暴虐のリベンジマッチ PFCS ss
1
「リベンジ!」
私たちは驚愕の眼差しで彼女を見た。
ルビネルは自身の体に鬼の遺伝子を入れる強化手術を施され、その力でビットから世界を救った。
そして、その御礼として欲しいものや何かやっておきたいことがあるか、とガーナが聞いたときの答えがこれだった。
「てっきり早く戻してもらいたいとでも言うのかと思っていたぞ」
ペストマスクが私の笑い声に合わせてカクカクと揺れた。私は小さい椅子にどうにか体を縮めて座っている。
「確かに今しか出来ないことではあるな。手術後は身体機能が元に戻ってしまうはずだ」
ガーナが集会場を見渡しながら頷く。姿勢よく座っているガーナに感心した様子でエウス村長が話を引き継いだ。
「アウレイスの能力で全快したとはいえ、その肉体の寿命が最大でも一週間であることにはかわりない。あと五日と半日くらいか。早急に準備しないと」
壁に寄りかかり常に回りを警戒している老人が言った。
「それで、誰へのリベンジなんですかい?」
ルビネルは口をつり上げて言い放った。
「私の胸を揉んだアイツよ!」
2
邪神ビットが完全に消え去ったということで、記念の宴会がここ、キスビットのタミューサ村で開かれた。ガーナ、エウス村長、そして後からやって来るハサマ王と言う頭のおかしい規模のスポンサーによって成り立った盛大な宴だ。
その目玉として、ルビネルが申し上げたリベンジマッチが行われることとなった。
「おっ! カワイイおねぇちゃん発見! おお、あっちにも選り取りみど……」
「あんたねぇ! 少しは時と場合を考えなさい!」
「グッ……グフゥ」
ゴツンと音のする質のいい拳がクォルの空色の髪を撃った。
「クォル、相手はルビネルなんでしょ? あの子の頭の良さはあんたもしっかりみていたじゃない。そんなノリで突撃したら負けるわよ?」
「あー、大丈夫。俺様の包容力でなんとか……。イタッッ!!」
黄緑色の長い髪、豊満な胸、プローポーションは抜群……いかにもルビネルがマークしそうな女子、ラミリアがクォルに詰め寄った。
「もう一発食らいたいかしら?」
「包容力でなんとかなるんだったらいいんだけどな……。相手は遠距離攻撃が得意で、かつ怪力持ちときた強敵だぞ? っていうかあのペストマスクが関わってる時点で……」
肩にかかった金色の髪の毛を払うと、バトーは黒いコートの二人組を見据えた。二人とも見事に黒髪であり、この世の者とは思えない。
「大丈夫。一応対策は練ってあるからねぇ~♪ 竜でも何でもどんとこいや、って感じ。相棒の調子も良さげだし」
バトーに対して剣を磨きながら余裕の表情で答えるクォル。謎の自信に満ち溢れている。
「さすがクォルさん! いつの間に対策なんて用意していたんですか?」
水筒を持ったラシェが顔を輝かせた。しかし、隣で話を聞いていたクライドは表情を曇らせる。
「それに、あのビットを倒したっていう噂もあるだろう? まあ、クォルの剣の腕前なら……」
「さすがクライドちゃん! わかってるぅ~! 単純な力比べで戦闘力は測れない。どんなに強くなっていたって数ヵ月前までは素人だったっていう事実はかわらないじゃん?」
上機嫌なクォルにラシェが。
「そういえばなんで今日は剣を二本持っているんですか?」
3
「ルビネル、勝てそうか?」
「まあ、負けるにしても一泡吹かせてやるっ!」
ルビネルは異様にやる気になっていた。ストレッチをしてからボールペンをブンブン振り回し、アップをしている。ルビネル……もしかして酒飲んでないか?
