カルマポリス 3
道路両脇の街頭ですら緑色に発光する。私は車道の両端に作られている歩道を歩いていた。途中で走り回っている子供とぶつかりそうになり、靴底に仕込んだボールペンを操り、足を動かさない反復横跳びのような感じで避けた。
道行く人はセール品かなんかの大きな袋を持っていたり、死んだような顔をして黒い鞄を揺らしている人もいた。
服装は皆バラバラで、民族衣装に身を包む人もいれば、ライスランドから輸入した軽装、ドレスタニア産の正当派ブランドなど様々だ。
工業で莫大な利益を産んだカルマポリスだが、それはワースシンボルのエネルギーに依存している。経済から何から何まで全てワースシンボルが中心にある。いわばワースシンボルはこの国の神だ。
そして、私たちはそのエネルギーの源に会いに行く。
町の時計搭にあるエレベーターで降りること数十メートル。そこに巨大な地下空間がある。
ただ、思いの外エレベーターに乗っている時間が長い。
「ルビネル、その鞄はなんだ?」
「ああ、これは化粧用具とかその他もろもろです……」
「君の通っている道場仲間から聞いたぞ。時々すっぴんで稽古にいくらしいな」
「ナチュラルメイクです」
「それ違うから!自然な感じでまるで化粧していないように見えるメイクのことであってな……。まあ、君は化粧しなくても十分いいけれどもさ。今日もちゃんとしてきてるみたいだし」
「ありがとうございます。タクシーの中で改造したボールペンを化粧用具に巻き付けて化粧したので、少し不安でしたが」
「呪詛の使い方をまちがってないか?」
「タクシーの運転士に『そんなにあわてて、急なお出かけかい?』って聞かれたので、『神様に会いに行きます』って言ったら呆然としていました」
「だろうな」
「王様からの手紙を見せて成り行きを話したら、タクシーの運転士の顔が凄いことになりましたよ。もうこの世の終わりじゃないか、ってくらい。」
「……言いたいことは山ほどあるが、とりあえず、信仰の対象に会うときくらい寝坊はやめとけ」
「寝坊じゃないです。普段通りの時間にはおきていたんです。ただ、メイクに時間がかかって……」
「タクシー乗る前からお化粧してたの!?」
「あ、着きましたよ、教授」
「はぁ……」
私はエレベーターから一歩を踏み出す。床と天井は謎の配線に埋め尽くされており、全てこの空間の中心部に延びている。中心部には人一人が丁度入れそうな位の大きさの水晶が浮遊していた。何本もの配管がそこに繋がれており、ワースシンボルをくびれとした、グロテスクな砂時計の形をしている。
〔我はアークシンボル。カルマポリスの人々に悠久の繁栄を授けるものなり〕
脳みそのなかに直接声が響いてくる。平然とテレパシーを使ってきた。タニカワ教授は臆せずワースシンボルに言葉を投げ掛ける。
「まず最初に、私たちが『何か』と読んでいる怪物はあなたが作り出したものなのですか??」
〔いかにも〕
え、そんなあっさり?
「なぜそんなに重大なことを我々に教えなかったのですか?」
〔今目の前にいる二人を除いて疑問を持つものがいなかったからだ〕
この国、大丈夫かなぁ?
