夢見る機械 作戦開始 ss5
時計塔の隠しエレベーター。生きた動物は乗ることができない、機械専用のものだ。このエレベーターで地下五階を越えた辺りから呪詛濃度が急速に上昇する。ワースシンボルから発せられる呪詛は度を越している。浴びてしまうと紫外線と同じく生物は命を縮めるのだ。
無機質な空間のなか、セレアは最終確認を行っていた。
「全システム異常なし。通信状態良好。まあ、特に問題はなかろう」
「こちらも異常なし。ガーナ元国王の持っていたディスクに入ってた『ハッキングプログラム』も問題なく使えそうだ。......いよいよだな。セレア」
エレベーターの階数表示が10を越した。
「このお札をシンボルに張り付ける。それだけでいいんじゃな」
「いいや。帰ってくるだけでいい。セレア、君が生きてさえいればいい」
「そうか......」
セレアの右手には複雑な魔方陣のようなものが描かれた白いお札が握られている。
「タニカワ教授、もしわらわが作戦を成功させて帰ってきたあかつきには、ごほうびをくれんかの」
「わかった。できるだけ要望に沿えるようにするよ」
「サンキューなのじゃ!」
時計塔の隠しエレベーターを降りると、数百人は入れそうな広場があった。
広場の奥に埋め込まれるようにして黒い建物が建っている。横に長い一階から三階。壁面には逆U字の窓がついている。その建物の上に三本の先の尖った塔が乗っかっていた。左右の塔がまん中の塔の倍近くある。建物の輪郭は黄緑に発光しており、それがこの部屋の光源になっていた。
「この中に入らなきゃいかんのか?」
セレアが呟くとタニカワ教授の顔が視界の右下に表示された。もちろん、タニカワ教授の生首が幽霊のように現れた訳ではなく、本物はカルマポリスの基地にいる。セレアには元々通信機能が搭載されていたらしく、それを利用した技術だった。
「ああ。この奥にワースシンボルがあるはず。何があろうと私が全力でサポートする。大丈夫だ。セレア」
「ありがとう」
セレアは胸に手を置き、ふぅ……とため息をついた。画面越しとはいえタニカワ教授がついている。そう思うと、不思議と勇気がわいてくる。
「目の前に反応多数。セレア、飛行ユニットを展開しろ」
セレアの背中から銀色の液体が滲み出て、ランドセル型の飛行ユニットを形成した。
そうこうしているうちに建物の中から白いウェディングドレスを着た花嫁たちが向かってきた。その数、数十。しかも全くの無表情。セレアは異様な光景に肝を冷やした。
みるみるうちに花嫁がセレアを包囲していく。
「あやつら……もしやアルファ兵器」
「防衛システムが暴走してる。破壊許可は今とった」
花嫁がセレアに向けて一斉に手をかざした。
セレアは反射的に空中に浮かびカマイタチの呪詛を発動。巻き込まれた花嫁は、胸を大きく切り裂かれた。遅れてセレアがいた場所に無数の光弾が炸裂する。
さらに黒い施設の壁から砲台が起動。同様の光弾が発射された。セレアは華麗に旋回を繰り返し、攻撃の網を掻い潜っていく。
セレアが旋回する度、花嫁たちが銃弾の雨にもまれ木の葉のように舞う。大砲も突如としてすべて爆発した。
「怖かったのじゃぁ」
「大砲も高速の斬撃の前には無力か。ま、やればできるんだから自信を持とう、セレア」
セレアの足に数発被弾したものの液体金属が瞬時に傷を修復。完全勝利だ。
夢見る機械 連載小説概要
あらすじ
都市国家カルマポリス。そこには妖怪とアルファ、人間と呼ばれる種族が住んでいた。
妖怪は呪詛と呼ばれる力を行使できる人類。
アルファはAIを搭載したアンドロイド。
ごく少数かつ特殊な技能を持たない人間。
かつて彼らはワースシンボルと呼ばれる巨大な結晶から発せられる、第三のエネルギーによって栄華を極めていた。
時は流れ現代。ワースシンボルが妖怪の呪詛によって攻撃された。産み出されるエネルギーが低下し、町全体の機能が低下。前代未聞の危機に陥った。機能を回復するには、何者かがワースシンボルの最深部に行き解呪の札を貼らねばならない。そこで国が選出したのは、かつて兵器として産み出され、その過去を隠し妖怪として生活する一人の少女セレアであった。
