魔法を使ったことがなかったためもしかしたら、とは思っていたが......。まあ、砦の異様さがセレアの不安を煽ったらしく、結果的には有効だったが。
 だが一つ想定外があった。セレアの幻覚に現れた妖鬼。千年以上生きているのにも関わらず、そんな種族をレイは知らない。だが、現実を参照し、限りなく現実に近い幻覚を産み出す性質の魔法である以上、確かに彼女はカルマポリス国に存在するはずだ。
 セレア以外にも怪物は存在するのだ。まだまだ油断は出来ない。精霊が妖怪を打ち倒し頂点に立つのはまだ先になりそうだ。まあいい。とりあえず目の前の強敵を消し去らなければ。
 レイはセレアの首に手を添えた。

タニカワ教授とセレア 起

 わらわはひな祭りの後に学校に転校してきた。クラスにはもうすでに仲良しグループが出来上がっていた。しかも、わらわはまともな生活を送ってきていなかったから、どうやって友達を作ればいいのかもわからなかった。
 休み時間、何もすることがなかったわらわは自分の机で突っ伏していた。孤児院も学校も辛くてゆううつで、わらわに今を生きる理由なぞなかった。


 「こんにちは。えっと......セレアさんだっけ」


 そんな、わらわに唯一声をかけてくれたのが、あやつだった。わらわが机から顔をあげると、白髪混じりの男の先生がわらわを見下ろしていた。その顔には優しさと、幸の薄さがにじみ出ていた。


 「タニカワ教授? わらわ、何かしでかしたか?」

 「いや、体調が悪くないか心配になってね」

 「ああ。わらわは眠いだけじゃ」


 わらわはあやつを軽くあしらおうとした。面倒事に巻き込まれるのはもうごめんだった。


 「セレアさんは学校にもう馴染めた? 友達は?」

 「まあ、な。トモダチもわりとおるんじゃぞ」

 「......今日の放課後は空いてるかい?」


 後から知ったことだが、あやつは大学から来た特別講師で、別にわらわのことなど気にかけなくてもいい立場だった。その辺に転がる石ころのように扱ってもよかったのに。あやつはどうしようもなく困っている生徒を放っておけないタチなのだ。
 だからこそ、タニカワ教授はわざわざ別校舎にある自身の研究室まで、わらわを呼び出したのだ。


 「席について。今、お茶入れてくるから」


 椅子に座ると胸から下が机に隠れてしまった。下手したら12歳程度の身長しかない自分を恨んだ。
 研究室は部屋の真ん中に長机があって、その回りを本棚が埋め尽くしていた。難しそうな表題ばかりだった。


 「はい。どうぞ」


 渡されたお茶を一口のんだ。胸があたたかくなった気がした。
 タニカワ教授は反対側に座ると、まるで友達に世間話でもするかのようなノリで語りかけてきた。


 「異国でみたんだけど、春には桜というきれいな花があってね。大きな木の枝一本一本に薄紅色の花が咲くんだ。これが、その押し花なんだけど」

 「あ、かわいい」


 きれいなピンク色の花びらが、栞に封じ込まれていた。思わず伸ばしたわらわの手のひらに栞がおかれた。その時少しだけあやつの指がわらわに触れた。


 「いい笑顔だ」

 「あ......」

 「一日数分でいいから、鏡の前で笑う練習をしてみて。するのとしないのだと心持ちが大分違うから」

 「そんな練習しなくても笑えるのじゃ。わらわをなめるでない」


 わらわはタニカワ教授をにらんだ。クラスの大多数はしょっちゅう笑っている。そんな誰にでもできることがわらわにはできない。そんなのは認めたくなかった。
 タニカワ教授はそんなわらわの様子をみて、表情を曇らせた。


 「大人は一日14回しか笑わない。でも子供は400回も笑うと言われている。君は、一日に何回笑ってる?」


 ことばが出なかった。「数えきれないほど笑っている」、と言うことができなかった。


 「子供は笑うことに抵抗がない。だから笑うべき時に自然に笑える。でも、色んな経験を積むにつれて、どのタイミングで笑えばいいのか頭で考えるようになるんだ。そして無意識のうちに気づくんだ。笑わない方が楽だってことに。......まあ、これは私の体験談だけどね」


