セレアの朝食
朝、わらわは静かに目を覚ますとベッドからおりて、眠い目を擦り大あくびをしながら部屋の隅の洗面台に行き、顔をバシャリと洗う。顔をタオルでフキフキした後に、パジャマの裾を地面に引きずってたことに気がついて、あわてて捲った。キッチンに行き戸棚からパンを取り出すと、トースターにかけた。
部屋の奥にあるキッチンで呪詛式のラジオから流れるニュースを聞きながら、ベーコンをじゅーっと焼いていく。
「ふわぁー。眠いのじゃぁ……二度寝したい……でもここで寝ると次にいつ起きるかわからんしのぉ」
銀色のフライパンをいい感じに動かしながら、もう一度左手で目を擦った。
コンコン、と扉の叩く音がした。
「朝っぱらからなんなのじゃあ?」
左手をみょーんと伸ばして棚から皿を取り出すと、ベーコンを空中に放り投げた。ベーコンは宙でカマイタチの呪詛で程よい大きさに切断され、左手のお皿に着地した。フライパンはドロリと銀色の液体に変化するとわらわの手に吸収されてた。皿を置いて、パジャマをワンピースに変形させる。
「おかあさんはいないのじゃ。『きょーざい』とか『せーしょ』とかそういうのはよくわからないのじゃ、すまんのぉ……おっ? おお?」
「セレア、何を言っているんだ」
長身の貴族服に身を包んだ男がそこにいた。鋭い目付きをみて、ワタワタしながらわらわは言葉を返した。
「がっガーナ! なぜこんな時間にこんなところに」
「逆になぜこんなところに勧誘が来ると思っているんだ?」
「ねっ、寝ぼけてただけじゃよ!」
ふむ、といってガーナはわらわの部屋を見渡した。
「とても邪宗の総本山の一室とは思えん。呪いめいた石像やら絵画が飾ってある部屋の数々の中に、これほどまでに典型的な一般家屋の部屋が混ざっていると逆に不自然だ」
「すごいじゃろ~。クロノクリスを脅してわざわざ作らせたのじゃ。……よっと、折角じゃ。朝食を振る舞おうぞ。椅子に座ってよいぞ?」
ガーナは部屋の中央にある一般的な木製の机に近づいた。そして、高さの調節できる椅子を引っ張り出すと、腰かけた。
わらわは部屋の奥のキッチンへと向かい、戸棚から普通のフライパンを取り出した。パンをトースターにセットしつつ、フライパンに油を引き温める。さすがに握り飯感覚で元国王に料理を振る舞うのは不味いと思ったからだった。
「……アルファの肉体でも料理は食べるのだな」
「食べるということはなにもエネルギー摂取の為だけに行っているのではないからのぉ。五感を使って食材の旨味を楽しむということは一種の贅沢であり、わらわにとっての楽しみでもあるのじゃ」
一呼吸置いて考える。
もともとわらわの肉体は呪詛をエネルギーとして動く防衛兵器として産みだされた。その肉体に燃料として子供の怨念をこれでもかと言うほど詰め込んだのがわらわであった。
途方もない人数の子供の魂をそのまま搭載しているわらわは何も食わずとも生きていける。地縛霊が幾年も怨念だけで存在し続けるのと同じく、わらわもただ突っ立っているだけで体力も呪詛も回復する。
しかし、わらわは仮にも元人間だ。
「それに、かつて人であったことを忘れないためにも、食べ物は一日三食食べると決めておる」
「なるほど。そういった心がけが人間らしさを形作っているのだな」
パチパチと景気のいい音をベーコンが奏でている。いい臭いも漂ってくる。
わらわは皿にベーコンを盛り付けると、トースターから黄金色に焼けたパンを取り出して、ガーナに渡した。
「ほい、ベーコントースト。好みでこのバターも使うのじゃ。宮廷料理みたく豪華ではないが……まあ、ここに来たのが運のつきだと思い、食べてみろ」
「では、頂こう」