社会という魔物に翻弄されるセレアの運命、そしてカルマポリスの真実とは……。
登場人物
セレア
セレア
兵器として産み出され、その動力として魂を注入されたために自我をもったアルファ。その戦闘力は高く、国からの信頼も熱い。
学校では国の命令で妖怪として振る舞っている。明るく茶目っ気のある性格だが……。
タニカワ教授
タニカワ教授
セレアの学校にいる先生。面倒見がよく、生徒からの信頼も熱い。教師として非常に優秀であったため、セレアの監視および教育担当に抜擢された。しかし、当人は国からの命令よりも生徒の気持ちの方がよっぽど大切なようだ。
ライン・N・スペクター
デザイン・設定原案
長田克樹さん (id:nagatakatsuki)
ライン・N・スペクター
人間の呪詛研究者。呪詛をエネルギーに変換する機械を開発。それを利用してさまざまな嗜好品や発明を残している。とある研究の際に国から見限られてしまった。
ガーナ元国王
キャラ提供
長田克樹さん (id:nagatakatsuki)
ガーナ元国王
カルマポリスの同盟国であるドレスタニアの先代国王。冷徹で残忍な王だったと言われている。動力源に異常があると聞き来国した。
夢見る機械 スペクター ss4
その日の夜、意向を国に伝えたとタニカワ教授からセレアの孤児院に連絡があった。タニカワ教授によれば、今回の作戦のオペレーターはタニカワ教授が行うとのことだった。セレアがこの国に来てから秘密裏にオペレーターの訓練をしていたらしく、腕には自信があるらしい。
数日後、タニカワ教授とセレアは今回の作戦の本部に呼ばれた。作戦本部とはいってもとあるオスィスの一室だった。背広姿の役人によって作戦についての詳細な説明があった。ただ、ワースシンボルへの侵入経路についての説明はまだしも、今回の作戦が国にとっていかに大切か、成功すればどれ程すごいか、など下らない話を延々と聞かされた。
そのあと二人は一旦学校に戻り、タニカワ教授の研究室で骨休めした。研究室、とはいっても実際は人が四人も入れば狭く感じるような部屋の真ん中に正方形の机を置いて、その四方を本棚で埋め尽くしただけであるのだが。
「疲れたのじゃぁ~」
「まあ、大切な話ばかりだったし、いいとしよう」
そう言うとタニカワ教授はガムを取り出して口に放り込んだ。
「セレアも食べるか?」
「いいのか? こんなところで菓子を食って」
「そうでもしないとやってられないだろう?」
タニカワ教授は机の引き出しの鍵を開けて、何かの文章が印刷された紙を卓上に置いた。
「さっきの資料にはカルマポリスの内部についての記述が少なかった。それは高濃度の呪詛で内部が満たされ、普通の生き物はまず入ることが出来ないからだ。しかし、それをアルファを用いて探索するという発想は過去にもあった」
紙の著者欄にライン・N・スペクターと書いてある。
「スペクターは昔、カルマポリス政府のお抱え研究者だった。スペクターは国の命令により、アルファにワースシンボルの捜索はさせていた。大体は国の資料通りだけど一部が違うんだ」
先程見た国の資料によると、ワースシンボルへは町中央にある時計塔の隠しエレベーターを使っていく。エレベーターを出てから数㎞直進するとワースシンボルに着くとなっていた。
セレアのミッションはそのワースシンボルに国が用意した解呪用の札を貼ることだ。後は帰還するだけ。作戦自体はすごくシンプルなものだ。
ただ、タニカワ教授のいうことが本当ならややこしいことになる。セレアは少し顔をしかめて話に耳を傾ける。
「彼の研究では、国の資料でいうワースシンボルがある場所、そこからさらに地下へ通じる道があるらしい。もっとも探索させたアルファの殆どはそのまま帰ってこなかった。でも、一体だけ帰還したアルファがいた」
「いたのか!?」
「ただ、帰ってきたアルファは『夢を見た』という謎の言葉を残し、この世に存在しない町の話をし始めるという奇っ怪な行動に出た。信憑性に欠ける上、スペクターは人間であったために誰にも信じてもらえなかった。この一件が原因で優秀だったのにも関わらず、スペクターは国の研究所からはずされた」