 心を読まれたようでドキドキしてきた。穏やかな声がわらわの心の隙間に染み込んでいく。


 「人は自分から笑おうとしない限り、笑顔を作ることなんてできない。そのうち、笑顔以外の表情も忘れていく。喜ぶことも、怒ることも、楽しむことも、悲しむことも。全く笑わない人とセレアは関わりたいと思う?」

 「いや、思わんな......」


 呟いてから気づいた。わらわは友達がいると言った。でも、わらわは長いことわらっていないともさっき言ってしまった。


 「セレアさん、まずは笑顔から。友達を作ることを考えるのはまだ先でいい。とりあえず、楽しいと思ったときに笑えるよう、練習してみよう。それだけで気の持ちようも変わってくる」

 「じゃが、どうやって練習すれば......」


 いつのまにか一人で悩み、一人で物事を解決しようとする癖がついていた。人にすがるのはいつ以来だろうか。


 「毎朝鏡に向かって作り笑いをすればいい。もし、それが出来ないのであれば......その桜の花びらが君を助けてくれるはずだよ。栞はセレアさんにあげるよ」


 その優しさが心に染みた。


 「ありがとう、タニカワ教授」

 「呼び捨てでいいよ。セレアさん」


 それからというもの、何度もタニカワ教授に会いに行った。その度にタニカワはあるときは教師として、またある時は親友のように、またあるときは親のように、わらわと話してくれた。
 そのうち、わらわは相談しにタニカワに会いに行くのではなく、タニカワに会うために悩みを作るようになっていった。



⬇どちらの出会いがお好き?
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精霊ウォリスとカフェ

 古風な店だった。木製のカウンター、アンティークな椅子。私は適当な席に腰かける。朝だということもあって、店内にはカウンターの端に腰かける壮年の男性以外いなかった。何やら芳ばしい酸味のある香りが充満している。
 突然、メニュー表を目の前に差し出された。見上げると店主らしきオバサマがにこりと笑っていた。
 どうしよう、メニューが全っ然わからない。

 「エスプレッソをお願いします」

 例のおじさんの声。店主と思われるオバサマはガラス水瓶? で水を沸かし始めた。なんなのだろう。

 「私もそれで」

 とりあえず、頼む。磨きあげられた靴、ピシッと決めているスーツ、大切に使い込まれている革製の鞄。そして何より人目見てわかる聡明な顔。彼の判断は信用に値する。と、長年生きた勘がそう告げていた。
 おじさん......妖怪であれば年齢は50位? は店主と話始めた。店内の音楽の話に始まり、映画や読書に関して等、幅広い。異国から来た私は題名を羅列されてもさっぱりだったが。ただ、優しく包み込むような声は、聞いているだけでも心が落ち着く気がした。


 「こちら、エスプレッソコーヒーになります。ご注文は以上ですね?」

 「え......ええ」


 カップに入った黒色の液体が出てきた。私は思わず舐めるようにその液面を見つめる。反射した自分の顔には困惑の表情が浮かび上がってる。うわ、何このブサイク。親譲りの藍色の髪の毛が泣いてるわ。


 「もしかして、コーヒー頼むのはじめてですか?」


 さすがね! でも、私は外見が20歳くらいに見えるだけ。外見がおじさんであるあなたよりもずっと人生経験積んでるし、色んなものを食べてきてる......まぁ間400年位は魔術の研究のために引きこもってたけど。それでもよ! それでもたかが50年位しか生きていないような奴に遅れをとるわけにはいかないの。プライドが許さないの!


 「いや、いやいやいや! そんなことはない......ゲホッゲホッ! 何っ......これ。600年以上生きてきたけどこんな飲み物初めて......っていうかこれ飲み物!?」

 「これは元々苦い飲み物なんですよ」


 おじさんは、このコーヒーなる飲み物を説明し始めた。豆を煎じたり濾したりすることで精製されるらしい、このブラックな液体は酸味や苦味を楽しむための飲み物で、エスプレッソは本来お湯で薄める液体を希釈せずそのままカップに注いだもので、めっちゃ苦い。コーヒーを知る人でもあまり頼むものではないそうで。まぁ、なんかわけわからないけど奥が深そう。


 「......ミルクとお砂糖の力ってすごいのね......。ありがとう、えっと......あなたお名前は?」

 「タニカワ。貴女の名前は?」

 「ウォリスよ。まあ、また機会があれば会いましょう」


 そっけなく答えてこの日は私はカフェをあとにした。ウォリスの名前を名乗ったとき、一瞬彼の瞳孔が引き締まったわね。精霊だってことばれた? まあ、そんなこと気にするような人でもなさそうだし、まあいっか。