「では、なぜ『何か』を産み出すのですか?人を殺してまで果たすべき目的があるのでしょうか?」
〔侵略から守るためだ〕
「外からの?」
〔いいや、カルマポリスの住民の侵略から諸外国を守るためだ〕
うーん、タニカワ教授に任せきりは申し訳ないなぁ。かといってワースシンボルが言っている言葉の真意もわからない。こういうときは素直に自分の思ったことを言った方がいい、と教わったような気がする。
「とりあえず、よく言っている意味がわからないので、最初から説明して頂けますか?」
ワースシンボルを取り巻くように4つの魔方陣が描かれた。そのすぐ上に黒い三角錐が出現する。先端が明らかに私たちを狙っている。
「ルビネル、『面接』と『神様との会話』は違うから!ごっちゃにしないで!一応これでも国の命運かかってるんだから」
「教授、いつのまにそんな壮大な話になったんですか?!」
私たちは身の危険を感じとり、身構えた。
合計四つの三角錐の先端に、緑色の光が集まっていく。一瞬光が圧縮され小さな球になった。次の瞬間、私たちに向かって光の線が放たれた。
とっさに靴底のボールペンを使って跳躍した。振り替えって見ると、今まさに私がいた場所の床の配線が、きれいに切られていた。
着地して一息つく間もなく、第二撃が発射された。今度は床下の配管をボールペンで持ち上げて盾にした。けれど、ほんの二、三秒で焼き切れた。
〔遥か昔、私は無機原虫━━仮にαと呼ぼう━━に寄生され、遺伝子変異を起こした。その影響で私は癌制御遺伝子を獲得した。不死の細胞である癌を制御することで実質不死身となった。しかしその代償としてどんなに体が崩壊しようと、癌細胞によって生命を維持され死ねなくなった〕
偶然視界の隅にタニカワ教授が映った。加護で作ったバリアを踏み台にしてレーザーをかわしている。
私はその隙にワースシンボルに近づこうとしたけれど、二本のレーザーによって阻まれた。さらに背後から三本目の光線が放たれる。
〔不死によって得た長い年月により、感覚が研ぎ澄まされていき、とうとう魂を感じとる感覚、俗に言う第六感を手に入れた。さらに、魂を認識出来たことで魂を支配する術も得た。妖怪として境地に達した私は、自らを到達術師―リムドメイジと名乗った〕
敵に全く隙がない。どんなにワースシンボルに近づこうとしても、4本のレーザーが的確に道を塞いでくる。砲台となっている黒い三角錐を狙おうにも、常に動き回っている上に、地下空間の上部を浮遊しているから、普通に破壊するのは無理。
そもそも攻撃をかわすので精一杯だ。
〔まだ精神的に未熟だった私は、この素晴らしい能力を広めようと、原虫αの一部(魂操作の遺伝子ドメイン)を一部の若者に与えた。
分け与えたα遺伝子は不完全であり、二人以上の魂をリンクさせることで、はじめて肉体の制限を越え圧倒的な力を発揮できる。これがこの国に伝わるパラレルファクターの原点だ〕
ワースシンボルは激しい攻撃とは裏腹に、穏やかな口調のテレパシーで、淡々と話を進める。
〔だが、力を得てしまったがために生まれた選民思想と、欲にかられた人々はα遺伝子による圧倒的な武力で世界侵略を行う計画『リムドメイン』を発令した。
私は人々の繁栄と幸福のために力を与えたつもりだった。パラレルファクターは侵略に使う兵器ではない!私は人々に抗議したが、αに感染し強大な力を持った若者たちによって、逆に魂を引き裂かれ、封印された。
私は永遠に近い命を持っていたため、魂の力もまた無尽蔵であった。そこで、私はエネルギーを供給し快適な空間を作り続けることでその地に人を集め、定住させた。
最後に、私は集めた人々から他国に侵略をする余裕を奪うため、君たちの言う『何か』を定期的に召喚することにしたのだ〕
カルマポリス 2
3
木製の長机とイスが規則正しく並んでいる。それらは部屋の前方にあるボードに向けられている。ボードには『休日の特別講義━━カルマポリスのシンボル依存問題』と書かれていた。
教室に生徒はいなかった。どうやら体育館に避難したらしい。
「ここなら廊下の様子も見えるし階段も近い。まあ、それなりに安全だろう。何より君の能力が活かせる。それにしても━━」
年を10才以上若く見られる、タニカワ教授はボードを見てから呟いた。
「━━ルビネル、この町のシンボル依存は深刻だな。他国では電気やガスを使って行うことをシンボルからのエネルギーに一任している」
「ええ、今日の朝のドラマでやっていましたよ。『もしもシンボルがなくなったら』って」
ドラマでは電気とガスが普及し始めたあたりだった。電線とかガス管設置の描写が抜けていて、なんじゃこりや状態だったけど。
私は廊下側の窓をみた。室内の明かりで薄くなっているものの、やはり緑色の光が混じっている。
タニカワ教授はスーツのポケットから手のひらサイズの黒い箱のようなものを取り出した。シンボルエネルギーで動き、通信するラジオだった。
【……は100才くらい、身長170cm前後の老人で、古ぼけたビジネススーツを好んで着ます。見かけたら治安維持班までご一報を。次のニュースです。先月、『何か』召喚回数が3回を越え、死者が2人に上りました。出現頻度及び使う呪詛・魔法の強さが増していることから、警備班は警戒を強めてい━━『何か』出現予定時刻です。外にいる方は直ちに建物内に避難してください。繰り返しま……】
「前は一月に一体召喚されるくらいだったのに」
「そうだな。そういえば君が課題をしている間、私も創世記をあらかた探ってみたんだが」
「あの分厚いのを何冊も!?」
「断片的だが面白い記述を見つけた。リムドメイン計画って言うんだけど、これがパラレルファクターのルーツに……」
私は突然何か嫌な感じがして窓の外を見た。廊下越しだったから分かりにくいけれど、何か変だった。
「どうしたルビネル?何か見えたのか」
遠くに、遠くの空に白い点が見える。白い点はどんどん大きくなり、やがてそれが人の形をしていることがわかる。儀式で使うフードつきのローブのような物に身をまとっている。
でもここは確か学校三階のはず!?