「ここでも種族差別か! 本当にどこのくにもぉぉ」
「セレア、気持ちはわかるがそれは帰ってから授業で話そう」
カルマポリスは妖怪国家だ。今でこそ種族差別はほとんどなくなったが、数十年前は非妖怪への差別は少なからずあった。そして国の重鎮は差別真っ只中で育った世代である。
「その後はこの国の西にあるエルドランに渡って研究を進めたそうだ。その過程で人の役に立つ研究もいくつも行っていて、人当たりもよかったことから国民からの人気は高い。まあ、脱法ギリギリの研究も多くて、さらには呪詛に依存する政府を批判してたから、国からはすごく嫌われてる......って話がそれたな」
「じゃが、そんな意味不明な資料を信頼してよいのか? 単なるアルファのエラーとかでは?」
「ああ。前例もなければ、それ以降調査もされていない。まあ、念のためだ。目を通しておいてくれ」
セレアは盛大にため息をついてから、資料を読み始めた。異常事態でも宿題や課題は嫌なことに変わりないのであった。
夢見る機械 容易な兵器 ss3
http://thefool199485pf.hateblo.jp/entry/2017/10/11/214923
⬆前回
二日間セレアは悩み続けた。自分にとって何が最善の選択なのか寝ずに考えていたが、一向にいい解決策は思い浮かばなかった。そして決断の日、タニカワ教授に物理研究室に呼び出された。
そこには意外な人物が待ち受けていた。
「久しぶりだな。セレア」
「ガーナ元国王!?」
鋭い目付きに深紅の髪の毛をはためかせ、ドレスタニアの貴族服に身を包んで姿を表したのは、先代ドレスタニア王であった。こんな場所にいていい人物ではない。
タニカワ教授は教室の端で固唾を飲んで二人を見守っていた。
「なんだ、そう驚くことでもなかろう。ノア教の一件以降、我々は同盟を結んだカルマポリスに、商談も兼ねて頻繁に訪れている。この国の動力源に異常があると聞いたものでな、現在の状況を伺いに来た」
「なら、なぜ政府ではなくわらわの元へきたのじゃ?」
本来であればカルマポリス政府に直接話を聞くのが妥当だ。ガーナ元国王の思惑が読めない。
「先見の明という奴だよ。動力炉を狂わせる程の呪詛による異常ならば、解決するにもリスクを負うだろう。産業が活発なこの国の政府が、そんなことに金を進んで使うとは思えん。ならば、人ならざるものに解決させる方が切り捨てるコストの優先度は高い。最も、その為に君をここまで生かしてきたのだろう。つまり君に期待されている事は、セレアという個人の『活躍』ではなくアルファとしての『義務』であるわけだが......」
「わらわの思いは変わらん。引き受ける」
凛とした表情でガーナ元国王に宣言するセレアに対し、教室の端でタニカワ教授が額に手を当てた。
「そうか。理由を詳しく聞かせてもらおう」
「わらわはカルマポリスに残りたい。ここでしたいことがたくさんあるんじゃ。友達ともっと遊びたいし、行きたいところもある。そして、カルマポリスで出会った人たちに恩返しをする数少ないチャンスでもあるんじゃ」
「つまらん建前の話など聞いていない」
固い表情でつらつらと文言をのべたセレアに、ガーナ元国王の鋭い指摘が入った。
セレアは一歩後ろに下がって身をこわばらせる。
「いや、これが全部」
「私を前にして道化のままでいられると思うな。......タニカワ教授、少々よろしいか」
何かを察したのか、タニカワ教授はあっさりと教室の外へ出ていった。
「これで良いだろう?」
「......誰にも言わないと約束してくれるか?」
「ああ。口が固くなければ王は勤まらん」
心の底を見透かすかのような眼に、セレアは腹をくくった。
「自分の居場所がほしい」
「居場所か」
ガーナ元国王が渋い顔をした。予想はしていたらしい