 「あら、また会ったわね。えっと、タニカワさんでしたよね? 隣いい?」

 「どうぞ」

 「あなたのおすすめとかある?」

 「ウォリスさんにはそうですね......ハルカナビスティーがおすすめです。フルーティーな味わいの紅茶で口当たりがいい」


 例のおじさまはメニュー表を指差した。紅茶のメニューあったのねぇ。始めてきたとき気づいていたら......まぁ、このおじさま? と知り合えたことだし、よしとしましょう。


 「あ、これ私好きかも~。甘味もきつくないしするする飲めちゃう。あなたは、エスプレッソなのね」

 「ええ。これに砂糖を入れて飲むのが好きで。美味しいだけじゃなくてカフェインで目も覚めるんです」

 「カフェ? 何?」

 「カフェインというのはまあ、一種の目覚まし成分です」

 「物知りなのね」

 「ありがとうございます。これでも一応教授をやらせていただいてまして」

 「ふーん。『先生』っていうと上から目線のイメージがあったけど、あなたはそうでもないのね」


 突然カウンターの奥から「タニカワ先生が特別なだけよ」と店主の声が響いてきた。


 「ありがとうございます」

 「先生の中でも特別なのね、あなた。まあ、私の目から見ても相当人として出来上がってるようだし」

 「ははは。いくらなんでも持ち上げすぎですよ。ではお先に」


 軽く会釈してから、タニカワは勘定を済ませ店を出ていった。
 妖怪にもいい人はいるものねぇ。



 こうして数週間、朝カフェを訪れては数分間タニカワ教授と話す日々が続いた。そんなある日のことだった。


 「あら、今日はタニカワ教授......はぁ!」

 「お主タニカワ教授の知り合いぃぃのじゃぁぁ?!」

 「あ......」


 なになに!? なんなのなんなのいったいなんなの!? 空色の眼と長髪、あと左目の傷。彼女しかいない。大精霊である私をあっさりと鎮圧した......


 「あなた! セレアじゃないの!? どうしてこんな所に」

 「それはこっちの台詞じゃ! 改めてみるとかわいいのじゃな! お主! 戦ってる最中全く気づかなかったぞ!」

 「これでも、これでもこれでも私! 長生きしすぎて内面腐ってるから外見だけでもきれいにしようと努力してるの。わかってくれてありがとう!」

 「二人とも静かに!! あと、すいません。私とセレアとウォリスにいつものお願いします!」


 タニカワ教授の声にビックリした。ああ、いつもこうやって問題児たちをまとめあげているのね。羨ましい。
 とりあえずお互いに挨拶しあい、席についた。


 「まさか、あなたがセレアの教師だったとはねぇ。立派な生徒をお持ちで。ええ、皮肉抜きに。私に一瞬で冷静さを取り戻してくれたのよ。そこのお嬢ちゃん」

 「ええ。セレアは私の誇りです」

 「でへへ......」


 あ......。え~。うん。そぉ~、そういう関係なの。へぇ~。セレアちゃんねぇ。ふぅーん。かわいいところあるじゃない。


 「わかりやすいのね。セレア」

 「ひゃ!? なっなんのことじゃぁ!?」


 私は出された紅茶を一気に飲み干すと席をたった。


 「私はお邪魔ね。嫉妬されないうちに退散しようかしら」

 「はっ......何を勝手なことを言っておる! 誤解じゃ誤解!」


 店主がカウンターからにゅっと顔を出してきた。


 「あんまりこの子をいじめないであげてね。セレアちゃん、ウブだから」

 「店主さん、人のこと言えないですよ」


 顔を真っ赤にしているセレアをなでなでしながら、タニカワ教授は店主に笑いかけた。
 私は最後に口からびゅーっと水を吹き出した。ぎょっとする店主の横で水が蛇の形になり、空中を飛び回ったあと、窓から外へと消えた。


 「のじゃ!? もう水芸を出来るようになったのじゃ!?」

 「じゃあね。今回は私の完全勝利ってことで。......メンタル的な意味でね」

 「くぅぅぅぅ! 次会うときは覚えているのじゃ。平和的にお主に敗北感を植え付けてやるのじゃ!」


 タニカワ教授が優しく私に微笑みかけていた。面倒を見てくれてありがとう、とでも言いたげだった。礼を言うのはこちらのほうよ。
 あなたがセレアを連れてきてくれたお陰で、余計な恋心を抱かずにすんだものね......。