「教授!人が……浮いてる」
「いいや、あれは『何か』だッ!すぐに教室の窓からはなれて、反対側の壁によりなさい!!」
4
どんどん『何か』は近づいてきた。フードで顔を隠しているが、その下から少しはみ出ている肌は真っ黒だった。
そして何より、さっきまでなにも握っていなかった右手に、身の丈ほどもある、大きな鎌が現れた。白いフードの『何か』は両手でそれを掴むと大きく振りかぶった。
「大体この教室から約100メートル。少なくとも持っているのは浮遊の魔法と武器召喚の魔法か」
「教授!冷静に分析している暇があったら机の下に隠れてください!」
次の瞬間、地面から体が少し浮き上がった。バリバリバリッ、と大量のガラスが一度に割れる音がした。廊下の窓はもちろん、教室の窓ガラスにもヒビが入った。
天井からホコリが舞った。
そして、もう一度すさまじい衝撃が学校を襲った。
「タニカワ教授!大丈夫ですか?」
「これは、鎌から産まれた爆風か!」
力が入らない。全身の筋肉が痙攣してる。瞼が開いたまま動かないが。
「どうしよう、まさかこの学校のこの階を狙って打ってくるなんてっ!怖い。からだが震えて動けない」
「いいや、違う。あいつの向いている方向から判断すると、狙われたのはひとつ下のフロアだ」
「えっ、じゃあ余波だけでこれだけ!?それに、ひとつ下のフロアって……」
職員室がある。もし、最初の一撃で廊下が破壊され、もう一撃で教員室内にあの衝撃が到達したら!
「……どこで知ったわからないが、敵はこの学校の構造を知っている。しかも、あえて昼休みの時間帯を狙ってきた」
「助けにいかなきゃ!」
「ダメだ!君はここにいて私が……と言いたい所だが、君の方が強かったな。二人で行こう」
「えっ、ええ?!」
5
下の階はひどい有り様だった。とても大きな刃で廊下の端から端まで切り裂いたらこうなるのだろうか。廊下と教室の境がなくなり、コンクリートがむき出しになっていた。あちこちであり得ない方向に曲がった骨格が飛び出している。
そして、壁際には机をはじめとする色々なものが山積みになっていた。私はそのなかに人のご遺体があるんじゃ、とすんごくドキドキしながら、さりげなくタニカワ教授の手を握っていたけれど、特になにもなかった。
「はあ、今日が休校日で本当によかった。ここにいた先生方も早々と体育館に逃げていたみたいだ。他の教室も見たところ人影はなかったしな」
「ああ、憎き職員室が……」
「本音が出てるぞ、ルビネル」
「感傷に浸っているんです」
「じゃあ、さりげなく成績表を踏みつけるのやめようよ」
「あっごめんなさい、ついうっかり」
「そう言って校長先生の座席に座るのもやめなさい」
「あっ万年筆発見!しかも二本!」
「教授、悲しくなっちゃうな」
タニカワ教授がうつむくフリをしてしゃがんだ。私は万年筆を掲げ、懸垂のようなポーズをとり、足を縮めつつ天井まで跳ぶ。
タニカワ教授の上、私の下を風の刃が通りすぎた。窓とは反対側の壁がとうとう衝撃に耐えられず穴が開いた。後ろから木材や石の破片が跳ね返ってきたけれど、タニカワ教授の呪詛によって守られた。
「どうやら、振りかぶらなくてもそれなりの衝撃波は放てるようだね。私の守りの呪詛は二人を守るので限界だ。他に人がいなくて本当によかった」
「教授、逃げたいです」
「ああ、ルビネル。早速逃げよう階段も向こうに……」
とタニカワ教授が言った瞬間、階段の方向から爆発音と、何か大切なものが崩れ去る音が聞こえた。
「下り階段が三つとも切り壊されたっ!これでは、逃げられない」
「え、じゃあ、こいつ私たちを殺す気ですか?」
ボールペンで手品芸をする事くらいしか脳がない私にどうしろと。
「いいや、恐らく半分は正解だな。そこで、私にいいアイデアがある」
「え、説明する暇ありますか?」
6
私とタニカワ教授は反対方向にダッシュした。