「わらわはいまカルマポリスの孤児院で過ごしているんじゃが......国がどういうことを話したのかは知らんが、職員が全員びびりまくってのぉ。大袈裟な接待をするわ、ちょっとわらわが何かするだけで他の孤児をつれて隣の部屋に逃げたりとか。異様な職員のありようを見て、他の子供らもわらわを人扱いしてくれぬ」
無表情のままセレアは語る。
「学校もそうじゃ。わらわが妖怪でないことにみんな気づき始めておる。裏では一部の生徒が化け物と呼ばれているらしい。笑えるじゃろう。的を得ている」
彼女の話に、ガーナ元国王は真剣に耳を傾ける。
「そんななか、この国で唯一わらわの正体を知りながらも、人として接してくれたのがタニカワ教授だった。真摯に寄り添い、わらわの悩みを聞いて、一緒に解決法を練ってくれたり、慰めてくれたり......あやつには感謝してもしきれん」
セレアはその言葉の後押し黙った。重い沈黙の中、小さな声で呟いた。
「わらわはな、あやつという居場所から離れるのが怖いんじゃ」
元国王は深く頷くと、口を開いた。
「告白は済ませたか?」
「のっ......のじゃあ!?」
ガランとした教室にセレアの声が反響した。
「......まだに決まっておるじゃろう。なぜそんなことを聞く? っていうか告白ってなんじゃぁ!?」
「命を伴う作戦なのだ。戦場に行く兵士に未練があれば、それだけ成功率は下がる。伝えたいことがあるなら伝えておくが良い。それに、その曖昧な覚悟が災いして彼が衝動的な行動をとらないとも限らん」
「いま話したことはあやつに心配させまいと黙ってきたんじゃ。今さらそれを話せというのか? あやつをどれだけ困らすか想像もできんぞ!?」
声を荒くするセレアにたいして、容赦ない言葉をガーナ元国王が言い放つ。
「君は他人に対する良心の呵責から逃げるための戦いを選ぶということか。独り孤独に戦死しようが誰に悲しまれるわけでもなく、運よく生存すれば今のまま彼と過ごすことができると。それとも、この作戦により日常に変化が訪れるかもしれないという哀れな期待か」
少女は両手で顔を押さえつけ、首を横にふる。
「実に都合の良い優秀な兵器だ。扱いを学べば誰でも好きなように利用することができる。簡単な話だ、君の日常に少し触れればいいのだから。想像してみるがいい、君の選んだ素晴らしい未来を。君への報酬が『いつも通りの日常』ならば、作戦完了までは『お預け』にしなくてはな」
「わっ......わらわに居場所が......居場所が......欲しいんじゃ! そのためにわらわは今回の作戦を!」
「政府が君に与える居場所など、孤独な『戦場』以外にない」
机の上に大粒の涙がぽたぽたとまだらを作っていく。気丈に振る舞っていた彼女のペルソナが崩れたのだ。腕に頭を埋めて、泣きわめき続けた。
「ゔぅぅぅぅッ!!」
セレアはしばらくの沈黙の後、ゆっくりと顔をあげた。涙の残る顔に迷いはない。
「......ひぐぅ......いいや、それでもいくぞ。......そして生きて帰ってきて、みんなに打ち明ける......わらわの正体を! 今度は自分の力で居場所を作る!」
ガーナ元国王はゆっくりとうなずいた。
「それが答えか。......それでいい。なればこそ、我が国も後押しする甲斐がある」
ガーナ元国王が机の上に、ドーナッツ状のとても薄くて丸い銀色の物体を置いた。見る角度によって七色に輝いている。
「ノア教の捜査をしていたときに我が国の兵士が発見したものだ。ライン・N・スペクターの私物で、どうやらハッキングのための機能がこのなかに刻まれているらしい。私には扱い方がよくわからないが、タニカワ教授ならなにか知っているはずだ」
「恩に......ヒック......切るぞ」
ガーナ元国王は廊下に出て、タニカワ教授を呼んだ。その声にあわせて疲れきった表情のタニカワ教授が、教室に入ってきた。どうやら、心配で心配でしかたなかったらしい。
「タニカワ教授、彼女の決意は固まった。止めても無駄だろう」
「ですが!!」
「セレアはあなたの想像以上に成長している。私の見る限り、彼女はすでに自立するだけの意思と力を身に付けていた。それに、セレアの人生を決めるのは政府でもなければ我々のような部外者でもない」