水の精霊長 ウォリス

 水の精霊ウォリスがこの国の北、海岸沿いから迫っている。ウォリスの要求はワースシンボルの完全停止。だが、この要求を受け入れればカルマポリスのインフラがすべて止まることになる。要求に従うのは無理だった。
 カルマポリス西の森林地帯では他国からの援軍が最低最悪最強の外道......クロノクリスと対峙している。さらに、東からも別の精霊長が侵攻しており、カルマポリス軍はそちらを押さえるので精一杯だ。
 この窮地に戦闘を得意とするアンドロイドであるセレアが召集された。


ーー


 セレアはカルマポリスの北の海岸線へと飛んだ。水平線の付近に、青空を引き裂くかのように黒い竜巻が渦巻いていた。恐ろしいことに遥か上空まで海水を巻き上げている。もし上陸したら......そう考えるだけで身震いした。このままでは後数十分でこちらに到達するだろう。なんとしても止めなければならない。セレアは最高速で竜巻の目の前に立ちふさがった。すると、竜巻は意思があるかのように進行をやめた。
 竜巻の中から透き通るような女性の声が聞こえてくる。渦による轟音のなかでもはっきりとわかった。

 「我が友、精霊長フロレ。彼はワースシンボルの材料となる『風のシンボル』をカルマポリス国に渡さなかったために故郷を侵略された。逃げ去った森で平穏に暮らそうとしたが、精霊差別と森林伐採、環境破壊によって滅茶苦茶にされた。それでも心優しい彼は堪え忍んでいた......」


 セレアはため息をついてから言葉を付け足した。


 「じゃが、その森林をカルマポリスはあろうことか開拓しようとした。フロレを受け入れてくれた原住民であるドラゴンたち追い出してまでな」

 「そうよ。彼はカルマポリス国によって全てを奪われた。私が統べた国もあなたたちの祖先によって蹂躙された。父も母も子もすべてを失った。私はあなたたちを許さない! この水の精霊長ウォリスが仇をとる!」


 セレアは首を横に振った。そして叫ぶ。


 「先祖の恨みはわかる。カルマポリス民も国の過去を、その罪を自覚し償わなければならぬ。ドラゴンを追い出し、密漁し、森林を開拓しようとした。これもカルマポリスの恥ずべき罪。じゃが、それが人を殺す理由にはならん! 今を生きるカルマポリス民はそなたら精霊に悪意を抱いておらん。人々が生まれる頃には精霊差別も消えておった。国に罪はあろうが、民に罪はなかろう!」


 水しぶきでセレアのワンピースがキラキラと輝く。幼さを残す顔には確固たる決意が見てとれる。
 それに対して渦の中からヒステリックな声が響いた。


 「だめなの。だめなのだめなのだめなの! シンボルは転生を管理していた......っていうことはワースシンボルも転生を制御する施設だったんでしょ? あなたたちは悪魔の一族の生まれかわりなのよ。輪廻の果てに葬り去らない限り何度でも沸くウジ虫! 触れるのも汚らわしい! それがあなたたちなの! その巣ごと水で洗い流してあげる!」


 水流がまるで蛇のようにセレアを襲う。水の柱が無数に立ち上がり、セレアを海水に引きずり込まんと暴れまわる。その数、実に20以上。まるでオーケストラの指揮棒のように軽やかに動いてかわすセレア。だが水柱は恐ろしいことに、どんなに高く舞い上がろうと執念深くおってくる。
 足に軽く水が付着した。途端、水に強い粘性と重量が出現。文字通りセレアの足を海へと引っ張る。飛行する際の左右のバランスが崩れ、機動力が落ちる。それでも飛行ユニットの出力を最大にして、なんとか水柱をいなしていく。
 しかし、直撃していないのに全身がだんだんと重くなっていく。


 「ほう、大気に含まれる微量の水分か」


 このまま攻撃を避け続けても、水蒸気と水しぶきによっていつかは動きを封じられてしまう。セレアはなんとかこの状況を打開しようと頭をフル回転させる。


 「私は誓った。誓ったのよ。死に行く仲間に、必ずこの敵は討つと! それが精霊長としてみんなを守れなかった、私にできる唯一の弔いなのだから! さあ、墜落するまであなたに残された時間はあと三分。避けられない恐怖に絶望なさい!」