案の定『何か』はタニカワ教授に向かって突風を放った。教員室のある階を狙ったことから、多分教職の人が奴のターゲットなんだろう、とタニカワ教授は推測していた。
そのタニカワ教授はいい感じに物影から物影、とうしようもないところは守りの呪詛で避けている━━と私は信じてる。
ある程度タニカワ教授と離れたところで、私は『何か』に向かって校長の万年筆を投げた。
奴は白フードを少し揺らし、まるでハエを退けるが如く鎌で万年筆を叩き落とそうとした。
でも、鎌は微妙に万年筆を避けて空を切る!
「やった!守りの呪詛が効いた!」
さっきタニカワ教授が私の守りを解除して万年筆に呪詛をかけていた。確実に不意をつくために、ね。
そのまま化け物の喉に万年筆がつき刺さろうとするっ!……というところで今度は左手にキャッチされてしまった。守りの呪詛は最初の一撃で破られている。この距離ではかけ直すこともできない。
でも、なんの問題もない。
「『ペンは剣より強し』。ちょっと勉強不足じゃなあい?」
万年筆のペン先が『何か』の喉元に突き刺さる。そのまま体内に潜り込んだ。
「タニカワ教授!終わりました!」
化け物が呻き声を上げながら頭を抱えているのをよそに、私は宿題の終わった小学生みたいな声でそう言った。
でも、答えてくれる先生は誰もいなかった。
霧の街カルマポリス PFCSss
信仰都市国家:カルマポリス
その昔強大な力を持つ魔法使いがいました。魔法使いは彼の持つ魔法で人々を支配しようとしました。しかし、勇敢な若者たちが魔法使いに挑み、力を会わせ、魔法使いの魂を封印しました。
魔法使いの力と肉体、そして魂はワースシンボルと呼ばれる巨大な水晶となり、信仰する人々に富と力を与えました。
そしてワースシンボルは『自らを崇めるものは、死んだ後に魂がワースシンボルによって浄化され、再びこの世に転生する』と、言いました。
ワースシンボルに惹かれた人々はその加護を最大限に受けるために村を作りました。
そして村はいつしか町となり、最後には国になりました。
━━カルマポリス初代国王の伝記より━━
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【『何か』が出現しました。大変危険ですので民間人は建物から出ないでください。もし、『何か』に遭遇した際はすぐに逃げてください】
警報を知らせるアラームがカルマポリス全体に鳴り響いている。私は布団の中でじっと外の音に耳を済ませていた。街が恐ろしいほど静だから、高層ビルのど真ん中の階でも外の声が聞こえてくる。
「おい!いたぞ!『何か』がいたぞ!」
爆発音。
「奴は触れたものを爆破させる呪詛を使ってきます!地面を触れても爆発するようなので、無闇に近づくのは危険です。遠距離からの攻撃が有効でしょう。私が行きます」
「いいねぇ。遠距離から放てる『呪詛』なんて。俺もそういう『呪詛』を持ってうまれたかったなぁ」
猛吹雪が吹く音。その後、再び爆発音。
「爆風で氷柱を吹き飛ばしやがった!んっ!なんだ、この熱を帯びた大気は!?」
「どうやら私の作り出した吹雪で雪だまを作り、それを投げてきたようです。空中で分解された雪の欠片は一つ一つが爆弾と化しました。読みきれなかった私の敗北です。あなたは効果範囲外にいるので早く待避してください」
私は布団から少しだけ這い出て、窓に向けてボールペンを一本、投げた。ボールペンは独りでに窓の鍵を開けて外に出ていった。怖いけど、人が死ぬ音を聞くのはもっと怖い。
「馬鹿な!お前ほどの奴が一瞬で」
「一瞬の判断ミスです。申し訳ありません……。爆発後しばらくのインターバルがあるようです。その隙に怪力の『呪詛』で奴を仕留めて……」
ガッ、という『何か』のうめき声と倒れる音が響いた。
「爆発……しない?」
「助かった……一体だれが?」
1
この街は妙だ。まず最初に昼とか夜とか関係なしに、緑色の怪しい霧が漂っている。しかも、都市全体をドームで覆うかのように。みんなはこの緑の霧が魔法使い様の加護だと言うけれど、私からしたら呪いか何かにしか見えない。実際に外から来た人もそういっていた。