「......わかりました」
ガーナ元国王はそそくさと教室を立ち去ろうとする。
「もう行っちゃうのじゃ?」
「大方の流れは掴んだ。我が国もやるべきことがある。早急に準備せねばな。また、何かあれば使節を通して連絡してくれ。」
「......それと、セレア」
「な、なんじゃ!?」
「居場所を『作る』と言ったな。その言葉、努々忘れないことだ」
セレアとタニカワ教授はガーナ元国王が出ていったのを確認して、安堵の息をついた。
「緊張で死ぬかと思った」
「わらわ泣き顔見られてどうしようかと思った」
「!? 何があった。乱暴とかされたのか」
「洒落でもいうことじゃないぞ、タニカワ教授」
夢見る機械 陰謀学 ss2
http://thefool199485pf.hateblo.jp/entry/2017/10/03/063004
⬆前回
教壇側の扉が開き、壮年の男教師が入ってきた。真ん中で別れた髪の毛にはところどころ白髪が混じる。全てを赦しそうな笑みは、いかにも薄幸そうなイメージを生徒に植え付ける。
「この時間は特別に私が担当することになった。社会妖怪学の教科書、ちゃんと持ってきているよね?」
「忘れたのじゃ!」
「セレア、堂々と言うことじゃない」
教室がドッと笑い声に包まれた。そんな中、セレアは堂々と教壇へとあるいていく。
「セレア、前に来なさい」
セレアは席から立ち上がると、バック転を試みた。セレアの座席は転校してきたために、教室の端だった。どうかんがえても普通なら無謀な距離である。だが、セレアの体は異様に長い時間滑空し、放物線を描き教壇の前に見事着地した。
教室が再び拍手に包まれる。セレアは演劇部の舞台挨拶のようにうやうやしく頭を垂れた。
「綺麗に決まった!」
「十点満点!」
「よっ、さすが空とぶ転校生!」
外野の誉め言葉を真に受けて照れているセレア。その頭にタニカワ教授がポンと手を置く。
「学校で飛ぶのは止めなさい」
クスクスと、教室の生徒の笑い声が聞こえるなか、タニカワ教授はセレアにだけ小声でささやいた。
「あと、私に教科書を借りたいからといって、教科書を忘れたフリをするのは止めてくれ」
「......気づいてたのじゃぁ!?」
顔を赤くしてセレアは貸し出し用の教科書をタニカワ教授からぶんどった。自分の席に戻る途中、スミレが首をかしげたが、セレアに答えるだけの余裕はなかった。
「......さて、授業を始めるぞ。いきなりだがテストに出る範囲なのでよく聞くように」
テストと聞いて、教室のざわめきが一瞬にして収まった。
「我が国カルマポリスには主に妖怪とアルファがすんでいる。まずアルファ説明から。アルファは人工知能を搭載したアンドロイドで人口の一割程度を占めている。まあ、あくまで感情を持たないとされるアルファを人としてカウントするかは種々の倫理的問題がある。ただ、この国では一応人として扱っているんだ」
タニカワ教授が一瞬セレアと目を合わせ、すぐに反らした。
「一方妖怪は人口の九割を占める。『魂の力』を用いて呪詛と呼ばれる能力を発揮できるんだ。呪詛は一妖怪につき一系統のものが使え、本人の素質や努力に大きく左右される」
セレアは教科書を立ててタニカワ教授の視線を逃れつつ、折り紙で小さな鶴を折った。ふぅ、と吹くとふらふらと鶴が空中に浮いた。
セレアの呪詛は空気を操れる力だった。高速で空を飛ぶことができるし、かまいたちを飛ばして遠くにある空き缶を切り裂いたりできる。
それが、授業中の手遊びに一役勝っていた。
「ただ、カルマポリスは町全体がワースシンボルと呼ばれる巨大な結晶から溢れ出るエネルギーで成り立っている。カルマポリスの殆んどの生活用品はそのエネルギーを享受して稼働している。逆に言えばシンボルの範囲外に出ると全く役に立たない」
隣の席の男子がセレアの鶴を指差した。すると、紙であるはず鶴が羽をパタパタとはためかせた。教授にばれないよう彼にグッドの仕草をする。
「そして皆さんもご存じの通り、カルマポリスで生まれた妖怪は、ワースシンボルのエネルギーがなければ呪詛を発動できない......って、そこ! 遊ばない」