 このまま海に落ちれば、海水を粘液に変えられ動きを封じられる。そこへ必殺の一撃を当てられたら、いくら体が液体金属で出来ているといえど、耐えられる保証はない。


 「だめ押しに見せてあげる。現れよ海竜リーヴィア!」


 セレアの真下に魔方陣が展開。突如として藍色の海蛇が現れた。だが、大きさが尋常ではない。高層ビルに何重に絡み付いて、絞め壊しそうなほどの規模である。それがセレアを呑み込まんと迫ってくる。
 なんとか海竜をかわすも、水の柱に絡めとられてしまった。水の圧倒的重量がセレアを海深く叩き落とす。
 黒い竜巻が解け、その中央に海竜と同じく深海の色をした長髪を持つ少女が現れた。手にはトライデントが握られている。

 「三叉に貫かれ絶命なさい!」

 純白のローブをはためかせ海に沈んでいくセレアへ、ウォリスは一直線に向かっていく。対してセレアは魔法によって粘りけを得た水によって身動きがとれない。
 水の精霊長が勝利を確信した瞬間、まばゆい光に目を瞑った。体に膨大な熱を感じ、正面に爆風を感じた。水の加護を受けているはずの皮膚が焼ける。


 「残念じゃった。あのまま竜巻の中から慎重に攻撃していれば勝てたものを。勝負を焦ったな」


 セレアの水素ミサイルによる自爆。自らの肉体を再生できるセレアならではの技だった。辛うじて庇った顔を除いて、皮膚のあちこちから血が滲み出ていた。致命傷ではないものの、誰がどう見ても戦闘続行は不可能だった。


 「ぐっ......。復讐の刃を研ぎ続け600年! 出口の見えない洞窟を手で掘り進めるような、血の滲む努力! 私たち精霊長は努力した! 誰よりもっ! なのに、なぜ? 準備が出来たときにはもう、誰も生きていないって......いったいどういうことなの......。しかも精霊長に容易く勝てる兵器がこの世に存在するなんて......不条理、すぎでしょ」


 海に散った液体金属が寄せ集まった。やがて液体から個体になり、ワンピースを着た人の形へと変化する。


 「復讐する奴等が消えたなんて、私たちは認められなかった。積み上げた600年間が無駄になる。そんなの嫌だ。だから、この憎しみに意味を求めた。だめな女よね。そんなことしても、死んだ人や奪われたものは何一つかえってこないってわかってるのに......」


 再生されたセレアの表情は勝者とは思えないほど暗く、重い。


 「セレア、私を助けて。私を救って......救ってほしいの。この壊れた女をこの世から消し去って......」


 セレアはウォリスに手刀を向けた。指と指の隙間が消え、手が鋭利な刃物となる。そして彼女は大きく振りかぶり......斬った。


 「お主は風の精霊長と違ってまだ誰も葬っておらん。お前にカルマポリス民を殺すことが出来ぬようにわらわもお主を殺すことはできん。罪は、生きて償うのじゃ」


 まっぷたつに割れたトライデントを見つめながら茫然自失とする水の精霊長ウォリス。


 「ねぇ、セレア。復讐だけを目的に今まで生きてきたの。でも、それが亡くなった今、私はこれから何を目的に生きればいいの?」

 「まぁ......芸でも極めたらどうじゃ? そなたの魔法なら人を魅了するくらい容易いじゃろう。少なくとも人殺しに使うよりはずっといい。それに......稽古に励むと心の痛みを誤魔化せるからな......」


 そう言って、セレアは自らの体から金属のボールを作り出し、お手玉を始める。そのままウォリスに背を向ける。
 予想外の言葉にウォリスは顔を赤らめて口をパクパクさせたあと、どうにか言葉を発した。


 「......一応、礼は言っておくわ」

 「ああ。お返しはそなたの水芸で頼むのじゃ」


 セレアはそのまま青空に消えていった。

セレアvsエアライシス 完結編

 「ところで、なぜタニカワが専門家として推薦されたのじゃ? 呪詛兵器の専門に絞ればもっと優秀な学者もいたはずじゃが……」

 蛍光灯がチカチカする無機質な通路を進みながらセレアが聞いた。
 ガーナ元国王はワイバーンを引く手綱を調整しつつ、静かにうなずいた。

 「最初に我が国ドレスタニアの兵士が倉庫に眠る兵器エアライシス=ルナリスを発見した。たが、残念ながらカルマポリスの独自技術には我が国は疎い。そこで私はカルマポリスの呪詛兵器の専門家を呼ぶことにしたのだ」