私は高層ビルの窓から外の景色を拝んだ。太陽の下たのに、建物の輪郭が緑色に縁取りされている。窓から漏れる光も緑黄色に着色されていた。
この街のエネルギーの源である『ワースシンボル』(既存のエネルギーに例えるなら電線を繋げなくてもいい電気のようなもの。この霧を作り出している元凶)は狭い地域にしか効果を発揮できない。だから『ワースシンボル』の働く敷地に出来る限り建物を作ろうとした結果、高層建築が立ち並ぶ無機質な街並みになった、と教授がいっていた。
街の中央には時計塔があるけれど、これは今の時間を指し示していない。針が666を指し示すとき街に出てくる『何か』の出現までの猶予を表している。だから長針と短針と秒針が別々の法則で動いていて、普通の時計としては全く役に立たない。
私は窓を閉め、部屋に戻った。橙色の優しい照明にピンク色のベッドの上のぬいぐるみ達が照らされていた。
「やっぱりみんなもカラフルなほうがいいよね」
私はふわふわのベッドに腰かけて、その中でもお気に入りの、お姫さま人形をなでなでする。ほらほら、かわいいかわいい。
「……あれ?やばっ、遅刻!時計塔の時間見てた!」
私は慌てて靴を履くと、窓の縁を蹴って空へと飛び出した。そのまま夜の町をゆっくりと滑空して数分ほどで学校にたどり着いた。
2
10人くらいが一度に通っても大丈夫そうな広い廊下を私たちは歩いていた。一枚一枚が人の体ほどの大きさがある窓から、緑色の光が溢れている。
そんななか、私はいい感じに老けてきた教授と話をしていた。ほっそりとしているのに、大胸筋がしっかりとついているのが服の上からもわかる。
声が色っぽいと女子生徒に高評のタニカワ教授の声が廊下に響く。
「妖怪(供魂者)が生きたまま肉体を消されるか、その魂を自らの意思で差し出すと、その魂が別の他者(受魂者)の魂とリンクする。受魂者は肉体の制限を無視して供魂者の呪詛を行使できる。ただし、魂のリンクは精神に大きな負担を与える。そしてこれらの能力を使える人を『パラレルファクター』と呼ぶ……がこれまでの研究でわかったことだ。それでだ、ルビネル」
ルビネルと呼ばれたときに一瞬のドキッとしたけれど、タニカワ教授にそれは見せなかった。
「はい、タニカワ教授。先日もお話ししたように、これはシンボルと共通しています。シンボルに人の魂が帰り転生する。これはつまりシンボルが受魂者で、死んだ人が供魂者になるのでは?」
「シンボルと魂は一旦リンクし、解除されてこの世に転生する。つまり、ルビネルの言葉に従えばシンボルとは何者かの魂……つまり創世記にある魔法使いの魂そのものであると」
「もし、創世記の通り魔法使いが人にたいして敵だったとしたら……」
「魂の力までは封印されていない可能性がある。それはつまり魔法使いの力は限定的とはいえ健在ということになる。今も我々が魔法使いの手のひらで転がされている可能性は大いにあるな」
タニカワ教授は苦虫を噛んだような嫌な顔をした。が、すぐにいつもの精悍とした表情に戻った。
「それにしても、本当に君のペンを操る呪詛、便利だな」
「へっ?」
タニカワ教授は私の目の前に浮いているものを興味深いといった顔で見つめていた。
ボールペンがメモ帳の左右のページの端をペン先のクリップで挟んで留めてたまま浮遊している。そして、もう一本のボールペンがひとりでに今の会話の要約を超高速で書き留めていた。
「ああ、これですか。まあ、便利ですけど器用貧乏っていうか」
「今日も靴底にボールペンを仕込んで跳んできただろ。空を見上げたとき見えたぞ。校則違反だ」
困った子だ、という顔でタニカワ教授は私の頭を軽く撫でた。くすぐったい。
そのとき警報が鳴り響いた。
【『何か』の出現予想時刻三十分前です。カルマポリス内にいる人は至急建物内に入り、そこから出ないでください。処理班が対処します】