セレアは一瞬ドキリとした。鶴を着地させて流れるように机の下に潜り込ませる。隣の男子もはっとした表情で固まっている。
が、タニカワ教授の視線は別の生徒の方に向かっていた。
「あと、セレア!」
「のじゃぁ!?」
「放課後、物理研究室に来なさい」
「バレてたかのぉ......」
ーー
物理研究室の机のうちひとつから少女の首だけが出ている。彼女の背が低すぎて背筋を伸ばしても首から下が机に隠れてしまうのだ。
少女は肩にかかった銀色の髪の毛を払いのけ、コンパクトレンズを覗いた。色白の肌にパッチリとした瞳に小さな鼻と口。ふっくらとしたほっぺた。左眉の下から左頬にかけて傷の跡がある以外は小等学級生にしか見えない。
「ごめんセレア、おくれちゃったね」
若い頃は眼鏡の似合う美形だったらしいタニカワ教授が部屋に入ってきた。柔和な笑みに陰りが見える。
「まあ、わらわに非があるからな......」
「なんのこと?」
「あっ......何でもない何でもないのじゃ!」
タニカワ教授は首をかしげてセレアの顔をのぞきこんだ。思わずセレアは目をそらしてしまう。
「? まあいいや。ところでセレア、学校の方は順調かい? アルファであることを隠して暮らすのは大変だろう」
「まあ、思ったよりは楽じゃった。普通に暮らしている限りばれんからな。自分から話す気にもなれんし」
この事実を知るのはこの学校でも校長とタニカワ教授のみだった。セレアは特殊な生い立ちから自我を認められているこの国唯一のアルファだった。だが、この事を公にすれば社会的な混乱は避けられない。国からの圧力もあり、セレアは今妖怪として生きている。
「ところで、呼び出した理由とはなんじゃ? 大切な話を後回しにするなぞ、そなたらしくない」
「そうか。......わかった。しゃあ本題に入ろうか」
タニカワ教授の持ってきた話はセレアの予想は大きく外れていた。
「カルマポリス政府からの依頼だ」
「はぁ!?」
タニカワ教授は机の上にバンッ!と手紙を叩きつけた。
「さっきも説明した通り、ワースシンボルはこの国の命綱といっても過言じゃない。そのワースシンボルの最深部に妖怪の呪詛がかけられた。その妖怪の呪詛によりワースシンボルのエネルギー供給量が日に日に低下している。計画停呪はエネルギーを確保できなくなったための応急措置らしい。だが、来月までにはほぼ呪詛の供給量がゼロになる見込みだ」
「このための臨時授業だったのか......」
ふと、セレアは教室のクラスメイトが話していたことを思い出した。
「これを解除するには最深部に行き、直接解呪のお札を張らなければならない。が、ワースシンボルの内部は高密度の呪詛が蔓延していて普通の人は入ることさえ出来ない。でもアルファ......つまり機械である君は呪詛に強い耐性がある。だから選ばれたそうだ」
「まあ、要は行ってお札を貼って戻ってくるだけじゃろう。奨学金に孤児院の紹介......この国にはお世話になっているからのぉ」
積極的ではないが乗る気のセレアに対して、タニカワ教授は露骨に嫌な顔をしてから言った。
「行く気満々のところ悪いが私は反対だ。何が起こるかわからない。防衛システムが暴走しているという噂もある」
タニカワ教授は努めて平生を装っているものの声が固かった。
「君は国にいいように使われているだけだ。年端もいかない女の子を危険な場所へ送り込むなんて正気の沙汰じゃない。しかもこの計画、成功したら国の功績で失敗したらセレアの責任になるよう仕組まれてる。それに今回引き受けたら、次も同じような手口で利用されるぞ」
「じゃが、わらわ以外に適役はいないのじゃろう? それにこの紙にも断れば奨学金や孤児院に通う権利を剥奪するとかかれておる。わらわは行かざるを得ない」
タニカワ教授が叩きつけたことでくしゃくしゃになった手紙。その一部をセレアは指差した。
「奨学金や孤児院の紹介も全部君を監視し、あわよくば利用したいという国の思惑だよ。でなければ『アルファであることを伏せろ』なんて要求しない。私は他国に移住した方が身のためだと思う」
