フールのサブブログ

PFCS 用のサブブログです。黒髪ロング成分はあまり含まれておりません。

虚空の精霊長レイ 下

 強い、とても強い違和感を感じる。
 セレアは思う。こんなときタニカワに相談できれば......。タニカワとの通信が途絶えたのにも関わらずこの砦に侵入してしまった。その上、罠も警戒せず独断で最深部まで向かった。その結果がこれだ。
 タニカワのサポートは偉大だ。セレアはアンドロイドであるが故に膨大な量のデータを毎秒処理している。だが、その大半は活用できるにも関わらず破棄される。情報の量に対して処理速度も記憶量も全く足りていないからだ。そんな宝の持ち腐れをタニカワは防いでくれる。敵・地形・環境・セレアの生体情報・その他セレア一人では扱いきれない膨大なデータ処理をタニカワが補助している。攻撃予想、精密回避、僚機生成、オーバーロードの制御をはじめとする様々な特殊技能は全てタニカワのサポートの賜物だ。
 それが受けられないのにも関わらず、なぜ仲間の応援を待たずに、何の策も用意せず敵陣に突っ込んだのか。決まっている。一人で何でもできると慢心したからだ。


 「ぐっ......。あやつさえ、あやつさえいればこの違和感を......」


 妖鬼。彼女が床を蹴ると、そこが陥没する。彼女が踏み込むと床が蜘蛛の巣状に割れる。
 黒髪を揺らしながら迫る妖鬼は明らかに別次元の強さだった。彼女の動きはエアライシスのように単純に力を振り回すものではない。日頃の鍛練と、豊富な実践経験が下地にある合理的な動作。セレアは両手を剣に変えて切りかかっているが、妖鬼は常にセレアの体の外側へ外側へと移動し、かわしてしまう。常に間合いの外、死角をとられるため厄介なことこの上ない。ためしに打ったカマイタチやガトリングガンは、彼女から発せられる呪詛によって弾かれてしまう。


 「お主は一体何者じゃ?」

 「フッ......フッ......フッ......! あなたを試すものよ」


 この言葉でセレアの違和感がさらに強まった。あの顔もどこかで......。
 しかし、セレアにはその正体がつかめない。あと少し思考をすれば、少し落ち着いて考えれば答えが出そうなのに。黒髪の女がそれを許してくれない。
 一瞬セレアの視界から敵が消えた。同時に脇腹に焼けるような激痛が走った。空中を回転しながら墜落するセレアから、銀色の液体が飛び散る。セレアが墜落した床は、砂場に軽く指を突っ込んだ時のようにえぐれた。
 普段なら再生されるはずの肉体が再生されない。空中に散った液体金属がその場で蒸発してしまった。これは単なる打撃ではない。彼女の拳に触れた部位が黒く変色していた。こうなったら、切り札を使うしかない。そう決意するセレアの脳裏に、またしてもタニカワ教授の顔がちらつく。何かを訴えるかのような表情で......。


 「私はあなたから見てずっと未来の世界に行ったことがあるの。戦争で荒廃し機械兵器と魔物が蔓延る荒廃した世界。そこでなんの支援もなく、化け物たちと戦い続けた。極限の状況で私の力は高められ、現代に戻ったあとも稽古を怠らなかった。いつか来る破滅。それを未然に防ぐために」

 「大体察しがついたぞ。さてはお主、時空を旅して歴史を変えたんじゃな? 何の接点もないのにわらわと出会ったことがあるかのように語り、初見にも関わらず動きを見切っていたのが何よりの証し。お主とわらわが戦うのはこれで何度目じゃ?」

 「三度目よ。一度目は改編前のこの時代で。二度目は未来で。三度目は今。さすがは0歳児。頭の柔らかさは格別ね......あ、液体金属だから固いとか柔いとかそもそもないわよね?」


 呪詛も物理も効かないとなるとセレアにはこれしかない。


 《セーフティロック解除。ジェネレータ出力再上昇。ジェネレータ出力臨海点突破。最終セーフティ解除》

 「いざ! オー......」

 「させるかっっ!!」


 妖鬼の全力の蹴りがセレアの頭部に吸い込まれる。当たれば必殺の一撃。蹴りによって発せられた衝撃は床板を吹き飛ばし、砦の至るところに皹を刻み、窓をガラスの塵へと変えた。寸前で必殺の一撃に気づき、体を液状化させて回避しなければ、すべてが終わっていただろう。
 その圧倒的な力を受けた刹那、セレアは閃いた。こんな力を持つ者がたかだか精霊一人の魔力で呼び出せるはずがない。そして、何より......


 「......その顔、思い出した。タニカワが担当するサークルに入っている大人しい大等学生の顔じゃ。実際話したことはなくて、名前すら知らんがな。さらに、そのコートはとある解剖医が加工した特別製。その攻撃のいなしかたはとある国の元国王がやってた護身術。全てチグハグなんじゃよ」

 「......つづけて」


 とどめを刺そうとしていた妖鬼が手を止める。セレアは背中を壁にめり込ませたまま、話続ける。


 「極めつけはその態度じゃ。百歩譲ってその医師から数日間に渡る生体手術を受けて尋常ならざる肉体と最高級の防弾・防魔コートを手にして、時空を渡りカルマポリスを救ったと仮定しよう。じゃが、そんな奴が今までの大混乱を放置しておくと思うか? それに、そもそもそんな強大な存在を一朝一夕で召喚できるはずがなかろう?」

 「旅から戻ってきたのが今日だったとしたら? 時空跳躍で弱っていてそんなときに召喚されたのだとしたら?」

 「今日はありえないんじゃよ。昨日、普通の人として存在するそなたを見つけたからな。そう、まるでそなたはわらわの記憶をツギハギして作り出した妄想の産物のようじゃ。そして、そんなものは現実に存在するはずがない。それが存在するということは......」

 「合格よ。よく気づいたわね」


 セレアは悪夢から目覚めた子供のように飛び起きた。首に添えられた手の持ち主を投げ飛ばして距離をとる。相手はテーブルクロスを巻き込みながら木製の長机の上を転がっていき、しまいには床に落下した。
 玉座も妖鬼も消えている。ここは石造りの砦の一室。どうやら会議室か食堂か何かのようだ。


 「ば、ばかな! あの幻覚を破ったというのか!」

 「ああ。何のことはない。授業で教わった証明問題の解き方のひとつにこんなのがあったのじゃ。答えが『こうである』と仮定、代入してそれが成りたつか成り立たないかをチェックする。単純な話じゃよ」


 机のしたから白髪の精霊が這い出てきた。端正な顔つきが苦痛で歪む。額を押さえた手には血が滲んでいる。


 「あら、念のため魔法を解いてあげたけど、必要なかったみたいね」


 二人の視線の先にはセレアを追ってきた水の精霊ウォリスの姿があった。
 その後、セレアとウォリスの二人によって虚空の精霊長レイは鎮圧された。これで精霊たちによるカルマポリスへの逆襲は一応の解決をみる。レイをはじめとするテロに参加していた精霊たちはウォリスによって精霊の都へと送り届けられ、セレアはタニカワ教授から本気で怒られてへこむのであった。
 だがセレアは知らない。セレアがレイを殴り倒したのは幻覚世界での出来事であったこと、目が覚めたと錯覚させることこそがレイの真の力であったことを。ウォリスが魔法を解いたからこそ目覚めたのであって、決して自分の力で打ち破ったわけではないことを。