「やる気十分だな」
エウス村長がルビネルに声をかけた。野性的でダンディーな風貌はいつみても圧倒される。
「ええ。この胸の敵よ、負けられないわ」
「冷静さも失わないようにな。クォルは世界的に見ても有数の剣士だ。無策に戦っても勝ち目は薄い」
ガーナのフォローにルビネルはフフフッ! と笑うと
「老人に教えてもらったえげつない手も精一杯使わせてもらうわ」
と、木陰で涼む老人に手を振った。老人は軽く茶色い帽子を持ち上げて返事をした。
「あやつは僅かな時間とはいえ、わらわと一対一で戦い生き残った男じゃ」
「私はあなたが対抗すらできなかったビットと戦って勝ったのよ。負けるはずが……」
クォルとルビネル、両者と戦ったことのあるセレアは不安げだった。
そんな様子を見て私はスッとエウス村長の元に駆け寄った。
「エウス村長、率直に言ってクォルとルビネル、どちらが勝つと思う?」
「うーむ。ルビネルの戦闘スタイルは遠中距離のペンと近距離の打撃。打ち合いに関しては間合いが広く戦闘経験豊富なクォルが有利だ。ただ、遠距離から攻められればクォルは一方的にやられる。そもそもルビネルが空を飛べる時点で……」
「ああ、この勝負クォルが圧倒的に不利。私はルビネルが勝つと予想している」
「……だが、勝つのはクォルだと私は思う」
「エウス村長、理由を是非聞かせてくれ」
「ルビネルは今、強敵を倒し世界を救い自分に酔っている。クォルは一途に剣のことを考え、自己鍛練を欠かさないと本人の口から聞いた。少しでもルビネルが隙を見せればそれこそ一瞬で勝利をもぎ取っていくと考えた」
「なるほど……」
私とエウス村長の話をサターニアの老人の声がたちきった。
「選手の方! そろそろ試合時間です。運動場の方までどうぞ」
4
新生タミューサ村の外れにある運動場でクォル、ルビネルの両者は向き合った。
「さあーて、ちょっと痛いかもしれないけど我慢してね?」
「あなたこそ、ちょっと痛め付けるかも知れないけど気を付けるのよぉ? 前みたいにはいかないから」
腕をごきごき鳴らしてクォルを挑発するルビネル。
「えっ! まだ根に持ってたの?!」
〈東側、自警団団長クォル。超実力派。それにたいして西側ルビネル。ペンを多用するトリックアタッカー! ペン対剣! ペンは剣よりも強しということわざがありますが、果たしてそれをルビネルは実現できるのでしょうか。それともクォルが圧倒的な力でねじ伏せてしまうのでしょうか! さあ皆さん、しかと見届けてくださいませ! 試合開始!!〉
クォルは試合開始の合図と同時に、なんと手に持った大剣を大きく振りかぶるとそのままぶん投げた。
あまりの暴挙に一堂唖然。
ブーメランのように回転する剣がルビネルへ向かっていく。離陸しようとしたルビネルは不意をつかれ、ペンで剣を弾いたものの体勢を崩した。
「なっ!」
「一本頂きっ!!」
背中の鞘から大剣をもう一本引き抜くと、そのままルビネルに突撃した。クォルの空色の髪が大きく後ろになびく。
ルビネルは後ろにのけぞり、地面に倒れこみそうになる。しかし、ルビネルは背中をのけぞったまま静止した。四十五度くらいを保ったままなんとかクォルの剣激をペンで受け止める。そう、『ペン』である。
「そんなのあり!?」
「大ありよ!」
リーフリィ勢が一同唖然としていた。まあ、普通そうなるよな。
クォルの大剣での剣撃を両腕のペンで弾き、流す。異様な姿勢と武器で対抗してくるルビネルに対してもクォルは的確に剣を振るっていく。
重い剣はずの剣がまるで競技用の軽い剣であるかのように軽やかに打ち込まれる。そして、大剣はルビネルのペンに到達したとき、思い出したかのようにその重みを取り戻すのである。
「クォルの攻撃が容赦がない所を見るに、最初の一太刀でルビネルの実力を察したか。それにしても、なぜルビネルは攻撃にペンを使わない? 手加減しているのか?」
私の言葉に、ガーナ王が咳払いをして答えた。すぐそばでラシェとラミリアの声援が聞こえてくる。
「立ったままであれば数本のペンで体を支えられるが、今のような倒れかけの姿勢を支えるには相当数のペンが必要になる。これではペンを攻撃に回すことが出来ない。それによく見ろ。ルビネルの体勢が少しずつだが後ろに倒れている。完全に地面に倒れこめば自分をペンで支える必要がなくなるから、その時点でクォルの負けは濃厚だ」