「警報か。一週間ぶりだな。教室にいこう。廊下にいるよりはマシなはずだ」
「でも、この学校は殆ど襲われませんよね。外に処理班がずっといるし」
「そうやって油断して、後悔したことが私には何度もある。早く避難しよう」
PFCS カルマポリスについて(4.9更新)
信仰都市国家:カルマポリス
●カルマポリス
妖怪が作り上げた都市国家。ワースシンボルから得られるエネルギー(既存のエネルギーに例えるなら電線を繋げなくてもいい電気)により、工業や貿易が発展している。
町の風景は驚くべきほど近代的で100年進んでいると言われている。
そのかわりにワースシンボルの影響下は緑黄色の霧が絶え間なく漂っており、非常に不気味とされる。遠くから見ると緑黄色のドームの中に都市が封じ込まれているように見える。
ドームの外には田園地帯が広がっている。
(因みにカルマポリスの機械はワースシンボルのエネルギーに依存しているため、郊外にでるとほとんどの家電製品は使用できなくなる)
●種族
主に住んでいるのは妖怪とアルファ。小数だが鬼も住んでいる。人間、精霊は住んでいない。
・妖怪
この街の人工のうち9割を占める。ワースシンボルに依存して生活している。
ちなみにここの出身の妖怪は、呪詛の力が強い代わり、緑の霧(ワースシンボルの影響下)でしか呪詛を発動できない。
郊外で使用するにはアトマイザーが必要。
・アルファ
アルファは光る装飾をつけられて町の名物になっている。主に街の清掃を担当している縁の下の力持ち。
●町の建物
・時計塔
カルマポリスの叡知を集めた時計塔。地下にワースシンボルが安直されている。
・ワースシンボル
地元の神社に祭られている神様のようなもの。エネルギーを町に供給している。
・高層建築物
ワースシンボルのエネルギーが届く範囲に出来る限り建物を作ろうとした結果、高層建築が立ち並ぶ無機質な街並みになった。
マンションの他にファッション店や百貨店等、様々な商業の建物がある。
ルビネル
種族:妖怪(アルビダ)
年齢:ギリギリ成人
職業:学生
口調:相手によって変える。
体格:胸はあまりない。体つきは非常によく、同姓から嫉妬されるほど。
その他:舌や指がとても器用。
妖艶な雰囲気とそれに似合わない社交的な性格を持つ。天然気質で変なことをやらかす度に友達を増やしていく猛者。
呪詛とシンボルの研究をしていて、公共の場で発表したこともある。研究について語るときは普段からは想像できないほど凛々しくなる。
『妖術』の呪詛を持つ。『約1ミリリットル以上のインクを有したことのあるペン』を自在に操る。
珍しく状況によって口調を使い分ける人初対面や立場が上の人にはですます調で話すが、親しくなると、くだけた口調になる。
・タニカワ教授
種族:妖怪
年令:見た目より10歳は老けている。
職業:学校の教授
年令相応の落ち着いた性格、年令不相応の整った顔、そして甘い配点から生徒からの人気が熱い教授(タニカワ教授のファンより)。
守りの呪詛を使え、対象の物体、もしくは範囲に同心円状のバリアを作る。一度に二つまで。銃弾をも防げるが、一度強い衝撃を受けるとすぐ壊れてしまう。交通事故に合ったときも咄嗟に発動したが、あっさりと車に突き破られた。
壊された後は数呼吸した後、作り直しが可能。
==
ルビネルの能力の詳細
続きを読む巨大生物ラ・ゼロイド・マギ (PFCSのss)
ドレスタニア行き、ベリレア西部の密輸船にて。
わたしは子供一人が体には入れそうな位大きい図体を、粗末な座席に無理矢理押し込んでいた。潮風が吹き付けるが私のコートは頑なにそれを拒んでいる。
目の前に穏やかな海が広がっている。
「また、ペストマスクに黒いコートですかい?飽きませんねぇ、旦那」
隣の席からしわがれているが、生き生きとした声が聞こえてきた。……鼻声まじりだが。
「いつものやつだ。頼む」