 「そこで国王の命令でカルマポリスの役人が優秀な専門家を当たったんだけど断られてしまってね」

 「人望ないのぉー役人……」

 「たらい回しにされた挙げ句泣く泣く私にお願いした、というのがカルマポリス側の事情なんだ」

 私に対してガーナは気にするな、と笑顔を向けた。


 「いいや、私としてはむしろ好都合だった。一番話のわかる学者が来たわけだからな。恐らくタニカワ教授以外の研究者が断ったというのはエアライシス=ルナリスの解体に密かに反対しており、全員拒否することで計画を頓挫させようとした、というのが実のところだろう」

 「……おっしゃる通りです。エアライシス=ルナリスは文化的価値だけでなく、使われている技術も大変興味深い。技術革新に繋がる可能性のある大変貴重な遺産だから壊すなどとんでもない、と学会では否定的でした。もっとも、ガーナ元国王から資料を見せられたとき考えが変わりましたがね」

 「ん? それタニカワにとって結構ヤバイ気がするんじゃが」


 約300年前にエアライシスを元に妖怪が作り上げた兵器、エアライシス=ルナリス。セレアがかつて戦った本家エアライシスは文字通り国を消し去るほどの破壊力を有していた。これを野放しにする位なら、失職した方がまだましだ。


 「気にしないで、セレア。危険な兵器を外に出すよりはずっと穏やかだ」

 「主はいつも......まあよい」


 扉を潜り抜けると巨大な空間が広がっていた。薄暗い空間に黒いビルのような建物がいくつも立ち並んでおり、その窓一つ一つの内側に緑色の液が満たされており、異形の生物が浮いている。
 因みにここはノア教本堂内の礼拝堂の地下だ。クロノクリスが増設した宗教に染め上げられた地上に対して、ひたすら無機質な部屋の数々。異世界にでも来たかのような錯覚に陥る空間を、私たちは進んでいた。時おり床にヒビが入っていたり、建物に焼き焦げた跡や、弾痕が生々しく残っていたりした。
 非常時の移動用につれてきたワイバーンが怯えてキュルルルという声をあげる。私の気持ちを代弁しているかのようだった。


 「ここを真っ直ぐ行けば地下図書館に続いておる。じゃが、今回の行き先は倉庫じゃったよな?」


 セレアは以前、クロノクリスに操られて、ガーナ元国王の弟やその仲間を殺しかけたらしい。自らの体を勝手に動かされ支配される身の毛もよだつほどの不快感。嫌なことを無理矢理やらされる嫌悪感。そして、人を手にかけることになんの抵抗もない自分への憎悪。今の彼女の苦悶の表情がその壮絶な過去を暗示している。
 私はセレアの手を握ると、あえて明るい声で話しかけた。視界の端でガーナ元国王が目をそらした。


 「先を急ごう、セレア。たしかここを右に曲がれば倉庫だよね?」

 「ああ。西側の扉が倉庫に続いておる」


 町並みが唐突に途切れて、黒い壁が立ちはだかった。壁際を伝って五分ほど歩いたとき、壁に備え付けられた大きめの扉を発見した。


 「ここじゃな?」

 「ああ」


 施設の機能が停止しているために、扉のロック機能も作動しておらず、ドアノブを押すだけであっさりと中に入ることが出来た。中はかなり広そうに見えるが照明が暗くて奥まで見えない。


 「あの正面にあるのがエアライシス=ルナリス?」

 「その通り」


 エアライシス=ルナリスはお座りしているオオカミのような姿勢で待機していた。頭の上から三本の角が生えていたり、飛ぶのには小さすぎる翼を持っていたりと突っ込みどころ満載であったが。


 「立ち上がると恐らく五メートル位、資料と少し食い違いがあるものの誤差の範囲だろう。まぁいい。今日は視察だけだ。今から数日後に行うエアライシス=ルナリスの解体作戦の説明を……」