ルビネルのコートがはためき、髪の毛がなびく。
たしか、彼女のコートにはペンを動かすだけで起動する閃光弾が仕込まれているはず。それを起動させれば……と思ったが、自分の目と耳を保護するために使えるボールペンがないことに気づいた。
老人も薄目で戦況を見極めつつ口を開く。
「クォルの旦那もペンを何かに見立てて平然と対応してやがる。人外相手に圧倒すると言われるその実力、さすがとしか言えませんね。しかも相手が守勢にまわると弱い能力であることを察して全力で攻めていますぜ。剣を生かしたバカみてぇな間合いがハックステップすら無効にする。やっぱり強えぇ!」
クォルはまるで荒ぶる竜巻のように恐ろしい速度で剣撃を繰り出していく。間合いをとる隙すら与えず、ルビネルは防戦一方だった。
ただ、見かけほど両者の戦闘力に差はないはずだ。現に攻めているはずのクォルにはまだ余裕が見え、ルビネルは段々と動きが洗礼されてきている。
そんなやり取りを見ていたエウス村長思わず口を開いた。
「ペン二本でクォルの剣と渡り合うとは。さすがは鬼の怪力と動体視力だな。付け焼き刃の技術を恵まれた体格でカバーしている。ただ、相手の動きを見て反応する技術に関してはクォルの方が上だ。だからこそルビネルは攻勢に出ることが出来ない。ガーナの言う通り急に地面に倒れこむとその動きを読まれ、隙をクォルにつかれてしまう」
長い間攻防が続いたが、ついにその時が訪れた。ルビネルの背が地面すれすれまで到達したのだ。あとは背中のペンの呪詛を解除し、全身に仕込まれたペンを攻撃に回せば決着がつく!
ルビネルが背中のボールペンの制御をやめたと同時に、クォルの周囲に攻撃用のボールペンが展開した。ルビネルが勝った!
「うおおおおぉぉぉぉぉ!」
だが、それを見たクォルの一撃がなんと呪詛でコーティングされたペンを砕いた。クォルの勝ちだ!
……と思ったがルビネルはそこで諦めなかった。全身のボールペンをクォルの方向に動かすことで、緊急回避と足払いを同時に試みる。
クォルは前傾になっていた所にさらに足払いを食らった。クォルはなんとか数歩下がってバランスをとろうとしたが、ついに叶わず前のめりに転んでしまった。そして、転んだ先には……!!
「あ……」
私は思わずペストマスクの口の部分を押さえた。
ガーナ王は一見動じていないようだったが微かに手が震えていた。
エウス村長は頭に手を添えて、深いため息をついた。
ラミリアが額に手を当てて『あーあ』と首を振った。
ラシェリオは口に手を添えて驚いた。
「この……変ッ態!!」
パァンッ! という異様な音が響いた。クォルは鼻血を出しながら空中で二、三回転しながら地面に不時着。幸せそうに眠りについた。
その様子を顔を真っ赤にして自分の胸を押さえるルビネルが睨み付けていた。
「今の勝敗は?」
「本来剣を受け止めていたペンが砕かれた時点でクォルの勝ちだった。だがクォルはルビネルを傷つけまいとあえて攻撃の手を緩めていた」
エウス村長が勝負を冷静に分析するなか、ルビネルの唸る声が聞こえてきた。
「……一度ならず二度までも……かくなるうえはっ!」
胸を張り、大きく息を吸い込むルビネル。嫌な予感がしてその場にいる全員が彼女に視線を送った。
「ヤってやる!」
ガーナ王が唖然とした顔で私に質問してきた。
「あれは? なんか様子が変だぞ?」
「アウレイスを救うために約一ヶ月間断食をしたうえ、過酷な訓練をし続けたんだ。アウレイスを無事に助け出したことで気が緩み、ストレスが爆発したんだろう」
冷静に分析してみたけれど、これはヤバヤバい!マジヤバと言っても過言ではないだろう。
「たぎるッ! 体が火照ってあいつを食えと唸りをあげる」
老人も思わぬ事態に困惑している。
「えっと……俺の経営している夜の店にでも案内しますかい? まあ、この様子だと止めなきゃ……」
「セレア! とりあえず足止めを頼む!」
ぼーっと様子を見ていたセレアがピョコンと飛び上がった。
「うえぇ!? のっのじゃぁ!?」
「う~ん、お姉さんのムニムニがムヌムヌ……ガクッ」
「クォル! しっかりしなさい!」
〈勝者! クォル! 美味しいところを持っていって完全勝利ですじゃ!〉