「今回はたくさん仕入れられたんで、旦那には値引きしておきます。あとおまけの高級シャンプーでさぁ」
「ありがたい。この長髪だとすぐに使いきってしまうからな」
自分の声が鳥の頭のようなマスクのなかで反響して聞こえてくる。淀み、重く、暗い。
「それにしても、旦那くらいですぜ。ここまで強いヤクをキメているのは。この黒髪の艶も薬の副作用ですかい?」
「まさか。この薬は調合に使っているだけだ。市販ではてに入らない上、一から作るとなると高い上に余る」
「サグヌ草の解毒剤に、ですかい?」
「まあ、ほかにも色々使い道はあるがな」
わたしは使い古されたブランド品のスーツを着こなす老人にそれなりの金を握らせた。
「あと、これはシャンプーの礼だ」
わたしはコートの内側から銀色に輝くメスを取り出した。そして、無造作に老人の額にメスの腹を突き立て、一気に顎の下まで引き抜く。
老人は悪餓鬼に一杯食わされたときの表情ではにかんだ。もちろん顔には傷ひとつない。それどころか、シミがきれいさっぱり消え去っていた。
「いやぁ前回に引き続きありがとうござやす。旦那に鼻をいじってもらったお陰でサグヌ草による花粉症もだいぶ楽になりました」
わたしはメスにこびりついたメラニンの塊をガーゼで拭き取り、コートの内ポケットにしまった。
「それにしても、毎日その精密なメスで解剖しているんですよね。旦那、よく飽きませんなぁ」
「人の体は千差万別。飽きるなどとんでもない」
わたしは一息ついてつぶやいた。
「……死にたいのに死ぬ理由もなく、生命の奴隷と化している人がこの世には沢山いる。あえて死にやすい仕事を探したり、人の助けになるような死にかたを模索している者もいる。わたしの仕事はそういう人の救済だ」
「自殺志願の依頼主に、楽しい夢を見させて成仏させてから、体を解剖して、死亡理由を偽装して、丁寧に埋葬するまでが旦那の仕事ですからねぇ……。こんなやつに惚れるなんて旦那の恋人ってどんな奴ですかい?」
老人は目の前に広がる海に目を向けた。行われている悪事と対照にどこまでも静かだ。
「フッ……フッ……フッ……!私以上の変人だよ。でもまさか、君がサグヌ草の密輸に関わっていたとは。わたしも驚いたよ。本当に手広くやっているんだな」
「これくらいしか取り柄がないんでね。嫁のためです。何だってやりますよ。でも、……旦那だけは特別ですぜ」
「商売における常套句だな。どうせいつか裏切るつもりなんだろう?」
「ありゃりゃ、バレましたかい」
密輸船に不吉な笑い声が響き渡る、平和な昼の一時。
だが、静寂は一瞬にして崩れ去った。
「……!?おい!すぐにマスクをつけろ!予備のペストマスクだ!!」
「いきなりどうしたんです……っゴホッゴホ!なっなんだこの霧。ちょっと吸っただけで喉が焼ける!」
「粘膜を刺激している……恐らく強酸だ。」
突然、視界が回転した。わたしは派手に椅子から転び、受け身をとりつつ地面に這いつくばった。老人はペストマスクをしっかりと着用した上で、膝をついて、辺りを見回している。
木片やらネジやらが防風と一緒に飛んできた。反射的に老人をかばう。
後ろを振り向くと、輸送用の高さ数メートルはあったはずの巨大なコンテナが、紙製の箱のように潰れていた。その上に羽を持つ、コンテナの数倍はあるような何かが、着地していた。
「おいおいおいおい!旦那、『アレ』が何だかしってますか?」
「知っていたらこの船には乗っていない」
『アレ』はコンテナを甲板ごと次々に踏み潰していった。その度に船が遊園地のアトラクションのように派手に揺れた。
「どうやら、この船を潰すらしいですぜ」
「その上、どうやら人を喰らうようだな。海に逃げるが勝ちか」
海に飛び込もうとした瞬間、目の前に『アレ』の口が現れた。空を飛んで先回りされたらしい。
反射的に老人とわたしは左右に避けたお陰でなんとかなったが、『目の前の海に飛び込む』という希望を握りつぶされた。
