夢見る機械 容易な兵器 ss3
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⬆前回
二日間セレアは悩み続けた。自分にとって何が最善の選択なのか寝ずに考えていたが、一向にいい解決策は思い浮かばなかった。そして決断の日、タニカワ教授に物理研究室に呼び出された。
そこには意外な人物が待ち受けていた。
「久しぶりだな。セレア」
「ガーナ元国王!?」
鋭い目付きに深紅の髪の毛をはためかせ、ドレスタニアの貴族服に身を包んで姿を表したのは、先代ドレスタニア王であった。こんな場所にいていい人物ではない。
タニカワ教授は教室の端で固唾を飲んで二人を見守っていた。
「なんだ、そう驚くことでもなかろう。ノア教の一件以降、我々は同盟を結んだカルマポリスに、商談も兼ねて頻繁に訪れている。この国の動力源に異常があると聞いたものでな、現在の状況を伺いに来た」
「なら、なぜ政府ではなくわらわの元へきたのじゃ?」
本来であればカルマポリス政府に直接話を聞くのが妥当だ。ガーナ元国王の思惑が読めない。
「先見の明という奴だよ。動力炉を狂わせる程の呪詛による異常ならば、解決するにもリスクを負うだろう。産業が活発なこの国の政府が、そんなことに金を進んで使うとは思えん。ならば、人ならざるものに解決させる方が切り捨てるコストの優先度は高い。最も、その為に君をここまで生かしてきたのだろう。つまり君に期待されている事は、セレアという個人の『活躍』ではなくアルファとしての『義務』であるわけだが......」
「わらわの思いは変わらん。引き受ける」
凛とした表情でガーナ元国王に宣言するセレアに対し、教室の端でタニカワ教授が額に手を当てた。
「そうか。理由を詳しく聞かせてもらおう」
「わらわはカルマポリスに残りたい。ここでしたいことがたくさんあるんじゃ。友達ともっと遊びたいし、行きたいところもある。そして、カルマポリスで出会った人たちに恩返しをする数少ないチャンスでもあるんじゃ」
「つまらん建前の話など聞いていない」
固い表情でつらつらと文言をのべたセレアに、ガーナ元国王の鋭い指摘が入った。
セレアは一歩後ろに下がって身をこわばらせる。
「いや、これが全部」
「私を前にして道化のままでいられると思うな。......タニカワ教授、少々よろしいか」
何かを察したのか、タニカワ教授はあっさりと教室の外へ出ていった。
「これで良いだろう?」
「......誰にも言わないと約束してくれるか?」
「ああ。口が固くなければ王は勤まらん」
心の底を見透かすかのような眼に、セレアは腹をくくった。
「自分の居場所がほしい」
「居場所か」
ガーナ元国王が渋い顔をした。予想はしていたらしい
「わらわはいまカルマポリスの孤児院で過ごしているんじゃが......国がどういうことを話したのかは知らんが、職員が全員びびりまくってのぉ。大袈裟な接待をするわ、ちょっとわらわが何かするだけで他の孤児をつれて隣の部屋に逃げたりとか。異様な職員のありようを見て、他の子供らもわらわを人扱いしてくれぬ」
無表情のままセレアは語る。
「学校もそうじゃ。わらわが妖怪でないことにみんな気づき始めておる。裏では一部の生徒が化け物と呼ばれているらしい。笑えるじゃろう。的を得ている」
彼女の話に、ガーナ元国王は真剣に耳を傾ける。
「そんななか、この国で唯一わらわの正体を知りながらも、人として接してくれたのがタニカワ教授だった。真摯に寄り添い、わらわの悩みを聞いて、一緒に解決法を練ってくれたり、慰めてくれたり......あやつには感謝してもしきれん」
セレアはその言葉の後押し黙った。重い沈黙の中、小さな声で呟いた。
「わらわはな、あやつという居場所から離れるのが怖いんじゃ」
元国王は深く頷くと、口を開いた。