「国の教育機関の人間が言うなら間違いないか......。因みに返答の期限は?」
「今朝お達しが来て明後日が返答の期限だ。露骨な揺さぶりだ。できる限り慎重に決めてくれ、セレア」
夢見る機械 セレアとスミレ ss1
この街は妙だ。昼とか夜とか関係なしに、緑がかった霧が漂っている。その霧が都市全体をドームで覆っている。
彼女は教室の端で窓の外を見ながらボーッと考え事をしていた。
銀色の長髪を弄りながらあくびする。ふと、クラスメイトの話し声が耳に入った。
「昨日も俺の住む地域、計画エネルギー停止だったんだ。だいたい二時間くらい? 呪詛製品使えないとかマジ勘弁」
「最近多いよな。停電ならまだしも停呪はなぁ……」
この街は巨大な水晶、ワースシンボルから産み出されるエネルギーに依存している。例えるなら線を繋げなくてもいい電気。夢のようなエネルギーだ。お陰でこの国、カルマポリス普段は緑色の霧として目に見える。その証拠に本来雪のように白い彼女の肌も薄緑に染まっている。
ただ、このエネルギーは霧が行き届く狭い地域でしか効果を発揮できない。だからワースシンボルの働く狭い敷地に出来る限り建物を作ろうとした結果、高層建築が立ち並ぶ無機質な街並みになった。
それがこの町カルマポリスだ。
「……セレア」
「スミレか。なんじゃ?」
注意しないと聞き取れなさそうなか細い声が聞こえてきた。セレアは窓から視線をはずし振り向いた。
セレアの席の横に立っていたのはこの学校特有の黒い制服に身を包んだ少女だ。目が大きく整った顔立ちに反して露骨な無表情。そして目を引く猫耳のような第三、第四の耳。
「……珍しい」
「わらわが一人でいることが、か?」
こくりとスミレは頷いた。
セレアはスミレに微笑むと、ピクピク動いている猫耳をゆっくりと撫であげた。スミレは目をつむりされるがままにする。
「……これ」
スミレは唐突に手に持った本をセレアに突きつけた。
ページの右半分に、ジーパンに袖が長すぎる白衣を羽織った奇抜すぎるスタイルの男の写真が描かれていた。
「『ライン・N・スペクター』? なんじゃこいつ? 頭の右半分ってこれ機械か? ……お主、まさかこれが好みとか」
「……違う」
ほんの数ミリ、スミレの口元が歪んだ。
「冗談じゃよ。んで、こいつがなんじゃ?」
「……会ったことがある」
撫でられて満更でもない様子でスミレは首を横にふった。濃い紫色のショートカットがさらさらと揺れる。
「……ただの変態半裸ロン毛だった」
「おっ……お主、ズバッと言うのぉ。妖怪から抽出した呪詛を加工してつくるスイーツやドリンクを開発って……、購買で売ってるあれの原型か! へぇこんな奴が創始者とはのぉ」
「……信じられない」
「そんなにヤバい奴じゃったのか。わらわはこっちも気になるんじゃが」
セレアは左のページに描かれたギターを握りマイクに語りかけている青年を指差した。公園で見かけたら間違いなく逃げ出したくなるような顔である。
「……極道?」
「カサキヤマっていうアーティストじゃよ。強面なのに繊細な歌詞と歌声でわらわも好きだったんじゃ。早死にしてしまいおったがのぉ」
読み進めていた所で、教室のざわめきが急に椅子を動かす音に変わった。チャイムが鳴っている。
名残惜しいのか、自席に戻りたがらないスミレを無理やり席につかせて、セレアは教科書を開いた。
キスビットに行く3ヶ月前
この街は妙だ。まず最初に昼とか夜とか関係なしに、緑色の怪しい霧が漂っている。しかも、都市全体をドームで覆うかのように。みんなはこの緑の霧がワースシンボルの加護だと言うけれど、私からしたら呪いか何かにしか見えない。実際に外から来た人もそういっていた。
私は高層ビルの窓から外の景色を拝んだ。太陽の下なのに、建物の輪郭が緑色に縁取りされている。窓から漏れる光も緑黄色に着色されていた。
この街は巨大な水晶、ワースシンボルから産み出されるエネルギーに依存している。例えるなら線を繋げなくてもいい電気。夢のようなエネルギーだ。普段は緑色の霧として目に見える。