 ガーナ元国王が言いかけたときだった。
 エアライシス=ルナリスからカチリという嫌な予感のする音が聞こえた。
 人でいうこめかみの辺りに上向きに取り付けられた二本のパイプから呪詛を多量に含んだ蒸気が漏れて、プシューッ! という音がした。さらに翼の付け根にある無数の歯車が、一斉に回転を始める。ゴォォォとボイラーの燃えたぎるような音が聞こえたかと思うと全身から呪詛が溢れだしエアライシス=ルナリスの輪郭が揺らぐ。セレアが慌ててガーナ元国王に聞いた。


 「なぁ、これなんか動いてるように見えるんじゃが」

 「兵士たちはすでに退避させている」


 私は額に手をあてて首を左右に振った。


 「ワイバーンつれてきて正解だった」


 双方に二つずつある眼が開いた。微妙に左右に頭を動かして周囲の状況を確認している。そして、わらわたちに目を向けると静かに語りかけてきた。


 「遥か昔、我は兵器として生を受けてから間もなくこの地に安置された。我は戦うことも死ぬこともできず、自らの存在意義すら見いだせぬ地獄の日々を過ごしてきた。だが、それも今宵で終る。我が名はエアライシス=ルナリス。カルマ帝国最高の兵器なり」

 突然目覚めたと思ったら、いきなり自己紹介された。初対面の相手に自己紹介は基本であるが、この異質な状況の中、生物兵器にされるとは思わなかった。とりあえず名乗っておいた方がいいのだろうか?


 「わらわはセレアじゃ。よろしくな」

 「ドレスタニア元国王のガーナだ」

 「教授のタニカワです」


 自己紹介をするとエアライシス=ルナリスの細く鋭い眼がさらに細くなった。どうやら見た目から実力を推測しているようだ。


 「我の望みは兵器としての生を全うし、戦いのなかに果てることにあり。我を滅したければ力を示してみよ」

 「なるほどな。つまりお主をぶっ倒せばいいということじゃな」


 セレアが私とガーナ元国王に目を合わせて頷いた。私たちは速やかにワイバーンに飛び乗った。......こうなることはわかっていた。私はわかっていてセレアを止めることができない。目の前にいるのは無差別破壊兵器で、これを止められるのは彼女しかいないからだ。
 私にできるのはPCを通じて少しでも彼女の戦闘が楽になるようサポートすることだけ。つくづく自分が嫌になる。
 ゆっくりとエアライシス=ルナリスは立ち上がった。すんごい威圧感である。


 「我が力、極限まで高めて戦おう......」


 次の瞬間私の見た光景は現実味に欠くものだった。倉庫の天井が引き裂け、星空がのぞかせたのだ。ここは施設の地下深くでしかも今は朝だった。その夜空から無数の流れ星がセレアに向けて降ってきた。熱せられ赤々と輝く流星の群がこの倉庫に降り注ぐ。隕石は呪詛の炎をまとっており、床に接触すると、車一台余裕で入りそうな大きさの半球状の爆発を引き起こし床にクレーターを残す。回避が少しでも遅れていたら私たちはこの世から消え去っていただろう。
 そんな流星の雨をセレアは踊るように交わしていく。セミロングの銀髪をはためかせ、白いワンピースを揺らすセレア。彼女だけを見ていると、演出の激しい劇でも見ているかのような錯覚に陥った。
 エアライシス=ルナリスの呪詛は流星をはじめとして、天変地異と見間違えるほど強大で圧倒的だ。しかし、地をえぐる稲妻も、鉄を溶かす地獄の火炎も、全てを止める冷気も、セレアをとらえることができない。


 「奴が動く度に聞こえる金属が軋む音と破裂音......まさか」


 ガーナ元国王が呟きに私は答えた。


 「ええ。きっと産み出された時からもう......」


 エアライシス=ルナリスの背から数えきれないほどのレーザーが発射された。ミサイルの如くセレアを追う追尾レーザー。だが、それすらも地面すれすれを飛んだり、壁すれすれの急旋回をするセレアについていくことはできない。
 絶え間なく左右の翼、そして口に魔方陣を展開し呪詛を乱射するエアライシス=ルナリスだが、セレアは彼が呪詛を発動する前に、既に回避を終えている。もはや私には彼の呪詛の方が勝手にセレアを避けているようにしか見えない。
 数多の機械兵器との戦闘経験を詰み、それをワースシンボルのデータベースにて得られた情報と組み合せて補完しているセレア。それに対し実践経験0の兵器。戦いの結果は火を見るよりも明らかだった。
 そして何より......