「告白は済ませたか?」
「のっ......のじゃあ!?」
ガランとした教室にセレアの声が反響した。
「......まだに決まっておるじゃろう。なぜそんなことを聞く? っていうか告白ってなんじゃぁ!?」
「命を伴う作戦なのだ。戦場に行く兵士に未練があれば、それだけ成功率は下がる。伝えたいことがあるなら伝えておくが良い。それに、その曖昧な覚悟が災いして彼が衝動的な行動をとらないとも限らん」
「いま話したことはあやつに心配させまいと黙ってきたんじゃ。今さらそれを話せというのか? あやつをどれだけ困らすか想像もできんぞ!?」
声を荒くするセレアにたいして、容赦ない言葉をガーナ元国王が言い放つ。
「君は他人に対する良心の呵責から逃げるための戦いを選ぶということか。独り孤独に戦死しようが誰に悲しまれるわけでもなく、運よく生存すれば今のまま彼と過ごすことができると。それとも、この作戦により日常に変化が訪れるかもしれないという哀れな期待か」
少女は両手で顔を押さえつけ、首を横にふる。
「実に都合の良い優秀な兵器だ。扱いを学べば誰でも好きなように利用することができる。簡単な話だ、君の日常に少し触れればいいのだから。想像してみるがいい、君の選んだ素晴らしい未来を。君への報酬が『いつも通りの日常』ならば、作戦完了までは『お預け』にしなくてはな」
「わっ......わらわに居場所が......居場所が......欲しいんじゃ! そのためにわらわは今回の作戦を!」
「政府が君に与える居場所など、孤独な『戦場』以外にない」
机の上に大粒の涙がぽたぽたとまだらを作っていく。気丈に振る舞っていた彼女のペルソナが崩れたのだ。腕に頭を埋めて、泣きわめき続けた。
「ゔぅぅぅぅッ!!」
セレアはしばらくの沈黙の後、ゆっくりと顔をあげた。涙の残る顔に迷いはない。
「......ひぐぅ......いいや、それでもいくぞ。......そして生きて帰ってきて、みんなに打ち明ける......わらわの正体を! 今度は自分の力で居場所を作る!」
ガーナ元国王はゆっくりとうなずいた。
「それが答えか。......それでいい。なればこそ、我が国も後押しする甲斐がある」
ガーナ元国王が机の上に、ドーナッツ状のとても薄くて丸い銀色の物体を置いた。見る角度によって七色に輝いている。
「ノア教の捜査をしていたときに我が国の兵士が発見したものだ。ライン・N・スペクターの私物で、どうやらハッキングのための機能がこのなかに刻まれているらしい。私には扱い方がよくわからないが、タニカワ教授ならなにか知っているはずだ」
「恩に......ヒック......切るぞ」
ガーナ元国王は廊下に出て、タニカワ教授を呼んだ。その声にあわせて疲れきった表情のタニカワ教授が、教室に入ってきた。どうやら、心配で心配でしかたなかったらしい。
「タニカワ教授、彼女の決意は固まった。止めても無駄だろう」
「ですが!!」
「セレアはあなたの想像以上に成長している。私の見る限り、彼女はすでに自立するだけの意思と力を身に付けていた。それに、セレアの人生を決めるのは政府でもなければ我々のような部外者でもない」
「......わかりました」
ガーナ元国王はそそくさと教室を立ち去ろうとする。
「もう行っちゃうのじゃ?」
「大方の流れは掴んだ。我が国もやるべきことがある。早急に準備せねばな。また、何かあれば使節を通して連絡してくれ。」
「......それと、セレア」
「な、なんじゃ!?」
「居場所を『作る』と言ったな。その言葉、努々忘れないことだ」
セレアとタニカワ教授はガーナ元国王が出ていったのを確認して、安堵の息をついた。
「緊張で死ぬかと思った」
「わらわ泣き顔見られてどうしようかと思った」
「!? 何があった。乱暴とかされたのか」
「洒落でもいうことじゃないぞ、タニカワ教授」