ただ、このエネルギーは霧が行き届く狭い地域でしか効果を発揮できない。だからワースシンボルの働く敷地に出来る限り建物を作ろうとした結果、高層建築が立ち並ぶ無機質な街並みになった、と教授がいっていた。
私は窓を閉め、部屋に戻った。橙色の優しい照明にピンク色のベッドの上のぬいぐるみ達が照らされている。
「やっぱりみんなもカラフルなほうがいいよね」
私はふわふわのベッドに腰かけて、その中でもお気に入りの、お姫さま人形をなでなでする。ほらほら、かわいいかわいい。
「……あれ?やばっ、遅刻!」
私は慌てて靴を履くと、窓の縁を蹴って空へと飛び出した。そのまま夜の町をゆっくりと滑空して数分ほどで学校にたどり着いた。
ーー
10人くらいが一度に通っても大丈夫そうな広い廊下を私たちは歩いていた。一枚一枚が人の体ほどの大きさがある窓から、緑色の光が溢れている。
そんななか、私はいい感じに老けてきた教授と話をしていた。ほっそりとしているのに、大胸筋がしっかりとついているのが服の上からもわかる。
「君のペンを操る呪詛、本当に便利だな……」
「へっ?」
タニカワ教授は私の目の前に浮いているものを興味深いといった顔で見つめていた。
ボールペンがメモ帳の左右のページの端をペン先のクリップで挟んで留めてたまま浮遊している。そして、もう一本のボールペンがひとりでに今の会話の要約を超高速で書き留めていた。
これは呪詛と呼ばれる能力で私たち妖怪特有の技能だった。妖怪は一人につき一系統の呪詛を持ち、超能力まがいの力を発揮することができる。
「ああ、これですか。まあ、便利ですけど器用貧乏っていうか」
「今日も靴底にボールペンを仕込んで跳んできただろ。空を見上げたとき見えたぞ。校則違反だ」
困った子だ、という顔でタニカワ教授は私の頭を軽く撫でた。くすぐったい。
「さて、ここからは研究の話になるが」
「ええ」
「本来、カルマポリス出身の妖怪はワースシンボルの加護の下でしか呪詛を使えない。これはこの国特有の特性だ」
「カルマポリスの妖怪はワースシンボルの加護を受けないと呪詛の力を制御できず力を発揮できないんですよね」
他国の妖怪は体力の続く限り無制限に呪詛の力を発揮できる。が、カルマポリスの妖怪が他国で呪詛を発動するにはワースシンボルのエネルギーが必要。アトマイザー等の容器にワースシンボルのエネルギー入れて持ち運び呪詛を使うタイミングで体内に取り込む。
一息ついてタニカワ教授は言った。
「実はキスビット国にカルマポリス出身にも関わらず呪詛を使える妖怪がいた、という記録が見つかった。君にはその調査に行ってもらいたいんだ」
「えっ!? えええ!!」
「国からもそろそろ海外へルビネルを送って欲しいという要望も出ている。手配はしてあげるから行ってこないか?」
この国では近年、学生にホームステイや海外留学が推奨されている。
理由としては、この国が長年国交にて遅れをとっていた過去にある。国民である妖怪たちは日常的に呪詛に頼りきっている。そのため、呪詛の使えない海外には行きたがらないのだ。その問題を先伸ばしにした結果、鎖国に近い状態になってしまった。
その対策として、まずは国際社会で優位に動ける人材を少しでも増やしたい、という国の思惑があるのだ。そこで、国は補償金制度を作り、国際学生を推進した。この補償金制度を利用すれば、学費をほぼ免除できる。
私はこの制度を利用しているために、海外留学の申し出は断れない。
「わかりました。まあ、ドレスタニアやチュリグにも行ってますし大丈夫ですよ……ね?」
「ああ。君が行くことになっているのはキスビットの中でも差別意識が少なく落ち着いているタミューサ村。私も旅行で行ったことがあるし、ルビネルなら問題ないと思う」
電気とシンボルエネルギーにどっぷりと使った私が、電気も通っているかわからないような村に対応できるかいささか不安だった。でもタニカワ教授がついてきてくれるなら……。
「一人だけど頑張ってね。ルビネル」
その瞬間、私は凍りついた。