いま海に飛び降りたところで左右の腕で捕まれ、自らの人生にピリオドを打つことになるだろう。かといって後ろのぶっ壊れたコンテナの避けて、反対側から船を飛び降りる間、この化け物が待ってくれるとは思えなかった。
「おい、老人!今すぐ走って船の反対側から海へ飛び降りろ!」
「そんな、余裕はねぇ!」
「簡単だ。わたしがつくる」
わたしは一本のメスを化け物に向けた。
「わたしには閃光弾と煙幕がある。これで奴の動きを鈍らせる。そしてメスを体に突き刺せば、倒せずとも麻痺させる程度は出来るはずだ……私のパラレルファクター、アンダーグラウンドで」
「旦那馬鹿言うな!死ぬ気か!お互い名前も知らねぇ奴のために!」
「わたしは恋人に伝えたいことは全部伝えている。未練も悔いもない。だが、お前には自分の手を真っ黒にしてでも守りたい、家族がいるんだろう?さっさと逃げろよこの殺人腐れ外道が!」
わたしは隣で怒鳴り散らす老人の声を無視して、船尾へと駆けた。すぐ横に化け物の手が見える。
わたしが腕に捕まれるのと、閃光弾が『ソレ』の目の前で炸裂するのはほぼ同時だった。
全身の骨がメキメキと音をたてるのを聞きながら、最後の力で化け物にメスを突き立てた。
「食らえっ!アンダーグ……ラウ……」
━━━━
「くそっ!出会って一年とはいえ仕事だけの付き合いだろ?おれはあいつの好きな食べ物すら知らねぇのに、何でこんなにつれぇんだ!いつも人を殺したり利用したりしてるのによぉ!」
心許せる商売相手なんてお前くらいしかいなかった。
海上から今しがた逃げてきた船を見上げた。化け物は何となく両腕に力が入らないようだったが、なんの問題もなく船を荒らし回っていやがる。……真っ赤に染まった手と口で。
空にまだ黒煙の跡が残っている。……ああ、風で吹き消えやがった。何でこのタイミングで吹くんだ。
もっと長く、旦那が生きた名残を見ていたかったのに!
ペストマスクの旦那
種族:?
性別:?
解剖を生業とする黒いコートにペストマスクをつけた人。全国各地を回り、消極的な自殺志願者を幸せに殺し、解剖するのが仕事。どんな悪党だろうが死者には敬意を払う。
見た目のわりに直接の殴りあいは苦手で、強いというにはあと一歩腕力が足りない。
それを防弾コートや閃光弾や煙爆弾で補っている。
殺された恋人を甦らせるために世界を奔走し、とうとうそれを成就させた。
パラレルファクターアンダーグラウンド:
外科的処置を併用した肉体への干渉及び魂の修復。
要するにメス一本で手術のうち切開、固定、治療、縫合まで可能な能力。射程範囲が極端に短く、自分の指先又は自分の手に持ったメスで文字通り直接治療したい部位に触れなければ効果がない。(内蔵を治療したい時は直接メスで臓器に触れる必要がある)。
逆に相手を拘束するなどして、脳ミソに直接メスを突き刺すと神経細胞をいじり、洗脳などができる。
また、この能力の発展として死後の魂の修復も可能(ただし、素材として莫大な量の別の魂を消費する)。
……が、今回は相手が悪すぎた。
老人
種族:精霊
年齢:四捨五入すれば100才
戦争で職を失ない、妻と子に逃げられた。妻の再婚先が典型的な富裕層であったため、金があれば妻に逃げられなかったのか?と、金に執着するようになる。以後交渉人から密輸、はては殺人まで金になるのであれば手広く仕事をこなすようになった。……が、再婚して新たに家庭を持つようになってからは考え方が変わった。
彼の加護の力は、ペストマスクの旦那曰く『金属の棒を出すことのようだ。ワイヤーのように長くしなるものから、銛のように硬く短いものまで、多種多様。長いもの、太いものをこちらに打ってこないことを見るに、体積が増えるほど連続発射が困難になるらしい。生成した棒でターザンができることから恐らく両手から出せるであろうことも察しがつく。しかも発射後はレーダーのようにどこに何本あるかを把握できる』。
ざっくり紹介