 「我は幾多もの生物の犠牲の上で設計され、数十もの同胞を犠牲にして産み出された。我が脳裏には今も彼らの亡霊がさ迷い続けている。我が彼らに報いるためにできることはただひとつ! 戦いに勝つことのみ! 貴様とは......覚悟が違う!」


 エアライシス=ルナリスの口と両翼に、高濃度の呪詛が集中する。本来不可視であるはずの呪詛が赤黒い光となって可視化する。
 その時だった。何かがエアライシス=ルナリスの喉に入った。直後、口から火柱が吐き出された。衝撃により制御不能となった呪詛が暴走、連鎖爆発を起こす。熱エネルギーはエアライシス=ルナリスの各部位を内部と外部両方から焼き付くした。
 一瞬の隙をつきセレアが放ったミサイルとカマイタチだった。


 「はじめて戦った相手がこれほどまでの好敵手だったとは。完敗......いや、戦いにすらならなかった。膨大な呪詛を用いても傷一つつけることができなかった。天に感謝せねばなるまい。最後の最後で......我が願いは叶った」


 エアライシス=ルナリスの巨体がゆっくりと崩れ落ちていく。焼け焦げた歯車をはじめとする、時計のパーツのような彼の構造物が床にばらまかれ、三本のつのが根本から外れて地面を転がる。翼は塵となって大気に消えた。
 装甲は薄く未完成。エネルギー補給もろくにされておらず、挙げ句の果てに劣悪な倉庫に百年以上放棄された。本来、戦えるような体ではなかったはずだ。それを彼は執念で動かしていた。万全な状態であれば呪詛の暴走などするはずがないのだ。
 力なく横たわるそれは、もはや生物兵器などではなく弱り果てた哀れな狼にしか見えない。


 「......悠久とも言える眠りの中でかつては創造主を恨みもした。なぜ我を作り出したのかと。だが、今は違う。全力を尽くして戦うということがこれほどすがすがしいものだったとは。セレア、何がお前をそこまで強くした」


 エアライシス=ルナリスの顔の前にセレアは降り立った。苦悶の表情を浮かべて。


 「よき友、よき仲間、よき師、よき経験、よきライバルじゃ」

 「なるほど。我が望んでも手に入れられぬものばかり。たが、好敵手だけは我も出会うことが出来た」

 「よき友もな」


 エアライシス=ルナリスは驚いたように目を見開いた。はじめて彼から生物らしきものを垣間見た気がした。


 「友……我を友と呼んでくれるか」


 彼は満足げにまぶたを閉じる。瞳から一粒の涙がこぼれ落ちた。


 「我は兵器。戦うことでしか快感を得ることが出来ぬ。戦闘においての相手の感情を読み取ることができるが、我自身に感情はない。だが、もし我に感情が宿ったのであれば感ずるはお前への感謝と……我が兵器に産まれてしまったことへの少しばかりの哀しみ。我も出来るのであればそなたのように愛や友情を語れるようになりたかった。なぜだ、なぜ、我は兵器なのだ」

 「死ぬな! 諦めるな! 今急いで修復すれば間に合うはずじゃ」

 「人の手により作られし、破壊をもたらす兵器がこの世に存在してよいはずがない。ただ静かに消え去るのみ......あぁ......闇が来る......また孤独に戻るのか......我は......」


 その瞬間、エアライシス=ルナリスはただの屑鉄となった。


 「タニカワ、エアライシス=ルナリスについての情報を頼む」

 「彼は侵略用に開発されたにも関わらず、機動力が低く、巨体故に運搬には多大なコストがかかる。しかも、防衛に使うにはあまりにも破壊力が大きすぎる。起動するには莫大な呪詛が必要で、そのうえ燃費が悪いためにすぐ呪詛切れになってしまう。実践導入するにはあまりにも障害が多くて、起動後すぐにお蔵入りしてしまったそうだ」


 私が読み上げると、ガーナ元国王がゆっくりと頷いた。


 「恐らく、まともに人と話したのもはじめてだったはずだ。エアライシス=ルナリスは......単に寂しかっただけなのかもしれん。奴は生物兵器。戦い以外のコミュニケーションを知らない。だからセレアに戦いを挑んだのだろう」


 セレアは無言で立ち尽くしたまま、彼の前を動こうとしなかった。